第52話 仲間という名の絆
暗くなってから豊浦と石場がやってきた。
箱詰めは全部済んでいて、あとは小さな家具類だけが残っているだけだ。
「隊長、今日は小さめの車しか用意できなかったから、家具類は運べませんよ」
豊浦がせっせと運び出している合間に、石場が手を止めて言った。
「そっか……弱ったな……できれば今日じゅうに全部済ませちゃいたかったんだけど……明日にはみんな詰所から戻ってくるし」
「小坂のやつを呼んできて手を増やせば、もう一回、運び出せますけど呼んできますか?」
豊浦は手を休め、汗を拭っている。
「う~ん……でも行って戻ってくるだけで結構な時間がかかるしなぁ。さすがに二往復はつらいと思うよ。仕方ない、明日の夜遅くにもう一回運び出しするか。誰か手の空いていそうなやつ、いるかな?」
「瀬野と矢萩が比較的、疲労も少なかったしいいんじゃないですかね?」
「よし、そんじゃ悪いんだけど、あんたたちから頼んでおいてよ。明日の深夜、そうだな……二時半にここで。そんな時間なら、みんなも寝てるだろうし」
「了解です」
最後の荷物を抱え、三人で部屋をあとにした。
中央に戻ってきたときはもう深夜で、なにもない部屋で横になると、麻乃はあっという間に眠りに落ちた。
にぎやかな声が響き、目を開けるともう陽が高くなっていて、窓の外をのぞいてみると巧と梁瀬の部隊が宿舎に戻ってきたところだった。
起き上がった瞬間、体の節々に痛みを感じ、伸びをして体をほぐしてから腕時計を見た。
「あれっ、もう二時か……」
十時間以上も寝ていたようだ。
体が休まった気がしない。
もう一度、横になって、麻乃はふと思った。
(そういえば、あたし昨日からなにも食べてないや)
おなかが空いたとは思わない。
けれど、なにか口にしないといけない気がして、シャワーを浴びて身支度を整えると、そっと裏口から馬屋に向かった。
お気に入りの馬をひき、中央の繁華街、花丘へ走り出した。
深夜二時半――。
瀬野と矢萩の手を借りて残った家具類のすべてを運び出すと、西区の自宅は、収拾がつかないくらいに荷物であふれた。
「これ、すごいことになっちまいましたね」
「うん、かなりマズイよね。あたし、片づけ終わるの、何年後になるだろう?」
思わず遠い目で部屋を眺めると、矢萩が吹き出した。麻乃は苦笑いを浮かべながら、積み上げられた段ボールの山を見上げた。どこから手をつけたものか、見当もつかない。
「隊長、こりゃあいくらなんでも、あんた一人じゃ無理ですって。訓練が終わったら、隊のみんなで手がけたほうがいいですよ」
「それじゃあ駄目なんだよ。あたし一人でどうにかできなきゃ駄目なの」
瀬野が積み上げられた荷物をぐるりと眺めた。
「そうはいっても、これじゃ必要なものも探せませんって。ぱーっとみんなでやっちまって、いつでもなんにでも対応できるようにしてくれたほうが、俺らも安心ですから」
ぐっ、と言葉に詰まる。
「今度は女手もあることだし、なによりこの惨状を見てもらえば、みんなも隊長って人がどんな人間なのかを、よーくわかってくれますよ。きっと」
「バカ! そりゃあ一体どういう意味だよ!」
いたずらっ子のように含み笑いをした二人の頭を苦笑しながら小突いた。
「とにかく、まずは効率的にいきましょうよ」
「……うん、じゃあ、そうしてもらおうかな」
「とりあえず、古株連中には伝えておきますから、はっきりしたことは訓練が始まる日に、隊長からお願いしますね」
「わかった」
車のエンジンをかけた矢萩が「行きますよ」と呼んだ声を機に宿舎に戻った。
翌日、久しぶりに麻乃は会議に出席をした。
このところは、本当になにもない穏やかな日が続いているようだ。
持ち回りから外されている今、本当なら会議に出る必要もなかったけれど、諜報員の報告がなにかあがってくるんじゃないかと思い、顔を出してみた。
