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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 再生

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第46話 謎めいた声

「誰が来るわけでもないし、ここなら素っ裸で歩き回っても平気だよね。傷にもいいんだし、ゆっくりつかってるといいよ」


「うん、そうする」


 麻乃(あさの)は早々に左足の包帯を外し、上着を脱ぐと、左腕と背中に巻かれた包帯を外した。比佐子(ひさこ)が手を貸してくれながらその傷を見て、包帯を巻き取りながら言った。


「話には聞いていたけど、思ったよりひどいじゃないの。ねぇ、呼ぶの早過ぎた? もう少し休んでたほうがよかった?」


「全然。あのまま医療所で横になっていたら、こっちのことが気になっていらいらするだけで休めやしなかったよ。ここにいたところで、なにができるわけでもないけど、動けるようになったらすぐに出られると思うと安心する」


 服を脱ぎ、ぬるめのお湯に足先をつけ、ゆっくりと足をおろす。


「……いてっ……くぅーっ……()みる……いててっ」


 傷の痛みに、つい小声を漏らしながらも麻乃は全身を沈め、大きめの岩縁に腕をもたれて寄りかかった。温泉の成分が傷口に触れる痛みは想像以上で、麻乃は歯を食いしばって耐えた。


「私は現役を退いてからもう四年もたつけど、よくこんなことをやっていたと今じゃ思うわよ。久々に参加して余計に思うわ。あんた、こんなキツイことをよく続けてられるわよね」


