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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 すれ違い

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第40話 言えない想い

 昨夜は高い熱が出た。

 寝て起きてもまだ微熱が引かないようで、体全体がだるい。頭も重くて、時々めまいがする。薬のおかげで傷は痛まないけれど、相変わらずうつ伏せのままで寝苦しいのが嫌だ。仰向けになりたくても、背中の傷が布団に触れるたびずきんと響き、それがまた腹立たしい。


 爺ちゃん先生に見つかったら、また無茶をしていると怒られるかもしれないけれど、麻乃(あさの)はこっそり体を起こしてベッドに腰を掛けていた。ちょっとだけ歩いてみようかと、ベッドの脇に立て掛けてあった松葉杖に触れようとしたとき、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。


 急いで布団を被って寝たふりをする。

 ノックが響いてドアが開き、薄目を開けて入ってきた人影を確認した。


「なんだ、あんたたちか」


 起き上がってベッドに座り直すと、今入ってきた鴇汰(ときた)穂高(ほだか)を交互に見た。


「てっきり先生が来たとばかり思って、無駄に動いちゃったよ。一体どうしたのさ、こんなところまで」


「昨日、中央でガルバスが出たって聞いてね。演習場で詳しく聞いてみたら、出たのはここだって言うし、本当に驚いたよ」


「しかも麻乃が当事者かよ……またそんな怪我をしてやがる。この間の怪我だって、まだ完全に治ってないんだろ? どうして逃げなかったのよ? ほら、これ。差し入れと会議の報告書」


 穂高の横で、鴇汰は眉根を寄せ、口を一文字に引き結んだまま麻乃を見ている。鴇汰が文句を言いながら手渡してきた袋と封筒を受け取った。手に取ると、袋の方は温かかった。


「そんなことを言ったってしょうがなかったんだよ。一人だったらみんなが来るまで手を出さなかったけど、ちょうど班の子を半分以上も倒しちゃってたから」


「あ……そっか。演習中だったもんな」


「確かに、倒しちゃってたら一人で逃げるわけにもいかねーか……」


 鴇汰も穂高も納得した様子で頷いている。


「残った子たちだけじゃ一度に抱えられないし、みんな大きいから、あたしじゃ運んで逃げるのも無理だったしさ。誰かが来るまであたしが食い止めるしかなかったんだよ」


 袋の中からおいしそうな匂いがして、気になって視線がつい向いてしまう。お腹が空いていることに今さら気づいた。


「それに、見た目より大した怪我じゃないし……」


「そうは言っても、なにも聞いてなかったからさ。当然驚くし心配もするよ。麻乃の『大したことがない』は、当てにならないしな。そうだよな? 鴇汰」


 穂高に話を振られても、鴇汰はまだ不機嫌な顔をしている。このごろ、鴇汰の眉間にしわが寄っていることが増えた。以前はもっと気軽に声を掛けてきてくれたのに。


「……うん。心配させてごめん。それに、わざわざ来てくれてありがとう」


「なんだよ、やけに素直じゃん」


 鴇汰が意外そうな顔でそう言った。口の端がわずかに緩んだように見えた。


「あたしね、本当に怖かったんだ。武器は演習用の刀しかないし、間近で見たら凄く大きかったんだもん。みんなを庇い切れずに誰かを亡くしたらどうしようかと、たまらなく怖かった」


 思い出すと今でも冷や汗が出る。みんなが無事で良かったと思うし、麻乃自身も怪我程度で済んで良かったと、心から思っている。もうこれ以上、誰かを亡くすのは嫌だった。


「麻乃以外みんな、無事だったのかい?」


「ううん、二人、怪我をさせちゃったんだよね……」


 自分の不注意のせいで仲間を傷つけてしまったことが、頭を離れない。


「何人掛かりで倒したの?」


「あたし一人で」


「えっ? だって、おまえ、武器、なかったんだろ?」


 穂高の問いに答えた麻乃に、鴇汰が驚いた顔で聞き返してきた。


「折れた演習用の刀で刺した」


「そりゃあ……俺も必要に迫られたら同じことをしたと思う。でも一人で倒し切れるかどうかは疑問だよ。まぁ、腕の問題もあるんだろうけど、大したものだよなぁ」


 椅子を引いて腰を掛けた穂高が、麻乃を見つめてしみじみと言う。


「そんなことはないよ。あの時はああするしかないと思ったけど、もっと他に手はあったんじゃないか、って今は思うよ。実際、演習も始まったばかりなのに、こんな怪我をして何の役にも立ってないんだもんね」


 座っている自分の足元に視線を落とした。麻乃の左足は今、ちゃんと力が入らない。立ち上がろうとしても、思うように体重を支えられないのだ。

 早く戻りたくて、気ばかりが焦るのに、体がついて行かないことに苛立ちが募る。


「おまえ、最近さ、ほんとに怪我が多すぎるんじゃねーの?」


 そう言った鴇汰の視線が、麻乃の足元に向いている。その目つきは厳しい。


「そうかも。これまで無事でやってきたツケが回ってきたのかな」


「ツケとかそんな問題じゃないだろ? 気をつけていて、どうにかなるもんじゃないのはわかってるけどよ、こう続くと気になってしょうがねーよ」


「……うん、ごめん」


「別に麻乃が謝る必要はないんだよ。ただ、ちゃんと治るまで少しは休んでもいいんじゃないかな? って思うんだ」


 穂高が慌てたように早口で付け足す。いつものように二人の仲裁に入ろうとしているのだ。


「そりゃあ普段ならそうするよ。でも今はこんな時だし、みんながきつい思いをして頑張ってるのに、あたしだけ休むなんて嫌だよ。それに、しばらくは修治(しゅうじ)がそばに付いていてくれるって言うし、これ以上、怪我が増えることはないと思うから平気――」


