第45話 女戦士たちの隠れ家
布団を被っていろいろと考えたり、昔のことを思い出したりしているうちに、麻乃はいつの間にか眠りについていた。
人の気配に目を覚ますと、看護係がカーテンを開けている。
陽の光に目を細めた。
「あら、起こしちゃったかしら。傷の具合はどうですか?」
「あ……結構痛みます。そういえば昨日の夜、薬を飲んでないんだった」
看護係が顔をのぞき込んで、その割に顔色は――と言ったとき、おなかが大きな音を鳴らし、麻乃は真っ赤になって照れ笑いでごまかした。
「顔色はいいですね。昨日はずいぶんと早くに寝たのかしら? 夕飯を食べていないって聞いていますよ。朝食、できていますから、今、持ってきましょうね」
くすくすと笑いながら、体温計を差し出し、看護係は病室を出ていった。
(調子はいい。昨日に比べて格段に体が軽く感じる)
麻乃は両手を伸ばしたり、腰を軽くひねったりしながら、体を動かしたときの傷の痛みを再確認した。痛み止めさえちゃんと飲んでおけば動けなくなるほどではなさそうだ。
残る問題は足の傷だけ。
どうにも力が入らない。
松葉杖を使ってでも立って歩けさえすれば、今はそれで十分だけれど……。
体温計は平熱を表示している。
麻乃は胸の奥で静かに息を吐いた。これで、ようやく皆のもとへ戻れる。
出された食事をしっかりと摂ると、爺ちゃん先生が顔を出した。
「熱は下がったか」
「はい。体も思ったより動きます。と言っても、薬で痛みを散らしていれば、ですけど」
「それがわかっているなら、まあ、戻ってもいいだろう。約束だからな。けれど、くれぐれも無茶はしない。自分の言ったことは覚えているだろうな?」
「はい。無茶もしないし、療養に専念します。今回は、お目付け役がいますから、大丈夫です」
爺ちゃん先生の渋々とした表情に、麻乃は建前だけでもそう答えておいた。
本当は一刻も早く皆と合流して、この遅れを取り戻したいという気持ちが胸の奥で燻っている。
「いやに殊勝なことを言うな。しかしなぁ、どうにもおまえのいうことは信用がならん。なんせ、おまえたち戦士の連中ときたら、患者としては最低だからな」
薬と包帯、軟膏の入った鞄を麻乃に手渡してくれる。
「とりあえず九日分入っているが、包帯と軟膏は足らなくなったら誰か遣いを寄越せばいい。すぐに出してやろう。他のものたちよりも治りが早いとは言え、決して無理をしないようにな」
なんだかんだと怒ってはいても、最終的に爺ちゃん先生は甘い。
そのぶん、いつでも感謝はしている。
だから今度だけは、ちゃんということを聞いて、無理はしないと決めた。麻乃は心の中でそう誓いながら、鞄を大切に抱えた。
昼前に約束通り現れた穂高に手を借り、麻乃は松葉杖を使って歩いてみた。
背中に引きつれるような痛みを感じたけれど、傷が開くような痛みではなくて安心する。
荷物をまとめて穂高の車に乗り、まずは自宅に寄ってもらった。
「本来は演習中だから、着替えがどうだなんて言っていられないけどさ、今はこんな状態だし構わないよね?」
動きやすさよりも着替えのしやすさを重視して服を数着選び、鞄に詰め込んだ。
前開きのシャツや、ゆったりとしたパンツを中心に選んでいく。包帯を巻いた背中や足を考えると、これまでのような身軽な装いは難しい。それでも、少しでも快適に過ごせるようにと、麻乃は慎重に選んでいった。
「着替えは構わないだろうけど、あんな森の中で拠点以外に落ち着いていられるような場所があるのかい? そりゃあ比佐子もそれなりに腕は立つけれど、麻乃をかばえるほどじゃないと思うんだけどな」
麻乃から鞄を取り上げると、穂高はそれを肩にかけて問いかけてきた。
「十人を相手にするからね。でも別に、ずっとつきっきりでいてもらうわけでもないし、気をつけるのは移動中だけだから」
「比佐子は気配を探るのも殺すのも苦手なほうだろう? 移動中は特に大変だと思うんだけどな」
「そこはあたしがカバーすれば済むことだよ。ねぇ、あたしを誰だと思ってるのさ? こんな程度の怪我じゃ同じ武器の格下相手なら、比佐子もいるのにやられっこないね」
助手席に乗ろうとする麻乃に手を貸してくれながら、穂高は呆れた表情で車に荷物を積み込んだ。
「言うねぇ。五指に入るとそんなものなのかな? 俺はそんな怪我をしていたら、そこまで言いきれないよ」
「まぁね。ほら、あたしって嫌なやつだから」
ちょっとだけ得意気な顔で、穂高に向かって笑ってみせた。
演習場に着くと、拠点ではもう比佐子が待っていて、麻乃を見るなり駆け寄ってくる。その勢いに思わず足を止めた。
「久しぶりだね。あんた、相変わらずチビっこいねぇ」
ふふっと笑いながら頭をぐりぐりとなで回してくる。
