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『琥珀色の記憶をほどいて ―時洲美波と消えないぬくもり―』  作者: 長月有希


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第一話『叫び』(後)

 愛すべきお人好しであどけない女の子の横顔は消え去り、彼女の意識はモノに宿る記憶の糸をたぐり寄せ、見落とされた小さな痕跡から真実を見つけ出す冷徹な探偵の視座へと切り替わった。


「どんなに姿が変わっても、モノに込められた想いは消えたりしません。凪沙ちゃん。あなたが十年間、このガラスを真っ黒なゴミだと信じて、どれほどの絶望の中で生きてきたのか。その悲しい誤解を、今から私が解き明かしてみせます」


 遠くから近づいてくるパトカーのサイレンの音が、路地裏の入り口でピタリと止まった。息を切らした制服警官たちが時洲堂の前へと到着し、無線機のノイズと慌ただしい足音が店内の空気を震わせた。


 警官たちが、割れたガラスの引き戸を見て血相を変えて飛び込もうとした、その瞬間だった。


「おい、待て。入るな」


 桐生が引き戸の前に立ち塞がり、警察手帳を素早く提示して彼らを制止した。


「警視庁捜査一課の桐生だ。ここは俺がたまたま居合わせて事態を収束させた。怪我人もいないし、強盗や傷害事件の事実はない。店主の女が身内の痴話喧嘩で取り乱し、誤って店の工具をひっくり返して棚を割っただけの事故だ」

「しかし、一一〇番通報では凶器を持った人間が暴れていると」


 制服警官が食い下がるが、桐生は少しも動じずに嘘の論理を突きつけた。


「通報者の見間違いだ。床に転がっているハンマーはただの陳列用の工具だ。刑法第二百六十一条において、器物損壊罪は親告罪だ。被害者である店主本人が『自分の不注意であり告訴しない』と明言している以上、警察は事件として立件できない。所轄は引き上げろ。後の始末は俺が責任を持ってやっておく」


 エリート刑事の圧倒的な威圧感と、法的に完璧な反論の前に、制服警官たちは顔を見合わせ、渋々といった様子で敬礼をして引き返していった。


 外の喧騒が遠ざかり、破壊されたアンティーク品の破片が散乱する時洲堂の薄暗い店内は、再び異様なほどの静寂に包まれた。


 床に座り込み、肩を震わせて泣きじゃくる凪沙。その傍らに仁王立ちし、警戒を解かない桐生。


 そして、その中心に立つ時洲美波は、ただ両手で包み込んだ漆黒の円形アクリル板を見つめていた。真実を見据える探偵としての空気を纏った彼女は、そのまま右手に持った銀色のルーペを右目に当て、左手のひらに乗せた真鍮の丸いフレームをじっくりと観察し始めた。


 長い年月を経て緑青が浮いた真鍮の表面。そこには、十歳の子供たちが不器用に作った粗削りな痕跡の他に、いくつもの細かな傷が刻み込まれている。


 美波の視線が、フレームを固定するための小さなネジ穴の付近で止まった。


「やはり。単なる経年劣化や、不注意による落下ではありませんね」


 美波の澄み切った声が、店内に響き渡った。


「時洲、何を見つけたんだ」


 桐生が怪訝そうな顔で覗き込んだ。

 美波はルーペを下ろし、真鍮フレームの一点を指先でそっと撫でながら、床に座り込む凪沙へと視線を向けた。


「凪沙ちゃん。この真鍮のフレームの端、ネジ穴のすぐ横のところに、極小の凹み、というより、金属が内側に向かって強く歪んでいる箇所があります。これは、ただ落としただけでつくような傷ではありません」


 美波の琥珀色の瞳が、凪沙の心の奥底を見透かすように真っ直ぐに向けられる。


「この傷は、もっとずっと重たいもの、例えば、大人の体重が容赦なくかかった硬い革靴の踵などで、床に押し付けられ、激しく踏みにじられた時につく痕跡です。凪沙ちゃん。十年前のあの日、あなたが施設に送られる前日、お父さんの暴力から逃げ惑っていた時。あなたはこのサンキャッチャーを床に落とし、そして、お父さんにこれを踏みにじられたのではありませんか」


