第19話 不可解な動き
梁瀬は一週間ぶりに中央へ戻ってきた。
北浜での待機中、四度も庸儀の襲撃があったけれど、やけに兵数が少なく、大した攻防もないまま撤退していった。
楽ではあったけれど、わざわざ海を渡ってきた意味があったのだろうか?
そう思い、奇妙な感じがした。
報告会議では西浜でも南浜でもヘイトとロマジェリカの襲撃があったといい、北浜と同じような結果だったらしい。
規模が小さかったとはいえ、こんなに短期間に、すべての浜が立て続けに攻められることはこれまでなかった。
緊張と疲労だけが、むなしく積み重なっていく気がする。
諜報部隊の調査も始まったばかりで、上層部も判断をつけかねているように思えた。口には出さないけれど、先日のロマジェリカ戦以来、やはり大陸になにかあるのかもしれないと、誰もが感じているようだ。
会議が終わったあと、梁瀬は上層部の一人から分厚い資料を数冊受け取った。
「梁瀬さん、それなによ?」
鴇汰が近づいてきて、梁瀬の手もとを見ると問いかけてきた。
「うん、これは今日の会議資料と、予備隊と訓練生のデータファイルだよ」
「そんなもん、どうすんの?」
「届けるの」
「どこに?」
怪訝そうに見つめる鴇汰に、手を止めて梁瀬は振り返った。
「修治さんのところに決まってるでしょ。そんなにかさばらないと思ったんだけど、思ったより凄い量で驚いたよ。二人分にすると大変だよこれ。送ろうと思ったけど、僕、明日は休みだしせっかくだから持っていこうと思って」
「持っていくって、あいつ宿舎なんだから取りにくれば済むことじゃねーの?」
「いや、今、西区の自宅に戻ってるんだよ」
厚手のダンボールに丁寧に資料を詰め込みながら答えると、納得したようにうなずいた鴇汰の動きが、はたと止まった。
「ふうん……えっ? てか、二人分?」
「そ。麻乃さんの分も」
「えっ? なによ? 麻乃も一緒に帰ってんのかよ? なにそれ? 俺、なにも聞いてないぜ!」
鴇汰の詰め寄る勢いに、思わずあとずさりしてから、しまった、と思った。聞かれなければ黙っていようと思ったけれど、聞かれたままに答えてしまったことを後悔した。こういう反応になることはわかっていたから、言い方を考えていたのに、資料の多さに驚いて、すっかり忘れていた。
「謹慎を言い渡された日に、帰ることを決めたみたいだから、急だったんだよ。一週間前の朝に出発して」
「なんだよそれ! だって俺、その前の日の夜に麻乃と会ってるよ? あいつ、帰るなんて一言も言ってなかったぞ!」
「それを僕に言われても……二人が決めたことだし、向こうなら医療所も近いからとか、修治さんのご両親がいて怪我が治るまで手を借りられるからとか、そういう理由があるからじゃないの?」
「俺、明日から今度は北詰所で……だから今日は――」
ボソボソと呟く鴇汰の声があまりにも小さくて、最後まで聞き取れなかった。
強い勢いで食ってかかってきたのは最初だけで、もっと凄い剣幕でくるかと思っていたら、予想に反して落ち込んでいる。
なんだか少し拍子抜けした。
「当分は向こうにいるって言っていたけど、僕は資料のやり取りや連絡もあるし、しばらくは中央で休みはいつでも取れるし、なんなら鴇汰さんの次の休み、一緒に行ってみる?」
うなだれてふて腐れていた顔がびっくりするほど明るくなって梁瀬のほうを向いた。
(聞き取れなかった言葉は、麻乃さんの顔を見ておきたかった、ってところかな? わかりやすいっていうか――犬みたいだな。鴇汰さんは)
「その代わり、そのときは運転と荷物持ち、よろしくね」
鴇汰の肩をたたくと、資料を抱えて部屋に向かった。
翌朝、西詰所に移動する穂高と巧の車に一緒に乗り込み、修治の自宅前まで送ってもらった。
「じゃあ、シュウちゃんによろしくね」
巧が言うと、穂高が軽くクラクションを鳴らし、走り去った。
それを見送ってから、大荷物を抱えて呼び鈴を鳴らした。
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呼び鈴が鳴り、修治は玄関を開けた。立っていたのは梁瀬で、足下には段ボールがいくつか置かれていた。
「梁瀬か。手間をかけさせてすまない。まぁ入れよ」
「いや、全然構わないんだけど、昨日、大変だったよ」
ドアを押さえ、二人で荷物を次々に運び込むと、梁瀬が腰をおろすのを待って修治が問いかけた。
「なにかあったのか?」
「思ったとおり鴇汰さんがね。凄かったよ。それと、この一週間ですべての浜に敵襲があった」
「なんだよ、鴇汰の騒ぎは襲撃と同レベルか?」
お茶を入れながら修治が苦笑すると、梁瀬も一緒に笑っている。
「あの勢いはそれに匹敵するレベルだよ。敵襲については報告書に目を通してもらえれば。それと予備隊と訓練生のデータね。細部まですべてが載ってるから」
そう言って梁瀬はどかっと机の上に資料を並べた。
修治は腰に手を当て、その量をまじまじと眺めた。
「三分の一にしてもこの量だよ。一応、僕から見て二人の部隊で使えそうなところに、付せんを貼っておいたんだけど、残りもチェックしてから持ってくるから、すぐに決めないようにね」
「ああ。わかった。三分の一でこれか。確かに凄い量だな」
