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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 すれ違い

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第39話 不穏な報せ

「結局来なかったわね、あの二人」


「演習初日に会ったけど、二人とも特に何も言ってなかったよ。てっきり来ると思っていたんだけど」


 (たくみ)に答えた梁瀬(やなせ)は、資料を二部、封筒に入れると、穂高(ほだか)に渡した。


「これ、僕は明日から南詰所だから、穂高さん、修治(しゅうじ)さんに持っていってあげてくれる?」


「わかった。それにしても、一カ月も潜っていた割に、大した情報が入ってこなかったね」


 受け取った資料を鞄に詰め、穂高が言う。


「どうかしら? 庸儀(ようぎ)の国王が変わったってのが、ちょっと気になるじゃない?」


「ああ、しかも前国王とは血も繋がっていないようだしな。どんな経緯があったんだろうな」


 巧と徳丸(とくまる)は、改めて資料に目を通しながら考え込んでいる。その間に割って入るように、岱胡(だいご)が続けた。


「「俺はヘイトの情報にある軍と国に軋轢が生じている、ってのが気になるっスね。あそこにはまとまってよく動く部隊がありましたけど、あいつらは今、どうなってるんだろう」」


「ヘイトは近頃うちへの侵攻もほぼないけど、大陸の方で盛んに動いている様子も全然感じないわよね」


「ロマジェリカの方はどう思う? 最近、頭角を現してきた軍師がいるって、随分と若いみたいだけれど」


 全員が資料をめくってロマジェリカの情報に目を通した。

 若い軍師の年齢は二十歳との記載がある。


「こいつがこの間の戦争、指揮してたんじゃねーのかな?」


 資料に目を向けたまま、鴇汰(ときた)は独り言のように呟いた。


「あれだけのことを、こんな若さでやってのけられるものかな?」


 穂高があの日のことを思い出すように、目線を上に向けて考え込んでいる。確かに、あの酷い光景は、今でも鴇汰の記憶にしっかりと残っている。あれを二十歳という若さでやれるのか、という疑問はわかるけれど……。

