第15話 幼き精鋭たち
麻乃は森の入り口に立って腕を組むと、呼吸を整えてから大きく息を吐いた。
(さて――どこからいこうか)
入り口から、多分そう離れていない場所に三カ所、人の気配を感じる。どの気配も粗い。まだ修行が足りない証拠だ。
(まずは、年少の子たちを先に帰すか……)
左手に向かい、気配を抑えながら木々の間を抜けて森の奥へと進んだ。進むほどに子どもたちの気配を強く感じて苦笑してしまう。
(こんなに気配丸出しで……まあ、こんなものだろうけど。まだまだ甘いな)
風が少し出てきて、青々と茂った葉がさわめいて揺れている。なびく髪を整えた麻乃は、周囲の立木を仰ぎ見た。最初こそ渋っていたものの、演習で直接門弟たちと向き合うのは、新鮮で心地よい。
(怪我さえなければ、もっと素早く動けたのに……)
ふうっとまた息を吐き、大木に身を寄せて前方に視線を移すと、赤い組み紐を揺らしている十一歳組の姿がうかがえる。キョロキョロと周囲を確認しながら移動しているのは、麻乃を確認するための見張り役、と言ったところだろうか。
(ふうん……それなら早速、姿を見せておこうか。そのあと、ほかの子どもたちがどう出るか……)
木陰から飛び出して走り、一気に間合いを詰めた。麻乃の姿に気づいて、一人が手にした槍で向かってくる。もう一人が鳴らした指笛が、木立の中に響き渡った。
背中に手をまわして脇差を抜くと、槍を横から弾いて返し、両手があがった隙に組み紐を斬った。そのままもう一人の背後に回り込み、切っ先を組み紐にかけて斬り落とす。
「見張り役、ご苦労さん。気をつけて戻りなよ」
あんぐりと口を開けたままで立ちつくす二人にそう言うと、落ちた組み紐を拾ってベルトに通した。
(まずは二人……)
子どもたちの動きを見ていると、昔の自分を思い出す。麻乃も最初はこんなふうに不器用で、がむしゃらだった。師範たちに何度も叱られながら、必死に技を身につけていったものだ。
ゆっくりと歩き、麻乃はさらに森の奥へと進む。入り口で感じた気配が、指笛を聞いてか、少しずつ麻乃に近づいてくる。右手から三人、後ろから二人。
(……うん、どっちも年少の子たちだな)
麻乃が立ち止まって、靴ひもを直すふりをすると、屈み込んだのを隙とみたのか、早々に後ろの二人組が飛びかかってきた。屈んだまま、麻乃はくるりと向きを変えて刀を受け、右足で二人の足を払い転倒させた。
「うわあっ!」
重なり合って倒れた上に馬乗りになると、悠々と組み紐を斬った。
「こんな簡単な手に引っかかってちゃ駄目だよ。ちゃんと相手の隙を見極めてからかからないとね」
二本奪って、またベルトに括りつける。そのあいだに三人組はさらに間合いを詰めてきて、あっという間に囲まれた。左半身を退いて斜に構えると、三人の気配を手繰る。どうやら茂みに身を潜めているようだ。
「やあっ!」
と、麻乃に向かって一斉に茂みから飛び出して来た。突き出された切っ先を脇差で弾き、大きく振りかぶった三人のあいだをすり抜けるように動きながら、組み紐だけを狙って斬り落とす。
「うわっ! 速い!」
「無駄に振りが大きいよ。相手を逃がす隙をつくる。もっと動きを小さく鋭くしなきゃ駄目だ」
落ちた組み紐を見て呆然としている子どもたちに声をかけ、次へと向かった。気配をたどりながら進むあいだ、一人だったり固まっていたりと、次々に仕掛けてくる子どもたちを相手に、麻乃はその動きの悪さや無駄を指摘しながら、あっさりと組み紐を奪い続けた。
今、ベルトには四十五本、括りつけられている。
ここまで歳の下から順番に相手をしてきたけれど、少し前から、十五、十六歳の子どもたちと接触を始めている。
(うちの門弟たちはなかなかやる)
高田や塚本がそう言った意味を噛みしめていた。全員、逃げたり隠れたりせず、しっかり立ち向かってくる。確かに筋がいいし気迫もいい。子どもの癖にみんな度胸もよさそうだ。残りは十五歳組が二人に、十六歳組が五人。少しは手ごたえを感じさせてくれるのだろうか?
