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仮の未来

 思ったよりずっと過酷な道のりを歩き、途中で水を買って飲みながら裏山に入った。日陰過ぎると蚊が寄り付いてくるし、木がないと暑すぎた。

 確か休憩所のような東屋があった、ベンチもあるし、蚊も多少はましだろう。裏山の中腹まで登り東屋に到着した。お昼に近く腹がすいているが、途中で買い物をする余裕はなかった。

「こんな時のための」

 カロリーメイトをリュックから出して、さっそく食べた。少ないがないより全然ましだ。トランシーバーも引っ張り出して、通信を試みる。

「俊矢、応答願います」

 暑い。ちっとも気温に慣れない。蝉の鳴き声が暑さをさらに強調して神経を圧してくる。なかなか応答してこない。

 何度か試みて、今は夜なのかもしれないと思いつく。時間をおいてまたやるしかない。

 ザザザッと砂嵐音がした。

「俊矢か? 助かった」

「いまそっちは何時だ?」

「いま、ちょっと待って、十二時半だ。昼のね。そちらは?」

「こっちは、六時間目が終わって部室に駆け込んだ十五時四十五分。ちなみに、ミステリ研の部室な」

「じゃあ、時間は余裕があるな」

「いつ爆破されるんだ」

「十二月五日だ。新聞に載ってた。うちの高校に仕掛けられていて、爆発したんだ。予告もなく、理由もなく、突然にね。でも、五日だって分かってるんだ、爆弾を外してどこかに隔離するなり、解体できるならしたらいいんじゃないかって」

「なるほどな」

 しんとトランシーバーが反応しなくなった。会話をしていても暑いが、会話が途切れるととたんに暑さに首が垂れる。

「俊矢、応答せよ」

「とにかく爆発を止めないとならないな」

 靴音がして自然とそちらに顔を向けた。人だ、聞かれていただろうか?