 美波の問いかけに、凪沙の身体が大きく跳ねた。

 彼女の濁った瞳が大きく見開かれ、呼吸が浅く、早くなった。

 十年間、心の奥底に厳重に封印していた忌まわしい記憶の扉が、無理やりこじ開けられたのだ。


「あの日」


 凪沙の震える唇から、掠れた声が漏れ出す。


「父親が、狂ったように家の中で暴れて、私、逃げようとして。ポケットに入れてたこれが、床に転がって。拾おうとしたら、父親の硬い靴が、これを」


 凪沙は頭を抱え、過呼吸のように肩を上下させた。


 あの日、大切な宝物を踏みにじられた絶望。そしてその後、施設へと連行され、世界から光が消え失せた日々。真っ黒に変わってしまったそれを見て、思い出も自分の心も死んでしまったのだと、彼女はずっと信じ込んでいたことが、美波には痛いほどに伝わってきた。


「大丈夫です、凪沙ちゃん。ゆっくり息を吐いて」


 美波は優しい声で凪沙を落ち着かせると、手の中の漆黒のアクリル板を愛おしそうに見つめた。


「あなたが十年間、これが真っ黒なゴミになってしまったと信じ込んでいた理由。それは、あなたが心を閉ざしたからでも、私たちの思い出が色褪せて死んでしまったからでもありません。すべては、あなたがこの宝物を必死に守ろうとした優しさと、光の性質が引き起こしたただの自然の理です」


「私の優しさが、自然の、理」


 桐生が眉をひそめる。美波は桐生と凪沙に対し、どこまでも優しく、その理を解説し始めた。


「私たちが十年前、子供科学教室でこのサンキャッチャーを作った時、材料として配られた透明なアクリル板。あれはただの透明な板ではなく、偏光板と呼ばれる特殊な性質を持った板だったんです」

「偏光板」

「はい。光というのは、あらゆる方向に振動しながら進む波の性質を持っています。偏光板というのは、その無数の光の波の中から、特定の方向に振動する光だけを通過させるという、見えない隙間のような役割を持つフィルムです。例えば、縦方向の光だけを通すブラインドのようなものを想像してください」


 美波は人差し指と中指を立てて、ブラインドの隙間を作るような仕草をした。


「この偏光板を二枚重ねた時。二枚とも縦方向に揃えて重ねれば、光はそのまま通過して、透明に見えます。しかし、一枚目の偏光板を固定したまま、二枚目の偏光板を九十度回転させて重ねるとどうなるか。縦方向の波しか通さない一枚目を抜けた光が、今度は横方向しか通さない二枚目の偏光板にぶつかり、完全に遮断されてしまうのです」

「光が遮断される。つまり、真っ黒になるということか」


 桐生がハッとして、漆黒のアクリル板を見た。


「その通りです。これを光学の分野で直交ニコルと呼びます。光を百パーセント遮断し、完全な漆黒を作り出す現象です。そしてもう一つ。私と凪沙ちゃんは、この二枚の偏光板の間に、くしゃくしゃにしたセロハンテープを何重にも挟み込みました。セロハンテープは製造される際に引き伸ばされるため、光の進み方を変える複屈折という性質を持っています。偏光板の間にこのセロハンテープを挟むと、光の波長がズレて干渉を起こし、赤や青、緑といった特定の色、つまり、ステンドグラスのような色彩が浮かび上がるのです」


 美波はそこまで語ると、漆黒の板を凪沙の目の前へとそっと差し出した。


「凪沙ちゃん。このサンキャッチャーは、完全な円形をしていましたよね。そして、中身は偏光板の二枚重ねでした」

「うん。丸い、真鍮の枠の中に」

「もしこれが四角形なら、中のアクリル板が九十度回転してズレてしまえば、角が枠からはみ出して、一目でズレていると気づけたはずです。でも、これは完全な円盤だった。だから、中でフィルムがどれだけ回転しようと、外見のシルエットは一切変わらなかったのです」


