手紙
普通の手紙のような気がする。
「それは……、それだ!」
穏やかだった先生の目が大きく見開かれて、震える手で手紙を受け取った。こちらにも見えるように広げてくる。
「普通の手紙に見えるんだ、文面も几帳面だし、印刷されたものだから、何かのお知らせか、広告みたいな感じでしょう。だから校長も、二枚目を見ることなく後回しにしていたんですよ」
二枚目。重なったもう一枚の手紙を先生はそっと出して見せた。
違和感と困惑しかない文章だった。
「私も、一度は読んだがね。よく分からなくて。ただ校長室で警察がこれが予告状だと言っていたから、読ませてもらって、すぐにその場でコピーを取ったんだ」
手渡されて読んでみた。まったく意味の分からない文章だった。
「僕じゃ分からないな。これはミステリ研の藤沢に聞いた方がよさそうですね」
「ミステリ研、ということは藤沢くんは推理ができるのか」
「たぶん。優奈が言うには、どんな謎でも解くそうです。本当は見せたいけど、トランシーバーじゃあ、見せられないですからね。読んでみるしか」
ふむ、と顎に手をあてた先生は、何度かうなずいた。
「もし予告状が読み解けたら、爆弾の位置が分かるのかもしれないですね」
二枚目にもう一度目を通してみた。何度読んでも奇妙な文章でしかない。
『 ―下弦になる日にとっておきの話を紹介―
一.朝礼時に、校長先生が話す内容として
整理整頓はいかがでしょうか。
無過失と思っている生徒たちに、校内の清掃だけでは
なく、点検などもも勧められます。
二.
二階の六番目にある、一番はしの四隅にチェック表を
置いておくとよいでしょう。
二人組になってチェック表の七つの項目をもとに順番
に回るなど方法はあります
三周したら七つの得点を生徒に分配し、成績にも反映
すると校内がよくなります
一.一次関数
二.文字に注意
ご検討のほど、よろしくお願いいたします。 』
確かに予告状に思える。警察が予告状だと断定したのも分かる気がした。もう爆破された後では、意味のないものかもしれない。
犯人が予告状を出したのなら、爆破を知らせる意図もあったのだろうか。たとえば身代金の要求とか、あったはずじゃないか。
「先生、手紙はこれだけなんですか? 電話で脅迫とか、身代金とか要求されなかったですか?」
「何もなかった。手紙だってこれ一通だけだ」
「爆弾の場所を特定できたら、次は運んだり解体するわけだから、爆薬の種類を調べないとですね」
「ああ、さっきメールを送ったが、どうかな返信が来ているか見てみるか」
先生の祈るようなつぶやきに、自分では何もできない歯がゆさだけがくすぶった。
隣の部屋に行き、パソコンを操作しOutlookを起動して受信ボックスを開く。
「まだのようだな。忙しいからな。明日の昼間なら研究室に電話をすればつながるだろう。とりあえずメールの返信は朝まで待ってみよう」
穏やかな声音につられて、素直にうなづくしかできなかった。
「ちょっと変わっているが、君なら大丈夫だろう。連絡が付いたら会ってみたらいい。私は仕事があるからね」
「はい」
まだ八時を過ぎたばかりだ。あっちの時間は深夜だろうか。
「トランシーバーで、藤沢君に手紙のことを伝えるんだったな。私は風呂に入ってくるが、気にせず通信したらいい」
「ちょっと試してみます。こっちとあっちと時間が違うので、たまに深夜だったりするんですよ」
「それは不思議だな、時空がねじれてるのかな、これは物理だなぁ」
最後はぶつぶつ言いながら、先生は風呂場に向かっていった。
手紙を持って自分の部屋に行く。トランシーバーはリュックと一緒にこの部屋に置いてもらっていた。
手紙の内容を過去に伝えたら、きっと高校は無事で、みんなも無事だ。こんな未来になっていても、一人でいるよりずっといい。
トランシーバーを目の前に置いて、準備が整うとすぐにスイッチを押した。
「藤沢、応答願います。崎坂だ」
何度か繰り返すと、聞きなれた砂嵐音がもれた。
「藤沢だ、何かわかったのか?」
「予告状と警察が断定した手紙が見つかった。そっちは今は何時なんだ?」
「こっちは、夜の十一時だ。爆破の予告状が見つかったんだな」
「変な文面で、普通に読んでもよく分からない。けど、警察は予告状はこれだって言ってたそうだ。今から読み上げるよ」
「メモを取る」
「行くぞ」
文面を読み上げてから、いちいちどこに句読点があるか、漢字なのか、数字なのかなど細かいところまですっかり伝えた。
「暗号だな。ご丁寧にヒントまである。これは俺が解読するから、爆薬の種類を頼む」
「了解。いま、専門家をあたってるんだ、今日は無理そうだけど、なんとかする。予告状は頼んだ」
もうそれきりトランシーバーは応答しなくなった。向こうの状況とか、みんなはどうしてるかとか、じゃっかん知りたかったけれど、まぁみんないつもの通りだろう。
優奈は、今も祈っているのだろうか。だからトランシーバーが存在するのかもしれない。
ただの幼馴染だけれど、優奈はやはりかけがえのない存在だと痛感する。昔から、本当に優しくて、明るくて、かわいかった。
二階にもエアコンがあるが、各部屋には扇風機しかない。真夏の夜の熱気が、じわじわと押し寄せてくるようだ。
「風呂、どうぞ」
「入ります」
ナイスタイミングだ。
「そこに寝巻もあるから、使ってくれと。洗い物があれば出しておくといい、この陽気だからな、すぐに乾くよ。洗い場に洗濯籠があるから、そこに出しておいてとさ」
「た、助かります……」
深々と頭を下げると、ありがたくリュックにしまっていた制服も取り出した。
さすがに暑さで、今日着たものを明日また着るわけにはいかない。実家に一日いたから、下着なども二日間分ある。
先生はうんうんと、まるで家出少年を理解するようなやさしいまなざしで頷きながら階段を下りて行った。
ありがたく風呂につかりさっぱりとすると、急に疲れが押し寄せてきた。まだ時間ははやいんだけど、と考えながら廊下を歩くとテレビの音が聞こえてきた。
夫婦でテレビを見ているようだ。
にぎやかな音楽や会話が聞こえてくる中で、ときおり中国語が聞こえてくる。いったい何で中国語なんだろうと、居間に顔を出した。
「さっぱりしたわね、よかった。洗濯ものは出してくれた?」




