アイスクリーム
「どこにあるんだ?」
「爆薬を仕掛けられる場所は、中庭と調理室だ。目立たないように置かれているんだろうな」
「さすがだな、あの変な文章からよく特定できたな」
「暗号なんだ、二種類の暗号でできてた。ただ時間の指定がなくて、日にちはもう分かってるけど、時間は分からなかったよ」
「時間はこっちでも調べたけど、先生の記憶では二時ごろ、どこにも時間の記載がないんだ。ただ、今日はちょっと遠出をして、爆薬のことについて知ってるかもしれない専門家の居る場所に行くよ。どんな爆薬で、爆弾なのか分かればさ」
いちいちスイッチを押して通信しているのが、七面倒くさいが、スムーズな会話がわりにできている。ザザッと砂嵐が少々混じったり、ときどき声が通らなかったりするが、トランシーバーなのだから仕方ない。
「予告状があったんなら事実だよな。まだ現実味がなくて……」
途中で通信が切れた。それとも切ったのだろうか?
「爆弾について調べてくる。なんとかして、みんなを助けないと」
「わかった、頼む」
「また連絡するから」
「昼休みも終わりだ」
通信が切れた。こちらも朝ご飯ができてそうな時刻になっていた。さすがに早起きしただけあって、空腹になっていた。
下に降りると、味噌汁のいい匂いがした。先生が座り、ちょうどいいころ合いだったようだ。
朝食が始まると、先生はプリントアウトした用紙をくれた。
「電車の乗り換えと、研究室への行き方だ。あと電車賃」
「先生、何から何まですみません」
受け取った紙幣は、柄が変わっていて違和感があったが、特に使い方に変更などはなさそうだ。
「いいんだ、ただ過去を変えられるなら、それだけでいい」
奥さんがさみしげな微笑みを浮かべていたが、何も言わずにいてくれた。もしかしたら、事情はすべて知っているのかもしれない。ただ信じられるかどうかだけで。
「さっき、メールで返信をしたが、ランチより前に来ても大丈夫だそうだ。朝なのにすぐに返信が来てたから、もしかしたら徹夜した可能性がある、はやめに行った方がよさそうだ」
「はい、助かります、すぐに行きたかったから」
リュックは持って行くことにした。もちろんトランシーバーも持って行く。先生は荷物を見ても何も言わなかった。
「終わったら、戻ってきていいですか? この時代に僕の居場所はなくて」
「もちろん、そのつもりだ。連絡先を渡しておこう、スマホがあれば便利なんだがね、固定電話になってしまっていて」
メモ紙が渡された。
この時代の唯一の居場所とのつながりだ。大切にリュックのポケットに入れる。
「はい、行ってきます」
「私も仕事に行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね、二人とも」
さりげなく僕のことも含めて帰ってきていいよと伝えてくれる奥さんに、じんわりと心が温かくなる。
先生の道案内で駅に一緒に行き、無事に電車に乗れた。
電車内も広告がほとんどなく、電子掲示板も表示されていない。
車窓から見る外は、どこかくすんで見えた。みな古めかしい印象で、華やかな印象がない、ちょっと汚れている屋根とか、新築の家がない感じだろうか。
都心に近づくとビルは立ち並んでいたが、早朝のせいか、天気が良すぎているからか、広告になる置物や、食べ物のポスターなどがないせいもあって灰色にしか見えない。
車内は人が多く、冷房も弱くだがかかっていて、通勤などで満員ほどではなかったが、いつもと変わらない景色に見えた。ただスマホを見ている人はなく、本を読んでいたり、新聞を読んでいる人が多かった。社内の広告もほとんどなかった。
幾度か乗り換え、ようやく目的の駅に着いた。
メトロ帝大三丁目から、徒歩十分もせずに正門にたどり着き、途中のコンビニで水を調達した。朝でも暑い。
そう言えば夏なのに、学生はいるんだな、と思う。
夏休みじゃないのだろうか。車内には学生はほとんどいなかったが、構内には人の姿が見えた。
指定された理学部の建物にたどり着くまで、いろいろ圧倒されながらもようやく着いた。古い建物が多いけれど、理学部は新しめに見えた。
「ここでいいのかな」
同じような戸が多く、何度か不安に駆られて思わずつぶやいた。
「どうした? あれ、崎坂じゃないか。珍しいな、こっちに来てるなんて、何か用事か?」
全く知らない、明らかに大学生らしき男から、気安く声をかけられた。
「え、ええと……。」
言葉がどうにも出てこない。
