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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 それぞれの想い

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第33話 大銀杏の下

 会議の翌日。鴇汰(ときた)は今日から西詰所で一緒になる梁瀬(やなせ)とともに、西区に戻ってきた。

 普段はまったく運転をしない梁瀬が珍しく自分から運転席に乗り込んだのを見て、なんの疑問も抱かずに助手席に乗ったけれど……。


 今回、梁瀬の運転で一緒に乗って、今までみんなが梁瀬にハンドルを握らせなかった理由がよくわかった。


 ――とんでもなく運転が荒い。


 ただでさえうねりの多い山道を、嫌というほどタイヤを軋ませ、車体を揺さぶって走り続けてくれる。

 たいていのことは平気な鴇汰でも、さすがに気分が悪くなり、森の片隅に一旦、車を止めてもらって一息ついた。


 木陰にしゃがみ込むと、ここから先は絶対に自分で運転しよう、と決めた。梁瀬と乗るときは決してハンドルは渡さない。徳丸と巧、そういえば岱胡も絶対に運転席を譲らないでいた。

 誰だって命の危険を感じれば、そうするだろう。


 梁瀬は満足そうに伸びをして、大きく深呼吸をしたり体を動かしたりしている。まったく呑気なもんだ。


「あれ?」


 梁瀬の動きが止まり、早足に鴇汰のそばまで戻ってきた。


「なんだよ? どうかした?」


 梁瀬は唇に人差し指を当ててしーっとやってみせると立ち上がった鴇汰の背中を押して木陰に隠れ、西詰所に続く道のほうを指差す。


 目を向けると、修治(しゅうじ)が歩いてくるのが見えた。

 どういうわけか軍の正装に身を包み、肩に大きな花束を抱えている。


「なんだ? あいつのあの格好……」


 唖然としてつぶやくと後ろから梁瀬が問いかけてきた。


「見間違いかと思ったんだけど、やっぱりあれって修治さんだよねぇ?」


「と、思うぜ? つーか、どう見ても修治だろ」


 ひそひそと話しながら、もう一度そっとのぞいてみると、修治はそのまま砦の方角へと向かっていった。

 その姿が見えなくなると、梁瀬は木陰から出て、後を付けてみよう、と言った。


「ええっ? 悪趣味だろ? それ」


 思わず声が大きくなる。

 振り返った梁瀬が、また指を唇に当てて鴇汰を睨む。


「だって向こうには砦しかないよ? あの格好、しかもあの花束。修治さんがなにをしに行くのか、鴇汰さんは気にならない?」


 確かに、まったく気にならないと言えば嘘になる。修治にしては無防備に見えるのもなにか変だ。梁瀬は楽しんでいるかのように、しっかり尾行の体制に入っている。こういうときは、このオッサンの行動はすばやい。

 鴇汰は好奇心には勝てず、歩き出した梁瀬の後を追った。



-----



 修治は少し足を速めて歩いた。

 花束を買うのに思ったより時間がかかってしまった。


 砦のそばまでくると修治は周囲を見回し、海側の崖の手前にある大銀杏の脇に立つ麻乃の姿を見つけ、近づくと肩から花束を下ろした。


「遅くなって悪いな。待ったか?」


「ううん、大して待ってない」


 麻乃は修治が差し出した花束を受け取り、顔を寄せると祈るように目を閉じた。


「やっぱり百合は匂いが凄いね」


 しばらくそうしてから、崖っぷちに歩いていき、海へ向かって両手でそれを投げ落とした。


「少しは話ができたか?」


「うん、近況報告だけどね」


「そうか……」


 修治と麻乃は砦のそばにある大銀杏に手を当て、黙祷をした。

 今日は麻乃の両親の命日だ。

 毎年この日は二人でここを訪れている。子どものころ、麻乃はここでよく泣いた。毎日の暮らしを修治の両親や高田、修治も弟たちも一緒に楽しく過ごしても、両親のいない悲しみが消えることはないんだと、泣きじゃくる麻乃の姿を見て実感していた。


