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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
島国の戦士

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第20話 赤い髪の女

 轟音が響いて一斉に鳥が羽ばたき、森の木々がざわめいた。

 道場で午後から塚本(つかもと)とともに演武(えんぶ)を行っていた麻乃(あさの)は、その音を聞いて道場から飛び出した。子どもたちも、ざわざわと騒ぎはじめ、入り口や窓から顔をだして周囲を見回している。


「塚本先生、敵襲かもしれない。あたし、様子見にいってきます!」


 塚本の返事も待たず、麻乃は馬に飛び乗ると西浜に向かって駆け出した。


(またこのあいだのような、おかしな敵襲があったんだろうか? 今日は西浜には誰が出ているんだろう……)


 丘に続く橋の手前で、横道から突然、車が飛び出してきた。その助手席から顔を覗かせているのは梁瀬(やなせ)だ。


「麻乃さん!」


「梁瀬さん、修治(しゅうじ)! あの爆発音は?」


「聞こえたよ! なにか起きたんだ。とにかく急ごう!」


 梁瀬が大声で言うと、車はスピードを上げて走り去った。馬を急かせてあとを追い、丘の上で一旦止まると海岸を見下ろした。

 砂浜に近いところまで敵艦が入り込んでいて、砦のあたりから火の手があがっている。砲撃を受けた砦の武器庫が誘爆し、砦と崖を崩していた。上陸している敵兵はなく、砲撃だけがなされたようだ。


 敵艦はゆっくりと向きを変え、撤退を始めていく。丘を降りて堤防まで走ると、穂高(ほだか)(たくみ)の部隊、修治と梁瀬が海岸を睨んで立ち尽くしている。修治の後ろに立ち、その視線の先を追う。


 敵艦の甲板に人影が見え、麻乃は目を凝らした。そこには、なぜだか純白のロングドレスを着た女が立っている。肩にかかった長い髪が海風に揺れていた。

 燃えるような赤い髪が。


(――赤い髪!)


 距離がありすぎてその瞳までは見えない。がくがくと麻乃の体が震えた。


(まさか、あれは鬼神(きしん)……?)


 その瞬間、麻乃の胸の奥が疼いた。恐怖とは違う、もっと深く重い感情だった。全身の血が湧き立つような、言葉にできない衝動のようなものが――。


(あたしの他にも同じ鬼神が……?)


 左腕の火傷の痕がじりじりと焼けるように痛みだし、右手でぎゅっと押さえて痛みを堪えた。痛みとともに、あの日の記憶が蘇る。覚醒しかけた自分が、制御を失った自分が、大切な人を傷つけた日の記憶が。


(違う……あたしは……駄目だ、今は絶対……)


 振り返った修治が、麻乃の手を力強く握り締めてきた。その温もりに、少しだけ胸のざわめきが鎮まる。


 敵艦が完全に撤退したのを確認してから、全員で西詰所へ戻り、詰所の会議室に蓮華だけで集まった。


「今日は敵艦が一隻だけだった。浅瀬をぎりぎりのところにきたかと思ったら、いきなり撃ち込んできやがったんだよ」


 廊下から巧と穂高の隊員たちの足音が響き、巧はそれが通り過ぎるのを待って話を続けた。

  

