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協力者

「了解」

 通信が終わると、ほっと力が抜けた。

 ソファに沈み込むように座ると、喉が焼け付くように乾いていた。オレンジジュースの残りを一口で飲んで、冷たい氷で喉を潤した。

 癖でスマホを取り出すが、表示されるのは時刻と気温くらいで、他の機能はまったく使えなかった。LINEは起動すらしない。メールは起動するけれど、試しに送る相手が、この時代にはいないのだ。そして、電話をしようとは思わなかった。

 もちろんネットにも接続しない。

 ふと写真アルバムのアプリを起動してみる。

 鮮やかな写真が現れた。天文部の部員でふざけて撮ったもの、きれいだと思った空や、記念写真だと撮った体育祭のクラスの写真、優奈が気安く承諾してくれた写真。他にもたくさんある。

「入りますよ、ええと崎坂くん、お夕飯は食べていくでしょう?」

「いいんですか? ありがとうございますっ」

 奥さんは何度か頷いたが、手元にあるスマホを見つけて目を見張った。

「スマホを持っているの? 懐かしい。まだ持っている人がいたのね。夕飯を作りますから、ゆっくりしててくださいね」

 いそいそと部屋を出ていく姿が、どことなく嬉しそうだった。

 先生はまだ戻らないが、どんな爆薬が使われたのかも聞かないとならない。

「先生、どこにいるんですか?」

 少し大きな声で呼びかけると、二階から声が聞こえた。

「二階にいるんだが、上がってくるかね」

 階段を上がると三部屋あった。足音に気付いたのか、奥から呼びかけてきた。

「こっちだ。この部屋は物置にしているんだ、昔の教科書やら本があってな、散らかっているから、探し物はなかなか見つからないが」

 声が漏れる明かりのある部屋に入ると、六畳くらいの洋間だった。確かに棚だらけの部屋で、段ボールもいくつか見えた。

 エアコンがほとんど効いていないから暑かったが、外よりはよほどましだ。

 卒業アルバムがたくさん置いてある。年度はばらばらだがきちんと並んでいた。本も種類ごとに並んでいる。

 段ボールや、棚に入らないものなどが床にじかに置かれており、それが散らかっているようにも見えた。

「手紙や紙のたぐいは、この辺にまとめて置いたと思って、見ているんだが……。そう言えば、君は寝る場所はあるのか? 昨日は実家にいたそうだが、今日も帰る予定でいいか?」

 手紙などがしまわれた箱から、何枚もの紙や手紙の束が出ている。

「未来の僕が母と連絡したらまずいので、今日はどこかに泊まろうかと」

 幸い旧紙幣だが持ってはいる。

「こっちにどれくらい滞在するか分からないのに、ずっと宿に泊まるのは無理だろう。息子の部屋が空いているから、そこに泊まったらいい。妻も喜ぶし、私も手紙の内容を検討したり、過去を改変する手伝いがしたい。どうかね」

 ずっと束をめくっていたいた手を止めて、どうすると目顔でたずねてきた。

 正直に言って、助かる。協力してくれるだけでも心強いのに、居場所まで提供してもらえるなんて。

 手持ちの資金は、たぶんすぐに尽きるし、トランシーバーを使う場所も考えなきゃいけない、図書館くらいしか調べる場所がない。

「先生よろしくお願いします」

 即答した。

 友田先生は、はじめて声を出して笑った。明るい声に、暗く陰ったこの未来が、少しだけ光を取り戻したような気がした。

「藤沢が、どんな爆薬なのか、持ち運びができるものなのか、とか解体するか、運んで別の場所で爆破させるか、考えてて」

「なるほど……、何の爆薬だったかだな。ずいぶん威力のある爆弾で、全部で二つあったんだ。校舎は半分ほど崩壊した。コンクリートの建物がだ」

 思い出すように考え込んだ友田先生は、手に持っていた手紙の束をゆっくりと机に置いた。

「動かせるかさえ知らない。私は爆破事件の後、やみくもに事件を調べたんだ。腹が立っていて、手当たり次第に資料を見た。警察に行って、閲覧許可をもらって見たくらいだ。なのに、肝心の爆薬の種類は、記述があったかどうか」