 麻乃が蓮華の印を受けた年に二人は、なにがあっても逃げない、むやみに泣かない、と決めた。


 戦士だった麻乃の両親を越えるために、どんなにつらくてもそれを乗り越えていこうと、この場所で誓ったのだ。

 以来、麻乃が泣いたところを見ていない。

 人知れず涙を流しているのかもしれないが――。


「近ごろは忙しくて、ろくに話もできなかったな。なにか変わったことはあったか?」


「ううん、特になにも」


「だったらいいんだ。けどな、なにかあったらすぐに言うんだぞ」


「うん」


 麻乃は返事をして、目を伏せる。


「ガキのころからずっと一緒にいるから、たいていのことはわかっているつもりだが、印を受けてからのおまえは、だんだんと隠し事が増えていくみたいだな」


「隠し事なんて、そんなこと……」


「まぁ、誰にでも言いたくないことや言いにくいことはあるだろうしな。俺にじゃなくても誰かに話していればいい。溜め込むときつくなるから、一人で考え込むのだけはやめておけ」


 銀杏の幹の向こうがわで、麻乃は黙ってうなずいた。うなずきながらも、麻乃の視線は修治ではなく、大銀杏の幹に向いたままだった

 なにかを隠したいときや嘘をつくときは、口数が少なくなるからすぐにわかる。


 麻乃はいつも肝心なときに言葉が足りない。

 言いたいことは山ほどあるのだろうが、引き出しからなかなかその中身を引っ張り出せないようだ。


「このあいだのな……部隊のやつらが逝ってしまったとき……川上(かわかみ)のことも、俺は泣くなと言ったけど、おまえ、今日は泣いておけ」


「でも……二人で決めたでしょ……泣かないって」


「決めてからずっと、本当に泣かなくなっただろう? けどな、あれだけのことがあったんだ。一度くらいは泣いてもいいんじゃないか? 本当は今も泣きたいんだろう?」


「それは……」


「ここで泣いちまって、また一からやり直すと、今日、あらためて親父さんとお袋さんに誓おうじゃないか」


 麻乃はまだうつむいている。


「話は誰にでもできるが、泣くところを誰彼かまわず見せるなんてできないだろう? 今なら俺しかいないしな。それに……」


(一か八かだが、試す価値はある。)


 少し間を置くと、麻乃の目がこちらを向いた。


「俺はここに来る前に泣いてきたぞ。恥ずかしいくらいにな」


 自嘲気味に笑って見せると、じっと観察するように修治を見ていた麻乃の目が、わずかに笑った。


「恥ずかしいくらいって……どんだけなのさ」


「そりゃあおまえ、とてもじゃないが人前には出られないほどだよ」


 両手を広げて麻乃を促す。


「……修治のバカ」


 ゆっくり歩み寄ってきて胸に寄りかかったその背中をそっと抱きしめてやると、麻乃は誰の目も気にせずに思いきり泣いた。


(本当は、泣いてなどいない。)


『シュウちゃんは嘘をつくと、必ず首筋に触れるから、すぐにわかるのよ』


 以前、多香子(たかこ)にそう言われたのを思い出し、 意識して腕を組んでいた。麻乃が探るような目で見ていたのは、きっと癖を確認していたんだろう。修治がその癖に気づいているとは思っていないようだ。


(残念だったな。俺のほうがまだ少し上手だ)


 これで少しでも胸に支えているものが消えるなら、今はそれでいい。泣くことで発散して、わずかでも麻乃の肩の荷を下ろしてやれるなら……それで。


(隠していることも、いずれ必ず吐き出させてやる)