(なかなかやる……とは言ってもねぇ……)
ザザッと麻乃の背後で木々が揺れた。
気配が濃い。
この先に残りがいる。
(だけど、その前にまずは……)
麻乃は勢いをつけてジャンプすると、目の前の木を踏み切り、反対側の木の枝に飛び乗った。
「うわっ!」
その枝に潜んでいた子どもが驚いて小さく声をあげ、飛び降りたのを追う。
「木の上に潜んで相手の様子を見るのは正解」
麻乃の左腕を狙って斬りつけてくる刀を受け流す。スッと後ろに回り込むと腕を取ってねじりあげた。
「でも、枝を飛び移ってあとを追うのは、枝を揺らす音と葉や枝を落として、相手に位置を知らせるから不正解」
必死で振りほどこうと体をよじって暴れるのを、ガッチリと抑え込んで組み紐を斬った。
「くそっ! いつから気づいていたんだよっ!」
「そんなの、森に入ったときからずっとに決まってるじゃないか。キミが十五歳組だから、年少の子たちを帰すまで泳がせといたんだよ」
フフン、と麻乃は鼻で笑い、森の奥を目指して歩きだした。
蓮華だというのに、彼らは麻乃をそういう目で見ていないように感じる。本気で麻乃を簡単に倒せると思っているんだとすれば、先ずはその鼻っ柱を折ってやる。慢心していることが、どれだけ危ういのか、気づかせなければ。
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「勝也がやられた!」
様子を見にいっていた勇助が駆け戻ってきて、肩で大きく息をした。
今、この場には残った六人……洸と耕太、勇助、琴子、正次郎、雅人がいる。
琴子が時計を見た。
「まだ一時間半しか経ってないよ?」
「手負いとは言え、やっぱり蓮華だってことか?」
「だけど、すげぇ頼りなさそうに見えたぜ?」
みんな口々につぶやく。
指笛が聞こえてからずっと、勝也との連携で動きを探り、チビたちから順番に相手にしていたのは知っていた。
洸たちが近づくと、さりげなく間合いを引き離されたことにも気づいていた。動きは速い。それは認める。だが年少の子たちがやられたのは、単純に実力が足りなかっただけだ。あんな小さくて頼りなさそうな女が蓮華だなんて、見た目からして信じがたい。怪我をしているうえに得物も脇差だけとなれば、俺たちが束になってかかれば話にもならないだろう。
(戦士の印を受けたら、あんなのの下で働かないといけないのか……?)
プライドの高い洸にとって、それはどこか釈然としなかった。自分たちの方が体格でも腕力でも上だ。見ているだけで、その差は明らかだった。
だから今回の演習に参加するのはやめにして、森の一番奥で終了の合図を待っていた。それが蓋を開けたら短時間で、ほかの全員が組み紐を奪われている。耕太が腰をおろしていた切り株から立ちあがった。
「洸、どうする?」
「一気に攻めよう。二人ずつ組んで近づこう」
声には迷いがない。年少の子たちが崩せなかったのは実力不足だ。俺たちとは格が違う。みんなを寄せ集め、声をひそめて言うと、顔を見合わせたそれぞれが小さくうなずく。今の時点で、この近隣の道場では洸たちが一番できると、合同演習のたびに思っていた。
大人が相手でもそう簡単に負けない強さがあるはずだと自負している。
今年、洗礼を受ける十六歳組みの中で、ここにいる五人は絶対に印を受けると、洸は自信を持って言える。
(あんな怪我人の女一人に、俺たちが苦労するはずがない。蓮華を相手に組み紐を奪えば、俺たちの実力を証明できる。むしろいい機会だ)
「だいたい、みんな気を抜きすぎなんだ。いくら相手が弱そうだからって手加減しやがって」
「ホント、しょうがないやつらよね」
耕太と琴子の言葉に正次郎も雅人もクスクス笑った。
洸は倒木から腰をあげ、ジーンズについた土を払い、刀を掴んだ。
「男のほうだったら、ちょっとは手強かったかもな。でも女のほうは楽勝だろ。さっさと仕掛けて終わらせよう。俺と耕太で、琴子は正次郎と。勇助は雅人と組んであいつを囲もう」
「チビたちと勝也の仇は、キッチリ取ってやらなきゃな」
洸の言葉に一度、手順を確認し合い、麻乃を見た勇助を先頭に、その姿を探して歩きだした。
「確か……ここの……もう少し先だった」
木々のあいだを急ぎ足で進み、生い茂った草木をかきわけて森の奥からでると、周囲を確認してみる。みんなの気配でざわめいていた森が、今はとても静かだ。
「洸、見つけたぞ!」
耕太が声をひそめて呼びかけてきた。ずいぶんと離れた場所に、隙だらけで切り株に腰をおろしている麻乃の姿があった。なにかを待っているようにも見える。
(まさか、俺たちを待ってるのか?)
鼻で笑いたくなった。余裕があるのか、それとも本当に舐めてかかっているのか。どちらにせよ、こちらが六人いる以上、結果は変わらない。
「隙だらけだな」
雅人が声を殺してつぶやいた。正次郎も琴子も同意するように頷く。洸も同じように感じていた。どこにも強さを感じない。あんな小さくて細い体で、怪我まで負って、いくら蓮華といっても六人を相手にするつもりなのか。
「行くぞ、時間をかけるのももったいない。さっき話をしたとおり琴子たちはそっちの茂み、雅人たちはあっちからだ」
「わかった」
ジリジリと間合いを詰め始めた瞬間、麻乃が立ちあがって洸たちのほうを向いた。
「もういいよ。まどろっこしいのは嫌いだ。手前の二組とも出てきなよ。その後ろの木陰にいる二人もね」
まだ距離があるのに、まるで見えているかのようにため息まじりで放たれた言葉に、洸は思わず足を止めた。だがすぐに、フン、と鼻を鳴らした。気づいていたならそれでいい。六人で一斉に仕掛ければ、見えていようが関係ない。
「あいつ……完全に俺たちのこと、舐めてるぞ」
同じように感じたのか、耕太が言った。琴子たちが刀を抜いたのが目に入る。
(ちょうどいい。舐めてかかってくるなら、その分だけ派手に負かしてやる)
洸の拳がぐっと握られた。勝利は確実だ。問題は、どれだけ鮮やかにやってのけるかだけだった。




