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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 稼働

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第34話 演習の始まり

 今日からいよいよ演習が始まる。


 早朝から、麻乃(あさの)修治(しゅうじ)と西詰所で準備を始めていた。まだ薄暗い中、二人は黙々と作業を進める。長年の経験から、どの荷物をどの順番で積み込むか、無駄な動きは一切ない。トラックに荷を積み込むと、中央と西区の境にある大演習場まで運び、森の入り口に、いくつか休憩用のテントを張った。朝露に濡れた草を踏みしめながら、二人は手慣れた様子でテントを設営していく。


 食糧や水も十分な量を用意してある。非常時に備えて医療用品や通信機器も完備した。ここが麻乃と修治、それから師範たちの拠点となる。見晴らしの良い小高い丘の上で、森全体を見渡すことができる絶好の位置だ。


 午前八時、西詰所の前には新しい部隊員を含む、計百名が集合した。新人たちは緊張した面持ちで立っているが、古株の隊員たちは慣れた様子で装備を確認している。麻乃は一人一人の顔を見回し、体調に問題がないか、装備に不備がないかを素早くチェックした。


 演習用の武器と荷物を配ると、修治の第四部隊は森の南側へ、麻乃の第七部隊は北側へと移動した。隊員たちの足音が朝の静寂を破って響く。


「この演習では、まずは相手の気配を辿って追うこと。見つけたら倒して、班のリーダーが付けているこのリストバンドを奪う」


 そう言って、左手に嵌めた革製のリストバンドを掲げて見せた。褐色の革に金属の留め具が付いた、シンプルだが頑丈な作りのバンドだ。新人たちの視線が一斉にそこに注がれる。


「これにはアルファベットと番号が振ってあって、この組み合わせでどの班のものかわかるようになっているから。まずは手元に二十番まで渡してある。奪われたら番号順に嵌め直すように。戦果の証明になる大切なものだからね」


 麻乃の説明に隊員たち全員が頷く。


「次に武器――」


 手にした演習用の刀を抜いて見せる。刀身には特殊な加工が施されており、日の光を受けて鈍く光っている。


「本当は各自の武器を使わせたいところなんだけど、誤って大きな怪我をされると困るから、今回は演習用のものを使ってもらう」


 舞い落ちた木の葉に向かって、すっと刀を流すと触れた落ち葉が、ばちっと音を立てて燃え落ちた。青白い火花が散り、隊員たちが驚きの声を上げる。


「こいつは当たると電流が流れる。弱めにしてあるけれど当たったら十分から十五分は起きられないかな。気を失うと思うけれど、大した怪我はしないから安心して。ただし、痛みは本物だよ」


 新人たちの表情が硬くなった。中には顔を青くしている者もいる。


(まあ、それが普通か)


 麻乃はそんな彼らの様子を一瞥すると、鞄を掲げて見せる。


「それから荷物。これにはいくつかの医療品が入ってる。包帯、消毒薬、痛み止め、それに栄養補給用の携帯食も少し。中身を確認して。ないとは思うけど、万一、大きな傷を負った時や具合が悪くなった時に使うように。遠慮は無用だよ。使わずにいて演習を続けられなくなる方が困るんだからね」


 荷物を確認している隊員たちの様子を見ながら、次に進める。がさがさと荷物を漁る音が響く中、麻乃は腕組みをして待った。


「食料は、自己調達してもらう。この演習場は中央との境の山だから動物もいる、果実や野草はある、川には魚もいる。自分たちの手でどうにかするには、良い環境だよ。ただし、毒のある植物もあるから、わからないものには手を出さないこと」


 苦笑いを浮かべながら言うと、隊員たちの間にざわめきが起こる。


「荷物の中にある小刀は、それに使うためですか?」


「そう。くれぐれも、それ以外の目的では使わないこと。中に赤の信号弾もあるよね。生命を左右するような、自分たちの手に余ると判断した場合にのみ、これを使うように。こちらから指示や連絡があるときには、緑の信号弾を打ち上げる。それを見たら、速やかにこの場所に集合して」


 全員の返事が響く。

 麻乃は黙ってそれに頷いた。


「あたしたちは他国を迎え撃つだけで、決して侵略はしない。だから本当はこんなサバイバルは必要ないんだけど、こういう形の演習にも、ちゃんと目的があるから、絶対に手は抜かないように。どれだけ奪ったか奪われたかが最後に重要になるからね」


 ちらりと腕時計に目をやると、麻乃は全員に時計を合わせるよう指示をした。


「九時に入る。開始は十時から。今、あたしたちは同じ隊の仲間だけれど、中に入ったら自分の班以外はみんな敵だよ。次の指示があるまでは、ひたすら気配を追い、相手を倒してバンドを奪う。そのことだけに集中して。師範の方々とあたし、それから修治は個別で行動している。だからって班同士で対峙するより楽に奪えると思ったら大間違いだから」


 説明を一通り終えた麻乃は、古株を集めた。


「あんたたちは今回の演習の意味をわかっているよね? だから新人たちに簡単な助言や手助けをしてやってほしいんだけど、やつらが自分の頭で考えて、気づいてくれないと意味がないからね。後ろから見守るだけで、必要以上に語らないように気を付けて。まあ、新人を庇いながらじゃ、あんたたちも余裕はなくなるだろうけどさ」


