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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
島国の戦士

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第22話 挑む決意

「あの女。あんたはあれを鬼神(きしん)かもしれないって言ったけど、あれは絶対に偽物よ」


「どうして?」


「だって、鬼神の家系は間違いなく麻乃(あさの)だけだよ。泉翔(せんしょう)に鬼神の言い伝えがあるように、大陸にもたくさんの伝説があるのね」


「うん」


 麻乃は話に集中したくて食べる手を止めた。


「私は毎年ジャセンベルに行くから聞いたことがあってね。ジャセンベルには武王(ぶおう)っていう血筋があるんだって」


「武王? それもまたずいぶん大層な血筋だね」


 麻乃の返事に(たくみ)はくすりと笑うと、伸びをして体をほぐしながら天井を見上げ、思い出すように話を続けた。


「武王はね、強い力を持っていてカリスマ性が高く、民を統べ、国を一つにまとめて治めるんだって」


「強い力……」


「過去に何度か、国が崩壊しそうなときに生まれては、国民をまとめあげてきたらしいわよ」


「ジャセンベルって大国だよね? それをまとめあげるほどの能力を持ってるんだ」


「私に言わせりゃ、まとめたところで行き着く先が侵略のための戦争じゃ、なにが武王だよ、って感じなんだけどね」


 そう言って、巧はまたコーヒーに口をつけ、一息つく。


「それだって、一つの血筋からしか生まれないって聞いたわ。考えてみたらそうよね?」


「なんで?」


「だって、あちこちで武王が生まれたらさ、国民だってどれを信じりゃいいのか、わからなくなるに決まってるわよ」


 巧の言うことはもっともだと麻乃も思った。

 武王同士で国主を賭けて闘ったりしたら、逆に国をつぶしかねない。

 そうなったら本末転倒だろう。


「そう言われると、そうかもしれない」


「でしょ? 大陸には賢者(けんじゃ)なんてのも、いるって聞いたことがあるしね。あれだけ広い大陸だもの、他にもきっといろいろな血筋ってあるんだと思う」


 巧の言うことにはなんの根拠もないけれど、なぜか麻乃の胸の奥に響く。

 温かい思いがあふれてくるような気がした。


「鬼神に近い血筋もあるのかもしれない。でもさ近いだけでそれはきっと全然別モノなのよ。だって考えてごらん? もしも悪いほうに覚醒した鬼神が何人も現れたら、世の中、終わっちまうじゃないの」


「でもあの容姿は……あの髪の色」


 遠目で見ただけ……。

 それでもあの赤い髪は麻乃には衝撃的だった。

 中途半端な麻乃とは違う、あの燃えるように艶やかな赤い髪。敵国に鬼神の存在があるのなら、対峙する力を持つのは麻乃だけだろうという思いに、不安が拭いきれない。巧が言うように偽物だとしても、なんらかの能力を持っていると思う。


「でも目は見てない。なんのつもりか知らないけど、見かけ倒しよ。私には、あの女になにか能力があるようには見えなかったわ」


「あたしは……できれば戦ってみたかった。能力の上がった相手と、どれほどの差がつくのか知りたかった」


「あのね、麻乃……私らはね、あの女のこと、少しずつ調べてみようと思うの。あんたは知りたい?」


 麻乃は残ったケーキを一気に頬張ると、コーヒーで流し込み、巧の目を真っすぐに見すえた。


「知りたい。鬼神じゃないとしたらなんなのか。そしてなんらかの能力が本当にあるなら、あたしは挑む。差があるのなら、その差を埋めてみせる。簡単にやられたりはしない」


 巧はそう答えた麻乃の前に、もう一つケーキを置いて、にやりと笑った。


「あんたなら、そう言うと思った。悩んだり落ち込んだり、不安定なところも多いけど、そうやって前向きに構えているほうが麻乃らしいわよ」


 本当は怖い。

 覚醒なんてしたくない。


 鬼神の力なんか借りずに腕前を上げて済ませることができるなら、いくらでも訓練だって演習だってやってやる。

 そう思って麻乃は生きてきた。


 でも、いよいよそれじゃあ追いつかないところへきたのかもしれない。かつて鬼神として目覚めた人たちも、麻乃と同じように悩んだのだろうか。進んで覚醒を選んだとしたなら、そのときの心情を知りたいと思う。それを知れば、麻乃自身も覚悟を持てるかもしれないから。

 けれど、伝承にはそんな彼らの心の内まで書かれてはいない。いくら考えたところで答えは出ない。


 だから――。


 少なくとも今は、自分の力だけで戦い続けたいと思った。たとえそれが無謀だとしても、鬼神の血に頼るのは最後の手段にしたい。使わずに済むのであれば、このままでいたい。そのためにも、あの赤い髪の女に挑んでみたいと……挑まなければならないと決意した。


 二つ目のケーキに手を伸ばすと、麻乃はまた、思いきり頬張った。

 空腹感が満たされるほどに、力がみなぎるように思うのは気のせいだろうか?


