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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 離反

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第54話 決断の代償

 会議に出席をするため、麻乃(あさの)は早いうちに西区を出た。

 杉山(すぎやま)に運転を頼み、新人の富井(とみい)を一緒に連れていった。

 会議のあいだに必要な書類や資料を、軍部の部屋から持ってきてもらうためだった。


 宿舎は引き払いを済ませ、西区へ移る準備はほぼ完了した。

 どうしても中央に残らなければならないときには、軍部の部屋にあるソファで休めるように最低限の寝具も用意してある。


(今日を……今日さえ乗りきれれば、あとはなんとでもなる)


 麻乃は車窓から流れる風景を眺めながら、胸の奥で静かに呟いた。

 軍部に着くと、他のみんなは、もう着いているようで見慣れた車が並んでいる。


「それじゃ、二時間はかからないと思うから。適当になにか食べて、荷物を積んだら悪いけどここで待っててよ」


「わかりました」


 杉山に持っていく資料のリストを渡して、会議室へ向かう。

足音が廊下に響き、麻乃は無意識に歩調を速めた。ちょうど上層部が入るところに出くわし、麻乃が席に着くと同時に会議が始まった。


 視線を感じて目を向けると、修治(しゅうじ)がなにか言いたげに麻乃を見ている。麻乃は慌てて資料を読むふりをして、目線を外した。読み返さなければならないようなことは、なにもない。内容はすでに頭に入っているのに、手持ち無沙汰な気持ちを紛らわせるように紙面を見つめる。


 大陸に出ていた諜報員たちは、一度引き上げてきたと言う。

 全員が無事に戻ったそうだ。


「まずはロマジェリカですが、マドル・ベインという若い軍師が庸儀(ようぎ)との同盟に大きく関わっているようです。まだ二十歳という年齢でありながら軍で一番の部隊を預かるほどです」


 一人目が報告書を読み上げる。


「大陸では、二番目に大きな領土を持っていますが、なにぶん枯れた土地ですので、王族にさえも十分な食料が行き届かないようです。そのせいかは不明なのですが、近頃、庸儀国境付近の村が幾つか潰れているようです」


「それは飢餓(きが)で、ってこと?」


 諜報員に梁瀬(やなせ)が問いかけた。


「恐らく……想像の域を出ませんが」


 梁瀬と修治が視線を合わせて頷きあっている。麻乃はその様子を横目で見た。


「それでも庸儀、ヘイトと同盟を組んだことで、最近は物資も少しずつ回っているようです」


「庸儀のほうですが、こちらはクーデターで政権が交代しているのですが、現王には身内と呼べるものはいません。そのそばには常にジェ・ギテという赤い髪の女性がいます。ロマジェリカに同じく、物資、食料ともに国内では飢饉(ききん)も起きるほどに不足していますが、城内はそれをまったく感じないほどの物資、食料で溢れているようです」


「要するに、王と女だけが贅沢な暮らしをしてるって訳ね」


 (たくみ)が眉をひそめ、嫌悪感をむき出しにして言った。


「前王の頃からずいぶんと贅沢をされていたようで、王族はジェを遠ざける算段を付けていた矢先にクーデターに合ったようです。首謀者はジェではないかとの噂が密やかに流れていました」


 諜報員は、そうつけ足した。


「前王の支持者たちが処刑されたってんなら、その情報に間違いはないだろうな」


 徳丸(とくまる)が独り言のようにつぶやき、岱胡(だいご)が隣でそれに相づちを打っている。


「ヘイトですが、こちらは同盟に対して、軍の者たちがかなりの人数、反対の意思を示したようです」


「あの国には、なんだか変な部隊があったけど、そいつらはどうなったんスか?」


「恐らく、反同盟派に属していたようで、同盟が結ばれてすぐに姿を隠しています。その直後でしょうか。庸儀から手が入り、逃げ遅れた反同盟派のものが処刑されています。王が相当に嘆き、止めに入ったようですが聞き入れてはもらえなかったようです」


 岱胡の問いかけに答えた諜報員が、さらに続ける。


「ヘイトの王は、どうも気が弱いところがあるようで、二国から物資も食料も相当な量を吸い上げられています。同盟とは名ばかりで、その実、吸収といった感じでしょう」


 三カ国の力関係がはっきりと見える気がした。

 一番領土の小さなヘイトが物資を吸い上げられても、辛うじて持ちこたえているのは、領土内に比較的大きな水場と森林が残っているからだろう。


「最後にジャセンベルですが、こちらはその国土の大きさもあってか、他国に比べるとまだ物資も食料もそれなりに生産できているようで、国民にも飢饉が起きるほどまでは至っていません」