「どういうわけか堤防じゃなく、砦に向けてね。しかもたった三発だった。兵も降りちゃこない、弓や銃撃があるわけでもない、ただ、砦に撃ち込んだだけ」


「実は一昨日も、この西浜に敵襲があったっていうんだ。昼間だった。そのときは兵が出てきたらしい。百人ほどね」


 穂高はそう話すと、修治に向かって肩をすくめてみせた。


「たった百人?」


「そうなんだ。あっという間に退却していったそうだよ。俺は昨日まで北浜だったけど、そこも同じだった」


「ああ、さっき報告書を読んだよ。人数までは記載がなかったが、まさか、たった百人とはな」


「あいつら一体、何しに来たんだか。聞けば全部の浜が同じだって言うじゃないの」


「今日のやつらはどこの国だ?」


 怒りをあらわに話す巧に修治が問いかけると、巧も穂高も首をひねっている。兵が出てこなかったのだから、確認のしようがない。


庸儀(ようぎ)……じゃないかな? 見た目もだけど、あの衣装」


 梁瀬が代わって答えた。


「ほら、僕は豊穣(ほうじょう)のときにいつも庸儀だから。見たことがあるんだよね。うちでいうところのシタラさま? シャーマンっていうのかな。その人たちがあんな衣装を着ていた」


「そのシャーマンが、砲撃しにきたってのか?」


「それはわからないけど、でも、あれは……」


 梁瀬は言いにくそうに修治を見ている。


「……鬼神かもしれない」


 麻乃がぽつりとつぶやくと、四人が一斉に振り返った。

 それまでずっと、麻乃は会議室の隅で黙ったまま話を聞いていた。


 ――鬼神。


 この言葉を口にすると自分の中で嫌でも緊張感が高まる。


(やっぱり……やっぱりあの女は)


長く揺れる赤い髪。自分と同じ存在がいるという事実が、麻乃の中で複雑な感情として広がっていく。それは孤独からの解放なのか、それとも更なる恐怖の始まりなのか、麻乃にはわからなかった。


「だって……あんな赤い髪の色、ほかにない」


 四人は何も言わずにこちらを見ている。全員が知っているなら、それを知ってどう思っているのか、まともに視線を受けとめることができない。

 修治だけは違う。修治だけは、麻乃が鬼神だと知ってもなお、麻乃を麻乃として見てくれている。ただ、それがかえって麻乃を苦しめた。


 麻乃の胸の奥で燻っていた不安が急速に広がった。あの女を見た瞬間から、眠っていた力が目覚めようとしているかのように。不安が恐怖に変わり、恐怖が絶望に変わっていく。


「あたしはならない! 絶対、あんな――」


 誰の目にもとまらぬよう、できるかぎりこの身を小さくしようと自分自身を抱いて叫ぶと、そのまま目の前が真っ暗になった。


 最後に聞こえたのは、修治の呼ぶ声だった。



-----



「麻乃!」


 修治の目が探るように巧と穂高を見ていたすぐあと、叫んだ麻乃はぐらりと倒れ、修治が慌てて抱き止めた。


「意識がない! まずい……くそっ! なんなんだ、一体……大陸のやつらはなにを考えていやがる! あの女は何者なんだ!」


「――落ち着きなさい!」


 巧は修治の頬を両手ではさむようにして軽くたたいてから、その肩を押さえた。


「シュウちゃん、まずは麻乃を空いた部屋のベッドに連れていく。意識が戻るまで静かに寝かせてあげよう。ね?」


 静かに息をはいた修治は、ゆっくりと深呼吸をしてから麻乃を抱き上げた。巧はドアを開けてやり、出ていく修治に続いた。


「修治さんがあんなふうに取り乱したの、初めて見た」


 梁瀬は呆気に取られて固まったままで立ち尽くし、穂高が驚きを隠さずにぽつりとつぶやいたのが巧の耳に届く。穂高の言うとおりで、修治が取り乱すのを、巧もほとんど見たことがない。

 部屋を移り、麻乃をベッドに横たえると、修治はその脇に腰かけて麻乃の手を握った。


「――シュウちゃん。説明、してくれるよね?」


 巧はドアにもたれて腕を組み、修治から目を逸らさずに聞いた。修治の視線が泳ぎ、一瞬のためらいを見せたあと、麻乃の髪をなでながら小さくつぶやいた。


「あんたたちが考えているとおりだよ。こいつが鬼神だ」


「私らだって泉翔(せんしょう)の人間だからね。当然ながら耳にしたことはあるのよ、鬼神の言い伝えは。麻乃は泉翔人なのに髪が赤茶。それに気づいてないようだけど憤ったときには瞳が紅っぽく見えるの。だからうすうすそうなんじゃないか、って思ってた」