「そうかな? (たくみ)さんに言わせれば、これが普通らしいよ。だってあたしら、戦士なんだもん」


「そうなんだろうけどさ、そんな怪我をしてまでも。巧さんにしても、あんたにしても、根っからの戦士よねぇ」


 寄りかかっていた体を起こすと、比佐子を見上げて問いかけた。


「ねぇ、やっぱりそういうの、男の人って気にするものなのかな? 穂高(ほだか)はチャコが戦士のままでいるの、嫌がったりした?」


「うちは……穂高は嫌がったりしないけど、私が嫌だったのよ。あいつより先に死にたくなかったの。子どもも欲しいしね。急にそんなことを聞いてくるなんてなによ?」


「別になにも。ただ、一般的にどうなのかな~? って思ってさ」


 比佐子は考え込むようにして空を見た。


「一般的にねぇ、どうなんだろうね? でも修治(しゅうじ)さんは、そんなことは気にしないでしょ?」


「修治はね、気にしないと思うけど……でも修治は、守ってあげるタイプが好きだと思うよ。今の人がそういう人だもん」


 大岩に寝そべるように体をあずけ、頬づえをついた。背中と足の傷に湯が沁みてたまらない。


「へぇ。意外だね。あの人はあんたみたいに、一緒に闘えるようなタイプが好きなんだと思ってたわ」


 麻乃はふうっと深く大きく息をつくと、しみじみとつぶやいた。


「あたしは旦那より、嫁さんがほしいかも。も~、一生懸命に闘って稼いでくるから、掃除と洗濯とおいしい料理を作ってほしいよ」


「だったら、おクマさんなんてどうよ? 料理はうまいし家事もできるし」


 比佐子は立ちあがって腕にリストバンドを巻き、アームウォーマーをはめた。

 リュックを背負い、武器を手にしている姿を見ると、麻乃も動きたくなってうずうずする。


「おクマさんはさぁ、嫁さんってよりお母さんじゃん。それに、もしも怒らせたらとんでもないことになるよ」


「お母さんはよかったね。ま、確かに、親と同じ歳のころだしねぇ」


 比佐子が大声で笑い、腰に当てた手が麻乃の目に入った。


「チャコ、ちょっとリストバンド、見せな」


「ん? なに?」


 差し出された左腕をつかんで引き寄せた。

 六と焼印が押されている。


「あっ! あんたもう五回も倒されたの?」


「久しぶりだったんだからしょうがないじゃない。それに、やけに出くわすのよね」


「当たり前だよ。チャコは見つけやすいんだってば」


 これは絶対、うちの部隊で情報が回る。

 比佐子は気配が濃い。

 それにブランクがあって、まだなじみきれていないだろう。


「早く勘が戻らないとカモられるよ。手加減はなしで、本気でやっていいからね」


「本気でいいの? 勘が戻るまでは本当に加減が効かないよ?」


「いいよ。やって。こっち側が舐められちゃ困る。うちのやつらはきっと、チャコを探すよ。稼げるからね」


「そんなことがわかるの?」


「わかるよ。だって、あたしならそうする」


 比佐子はふっ、と軽く息をはき、背筋を正すと、真顔で麻乃にうなずいてみせた。


「わかった。それなら本気でやるよ」


 行ってくるよ、と言って入り口に立ち、何か思い出したように比佐子は少し顔を上に向けると、麻乃を振り返った。


「そういえばいるじゃない? 一人。料理もうまくていい子がさ。鴇汰(ときた)なんかどうよ? いい奥さんタイプじゃないの」


 麻乃がなにか言い返そうとするよりも早く、比佐子は屈託のない笑顔を見せてから、外へ駆け出していった。



-----



 気配を抑えるのが苦手な比佐子でも、洞窟からある程度の距離を取るまでは、細心の注意は払っている。そのおかげか、今のところはこの近辺で出くわすことはない。


 川に出てからさらに洞窟から距離をとり、見通しのいい河原でようやく一息ついた。澄んだ水を口に含んで喉を潤してから武器を抜く。


(まいったね。これは。本当に狙われちゃってる?)


 森の中から確実に自分に近づいてくる気配。

 麻乃ならもっと早くに気づいていただろう。逃げようもないところまできて、やっと気配に気づいた。


(ま、いいか――)


 麻乃から許可はもらった。

 これまでは加減をしようと思ってうまくいかなかっただけだ。

 ざっと音を立てて木陰から飛び出してきた連中に、ひと声、放った。


「あんたたち、運が悪かったわね」


 ぐっと武器を握る手に力を込め、比佐子は隊員たちが向かってくる前に打ちかかった。


 勢いと力で捻じ伏せてくるような、北区出身の比佐子の攻撃に、何人かの隊員が怯み、倒れた。残りの隊員たちも力強さにあっと言う間に武器を弾かれ、電流に加えて打たれた痛みに意識を失った。


 リストバンドを奪い取るとき、隊員たちの顔をあらためて確認すると、前日にやり合った相手だ。


(麻乃の言うとおり、稼げる相手と思われたわけだ)