 「修治が」と口にした瞬間、鴇汰の表情が微かに固まったのが見えた。麻乃が言い終わらないうちに、鴇汰が怒った顔で立ち上がり、その反動で椅子が勢いよく後ろに下がった。


「おかしいだろ、それ。おまえ、修治には心配を掛けたくないとか言ってる割に、いつでもなんでも、まず修治に寄り掛かるのは何なのよ?」


「違うよ、別に寄り掛かってなんか……」


「違わない。いつもそうじゃねーの」


 反論しようとした麻乃の言葉が鴇汰に遮られた。


「何かっていうと『だって修治が』『多分修治が』って、そんなんばっかじゃねーか。おまえの中心は全部あいつなのかよ?」


「だから、それは違う……」


「いつでもあいつの後をくっ付いて、甘ったれてるそんなおまえの姿、見てるこっちが恥ずかしくなる。いらいらすんだよ。付き合ってるんだかなんだか知らねーけどよ、やりにくいったらねーよ」


「鴇汰!」


 最後の言葉に被せるように、穂高が怒鳴って鴇汰の肩を突いた。


「なにを言い出すんだよ、おまえ。言いすぎだぞ!」


「いいよ、穂高」


 どこを見るともなしに、鴇汰から視線を外し、くしゃくしゃと頭を掻いた。


「ずっと一緒に育ってきたから、修治がそばにいるのが当たり前のような感じでいたけど、付き合ってる訳じゃないし、今は特に、なにも意識してないよ」


「はっ……どうだかな」


 鴇汰の言葉がいちいち麻乃の胸を刺す。

 鴇汰をきっと睨んで、続けた。


「でも他の人にはそう見えるんなら、あたしは修治に甘えているのかもね」


「かもね、じゃなくて実際そうだろ」


「そうだね、あたしの世界の中心は修治なんだよ。そんなつもりはさらさらないけどさ、もういいよ、それで。そう言えば満足?」


「なんだよ、その投げやりな言い方。俺の言ったことが間違ってるっていうのかよ?」


「だってあたしが何を言ったところで、どうせあんたは信じないんでしょ?」


 「信じられるかよ」と鴇汰が小さくつぶやいたのが耳に届き、引っぱたきたくなる衝動を、こぶしを握って堪えた。爪が手のひらに食い込む。その痛みが辛うじて麻乃の心を冷静にしてくれる。

 このまま黙って流してしまえばいいのに、自分の口からは嫌味が滲み出てしまうのだ。


「それなら反論するだけ無駄じゃないのさ。貴重なアドバイスとしてちゃんと受け止めて、今後の身の振り方を考えることにするよ。で? 他になにか言いたいことは?」


「ないね。なにもねーよ。おまえのことなんかもう知るか。好きにやればいいじゃねーか、修治とよ」


「あたしの方こそ、あんたのことなんて知ったこっちゃないね。彼女とでも理恵(りえ)ちゃんとでも、好きにしたらいい」


「は? なんだよ、彼女って。理恵だって俺にはなんの関係も――」


「――聞きたかないね。あたしには関係ないんだから。知ったことじゃない」


「知ったこともなにも、意味の分からねー話をされて――」


「――だから、あたしの知ったことじゃないって言ってるでしょうが!」


「いい加減にしろよ! 二人とも!」


 穂高が割って入り、麻乃も鴇汰も黙った。この雰囲気に、麻乃は顔を上げることができない。部屋の中に重苦しい空気が流れる。麻乃が視線を落とした先には鴇汰と穂高のつま先が見える。

 腹が立つより先に、口の中が苦くなった。口を開いたら涙まで出そうな気がして、歯を食いしばって堪えた。鼻の奥につんと痛みが走り、のどの奥が熱くなる。


 会話が途切れて沈黙が続いた時、タイミングよく看護係が顔を出し、三人の姿を見てためらいがちに声を掛けてきた。


藤川ふじかわさん、石川いしかわ先生が薬と包帯を替えるから、来てくださいって。良いかしら?」


「あ、はい。すぐ行きます」


 逃げる口実ができたことにほっとして松葉杖に手を伸ばそうとすると、看護係に取り上げられた。


「まだ駄目よ。背中の傷がちゃんと塞がってないんだから、体重を掛けたら、また開いちゃうかもしれないでしょう?」


 そう言って廊下から車椅子を押してくる。


「大げさですって。それ……」


「駄目です。石川先生に言われたこと、覚えていますよね?」


 「うっ」と言葉を飲み込んだ。看護係の手を借りて、仕方なく車椅子に座った。できれば二人には見せたくない姿だ。特に、今の鴇汰には。


「長引くかもしれないから悪いけどもう帰ってくれるかな。今日はわざわざ来てくれてありがとう」


 それだけを言って、振り返りもせず軽く手を振り、看護係に連れられて病室を出た。

 廊下に出ても、二人の気配がまだ部屋に残っているのを感じながら。


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