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3日

 奥さんがさっそく立ち上がって、台所にむかいながら聞いてくれた。

「はい、すみません。すごく助かります」

 いったい僕の立場をどうやって奥さんに話したのだろうか。過去から来たと伝えているかどうかも分からない。

「まぁ、そこに掛けて」

 テレビ画面を見ている先生は、テレビを見てくつろいでいる雰囲気ではなかった。どこか腑に落ちないように画面を見ている。

「天気予報を待っているんだ」

「中国の人がたくさん出てるみたいですね?」

 出ている芸能人が中国人だったから、名前を呼ばれるたびに中国語のように聞こえていたのだ。

「テレビ局は金を出す方についたようだ。この国は日本だが、実質日本ではなくなっているんだ。中国の支配下になるのか、欧米かアメリカの植民地になるか、という状況だな。だが、中国が入り込んでる気がするな。まぁ、昔も中国籍で日本の政治家になってる人間がいたりしたしな」

 あまり気にしたことはなかったけれど、他国の人が政治家になるとよくないのだろうか。

「どうして政治家は日本人じゃないといけないんですか?」

「ん? 中国人が日本の政治家になったとして、中国に有利に政治をしたら、日本人は中国のために動くことになる可能性がある。いや、日本人だって中国やほかの国からの金を個人的にもらって売国奴になる政治家も多かったようだが」

 現実世界という虚構にいるようだ。まるで別の世界を垣間見ているようだが、ここは過去から継続した未来だ。

「この未来の原因が、過去にある……」

「どうぞ」

 奥さんが麦茶を持ってきてくれた。

 無意識に礼を言って、口に運んだ。冷たく香ばしい麦茶の香りと、乾いた喉を潤す水分が、すこぶる心地よかった。

「ようやく天気予報だな」

 ほっとしたように先生は力を抜いた。

「さっきの学者さんて、どこの大学ですか?」

「帝都大だ。そこまで遠くはないよ、心配しないでいい」

「え、帝大ですか……」

 遠くはないかもしれないが、やっぱり気後れくらいはする。自分の進路もそろそろ考えなくては。

「理学部化学科だったかな。もう専門からは離れてだいぶ経つ、疎くなっているから……。だが、専門家のツテはここしかなくてな。まぁ、同級生だったんだ。とりあえず、爆薬について分かるか、どこに聞けばわかるか質問してある」

 さすが先生だ。

「もしかして専門が違うと分からないんですか?」

「どうかな、事件の時は爆薬について調べているわけだし、きっと携わった人間がいるはずだ。どこまで緘口令がしかれているか分からないがな」

「警察の資料にはなかった…って」

「うん、記憶にはない。爆弾の資料があれば、さすがに覚えてるはずだろう。自分とこの高校がどんな爆弾でやられたのかくらい、知りたいだろう?」

 高校が一つなくなるほどの爆弾が、どんな爆弾だったのかの資料がない、などあるのだろうか。警察の資料がどんなふうに残されているのか分からないけれど。

「新聞の資料を図書館で調べたんですが、爆薬については一切記述がなかったんです。ただ爆破があったって。犯人についても、動機も、何も解決はしてないって」

「予告状は出してるのに何の要求もない。犯行声明もなし、それこそ動機が分からない」

 気持ちの悪い事件だな。

 漠然としていて、現実味がなく、変に怖い。

「止められるなら、いくらでも協力する。あんなことは起こってはいけなかった」

 悲痛な表情を出すまいとする先生の強いまなざしが、下に向いている。

「はい」

 短く応えた。なんとしても止めなければ。止められる、止めてみせる。

「爆薬の種類によっては、解体とかできないものもあるんでしょうか」

「映画や小説では、止めてるけれどなぁ。タイマーならカウントダウンを止める、誘導装置なら、チップを外す、信管を外すとか、かな」

「簡単ならいいんですけど……」

 どんな爆弾なのかによって、対処の仕方は違ってくるのだろう。

「最終手段は、火災報知機を鳴らして、消防車を呼んで、避難してから爆破がある、とかかなぁ。逃げ遅れる生徒がいないとも限らないが」

「その手もありますね。正確に何時に爆破されたか分かるなら、それでも」

「時間か、何時頃だったかな」

 先生は思い出すように顎に手をやった。

「もう一回、パソコンで調べてきます」

 一番、効率がいい方法な気がする。避難してしまえば、校舎はなくなるが死傷者は出ないはずだ。だが、本当に避難できるだろうか? 火災報知機ですぐに先生や生徒が動くだろうか。誤作動と思う方が圧倒的に多い。ボヤだと思うことも多い。