 麻乃の背をさすりながら、修治はそう思っていた。



-----



 気づかれないように、距離を置いて鴇汰と二人で修治の後を付けた。行き先は砦だとわかっているから離れたところでなんの問題もない。見つからなければそれで良い。


 砦の手前で木立に隠れながら、梁瀬は鴇汰を促して建物の裏側へ回った。崖の手前に麻乃の姿が見え、同じように正装だったことに梁瀬は少しだけ驚いた。


 修治が手渡した花束を麻乃が投げ捨て、二人は銀杏の木の前に立つと、そこから動こうとしない。なにか話している様子なのは見てわかるけれど、声までは聞こえてこなかった。鴇汰のほうを見ると、険しい顔つきで二人の様子を見つめている。


「梁瀬さん、もういいんじゃねぇ? そろそろ戻ろーぜ」


 鴇汰がそう言ったとき、激しい嗚咽が聞こえてきた。振り返ると、修治に抱きしめられて麻乃が泣きじゃくっていた。鴇汰と二人、初めて見る麻乃の姿に驚いて、ただその場に立ち尽くしていた。


「あの麻乃があんなに泣くなんて……あんな姿、見たことがねーよ……なんなんだよ……」


 二人から目を逸らし、腰を下ろして砦の壁に寄りかかった鴇汰は、そうつぶやいた。


「僕も……あんな麻乃さんは初めて見たよ。きっと、ほかのみんなも見たことないんじゃないかな」


「修治には心配かけたくないなんて言った癖に、あんな姿は見せられるっていうのか?」


「ホラ、二人は幼馴染だっていうし、二人にしかわからない事情があるんじゃないかな」


「二人にしか……か……」


一度だけ、二人の方に目をやってから、鴇汰は視線を落とした。大きなため息をつき、黙ってしまった。


 ずいぶん長くそこにそうしていた気がする。


 やがて静かになり、背中をさすられて落ち着きを取り戻したのか、修治が麻乃の肩を抱くようにして、その場を去っていった。


「麻乃さんが花を投げ捨てたときは痴話げんかでも始まるかと思ったけど、変なラブシーンを見せられるよりずっと深いものを感じたよねぇ」


 二人が帰っていった木々の向こうを、その姿が見えなくなるまで見送ってから、梁瀬は鴇汰に目を向けた。

 瞬間、どきりとした。

 鴇汰は今にも泣き出しそうな、切なげな表情だ。


「あっ……ごめん、変なところに連れてきたよね。鴇汰さんにそんな顔をされると、僕のほうが切なくなるよ……もう戻ろうか」


 そう言って鴇汰の肩を押した。押し黙ったままでうつむき、車に向かう鴇汰の姿に、ただ、胸が痛んだ。横顔をちらちらと盗み見ながら、梁瀬は思った。


(しまったな――)


 鴇汰の表情を見て、ひどく焦った。

 最初に見たときに、すぐに思い出せたらよかった。

 正装に白い花束、砦に麻乃と修治が二人きり。


(多分……いや、確実に、今日は麻乃の両親の命日だ)


 昔、堤防を抜けた敵兵を追った麻乃の両親は、その場にいた修治と麻乃を助けるために敵兵と戦い命を失っている――修治はそう言った。


 二人にとっては今なお心に残る大きな出来事に違いない。きっと蓮華(れんげ)になる前から、ああして二人だけで麻乃の両親を弔っているのだろう。


 梁瀬はそのことを知っているから、修治と麻乃がああしていても、二人の間には何もないとわかるけれど、鴇汰はそれを知らない。


(ひょっとすると、もの凄い勘違いをしているかも――)


 教えてあげようにも、事情が事情なだけに、あまり触れ回るような真似もできない。切なそうな寂しそうな、やり切れない思いが、さっきの鴇汰の表情にあらわれていた。あんな顔を見たのも初めてだけど、どれだけ麻乃に対して気持ちを寄せているのかもわかってしまった。


(まいった――とんでもない失敗をしてしまったな……)


 後悔しても、どうしようもないけれど、軽はずみなことを……かわいそうなことをしてしまった。黙ったままになってしまった鴇汰を見て、梁瀬はため息をつくしかなかった。

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