 腰まである長い髪を比佐子は片手で払い、パンツのポケットから出したハンカチでまとめて縛った。


「悪いわねぇ、私も本気を出さないと麻乃が怒るからさ。勘が戻らなくて手加減ができないけど、おあいこってことで許してよね」


 意識がないのは承知の上であえて断り、リュックにリストバンドを突っ込むと、武器を納めた。


「さすがじゃないか」


 突然、上から降ってきた言葉に比佐子がはっと身構えると、一番手前の木から修治が飛び降りてきた。


「いつからいたの?」


「おまえが水を飲んだ辺りからか」


「じゃあ最初からじゃないの」


 仁王立ちして睨みつけると、修治はそれに答えずに周囲を見回した。


「おまえが出てきているってことは、麻乃が入ったか」


「あ、うん。人の絶対に来ないところにテントを張ったから、一人にしておいても安心だよ」


「そうか。まったくあの馬鹿、声もかけずに出やがって」


 心配そうな様子の修治にうなずいた。


「一応ね、修治さんを待つか聞いたんだけど。いいって言うからさ」


 それより、と、比佐子は修治に一歩近寄る。


「麻乃の怪我が思ったよりひどいじゃない。このあとの様子次第になるけど、調子が悪いようなら帰したほうがいい?」


「帰れと言って、大人しく帰るタマだと思うか?」


 修治はそう言って苦笑した。


「でもあの傷じゃ、演習が終わるまでに動けるようになるのかも疑問よ?」


「戻らせた時点で、よほどのことがなければ帰すのは無理だと踏んでいる。だからこそ、身近に置いておきたかったんだがな」


 修治の顔が、少しだけ曇った。


「んー、そんなに心配しなくても大丈夫よ。私もしっかり見てるし、無理はさせないから」


 そのことよりもな、と考え込んでいた修治が、顔を上げて比佐子の目を見た。


「比佐子、拠点には戻るよな?」


「日に一度は必ず戻るつもりだけど、どうして?」


「麻乃の様子を逐一知らせてほしい。俺がいないときは少しのあいだ、待ってみてくれ。まめに戻るようにする」


「そりゃあ構わないけど……」


 一体、修治はなにが気になるのか。

 おかしな頼みごとに首をかしげて、しげしげとその顔を見つめた。


「あいつ、このところずっと不安定なことが多くてな。少しばかり気になることもあるんだよ」


 そんな比佐子の視線に答えるように、そう呟いた。


「あのさ、穂高もなんだか同じようなことを言っていたのよね。やっぱり自分が来たときにいろいろと聞きたいから、ってね」


「穂高が? そうか……なるほどな」


 修治はまた考え込むように下を向き、すぐに顔を上げて一人で納得している。


「穂高はいつ来るって?」


「さあ? でもまめに顔を出すようなことを言ってたわね」


 比佐子は荷物を背負い直して、修治に答えた。


「ねぇ。面倒なのよね。きっと話せることは同じことだろうから、なにか聞きたいなら一緒にいてちょうだいよ」



-----



 湯船の脇の大岩に這い出した麻乃は、ゴロリと横になった。

 ぬるめのお湯とはいえ、長くつかっているとさすがにのぼせそうになる。

 時折、通り抜ける風が心地よくて眠気を誘うけれど、テントまで戻るのもだるい。


 体が温まったせいで血行がよくなっているからか、傷が強く脈打っている。

 起き上がって足の傷に手をやった。

 治療しているあいだはいつもうつぶせの状態でいたため、傷跡をしっかり見るのは初めてだった。


 なぞるように触れてみる。

 剥き出しになった肉が盛りあがってきている。


(治りかけはきっと、痒みがひどいだろうな)


 どうでもいいようなことが麻乃の頭に浮かぶ。

 左腕の痣に触れ、そのまま左肩に滑らせる。

 こっちの傷はかさぶたがわずかに残ってるだけで、もう気にもならない。


 これまでにも切られたり撃たれたりしたことはあるけれど、こんなに大きな怪我はしたことがない。短期間でこれだけの怪我をしたために、本当なら当たり前のようにやっていることも、今の麻乃にはできない。


(もっと腕をあげなければ。傷つくことがないくらいに強く……こんなに休まなければいけないほどの怪我、もう絶対に負わないためにも)


 麻乃の心に、強い決意が燃え上がった。この怪我は単なる偶然ではない。自分の未熟さが招いた結果だ。それを受け入れ、さらに強くなることでしか、真の意味での成長はない。


 気負っている、無茶をする。

 その言葉が麻乃の頭をかすめた。


 だからなんだ?

 気負ってなにが悪い。

 少しくらい無茶をしたからってなにが?

 そうしなければ、どうにもならないことが多過ぎるんじゃないか。


(甘ったれてるそんなおまえの姿、見てるこっちが恥ずかしくなる)


 鴇汰の言葉を思い出す。


 確かに、甘えがないとはいえない。修治がいればそれだけで安心できる。困ったことがあれば周りにいる誰かが手を差し伸べてくれる。当たり前のようにその手を取っていたのかもしれない。


 見たくないと思われているなら、見えない場所にいればいい。

 甘えてると言うなら甘えなければいい。

 そういえば、今、チャコの手を借りていることも、甘えなんだろうか――?


 せめて松葉杖なしで歩くことができれば、誰の手を借りることもなく動けるようになれれば。


(そうすれば、あたしは――)


 肌がひんやりとしてきて、もう一度、ゆっくり湯に体を沈めた。

 最初ほどではないけれど、やっぱりお湯が傷に沁みて痛む。


 ふっ、と軽い吐息が漏れた。


 いくら考えたところで、今の状態を抜け出さないことには、どうにもならない。

 薄暗くなり始めた洞窟の中で、この演習、その後の訓練、それらすべてが終わったあとのことを考えていた。


 そこから新たに始まることを、そこに待っているだろう、きっとつらい日々を。それでもあたしはやらなければいけない。医療所のベッドで散々考えて決めたんだ。

 不安を覚えても、決して揺らぐことのない思いが麻乃の胸に残った。


 体が温まったのを機に湯から這い上がると、そばに置いておいたタオルで体を拭ってから松葉杖を引き寄せて立ち上がり、テントに戻った。

 中でそのまま寝袋の上に横になったとき、頭の中に響くように声が聞こえた。


『治してあげましょうか?』


 ぎくりとして体を起こす。

 周囲にはもちろん、洞窟内に人の気配はない。

 この場所に誰かが来ることなどありえないのに、この声は――。


 麻乃の心臓が激しく鼓動を刻んだ。幻聴なのか、それとも本当に誰かがいるのか。


『その程度の傷も、すぐに治せないなんて、不自由なことですね』


 また、声が聞こえた。


「治るもんなら治したいさ! だけどこんな傷、すぐに治るわけがないじゃないか!」


『……どうでしょうか?』


 含み笑いをした男の声がそう言った途端、麻乃の目の前がぐらりと揺れた。

 周囲の景色がモノクロに見える。

 吐き気と頭痛に襲われて目を閉じた。

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