 そんな鴇汰の気持ちを察したかのように、徳丸が肩に手を置いて呟いた。


「直接目にしているわけじゃねぇからな。判断のしようがないことがあっても仕方ないとは言え……」


 まったく、相変わらず、何もかもが腑に落ちない。

 さっきまでの会議では、上層部はこれらの報告を楽観視しているように思える。


「次の報告があるまでは、なにも変わらないだろう。ただ、気になったことや思いついたことがあったら、密に連絡を取り合って話し合うようにしよう」


 資料を手に立ち上がった徳丸に促されて、全員が会議室を出た。


「なぁ、明日は何時に出掛ける?」


 穂高が歩きながら鴇汰に問いかけてきた。


「向こうに昼頃着くように、十時くらいに出ればいいんじゃねーの?」


「それじゃあ、少しはゆっくりできるか。鴇汰、夕飯はどうする?」


「今から花丘(はなおか)に買い出しに行くから、そのまま食ってくるつもりだけど、一緒に行くか?」


「行く」


 穂高は足早に車に向かう鴇汰の後を追ってきた。車に乗り込む所で追いついてきた岱胡も、一緒に出掛けることになった。

 後部席から、助手席のシートに手を回して、岱胡が身を乗り出してくる。


「聞きました? なんか最近、ガルバスが山の麓の辺りまで出てきてるらしいっスよ」


「ガルバス? 麓のどこら辺に出たんだって?」


「さ〜? どの辺っスかね」


 助手席の穂高は岱胡を振り返ると呆れたような表情を見せた。


「なんだよそれ。ガセとか冗談とか当てにならない情報じゃないのか?」


「違いますって。そのせいで、各演習場のフェンスのチェックをしてきたって、修繕の奴らが言ってましたから」


「へぇ……そういえば、山の周りは演習場があるもんなぁ」


「そうなんスよ。何箇所かフェンスの壊れた所が見つかって、これから修繕作業に入るそうですよ」


「まさか、その出たって所は西じゃねーだろうな?」


 鴇汰はそれまで黙って聞いていたけれど、バックミラー越しに岱胡に目を向けた。


「でも、西は今、修治さんたちが使ってるじゃないか。もし、西区に出たなら、もっと大騒ぎになるんじゃないのかな?」


「それもそうっスね、出たならきっと、なにか知らせてきますよ」


「そう……だな、考え過ぎか」


 ハンドルを握る手に、知らず力が入っていた。



-----



 翌朝、鴇汰はたくさんの荷物を車の後部席に積んでいた。

 ドアを開いた瞬間、色々な匂いが広がってくる。


「どうしたんだよ? 凄い量の荷物じゃないか」


 そう言いながら、穂高は空いているスペースに無理矢理、自分の荷物を押し込んだ。


「悪い、思ったより多くなっちまってさ、穂高の荷物、全部入るか?」


「俺のは少ないから大丈夫だけど、これ、もしかして昨日、買い込んでたもの?」


「ん……まぁね。差し入れっつーか……そんなもの」


 ハンドルにもたれて窓の外を見ている鴇汰の表情は、穂高の位置からは見えない。でも照れ臭そうにしているだろうことは、見なくてもわかる。


「ふうん、差し入れ、ね。まぁ、確かに資料を届けに演習場に行くからね」


 穂高が助手席に座り、ドアを閉めたのを確認すると、鴇汰はゆっくり車を走らせた。


「ほら、今回は西区の道場の人たちも参加してるし、きっと大したもん、食ってねーだろうから」


「昨日、部屋に戻ってからずっと料理していたんだろう? これだけの量だもんな」


「別に……ずっとってわけじゃねーよ」


「鴇汰って、本当に昔からマメな奴だよな。そういえば昨日、買い込んでた食材は、誰かさんが好きなものがほとんどだったみたいだけど?」


 バックミラー越しに鴇汰の顔を見ると、思った通りの表情だ。

 しかも、赤くなっている。


「――健気だよなぁ」


 からかうようにして言うと、むっとした鴇汰が言い返してきた。


「着いたら昼どきだから、穂高の分も作ったけど、もう、やるのやめた」


「あっ、ごめん、冗談だよ冗談。そんなに怒るなよ~」


「おまえ、やだ。時々、すげー見透かしてるみたいでさ」


「違うよ、鴇汰がわかりやす過ぎるんだって」


「俺ってそんなに感情が顔に出てるか?」


 突然、鴇汰は顔をこちらに向けて、真顔で聞いてきた。


「馬鹿! 前を見ろよ! ……いや、ちょっと待って。一旦止めてくれよ」


 車が路肩に止まると、助手席から降りて運転席のドアを開け、鴇汰を引っ張り出した。


「なによ? どうしたってんだよ?」


「鴇汰さ、昨日あまり眠っていないんだろう? 運転、俺が代わるから。少しの間、眠るといいよ」