「誰と、話をしてるんだね?」

 老人と呼ぶにははやいが、老人に近い男性が怖いくらい真剣な顔で立っていた。いつからいたんだろうか、全然気が付かなかった。

「と、友だちです。い、いつから」

「君は、崎坂くんじゃないか? 崎坂蒼、何組だったか、印象に残っている生徒だがね、さすがに何組だったかまでは覚えてないな」

 慌てすぎて顔をまともに見ていなかったが、確かに老けているが、隣のクラスの担任の教師だ。

「友田先生? 化学の?」

「君は全然変わらないな。……ところで、友だちと言っていたが、私も知っている生徒かな。トランシーバーで話すとは」

 未来で知り合いに会うとは。

「爆発を止めると聞こえたが、どこかに爆薬でも仕掛けられているのか?」

「いえ」

 トランシーバーのランプが青く光って、俊矢の声が聞こえた。

「どうかしたのか? 藤沢も来たぞ、で、どこに仕掛けられてるかとか情報は一切ないんだよな」

 うだるような暑さなのに、血の気が下がっていく。内心の動揺を抑えて、何食わぬ顔を作る。が、スイッチの切り方は分からないのだ。

 応答のしようがなく、僕は固まったまま友田先生を見つめた。

「いま、藤沢と聞こえたが、藤沢湊ではないよな、私のクラスの生徒にも、藤沢というのがいて、とても賢くて大人しい生徒だったんだが」

「藤沢だ、崎坂、応答せよ。俊矢とだけ話してたのか?」

 友田先生は黙り込んだ。じっとトランシーバーを見つめている。

「斎藤俊矢…か?」

 恐る恐るこちらを見てくる年老いた教師に、僕は選択肢もなくただ頷いた。これでばかばかしいと帰ってくれたら、それでいい。

「それなら藤沢は、藤沢湊なのか? そんなはずは。いや、崎坂、お前もおかしい、成長してたら俺だってすぐには生徒なんて見分けがつかなくなる。なのに」

 暑さが思考を奪いそうになるが、意志の力で思考をやめずに突破口を探る。

「先生は、なんでこんな暑いのに、ここにいるんですか?」

 友田先生は、黙って街の方向を指差した。

「俺は教師が天職だった、職場がよく見えたんだよ、ここから。家が近くてな、よく登って見てたんだ、東幸高校を。もうないんだけどな」

「先生は、校舎の爆薬がどこに仕掛けられたか知っていますか?」

「さっき話していたのは、八年前の爆破事件のことなのか?」

 どう説明したらいいか瞬時迷う。

「おい、崎坂? どうしたんだ?」

 意を決してスイッチに触れる。

「ごめん、ちょっと友田先生が来てさ。未来にも知り合いがいて心強いんだか、不安なんだか、混乱中」

「友田? うちの担任? そこにいるのか?」

 ざりっと靴音が近づいてきた。トランシーバーの近くにきた友田先生は、形容しがたい表情をしていた。

 恐怖とは違う、うれしいとも違う、泣きそうな感じが近いのかな。

 通信のスイッチを押す。

「偶然、通りかかったみたいで。未来ではさ、トランシーバーを使える場所があんまりなくて、裏山に来てたんだよね。暑いし、人もいないと思って。したら、散歩中の先生が来たんだ」

「先生、明日のテストあんまりいい点とれなくても、勘弁してください。こんな事情があるんで」

「明日ってさ、こっち八年後だし」

「こっちは文化祭が終わって、小テストの嵐だ。で、なんなの、うちの高校爆破されるって、斉藤から聞いたけど。どこまで調べたんだ」

 きっと藤沢は、俊矢から聞いたばかりなんだろう。だから、とっ散らかっている。

「まだ、日にちだけ。でも、爆弾を解除できれば、爆破事件はなくなるんじゃないかなって。さっきまで俊矢と話してたんだけど」

 おだやかな藤沢は、瞬時に早口の藤沢に代わった。

「くそっ、爆弾の解除なんてどうやるんだ。っていうか、いくつ仕掛けられてるんだ、どこに仕掛けられるんだ?」

 先生が話したそうだったので、スイッチで青に変えた。

「すまない、どこに仕掛けられたかのは分からなかったんだ。ただ、手紙が届いていて、たぶんそれが爆弾を置いた場所じゃないかと、推測はされた。爆破後にな」

「なんで手紙が無事なんですか?」

 藤沢の地の這うような声がトランシーバーから聞こえてくる。微妙にザザッと砂嵐がたまに混じるのが余計に怖い。

「校長室は無事だったんだ。捜査中に発見された不審な手紙ということで保管された。コピーを取ったから、うちに保管してある」

「えっ、あるんですか?」

 思わず振り向いて確認した。

 トランシーバーの向こうも一テンポ遅れて同じ言葉を繰り返した。

「あるなら見せてください!」

 赤い光を見ながら、僕はしみじみと藤沢がこっちに来ればよかったのではないかと思った。トランシーバーでは、どうあがいても『見る』ことはできないだろう。

「ところで、崎坂。このトランシーバーはどうなっているんだ? まるで過去と話をしているかのようじゃないか」

 たいへんだ、先生の混乱が深まっている。

「ちょっと藤沢、先生に話すから。また通信するよ」

「わかった」

 沈黙したトランシーバーからむりやり目を離して、友田先生に視線を向ける。

「少し長い話になるので、座ってください」

 僕は腹をくくってトランシーバーの話から、未来に来たことまでを話した。ここまで来たら、状況を伝えなければならないだろうし、友田先生は納得しないだろう。

 のどがカラカラになって、水を飲んだ。

「確かに山崩れがあった、うちのクラスはみんな無事だったが、お前だけが……、行方不明だったな。その後、見つかったはずだが、いつごろかは覚えてないな」

 思い出したようにつぶやくと、悄然として黙り込んだ。

 思考をまとめたのか、ゆっくりと顔を上げた先生は、しっかりとした力強い目で見返して来た。

「トランシーバーの向こうと話をしたら、信じないわけにはいかないな。崎坂はまじめな生徒だった。あの山崩れは、本当に危険だったと市役所の担当に相当の苦言をもらったんだ、しっかり覚えてる。それに、……信じたい、というのもある」