 美波の言葉に、凪沙がゆっくりと顔を上げた。

 濁っていた彼女の瞳に、ほんの微かな光が差し込み始めていた。


「十年前の、あの地獄のような暴力の日。お父さんの足でこれが激しく踏みにじられた時、その強烈な衝撃で、真鍮のフレームが歪み、中の円形アクリル板が外に飛び出してしまった。あなたは、私との宝物を守ろうとして、飛び出した板を泣きながら必死に拾い集め、歪んだフレームの中に無理やり押し戻したのですよね」


 凪沙が息を呑む。

 そうだ。あの時、バラバラになりかけた宝物を、父親に見つからないように、震える手で無我夢中で押し込んだのだ。


「でも、焦って押し込んだせいで、二枚の偏光板の角度が、元の位置から九十度ズレてしまっていた。そして、踏まれて凹んだ真鍮のフレームに噛み込んでしまい、子供の力では二度と回転させられないほど、ガッチリとロックされてしまった。だから、あなたがその後どれだけ手で触っても、二度と戻ることはなかった」


 美波は、慈愛に満ちた瞳で凪沙を見つめた。


「凪沙ちゃん。思い出が死んで、真っ黒になったのではありません。あの絶望の日から十年間。あなたが大事にこれを抱えていた十年間。このアクリル板は、あなたが必死に宝物を守ろうとした結果、ただ構造の理によってロックされていただけで、あの頃の鮮やかな色彩は、ずっとこの暗闇の中で、あなたが気づいてくれるのを待っていたんですよ」


 凪沙の目から、大粒の涙が零れ落ちた。


 美波はカウンターの下に置いていた古い木箱、祖父の仙次郎が残した工具箱を引き出し、その中から小さな万力と精密ドライバーを取り出した。


「今から、十年間止まっていた時間を、私が動かします」


 美波は真鍮のフレームの縁を小さな万力でしっかりと固定すると、凹んだ隙間に精密ドライバーの先端を差し込み、テコの原理で微かな金属音を立てながら歪みを優しく押し広げていった。


 長年噛み合っていた真鍮とアクリル板の間に、ほんのわずかな隙間が生まれる。

 美波は工具を置き、両手の親指の腹を円形のアクリル板の表面にしっかりと押し当てた。

 そして、確かな力を込めて、アクリル板を『円周に沿って』回転させた。

 時計の歯車が噛み合うような、小さな、けれど明確な音が店内に響いた。

 九十度ズレていた二枚の偏光板が、十年の時を経て、本来の角度へと戻された音だった。


「凪沙ちゃん。見ていてください」


 美波は立ち上がり、引き戸が開け放たれたままになっている入り口へと向かった。

 外の強烈な夏の陽射しが、開け放たれた入り口から、まるでスポットライトのように時洲堂の薄暗い店内へと差し込んでいる。

 美波は、その真夏の強烈な太陽の光の帯の中へと、手に持った円形のアクリル板を高く、空に向かって掲げた。


 その瞬間だった。

 時洲堂の店内に、目を見張るような奇跡が起きた。

 光を完全に遮断し、ただの不気味な黒い石くれのようだった漆黒のアクリル板が、太陽の光を浴びた途端、背景が透明に透けて見えたのだ。


 そして、内部に挟み込まれた幾重ものセロハンテープが複屈折による光の干渉を起こし、真っ白な光の波長を分解していく。

 透明な背景に浮かび上がるように、ルビーのような燃える赤、サファイアのような深い青、エメラルドのような鮮やかな緑、そして、希望のような黄金色が、次々と色鮮やかに発現していく。


 息を呑むほどに美しく、鮮やかな虹色のステンドグラスの色彩が、突如として解き放たれた。

 万華鏡のように複雑に重なり合った色彩の光は、暗かった時洲堂の店内を鮮やかに染め上げ、破壊されて散乱した床のガラスの破片にまで乱反射し、空間全体を幻想的な光の海へと変貌させた。