「全員避難するには、放送をかけたりしないとダメだろうな」

 パソコンを起動して、事件の記事を見つけるが、午後としか記載されていなかった。漠然とし過ぎていて、避難を誘導した後に、校舎に戻ってしまったら意味がない。

「ダメか……」

 テレビのある居間に戻って、正確な時間の記載がなかったことを伝える。

「確か一四時頃だったと思うんだがな」

 二人して考え込んでしまう。爆弾を止められるのなら、それが一番なのだが。

「全校生徒が避難するまで、何分くらいかかるんですかね……」

「うーん、二〇分くらいはかかるだろうな。校舎の外に出たからと言って、安全とも言えない。けっこうな威力だったんだ」

 いつの間にか時間が経っていた。

「そろそろ休みなさい、明日また考えよう」

 先生の言葉に黙って頷くと、二階に用意された部屋に向かった。この未来で味方ができたのは、本当にありがたかった。

 夜になって暑さもやわらいでいたので、布団に横たわり夏掛けを腹にかけると、とたんに眠りに落ちた。

 夢の中で、必死になって爆弾を探していた。


 7.3日


「おはよう、メールの返信が来ていたよ」

 扉越しの声に飛び起きて、半分目が明いていない状態で扉を開ける。

「どうでしたか?」

 寝起きのガラガラな声しか出なかった。

「自分の専門じゃないが、友人で分かる人がいるから、とりあえず来てくれと」

「よか……っ」

 のどがカラカラで、声が途中で途切れてしまった。

 時計を見ると五時半だった。まだ暑くはなく、蝉の声もほとんど聞こえない。朝早くから先生は起きて、見てくれていた。

「うんうん、東京までは電車で一時間半はかかるだろう。研究室が忙しい時間帯は難しいだろうから、ランチに合わせて行くといい。電車の乗り換えなんか調べないとだろう」

 先生も嬉しそうだ。

「はい、ありがとうございます」

「下でもう少しで朝食の準備が整うはずだ、支度を」

 先生の目線が部屋の時計をとらえて、すこし泳ぐ。はやいことに気付いていなかったようだ。

「六時半くらいには朝食だ、早く起こしてしまったな」

 首を横に振る。とにかく気が急いている。

「爆弾の種類が分って、後は止め方が分かれば、三分の一くらいは可能性が出てきますよね! あの予告状が読み解けたら、仕掛けられた場所も分る」

 早朝なこともあって、小声ながら力強く言いつのった。

「そう、阻止できるかもしれない」

 鳥のさえずりがのどかに空に響きはじめ、蝉が鳴き始めた。今日も暑くなる。

 絶対に止めないと。

「さ、まだ少し時間があるし、ゆっくり支度をしようか」

 見れば先生もまだ寝巻のままだった。いそいそと自分の部屋に戻って行く先生は、心の底から爆破を阻止したいのだ。

「あっ、今日の服……」

 入り口に制服がたたんであった。奥さんが洗ってたたんでくれたのだろう。かなり暑いが、きちんとした格好の方がいい気もする。暑すぎるかもしれないが。

「制服の方が、高校生って分かりやすいよな」

 きちんと制服を着て、身なりを整える。長袖は折って捲った。ネクタイがない制服で心底よかった。けれど、空調が効いていても暑かった。

「悪いな、着るものがないんじゃないか?」

 先生が扉をノックしてから入ってきた。

「洗濯してもらってて、ありがとうございます」

「制服、冬服じゃないか。暑すぎるだろう。息子のだが、もう着ないものが残ってる。その棚にあるものを使ってくれ」

「え、でも」

「いいんだ。夏休みに冬服の制服ほどおかしいものはないぞ? 協力させてくれ。研究室には変わり者が多いかもしれないがな」

 棚には、手ごろな衣服が収まっていた。たくさんはないが、趣味も悪くなく、Tシャツとチノパンを借りた。

 冬服の制服より、私服の方が断然いい。

 布団を片付け、私服での身支度が終わるころに、トランシーバーが音を発し始めた。

「崎坂、応答せよ」

「おはよう、藤沢か?」

「ああ。そっちは朝なんだな。今は昼休みだ。でだな、予告状の暗号は解けたよ。犯人はアバウトな場所指定と、時間は日にちだけの指定をしてる。探さないといけない」


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