 ノックとほぼ同時に勢いよくドアが開き、振り返ると修治(しゅうじ)が息を切らせて立っていた。修治は麻乃の手もとに目を向けると、がっくりと両膝に手を置き、脱力をしている。


「……なんか食っていやがる」


「シュウちゃん? なにをやってんのよ?」


 頬づえをついたまま、巧が修治に向かって問いかけた。


「あのなぁ、姿が見えなくなったから、なにかあったのかと思うだろうが。あちこちと駆け回ってやっと見つけたと思ったら、のんきに茶なんか飲んでいやがって」


「あぁ……そっか。麻乃が目を覚ましたから、ちょっと話をしていたのよ。心配させて悪かったわね」


「いや、なにもなかったなら、それでいい」


 修治は空いた椅子を引き寄せると、どっかりと座った。


「そういえばあんたたち、珍しく丸腰じゃない? いくら謹慎中だからって、まるっきり丸腰はないでしょう? そんなんでよく駆けつけてきたわね」


「俺は梁瀬(やなせ)と飯を食ってから、麻乃のところに資料を届けに行くつもりだったからな」


 修治の言葉に、麻乃も思わず自分の腰に手を当てた。確かに、麻乃も修治も武器を持たずに現場に駆けつけてしまった。普段なら考えられないことだ。それだけ、あの爆音に動揺していたということだろう。もしもあの場で本当に戦闘になっていたら、自分たちはどうなっていたのか。素手で戦うには、相手があまりにも未知数すぎる。


 あのとき、稽古の最中だったから、武器なんていくらでも揃っていたのに……。

 そう思って、ハッとした。


「そういえば、あたし……」


 麻乃は手を止めて突然立ちあがり、その勢いで椅子が倒れた。


「あたし、塚本先生と演武の途中で、それで爆音が聞こえて飛び出してきて……まずい、まずいよ。稽古中だったのに。あれからどのくらいたってる?」


「三時間はたってるんじゃないかしら?」


「そんなに? 帰る。急いで戻らないと……」


 稽古を途中で投げ出すなんて、高田が絶対に許さないことだ。麻乃の心に、高田の厳しい表情が浮かんだ。


「そうだ、麻乃、合同葬儀はあさってだ。明日、一度中央へ戻るぞ」


「わかった! 巧さん、ごちそうさま!」


 麻乃は巧にお礼だけ言うと、すぐに部屋を飛び出して道場へと急いだ。



-----



 うろたえたままの様子で、部屋を飛び出していった麻乃を見て、巧は唖然として修治に聞いた。


「なによ? あれ」


「おおかた、うちの先生が怖いんだろうよ」


「怖いって……あの麻乃があんなにうろたえるもの? あんたたちの先生って何者よ?」


「麻乃の両親がいた部隊の蓮華だった人で、今は引退している。あいつにとっては、うちの両親とは違った意味で親同然の人だな」


 巧の問いかけに答えた修治は、立ちあがって窓辺に寄りかかると、すばやく馬に飛び乗って駆け出していく麻乃を眺めている。


「へぇ、そんな人がいるんだ。確かに蓮華を引退してから、上層部に上がらない人って思ったよりも多いわよね」


「ある程度、体がきく人はな。やっぱり自分の経験を受け継ぐ力のある子どもらを育てようと思うんじゃないのか」


「そうかもね。私もそうなったときには、やっぱり地元の道場で、って思うものねぇ」


 大きくうなずいて伸びをしながら、巧はしみじみとつぶやく。今はまだ、そんな不安を感じることはないけれど、戦場へ出る以上、いつ何が起こってもおかしくない。

 いずれ蓮華を引退するときが来たら、自分の体が動くのならば、子どもたちに剣術を教えて強く育てたいと思う。


「シュウちゃんもそう思うでしょ? これから国を守っていく子どもたちを、強く育てたいってさ」


「そうだな……今はまだピンとこないが、いずれ戦士でいられなくなったときには、そうありたいと思うよ」


「まあ、私なんかは師範になっても、あの麻乃をあれだけ怯えさせることはできないだろうけどね」


 一時は興奮していた修治も、いつもと変わらない姿の麻乃を見て、落ち着きを取り戻したようだ。巧の問いかけに、ふっと鼻で笑う修治の顔を見てホッとした。


「うちの先生の場合は麻乃がいたからな。特にいろいろと思うところがあったんだろうよ。さて、俺も行くか。あの件、なにか進展があったら知らせてくれ」


「わかってる。ああ、今日は本当にありがとうね」


 部屋を出ていく修治を見送って、静かに息をはいた。

 このところ、立て続けに起きている状況に、巧自身も本当は不安が拭い切れない。


 それはどうやら自分だけが感じているのではなく、徳丸(とくまる)も梁瀬も、みんながそう感じているようだ。大きな変化の前触れのような気がしてならない。平穏だった日常が、少しずつ崩れ始めている。そんな予感が、巧の心を重くしていた。


 このままなにもせずに、ただ防衛だと言って詰所にいることが、巧は怖くてたまらなかった。

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