 そして、その虹色の光の中心に立つ美波。


 高く掲げたアクリル板から透過した鮮やかな色彩が、美波の真っ白な頬や、伏せられた長い睫毛に、ステンドグラスの影を落としている。


 汗に濡れた細い首筋。透明な琥珀色の瞳。


 光の粒子に包まれた彼女の姿は、まるでこの世のものとは思えないほど圧倒的で、胸が締め付けられるような透明感に満ちていた。


 美波は、その虹色の光を凪沙の顔へと優しく向けた。


「綺麗」


 凪沙の口から、無意識のうちに感嘆の声が漏れた。

 十年前、二人がずっと一緒だよと笑い合いながら見た、あの頃とまったく同じ、優しくて温かい光。

 自分が一人で暗闇を歩いている間、完全に死んでしまったと信じていた思い出の色彩が、十年の時を越えて、今、凪沙の涙に濡れた顔を色鮮やかに照らしていた。


「ああ、美波、私、私」


 色彩の復活を目の当たりにした凪沙は、光の中で呆然と震え、そして、ついに嗚咽を漏らして泣き崩れた。

 美波はアクリル板を下ろし、ゆっくりと凪沙の元へと歩み寄った。彼女の目にも、堪えきれない涙がいっぱいに溢れていた。


「凪沙ちゃん。あなたが今日、本当にここへ来た目的は、思い出を壊して、自分を殺すためなんかじゃありません」


 美波は、床に座り込む凪沙の目の前に膝をついた。


「十年前。両親を亡くして泣いてばかりいた私を気遣って、あなたは自分への凄惨な暴力を隠し、お姉さんぶって笑顔を作り続けてくれました。本当は怖くて、痛くて、誰かに助けてほしかったはずなのに。あなたは私を守るために、自分自身の助けてという言葉を、笑顔の裏に隠して、失くしてしまった」


 美波は、両手で凪沙の震える肩をしっかりと包み込んだ。


「あなたが今日ここに来たのは、私を憎むためじゃない。十年前、私に言えずに失くしてしまった、その形の無い助けてという言葉を、探偵になった私に、見つけてほしかったからです。違いますか」


 凪沙の感情が溢れ出した。

 美波の言葉が、凪沙が十年間必死に纏い続けてきた、逆恨みと絶望という名の分厚い鎧を、完全に粉砕した。

 明日、愛してもいない男に買われ、心を殺すしかないという極限の恐怖。誰かに止めてほしかった。誰かに生きてと言ってほしかった。その最後の細い糸を、かつて自分が守った美波へと託すために、彼女は悪役を演じてここへやってきたのだ。


「見つけましたよ、凪沙ちゃん」


 美波は十年前、泣いていた自分が凪沙に抱きしめられた時とは逆に、今度は自分が、泣き崩れる凪沙の身体を細い腕で強く抱きしめた。


「あなたが十年間、暗闇の中で落としていた言葉を見つけました。もう、一人で戦わなくていいんです。私が、あなたを守りますから」

「美波。助けて、助けて、美波。怖かった、ずっと一人で、怖かったのよ」


 凪沙は美波の華奢な背中に腕を回し、顔を押し付けて、まるで十歳の子供のように声を出して大泣きした。

 時洲堂の店内に、破壊音でも怒声でもない、十年分の痛みを浄化するような、心からの泣き声が響き渡った。

 美波は、エプロンや衣服が凪沙の涙と化粧で汚れることなど一切気にせず、ただ愛おしい親友の背中を、何度も何度も優しく撫で続けていた。


 その温かく、どうしようもなく美しい光景を前にして。

 ずっと横で警戒を解かずにいた桐生は、小さく息を吐き出すと、腰のケースに手をやるのをやめた。

 そして、忌々しげに舌打ちをしてから、店内の奥で泣きじゃくる凪沙へと低い声をかけた。


「おい、そこの女」


 凪沙が肩を震わせ、美波の胸の中で桐生を怯えたように見上げた。


「父親の借金の取り立てだか何だか知らないが、違法な取り立てや本人の意に沿わない無茶な契約なんてものは、警察の生活安全課がいくらでも介入できる。俺が個人的に所轄の腕の立つ奴に口を利いてやるから、明日、借用書と証拠を持って署に来い」