 額に手をあてて記憶をたどるように真剣な表情になると、友田先生はじっと宙を見つめた。時計の音がしずかな空間を刻んで聞こえた。

「記憶力には自信があるんだが」

 ため息とともに吐かれた言葉には、自責の念が見え隠れしているようだった。

「どうにか調べられませんか、図書館じゃ無理ですよね」

 前に一歩でも進みたい。

「ネットで調べてみよう」

 言うや否や、部屋を出て行くので付いてく。

「ネット? あるんですか?」

「もちろんあるさ、ネットがない世界はつらいものだ。こっちの部屋だ。けどなぁ、規制が多くて調べきれるかは分からないぞ」

 隣の部屋は書斎になっていた。本棚や机があり、パソコンも置いてある。ノートパソコンだ。

「今はね、電話回線とつながっていなければ、ネットは使えないんだ。だから、この部屋でしか使えない」

 スマホが使えていたのは、そもそもどういった仕組みだったのかも知らない。ただ使えていたから、便利に使っていただけだ。

「使ってもいいんですか?」

 起動ボタンを押しながら、気軽に頷いてくれた。

「ヤフーでいいかな、検索エンジンは」

「はい、大丈夫です」

 未来でもヤフーはあるんだなと、妙なところで安心感を得てからパソコンに向かった。

「東幸高校 爆破事件詳細」

 ネットで検索をすると、事件により亡くなった人たちについてや、生き残った人へのインタビュー記事、犯人の特定ができなかったことなどが出てきた。

「爆薬の種類」で追加検索をしたが、何も出てこない。いろいろなアプローチから検索をしてみたが、爆薬については記事がなかった。

「夕食ができましたよ」

 奥さんの声に我に返ると、部屋はもううす暗くなっていた。

 先生はいつも間にか手紙の捜索に戻っていたようで、隣の部屋から顔を出した。

「成果はありましたか?」

 おだやかな声が問いかけてくる。

「いえ」

 正直、爆薬の種類などすぐに分かると思っていた。爆発してしまっても、なんの爆弾が使われたかはすぐに特定できそうだが。

「事件があったことしかなくて」

 声にも力が入らない。何もできない自分が未来にいても意味などない気がして仕方ない。

「やはり見つからないですか」

 先生は考え込みながら、階段を下りていきリビングに到着した。

「庭のキュウリが大きくなってたからね」

 テーブルには冷やし中華が乗っていた。量も多めだ。

「いただきます」

 二人の声が重なった。

 空腹に沁みるように旨かった。暑さで失せていた食欲も、甘じょっぱいタレにいっぺんに生き返ったかのようだ。

「足りたかしら、足りなかったらおにぎりならすぐにできますよ」

「大丈夫です、すごくおいしかったです」

 満ち足りた腹で、焦りと不安に染まっていた思考に余裕が生まれた。まだ全然がんばってはいない。

「思ったんだがな、一般人だから調べられないんじゃなくて、専門家しか必要としてないから出てこないのかもしれないな」

「専門家ですか?」

 食後に出た麦茶をお代わりしながら、さて次はどう調べようかと考えていたときだ。

「ダイナマイトはアルフレッド・ノーベルによるものだ。彼は化学者だった。今の爆薬が化学者が作るものなのかは分からないが、大学で教授をやってる友人がいるから、聞いてみよう」

 専門知識は、専門家に聞けか。なるほど!

「先生、お願いします!」

「あとでメールを送るから、パソコンは起動したままにしておいてくれ」

「はい、じゃあこの後は、手紙を探すのを手伝います」

 食事が終わると、息子さんの部屋だった二階の角部屋を案内された。和室で簡素な部屋だった。荷物はみんな引っ越しの時に持って行ってしまったらしい。

 布団がすでに敷かれていた。奥さんがやってくれたのだろう。

 寝る場所が決まれば、もうあとはひたすら手紙を探すだけだ。

 先生は途中でメールを打ちに隣の部屋に行っていたが、すぐに書斎に戻ってきて合流した。棚から束を取り出して、紐をほどくと一通ずつ目を通していく。

「こんなに手紙ってとっておくものですか、先生」

 年代分けになっているらしいが、紐でまとめられた一括りの束には百通ほどあって、宛名を確認するだけにしても手間がかかる。

「先生?」

 時間がかかっていたのは、先生が懐かしくてついつい手を止めて手紙を見返しているからだった。

「あ、すまんな」

 学校宛で先生の名前になっているものは、よけていく。学校宛になっているものは少なく、先生個人宛のものが多かった。

 ずっと探していくと、手紙の束が入っていた棚が見えてきた。そのすきまに一通の茶封筒が挟まっていた。どの束にも入れなかった手紙なのか。

可能性は低くても、目は通しておかなければ。

 宛名のない封筒のなかにある手紙を出すと、A4の用紙に学校名と校長名が書かれており、季節の挨拶などからはじまっていた。

「これは学校宛ですね」


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