この日、ついに庸儀の諜報員から、赤い髪の女の情報が入ってきた。
ジェ・ギテ、歳は三十八、庸儀では国内で一番大きな部隊を率いる武将だという。腕前のほどは今一つ、掴めていないようだ。
驚いたのは、もう四年も前から鬼神を名乗っているということだった。
前国王の寵愛を一身に受けていたという。
今の王からも絶大の信頼を得ているようで、常にそのそばにいるらしい。
ここへ来て鬼神という言葉が出たことに上層部も困惑を見せたけれど、泉翔への進軍に関わっている様子が見えないことに、多少の安堵を感じているようだ。
ジェという女は、ロマジェリカ、ヘイトとの同盟にも一役、買っているらしい。
「この三カ国が同盟ねぇ……しかもこの女が関わってるわけか」
「そういったって、しょせんは寵姫でしょ? 関わってるっていっても、どんな関わりかたをしてるのかは一目瞭然じゃないのよ」
梁瀬と巧が呟いた。
これまでは四カ国がそれぞれに大陸の統一を狙って争いを続けていたのに、そのうちの三つの国が手を結んだとなると、力関係はどうなっているのだろうか。
三カ国がジャセンベルを亡国にすることができたとしたら、そのあとはどうなるのだろう?
一国が大陸を治めるのではなく、三カ国が協力し合って大陸を発展させていくつもりなのだろうか。泉翔への関わりかたはどう変わるのだろう?
ヘイトに出ている諜報員の情報では、同盟を結んだあとに、多くの兵士が脱国をしたという。ヘイトには相当数の反同盟派がいたのだろう。
庸儀では反乱分子と思われる多くの兵や、前国王の血族が処刑されたというから、それを見越して逃げたのかもしれない。
うまく逃げおおせたとのことだけれど、三カ国が同盟を結んだ今、彼らが姿を隠す場所などあるのだろうか?
広い大陸だけに思うよりも簡単に、その身を潜める場所があるのかもしれないが……。
「組んだことでなんのメリットがあるんだろうな?」
「やっぱり物資ですかね?」
みんながいろいろと話し合っているあいだ、麻乃は一人、ジェの情報を何度も読み返した。
(男の戦士が多い中、それを差し置いて一番大きな部隊を任されているってことは、やっぱり相当の腕前なんだろうか?)
自らが鬼神だと名乗っているのなら、あの髪の色からみても、もう覚醒しているんだろう。
(女を使っただけでここまでのぼり詰めることができるほど、戦場は甘くないはずだ)
ジェの姿を思い出す。
たぶん……身の丈は麻乃より大きい。
武器はなにを使うんだろう。
あのときはドレスをまとっていたけれど、まさか戦場であの格好はないだろう。
報告書だけではなにも見えてこない。
(見たい。この目で……戦っている姿を……)
会議が終わったあと、ほかの蓮華たちが会議室に残って報告書の突き合わせをしていたところに、上層部から呼び出されて麻乃は席を立った。
「先だっての申し入れの件だが、シタラさまともよく話し合った結果、この話を進めることに決定した」
「ありがとうございます」
「訓練が終了し、復帰が決まり次第、追って通達を出すことにしよう。よいか?」
「もちろんです」
問われるまでもなく、麻乃にとってそのほうが好都合だ。ギリギリであるほど、みんなからいろいろと問い詰められる機会が減る。煩わしいことはすべて排除したかった。
どうせなにを言っても、わかってなどもらえない。
みんなからみれば、しょせんは他人事だ。
覚醒するのも、それを誤ったときに誰かを傷つけるのも全部、麻乃自身でしかない。
覚える不安も感じる恐怖もすべて――。
麻乃は胸に手を当てた。鼓動が早くなっているのを感じる。
(一人きりにおなり)
言われるまでもなく、一人きりだ。あたしはいつも……。
(あたしは一人……いつも……?)