「あの国も土地は荒れているけれど、それなりに植物や動物も生息が見られるのよね」


 毎年、豊穣(ほうじょう)の儀でジャセンベルへ出ている巧が、視線を少し上向きにして言った。


「国内においても今は大きな動きはないようで、せいぜい国境沿いでそれぞれの国を相手取って領土を巡った小競り合いがあるだけのようですね」


「その割に、最近は他の三カ国と同じでうちに侵攻してこねーよな?」


 鴇汰(ときた)が諜報員に向かってそう言うと、諜報員は資料に目を落として答えた。


「王族であり、軍の責任者とも言えるレイファー・ブロリッグが、国境沿いのほうに掛かりきりになっているせいだと思われます」


「あの野郎が王族だって?」


 鴇汰が中腰になって大声を出し、麻乃は少しだけ驚いた。

 会議室に響いた声に、麻乃は思わず身を縮めた。緊張で張り詰めていた空気が、一瞬で和らいだような気がする。


「はい、国王には六名の子がおり、上の五名はいずれも国政には携わっているようですが、軍に籍を置くのは末子のレイファーのみです」


「マジかよ……」


 諜報員の言葉が信じられないようで、勢い良く椅子に腰を落とした。唖然とした表情の鴇汰を、巧が横目で見つめ、ため息をついている。


「なにしろ、泉翔(せんしょう)で抱えていた情報が古かったものですから、大陸の様子が様変わりしていて情報が集めにくく、今回はこの程度しか持ち帰れませんでした」


「これだけでも上等だろう。庸儀の女についても、その詳細はなかなか取れなくても仕方あるまい」


 うなだれた諜報員たちに、上層部はねぎらいの言葉をかけると、会議室から下がらせた。


 麻乃は諜報員たちが出ていく背中を見送りながら、胸の奥で小さく息を吐いた。手のひらに汗が滲んでいるのを感じて、麻乃はそっと膝の上で拳を握り締めた。


「さて、安倍(あべ)藤川(ふじかわ)の部隊は整ったそうだな。今回からはシタラさまも、それを考慮して持ち回りの組み合わせを決められた」


「表を見てもらうとわかると思うが、藤川には今回から西区の常任になってもらう。今は敵襲も少ないが、各部隊、新たに気を引き締めて臨むように」


 全員の目が一斉に麻乃に向いた。緊張で体がこわばる。


「ちょっと待ってください。常任とは一体どういうことですか?」


 徳丸が驚きを隠せない様子で立ちあがった。


「言葉の通り、今後は藤川の部隊は西区を拠点として詰めてもらう。シタラさまの卦で、それがよしと出たそうだ。では、今日はこれで解散とする」


 上層全員が出ていくあいだに、麻乃は立ちあがるとすぐに上着を着込み、書類をまとめて封筒に入れると、帰り支度を始めた。

 手が小刻みに震えているのを必死に隠しながら、麻乃は機械的に動作を繰り返した。


「ちょっと待て」


 修治が腕を組んだまま低い声を出した。

 麻乃の動きが一瞬止まった。来た、と思った。


「なに?」


「どういうことだ?」


「どうって、言葉通りの意味なんじゃないの? 今のを聞いて、うちの部隊は西区が拠点になるって、あたしはそう認識したけど」


 本当は、自分で申し入れた。けれど、とぼけてそう答えた。


「そんな馬鹿な話があるか? おまえ、知っていただろう? 驚きもしなかったもんな。いや、自分から申し入れたんじゃないのか?」


 修治の鋭い指摘に、麻乃の胸が締め付けられる。


「お待ちよ。シタラさまの占筮(せんぜい)で決まったことでしょ? 麻乃を問い詰めたって……」


 麻乃をかばうように言いかけた巧の言葉に、憤りを隠せない様子の修治が声を荒げた。


「冷静に考えてみろ、どう考えたっておかしいじゃないか! 悪いがあんたはちょっと黙っていてくれ!」


 立ちあがった修治は麻乃を見据え、大きく息をはいてからゆっくりと言った。


 麻乃は修治の視線から逃れるように、足もとに目を向けた。心臓の音だけが耳の奥で響いている。


「おまえ、なにをした? ちゃんと説明しろ」


「だから、あたしはなにも知らないよ。聞くんだったら巫女婆さまに聞いてよ。婆さまが決めたんだからね」


 誰とも目を合わさず手もとだけに視線を置き、麻乃は封筒を脇に抱えると、ドアに手をかけた。


「まだ話は終わってないだろうが! 目を逸らすんじゃない!」


 出ていこうとした肘を追いかけてきた修治につかまれ、引き寄せられた。


「……っ!」


 引っ張られた勢いで体が斜に向き、修治を振り返った瞬間、体じゅうの血が沸いたようにかっとした。これまで抑え込んでいた感情が、一気に噴き出す。

 修治に向かって麻乃は思いきり殺気を放ち、左手は鬼灯の柄を握り締めた。修治がはっとして飛びのき、見ていた巧と穂高が立ちあがった。


「おまえ……」


 驚いた表情のままで立ち尽くしている修治の足もとに視線を移す。自分の体が震えているのがわかる。


「とにかく、あたしはなにも知らないよ」


 それだけを言い残し、みんなの視線を避けるように会議室を飛び出した。

 廊下に響く自分の足音が、やけに大きく聞こえた。

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