「うん? もしかして崎坂の弟か? 高校生?」
「そうです、高校生です。友田先生からの紹介で、ちょっと古舘先生と約束をしてて。研究室にお邪魔する予定だったんですが、合ってるかとうろうろ……」
なぜに同じ名前の人が在籍しているのだろうか。もしや、いやまさか、とせめぎあう感情は隠して、今はやるべきことをやらねば。
「古舘先生か、合ってるよ。こっちだ」
目の前の戸を開けて中に入っていくのを追いかけた。
「うわ、また徹夜したのか。お客さんが来てるぞ。おい、薄雲」
実験道具なのか、白い机にたくさんのものが置かれた雑多で、興味深い、意外に広い部屋には、一人だけ机に突っ伏して寝ている女性がいた。
「んあ? お客さん?」
天然パーマなのか、ふわふわした髪を一つに束ねた若いお姉さんが、ものすごく眠そうに顔を上げてこちらを見た。
「古舘教授なら、どこかに行ったみたいだ。崎坂さん?」
「弟みたいだぞ、高校生だって」
「弟がいたのか、崎坂さんは。似てるんだな」
何も言うまい。黙って視線に耐えていると、二人とも緊張しているのかと思ってくれたらしい、目を見かわしてから頷きあっていた。
「教授が帰ってくるまで、話を聞いておこうか?」
「それがいいかもね、じゃあ、俺はこの辺で。講義があるんだ」
カバンをつかむと、男性はすぐに歩き出した。
「行ってら~」
所在なく立ち尽くしていると、薄雲と呼ばれた女の学生が、空いている椅子を示して座ったらいいとジェスチャーしてくれた。
「どうも」
教授が戻るまでは、この人に話を聞けるらしい。
「すみません、突然、崎坂と言います」
「うん、下の名前はなんていうの? お兄ちゃんを知ってるから、ちょっと区別したいな」
「えーと、俊矢です」
「俊矢くんね、よろしく、薄雲志穂です、今日は何か聞きたいことがあるって? 化学のことが知りたいの? うちの学科にするつもりなの?」
嬉しそうにしている。
友田先生はどう質問を投げかけていたのだろうか。もう直球で聞くしかない。
「八年前に、高校の校舎を爆破した事件がありましたよね、その爆弾、もしくは爆薬について知りたくて」
膝を詰めるように、前のめりに聞いてみた。
「爆破事件か」
黙り込んで考え込んでいる。思い出すような、すがめた目をしている。じわじわと表情が曇っていくのがわかった。聞いたらいけないことだったのか。
「うちじゃあ、扱ってなかったな。高エネルギー研究室の方だ」
静かな声だった。あまり聞かない単語だが、たぶん原子よりも小さな素粒子あたりの話じゃなかろうか、あまり知識はないが。
「どんなことが知りたいんだ?」
「どんな爆弾で、どうやったら止められたのか、知りたくて」
不思議そうな目と合った。それはそうだろう、もう止める機会もないのだから。
ゆっくりと薄雲さんの目が猫のように大きく開いていき、なるほどとつぶやくのがわかった。
「中身じゃなくて、装置の方が知りたいのか……。中身はどえらい代物らしい、高エネルギーを生成する過程で偶然にできた爆薬だと聞いた。容器に浮かんでいる何かが、容器に触れると爆発……」
寝不足がくっきり現れた腫れぼったい目に力がよみがえったようだった。
「どうして知ってるかって言うと」
低い声をさえぎるように、急ぎ足で入ってきた男性の声がひびいた。
「待たせたかな」
友田先生と同じくらいの年恰好だが、柔和な雰囲気のやさしげな方が、いつの間にか研究室に入ってきていた。
「教授、お帰りなさい。高校生の崎坂くんです」
にわかに眠そうな目に戻った薄雲さんは、にこやかに僕を紹介した。
「友田くんからの紹介だな、崎坂くんか。君は、例の爆薬の仕組みを知りたいそうだが、高エネルギー研究室の管轄なんだ。なので、高エネルギー研究室の方に紹介するよ。私が乗り込むのもあれなので、書状を用意しておいた。薄雲くん、悪いが案内してやってくれないか」
「えっ、私ですか? 高エネルギー研究室?」
とても嫌そうな雰囲気を前面に出していたが、古舘教授は意に介さないように、にこやかなままだ。細い目が笑っているようにしか見えないからかもしれない。
「アイスクリームをおごってあげよう」
「ありがとうございます!」
両手の手のひらを上げて、ちょうだいするような格好になった薄雲さんの手に、教授は財布から取り出した一万円札をそっと置いた。
「彼にもあげてくれな」
「はぁい」
うれしそうな声が研究室に響くと、薄雲さんは僕の腕をとって引っ張りだした。