 ば無理矢理に鴇汰を助手席に押し込んで、穂高は車を走らせた。


「顔に、っていうよりもさ、最近はもう全身に出ている感じだよ。昔はどちらかと言うと冷静で、簡単に内側が見えなかったかな。でも今は本当によくわかるな」


 横目で見てそう言うと、シートを倒して横になった鴇汰は、目を閉じて「そうか」と呟いた。


「なんかさ、ここんとこ急にかな? すげー感情の起伏が激しいっつーか、落ち着かないのよ。自分でもわかるんだよな」


「ずっと忙しい日が続いているからさ、疲れているんじゃないのか? 休みの時はちゃんと休まないと」


「穂高こそ、休んでないだろ? ちゃんと家に帰ってるのかよ?」


「それがさ、この所、酷い疲れが出てさ、帰らずに宿舎で寝ることが多かったんだ。そしたらうちの奥さん、カンカンに怒って大変だったよ」


 穂高が大袈裟に溜め息をついて首をすくめて見せると、鴇汰が苦笑した。


「穂高の奥さん、怒ると怖いよな。無駄に強いしよ。戦士上がりだから当たり前なんだろうけど」


「容赦ないからね、子どもができたら変わるんだろうけど……」


「でもいいよな。そういうの」


「この怖さ、鴇汰もいつかわかるよ。って言うよりも、鴇汰の方が怖い思いするのかもしれないよ」


 ちらりと鴇汰に目をやって笑った。


「……俺、やっぱりちょっと寝るわ。運転よろしくな」


 腕を組んでドアの方に体を向け、鴇汰は黙ってしまった。



-----



 演習場に着くと、拠点には何人かの師範がいるだけで、修治の姿も麻乃(あさの)の姿もない。


「そろそろ交代で戻ってくるだろうから、安倍のテントで待ってるといいよ」


「そういえば、ガルバスが出たらしいですね?」


 中の一人が鴇汰にそう促してくれたので、思い切って聞いてみると、師範たちはそれぞれ顔を見合わせた。


「情報、早いな。どこから聞いてきた?」


「あ……中央で、修繕の奴らが」


「そうか……あまり大っぴらにしたくなかったんだが、全く困った奴らだ。でもまあ、ここで気づいたから良かったよ。街にでも降りられたら大変なことになったからな」


 穂高と目を合わせると、師範たちに礼を言って修治のテントに入った。


「やっぱり出たのは、ここだったな」


「でも、どうしてなんの連絡もしてこなかったんだろう?」


「ここには今、手練(てだ)れが何人もいて、被害が出なかったからじゃねーの?」


「それにしてもねぇ……」


 穂高は首を捻って考え込んでいる。


「ただ待ってるのもなんだし、今のうちに荷物を降ろすから、手伝ってくれよ」


「ああ、そうだね。そうしようか」


 穂高と連れ立って荷物を取りに行き、テントに戻ってくると、丁度、修治も帰ってきた所だった。


「なんだ、おまえら、来ていたのか」


「会議、来るかと思ったんだけど、来なかったからさ」


 車から降ろしてきた荷物を穂高が修治に手渡し、鞄から封筒を出して荷物の上に乗せた。


「鴇汰からみなさんへの差し入れだって。それから、これは今回の資料。各浜の報告は特にないんだけれど、諜報から情報が上がってきてるから」


「ああ、手間をかけさせて悪いな。ちょっとな、いろいろあって会議どころじゃなかったんだ」


「うん、ガルバスが出たことなら聞いたよ」


 穂高の言葉に修治の表情が一瞬、強張ったのを、鴇汰は見逃さなかった。

 もしかするとまだ交代の時間じゃないのかもしれないけれど、麻乃の姿が見えない。


「色々ってなんだよ? 麻乃はどこだよ?」


 周りの師範たちは、黙ったままこちらを見ている。

 視線を合わせようとしない修治が、ぶっきら棒に答えた。


「あいつは今、医療所だ」


「穂高、行くぞ」


 なにがあったのかをはっきり言わない修治に対して、殴りかかりたくなるほどの衝動が湧く。鴇汰は必死にそれを抑え、穂高を促すと早足で車に向かった。


「修治さん、それ昼ご飯だから、みなさんで食べて。麻乃の資料と俺たちの分はもらっていくよ。後でまた、改めて顔を出すからさ」


 後ろで穂高がそう言っているのが聞こえたけれど、鴇汰は足を止めることなく車へ急いだ。

 森の入り口で追いついてきた穂高がドアを開けてシートに収まると、まだドアが閉め切らないうちに走り出した。


「おい! 危ないじゃないか!」


 焦った顔をしている穂高を横目で睨んで黙らせると、鴇汰はアクセルを思い切り踏んでスピードを上げた。

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