 小声でそう言った。みんなが頷いたのを見て、スタートの指示を出した。南側から修治の部隊も入っただろう。全員が森の奥へ姿を消したのを見届けると急いで拠点へ戻った。


「遅いぞ」


 修治は先に戻っていて、師範の方々に流れや注意点の説明を始めている。


「始めのうちは、こちらからアクションを起こさなくても、向こうが探してくれるので、それに合わせてのんびりやってください。移動中に出くわした場合は、それに限りませんが……手加減はなしでお願いします」


 ぐるりと見回すと、どの師範も見覚えがある人ばかりで、二十名が集まっていた。その中には麻乃も昔世話になった人たちの顔もある。懐かしさと同時に、思わず背筋が伸びた。


 戦士を引退した人や、相応の腕を持ちながらも印を受けず、師範として戦士を育て続けてきた人もいる。それぞれが独自の戦闘スタイルを持ち、長年の経験で培った技術は一級品だ。

 これだけのメンツと手合わせができる機会も、そうそうないだろう。こんな豪華な顔ぶれが揃うのは、こんな演習の時だけかもしれない。


 そう思うと、麻乃は少しだけ隊員たちの側に回りたくなった。隊長でなければ、間違いなくそうしていた。

 当然負ける気はしない。ただ、手合わせをして自分の力を試したい。そんな衝動に駆られる。武器も刀や剣以外に、槍や斧、銃に弓、数人の術師もいて、日中と夜間に分かれて参加をしてくれるそうだ。


 このメンツに、麻乃の部隊はどこまで食らい付けるだろうか?


(時間が来たら、まずはひと回りして様子を見てこようかな)


 そう考えながら仕度を始めた。

 リストバンドの入った荷物を腰に巻き付け、靴紐を固く結び直していると、同じように支度をしながら、修治が声をかけてきた。


「調子、良さそうだな」


「まあね」


「俺はまだ少し、胃がもたれている気がする。昨夜も今朝も、なにも食えなかった」


「あぁ、オレンジケーキ」


 昨日のことを思い出して笑うと、修治は顔を顰めた。


「あんなでかいのを用意しやがって、配分ってものを考えろ」


「今年の大きさは驚いたね。いくらお父さんとお母さんが好きだったからって、おクマさん、あんなの焼くとは思わなかったよ。昨年は小さめだったのに」


「残りの分、おまえ、まさか全部食ったのか?」


「二人に供えた分以外はね。あ……そういえばお供え、そのままにしてきちゃったよ」


「馬鹿。今夜にでも、いったん戻って片付けてこい。カビるぞ」


「だよね、暗くなったら行ってくるよ」


 オレンジケーキは両親が好きだった食べ物の一つで、子どもの頃には良く母親が焼いてくれて、家族で食べたものだった。亡くなってからは毎年の命日におクマに焼いてもらって、砦に行った後に写真の前に供え、残りを修治と二人で食べている。

 なぜか今年はやけに大きなケーキで、それを目の前に二人で唖然としてしまった。


 腕時計に目をやる。

 間もなく時間だ。


 師範たちは修治の時計に時間を合わせると、半数が森へ入っていった。ぴりっとした緊張感が伝わってくる。袖をまくり、みんなの後に続いて麻乃も森へと足を踏み入れた。見つけてもらわないと意味がないから、誰もがあえて気配を殺さずにいるせいで、いつもは静かな大演習場に、今は人の気配が濃く漂い、ざわついている。


 周辺の木々の陰を、ちらちらと見え隠れしていた人影が、やがて一つも見えなくなった。手近な高めの木に登ると、意識を集中して周囲を探り、落ち着かない雰囲気のする方へと足を向けた。しばらく行くと早速、麻乃の隊員と修治の隊員がぶつかっているところが遠目に見えた。


 腕は互角……に見える。

 新人もよく動いている。


 けれど、やっぱり立ち合いとは違う、実戦としての動きに付いて行けないのか、それとも気押されているのか、だんだんと分が悪くなり、麻乃の隊員たちは次々に倒された。


(修治の方は予備隊の引き上げが、うちより多かったからなぁ……やっぱり実戦に慣れてると、こういう時に強いか。でもまあ、この演習が終わる頃には、その差はきっと埋まっている)


 修治の隊員がリストバンドを奪って去っていくのを待ってから、再び木々を飛び移りながら移動を始めた。思っていたよりも、お互いが出会う確率が高いようで、途中、二組が打ち合っているのを見かけた。


 人の気配を追うのがうまいのか、それとも単に出会ってしまっただけなのか、まだどちらとも判断が付けられない。川辺に近い辺りまで来ていたのか、水音がかすかに聞こえる。そこに、どうやら一休みしているらしい、多数の気配を感じた。


(このまま追い立てるか、それともやり過ごしてひと回りしてくるか……)


 迷っていると、麻乃の気配に気づいたのか、隊員たちが動き出した。


(気づかれた以上は、相手にならないとルール違反だよなぁ)


 左手の茂みで、こちらを探している姿が見える。相手が木の上にいる、とまでは、まだ考えていないようだ。茂みを中心にして広がり、間合いを詰めてきている。


 良く見れば、麻乃の部隊のやつらだ。

 仕方なしに枝の上で立ち上がると、麻乃はアームウォーマーを嵌めてから、リストバンドを締め直す。口の端が、自然と上がった。


 そして枝を力一杯に踏み切った。

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