 静かな声にかすかな希望をにじませた友田先生は、口を結んだまま宙を据えていた。

「このトランシーバーは、優奈、高槻優奈とか、俊矢とかの祈りで出てきたみたいなんです、僕のことを探してくれて」

 何度か頷いてから、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「爆弾を取り除ければ、私はまだ教師で、生徒に囲まれながら科学を教えていられる」

 学校がなくなったら、他の学校に移るという選択はなかったんだろうか。

「爆破事件の後、しばらくケガで動けなくてね。復帰するときには地震があって、就職が困難だったんだ。今はスーパーで働いているよ。今日は休みだ」

 地震、そういえば地震があったとか言ってたな。

「地震はどこであったんですか?」

 不思議そうな顔をした友田先生は、ああそうかという顔をした。

「過去から来たから、知らないのだな。あちこちであったんだ。東京でもあった。停電して、水道が使えなくなって、大変だったよ。国の支援があまりにも遅くて、頼りにならなくてな。みんな怒っていた。だが、戦争には巻き込まれなかったんだ。何もできない、自国すら復興できない国など、使いようがなかったんだな」

 じわじわと暑さがしみ込んでくるようだった。

「そんなに……」

「ここらは無事だったんだがな。大変だったよ。ところで、暑くないか。喫茶店とかは高くて入れないし、うちが近いから来ないか。手紙も探したいしな」

 暑さに負けそうな気がしていたので、先生からの提案はありがたいばかりだった。


「おじゃまします」

「ただいま、帰ったよ」

 小ぶりな一戸建てに案内されて、玄関をくぐるとひんやりとした空気に包み込まれていた。エアコンが効いている。

「おかえりなさい、汗を拭いて、水分をとって下さいね」

 玄関に出てきた奥さんは、僕を見て驚きで目を丸くさせた。

「まぁ、お客様なのね、待ってね、タオルを用意するから」

 玄関に上がって靴を整える間に、濡れたタオルを渡された。先生もタオルで汗をぬぐいながら上がった。

 ソファに案内されてオレンジジュースをもらった。完全に子ども扱いだが、先生にとっては生徒は確かに子どもだろう。

 しかも、喉はからからで氷が入ったオレンジジュースは、ものすごくおいしく感じだ。

「ちょっと話しているからな」

「わかりました」

 奥さんはしばらくすると、別の部屋に行ってくれた。

「ここならトランシーバーを使えるだろう」

 ありがたくトランシーバーを取り出して、通信を試みた。あれから四〇分ほど経っているが、過去の時間は何時だろうか。

「応答願います」

 すぐに赤ランプが付いた。待っていてくれたのだ。

「崎坂か、藤沢だ。もうすぐ下校時間だ。今日は俺がトランシーバーを持って帰ることになったよ」

「了解、友田先生とは協力関係になったよ。いま、先生のうちにいるよ」

「私は今から手紙を探してくるから。どこにしまったかな……」

 先生はお茶を飲んで、トランシーバー越しに藤沢に声をかけると席を立った。

「おお、うちの担任、淡々としてるけどいい先生なんだな。ところで、爆発物の解体についてなんだけど、ダイナマイトの時限爆弾とか、形状を変えられるプラスチック爆弾とかさ、すごい種類があるんだよ。解体は難しい、どこか別の場所に移して爆発させるしかない気がする。けど、どれくらい猶予があるか知らないと、それも難しい」

「どんな爆薬だったのか、調べるよ」

「じゃあ、また。こっちも何かあったら連絡するよ。下校時刻だ」


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