 静かに一つ息をはくと修治の横に立って麻乃を見た。


「でもね、私らにしてみれば、鬼神だからなによ? って感じなの。だって麻乃は麻乃よ。ちゃんと覚醒すれば普通の人間と同じでしょ?」


「安定していればな。そうじゃなきゃ、こいつは――」


 修治は言葉を詰まらせ、巧を見ることなくうつむいた。


「俺は怖いのかもしれない。こいつに殺られることじゃなく、俺が手にかけなければならない可能性があることが――」


「シュウちゃん……」


「巧、あんたの龍牙刀(りょうがとう)、置いていってくれないか? 俺は今日、丸腰だ。こいつが目を覚ますまでのあいだ、刀を置いて出ていってくれ。頼む……」


 思い詰めたように巧に訴えかけてくる修治の姿に、ため息がこぼれた。仕方なくその手に刀を握らせてドアの前で振り返った。


「シュウちゃん、あんたが麻乃を大切に思うのと同じくらい、私らも、あんたたちを大切に思ってるってこと、忘れるんじゃないわよ」


「わかっている。わかっているんだ。でも……すまない」


 麻乃を見つめたままの修治の顔に、今にも泣き出しそうな色が浮かんでいた。巧はそれ以上、なにも言うことができず、部屋をあとにした。


 ドアを開けるとすぐ横に穂高と梁瀬が立っている。

 驚いた巧は二人を引っ張り、会議室に戻った。


「聞いてたの?」


 穂高も梁瀬もうなずく。


「しょうのないやつらだねぇ。まあ聞いたとおりよ。私らは祈ってやるしかないわね」


 そう言って両手で顔を覆った。


 小一時間ほどたったころ、修治が一人で会議室に戻ってきて、巧は心臓が止まりそうな思いがした。


「麻乃はどう?」


「覚醒しなかった」


 その答えに、巧は心の底からほっとした。


「喜ぶことじゃないんだろうが、変に目覚めなくて良かった」


 修治が差し出した刀を受け取り、机の上で両手を組むと巧は窓の外を見た。


「ねぇ、残った諜報員を何人か、庸儀に送れないかしら? あの女の素性を知りたいじゃないの」


「僕、中央に戻ったらかけ合ってみようか?」


「そうね、そうしてくれる? 穂高、手間だろうけどヤッちゃんを送ってあげて。ついでに砦の修繕も依頼してきてよ」


「わかった。梁瀬さん、行こうか」


 穂高が声をかけると、梁瀬はうなずいて立ち上がった。

 てきぱきと指示をすると、巧はそのまま思ったことを口にした。


「私らは、いつまでも黙って襲撃されるのを待ってるなんて駄目。常に万全の情報を手にしておかなけりゃ。なにが起きてもすぐに対処できるようにしなけりゃ駄目なのよ」


「ちょうど俺たちも、それを考えてはいたんだ。折を見てみんなにも話そうと思っていた。麻乃の件も……」


「情報があるのとないのとじゃ、大きく違うわよね。大陸でなにか起きたら、こっちにとばっちりがくるかもしれないんだから。麻乃の件は、トクちゃんも岱胡も気づいていると思うから、私から話をするけど問題は……」


「鴇汰のやつか。うるさく言うだろうが、話さないわけにもいかないだろう。俺からじゃ、あいつは素直に耳を貸さないだろうが巧の話なら大人しく聞くだろうよ」


「あの子もねぇ……なんだか最近、落ち着かないわよね。前はもっと冷静に、いろいろと考える子だったと思うんだけど。まぁ、今度の会議が終わったあとにでも話してみるわ」


 梁瀬と穂高が出掛ける準備を済ませると、修治は二人を見送りに一緒に部屋を出ていった。 

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