百八十センチの身長の比佐子からしたら、十八センチ以上も差があると、本当に小さく見えるらしい。
麻乃はむっとしてその手を払いのけた。
「やめてよ! 縮んだらどうしてくれんのさ。あんたたちみんな、無駄にデカイからって寄ってたかって頭をなでるのやめてよね」
乱れた癖毛を片手ですいて直す。
「生意気なことを言っちゃって。昼ご飯は食べたの? 食べてから出る? それともすぐに出る?」
「ん……食べて出ようかな。その前に、師範のかたがたにあいさつしてくるよ」
「ああ、そうだね、そうしないとね。穂高、アンタはどうする?」
「俺はいったん、詰所に戻るよ。長い時間はいられないから、ちょくちょく顔は出そうと思っているけどね」
「穂高、いろいろとありがとう」
あらためてお礼を言うと、穂高は照れ臭そうな顔を見せ、詰所に戻っていった。
拠点で休憩を取っている師範のかたがたに、あいさつと怪我で抜けて迷惑をかけたお詫びを言って回る。
今、出ているかたがたにも、くれぐれもよろしく伝えてくださいと伝言を残し、比佐子と一緒に食事を済ませた。
「テントはもう張ってあるんだよ。荷物も必要だと思うものは、もう全部運び込んである。あとはこの荷物と薬の類だけ?」
「うん、すばやく動けないから、気配を探って人けのないところを選んでいこう。それでももし追って来られたら、そのときはチャコ、よろしく頼むね」
「わかってるよ。私もなるべく気配を抑えるようにするけど苦手なんだよねぇ。昔から」
苦笑してみせる比佐子に、麻乃はからかうようにふふっと笑った。
「それでよく、巧さんに怒られてたよね」
「そうそう『気配丸だしで、あんた私にやられるのが楽しいのかい?』ってね。あんたにも相当やられたよねぇ」
「だって見つけやすかったんだもん。いやぁ、ホントにいいカモだった」
「馬鹿タレ!」
比佐子は笑いながら、こぶしで麻乃の頭を小突いてきた。
「さ、そろそろ出ようか? 暗くなったら足もとが心配だしね。それとも修治さん待ってから出る?」
「いや。その必要はないよ。行こう」
ゆっくり立ち上がると、演習用の刀を腰に帯びた。
荷物を背負った比佐子を前に、森の入り口に立つと人の気配を避けながら進んだ。
安定しない足場で、松葉杖での移動は本当につらく感じ、気を抜くと転んでしまいそうになる。登りや下りの多い場所では比佐子の手を借りて、できるだけ早めに歩く。
麻乃は歯を食いしばりながら進んだ。足の傷が疼くたびに、冷や汗が背中を伝った。
幸いにも誰にも出会うことなく思った以上の時間はかかったけれど、無事に目的の大きな椎の木にたどり着いた。
大きな洞を持った椎の木が目印で、その後ろの岩陰に洞穴がある。そこを降りると、こぢんまりとした洞窟があった。
誰が最初に見つけたのか、それともあえて作ったのかはわからない。
ただわかっているのは、先人は女性だったということ。
そこには温泉が湧いていて、疲労の回復や傷に良いと言われていた。
長いあいだ、女戦士にのみ口頭で伝えられ続け、長い演習の際には休息を取る場所として利用されてきた。古参から新人へと場所の引き継ぎがされている。
今回は、麻乃から新人の女の子たちに伝えるはずが、怪我のせいで伝えられないかもしれないと思っていた。
それが、比佐子のおかげで無事に引き継ぎができた。
麻乃は椎の木の太い幹に手を置き、静かに息を吐いた。
一度では場所を覚えきれないから、最低でも三度は連れてくる予定だ。
残りの二回も、比佐子が誘ってくれるという。
中へ入ると、洞窟の入り口に近い場所にテントが張られていた。
「浸かったり上がったりするには、湯に近いほうがいいかとも思ったんだけど、熱気がこもるから」
ごつごつとした岩場を、麻乃はしゃがんだ状態で少しずつ下り、比佐子の手を借りてテントの中に入った。
「ここなら風通しもいいし、地面もわりと滑らかで乾いているから、寝心地もそこそこだと思うのよね」
ビニールシートが何重にも敷かれたうえに、さらに寝袋が敷かれている。うつぶせても楽なように丸めたままの寝袋も枕の替わりに置いてあった。
「チャコ一人でよくこれだけ準備できたね。凄いよ、これ。ありがとうね」
麻乃の目に、思わず涙がにじんだ。
「ま、私もここに休みに来たいし、自分の居心地がいいように作っただけよ」
洞窟の奥のほうは徐々に狭くなっていて、所々で枝分かれしている。わずかに風が通り抜けることを考えると、どこかに通じてはいるんだろう。
密閉された空間ではないから、火を焚いても特に問題もなく、食事の支度もここでできる。
温泉からは微かに硫黄の香りが漂い、洞窟の奥からは清涼な風が吹き抜けてくる。麻乃は静かに目を閉じた。