「え」

「時洲に泣きついた以上、お前はもう一人じゃない。法的に決着をつけて、その腐った人生をやり直せと言っているんだ」


 桐生はそれだけぶっきらぼうに言い捨てると、俺は外で煙草を吸っているから、片付けは後で手伝ってやると言って、足早に店の外へと出て行った。

 刑事としての立場を一度は振りかざしながらも、最終的には美波の優しさに巻き込まれる形で凪沙を法的に救う道筋を示してくれた、桐生の不器用な優しさ。美波はふわりと微笑んだ。

 凪沙もまた、桐生の言葉の意味を理解し、自分の人生がまだ終わっていないこと、そして明日へ続く道が残されていることを知って、再び大粒の涙を零した。


「ほら、凪沙ちゃん。もう大丈夫。私の自慢の仲間たちが、あなたを絶対に一人にはしませんから」


 美波はエプロンのポケットからハンカチを取り出し、凪沙の顔を、まるで妹の世話をするように優しく拭ってあげた。


 十年の時を経て、二人の止まっていた時計の針が、ようやく同じ時間を刻み始めた瞬間だった。


 ***


 その日の夜。

 猛暑を和らげるように、下町には本格的な夏の雨が降り注いでいた。

 雨粒が時洲堂の古いトタン屋根を叩く規則的な音が、心地よい子守唄のように店内に響いている。

 桐生と三枝幸一の手伝いにより、滅茶苦茶に破壊された店内は、なんとか元の静寂を取り戻していた。


 凪沙は疲れ果て、奥の小上がりにあるソファで洋子が作ってくれたマリネを少しだけ食べ、今は赤ん坊のように丸くなって深く眠っている。彼女の顔からはあの痛々しい化粧が落とされ、十年前のあの頃と同じ、無防備で穏やかな寝顔に戻っていた。明日は桐生と共に、彼女を縛り付けていた鎖を断ち切りに行く予定だ。


 美波はカウンターの奥に座り、オレンジ色の温かいランプの光の下で、古い革の手帳を開いていた。

 横には、土岐半次郎の幻の茶器が、雨音の中で静かに佇んでいる。

 美波はその中から万年筆を抜き取り、ミッドナイトブルーのインクで、今日出逢った迷子たちのルーツを、愛おしむように書き記していく。



『偏光板の直交ニコルと、セロハンテープの複屈折。

 光の波長は、角度が九十度ズレただけで完全に遮断され、

 世界を漆黒に染め上げてしまう。

 けれど、それは思い出が死んでしまったからではなく、

 光の性質によって、真実の色彩が隠されていたに過ぎない。


 ほんの少しの勇気と、正しい知識を用いて角度を元に戻してあげれば。

 どんなに深い暗闇の中にいても、光は必ず鮮やかな虹色となって、

 そこにある真実を照らし出してくれる。


 彼女が十年間落としていた、形の無いSOS。

 それを見つけることができて、本当に良かった。

 お帰りなさい、私の大切な光。』



 万年筆のペン先が紙を擦る心地よい音が、夜の雨音と混ざり合う。美波はインクが乾くのをそっと息を吹きかけて待ち、革の手帳を閉じた。


 丸眼鏡を外してクロスで拭う。ランプの光に照らされた彼女の横顔は、探偵としての役目を終え、ただの時洲美波というあどけない少女のそれに戻っていた。


 カウンターの上に置かれた、鮮やかな色彩を取り戻した円形のサンキャッチャーが、ランプの光を受けて優しい虹色を放っている。


 美波はふわりと微笑み、麦茶の残りを飲み干した。

 雨音に包まれた時洲堂の夜が、優しく、密やかに更けていく。

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