不意に意識が霞んだ。押し寄せる不安、麻乃はなにかとても大切なことを忘れている気がした。記憶の奥底に沈んだ大事なものが、手を伸ばしても届かないところで揺らめいている。
東区は戦場となる海岸がないせいか、穏やかな雰囲気に包まれている。
そんな中、訓練所だけがにぎやかになった。
まずは演習の労を労うと、これから始まる訓練の内容についてを話してから、麻乃は次の言葉を探して視線を泳がせた。
古株の隊員たちは真っすぐな目で麻乃を見ている。いかにも『早く言え』と言わんばかりだ。フッと小さくため息をつくと顔をあげ、麻乃は思い切って話を始めた。
「この訓練が終わったら、一日明けて次の日からはもう、実戦に入ることになる。と言っても今、うちの国に入ってきている大陸の情報からみると、向こうが大変そうで敵襲のない日が続いている。だから、いきなり防衛戦に当たることにはならないと思うんだけどね」
言葉が途切れたとき、訓練所の奥にある森の中から鳥の囀りが響いてきた。振り返って空を仰ぎ、また一息つく。
「本来は巫女ばあ……シタラさまの占筮で、週ごとに各浜にそれぞれの部隊が振りわけられるんだけど、うちの部隊はこの先……西区常任になることが決まった。みんなにも、追って通達があると思う」
隊の新人たちがざわめき立ち、一番の古参である小坂がそれを一喝した。
「本当はみんなに相談したうえで決めるべきことなんだけど、あたしの独断で決めた。これはもう、本当にあたしのワガママなんだ。急な話でみんなにも考えるところはあると思う。それで決めてほしい。各々が思うことと違う、こんな勝手をする上にはついていくことはできない、少しでもそう思ったものは今ここで、この場を去ってくれて構わない」
静まり返り、張りつめた空気が満ちる。
「演習、あれだけのことをさせておいて、いまさら、と思うかも知れない。けれど、この先は命のやり取りが関わってくる。信頼一つが大きく左右することもある。だから今、少しでも違和感を覚えたものは……」
麻乃の言葉をさえぎるように、隊員たちが大きくざわめいた。
「ほんっとに今さらですよ。そんなの、答えは一つに決まってるじゃないですか」
「この部隊に選任されたのを受けた時点で、こっちはどこまでもついて行く気、満々ですからね」
「隊長が私たちを選ぶのと同じように、私たちだって隊長がこれまでにしてきたことを知ったうえで選んで、受けて、ここに立っているんです」
口々に言いあって、誰もその場を立ち去る様子はない。
数秒、ぼんやりその様子を眺めてから、はっとわれに返った麻乃は後ろを向き、両手を顔に当ててわしわしとこすった。胸の奥が熱くなり、目頭が熱くなるのを感じた。
一歩前に出た小坂が背中越しに小声で言う。
「ほら、だから言ったじゃないですか。こっちは、はなからついて行く気でここに立ってるって。よほど目にあまることをしない限りは、俺たちゃなにも言いませんよ」
「あんたたちはホントに馬鹿だなぁ……まぁ、あたしほどじゃないけどさ」
振り返ってみんなを静めると泣きそうになるのを堪えてから鼻をすすった。
「そういうわけだから、この訓練が終わり次第、西詰所の宿舎を使ってもらうことになる。増築、改築も頼んであるから、中央ほどじゃないけど使い勝手は今より良くなるからね。まだ、ほかの隊に知られるわけにはいかないから、通知が発表されるまでは絶対に黙っていること。くれぐれも、ほかの隊の隊員たちには言わないように」
それぞれの表情に決意の色が浮かんでいるのを見た。
「つらい目に合わせることもあるかもしれない。嫌な思いをさせることも……でもあたしは、そのぶん、どこまでもみんなを守るから。絶対に」
そして、それから……とためらいがちに言って、軽く咳払いをした。
「実はうちが大変なんだよね。なんていうか……訓練が終わったら片づけ、ちょっと手伝ってくれると助かるんだけど」
どっと笑い声が響いた。麻乃も思わず笑みがこぼれた。