「でしょう? これを全部当たってたら、いつまでたっても選べないよ。ところで今日は麻乃さんは?」
「ん……あいつは朝から道場だ」
修治は早々に中にあった会議資料を手に取り、目を通しながら答えた。
「へぇ、道場に通ってるんだ?」
「なんだかな、面白い子どもがいるらしい。俺も見たが、確かに――」
ハッと資料から顔を上げると梁瀬に目を向けた。
嫌な予感がよぎる。
「おい、なんだこれは? これが一週間の間に起きたってのか?」
「そうそう。なんなんだろうね? こんなの、まるでハイキングにでも来ただけのようでしょ? もしかすると海を渡って来る途中でなにかあったのかも知れないけど、だったら攻めに来ないで戻るだろうしね」
梁瀬は出されたお茶に手を伸ばし、一息ついてから続けた。
「これまでも堤防すら越えられないのに、二、三部隊程度の人数でどうにかなると考えたとは思えないよねぇ」
「三カ国が同時に同じようなことをしているのが気になるな。ジャセンベルからはなにもなかったのか?」
「うん、あそこからはなにも。みんなもね、なにか腑に落ちない思いを感じてるみたいなんだ」
「前のときみたいに、負傷した敵兵が置き去りにされているんじゃないか?」
修治の問いに梁瀬は肩をすくめて答えた。
「それもない。ずいぶん時間をかけて辺りを捜したけど、なにも見つからなかったって。だから諜報が入り込んだ、ってこともないね」
「一体なにを考えていやがる……うちの諜報からはまだ連絡はないのか?」
「だってまだ一週間だよ? 潜り込むのがやっとのころでしょ」
資料に視線を落とし、難しい顔で黙り込んだ修治に、梁瀬も真面目な雰囲気で尋ねてきた。
「なにか気になることでも?」
「何年か前、うちに入り込んだ諜報のやつは、どこの国だったか覚えているか?」
梁瀬は腕を組んで目線だけを天井に移している。
「あれは……確か、庸儀だったかな。どうして今ごろそれを?」
「あのときそいつ、うちからなんの情報を持って帰っただろう?」
「大した情報は取れなかったはずでしょ。せいぜい、うちの兵数と詰所の数や地理情報くらいじゃないの? なにも取れなかったから麻乃さんは……」
梁瀬は言葉を詰まらせた。
修治はどうしても拭い切れない思いを口にした。
「国の情報は引き出せなくても、麻乃の情報はじゅうぶんに取れたかもしれない」
「麻乃さんの情報って、腕前とか? まさか背中のホクロの数なんて言いださないよね?」
「馬鹿っ! 冗談を言ってるんじゃないぞ! 言ったろ? あいつは鬼神だ」
ぴくっと梁瀬の眉が動いた。
それを見てため息をつくと、組んだ手を強く握り締めた。妙な不安に駆られて落ち着かない。泉翔にいる以上は大陸のやつらが麻乃に手出しできないとわかっていても、不安が消えない。
「なぁ、梁瀬。もし鬼神がいると知ったらどうする?」
「僕ならうまく誘拐する。最悪の状態で覚醒させて、その力を利用して他国を潰す……かな」
「連れ出せなくても、ここでその最悪の状態を作れば、泉翔はまずいことになる」
「修治さんは庸儀がそれをしようとしてる、と思ってるの?」
修治はふっと息を吐き、軽く頭を振ると、揉みほぐすようにこめかみの辺りを押さえた。梁瀬の心配そうな視線を感じ、無理に笑みを浮かべてみせる。
「いや……考えが飛躍しすぎか。このあいだのおかしな襲撃で、どうも気が落ち着かないんだ。あれはロマジェリカ戦だった。庸儀は関わりがないよな」
「どうかな? 注意しておいて損はないでしょ。人が思いつくようなことは、いずれ本当に起こりうるものだったりするよ。少しでも可能性のあることは、当たってつぶしておかないと」
窓の外は天気がよくとても静かで、時々鳥のさえずりが聞こえてくる。
今、西区は平穏な日が続いている。
先日の西浜戦が嘘のようだ。麻乃も落ち着いて見える。
このままなにもなければ問題はない。
すべてが修治の思い過ごしならいいのだけれど……。
「なぁ、俺たちは今まで、敵国を追い返すことだけに力を注ぎすぎていたんじゃないか?」
「でもそれは……」
「本当はもっと大陸の情報を集めて、どんな事態が起こっても適切に対処できるようにしておくべきだったんじゃないか? 本当の防衛とは、そういうものじゃないだろうか?」
胸の奥に広がる嫌な思いを吐き出すように梁瀬に訴えかけると、梁瀬はがりがりと頭をかいて唸った。
「うーん……確かに、ことが起こってから情報収集を始めるんじゃ、後手に回るかな」
「それだけじゃない。なにか起こったときには、後手どころか手遅れになりかねないことも……」
「一度ちゃんと、みんなにも話しておくべきだと思うな。このことも、麻乃さんのことも」
梁瀬の言うとおりかもしれない。それはわかっていても、麻乃の事情を話すとなるとためらってしまう。
蓮華のやつらを信用していないわけじゃない。麻乃の事情を知っても受け入れてくれるだろう。それでも修治はいつも迷う。
「ここでただ考えていても、どうにもならないな。梁瀬、飯でも食いに行って、そのまま麻乃のところへ行こう」
立ちあがって、ふと高田の顔が思い浮かんだ。「考えているだけでは、どうにもならん」——あのとき高田も窓の外を眺めながら、同じように言っていた。
(あのとき、先生も同じように色々と考えていたんだろうか……)




