アイスクリーム2
「行きましょう、崎坂くん」
「え、あ、あの、はいっ。古舘先生、ありがとうございます」
半ば引きずられながら研究室から出たあたりで、薄雲さんは白衣を脱ぐと、研究室のなかに放り込んだ。
「脱ぐの忘れてたわ、さて、とりあえず高エネルギー研究室に行こうか、その後で中央カフェテリアに行きます」
カフェテリアは行くことになっているらしい。
黙ってうなずくと、眠たそうな目をしながらも足並みをそろえて、建物の外へ出た。強烈な日差しがふりそそいでいるが、等間隔にならぶ木々が木漏れ日程度に変えてくれていた。
「理工3号館なんだけど、ちょっと歩くよ」
ひどく眠そうな顔をしているが、薄雲さんはしゃんとしていたらキレイな人のたぐいじゃないかと思った。
「教えてください、さっき言いかけてましたよね」
「後でね、ちゃんと説明するから、安心して。とりあえず高エネルギー研究室に行って、どえらい代物の威力を知らないとね。で、扱い方とかさ、知るといいよね」
「扱い方もですか?」
「君はさ、ちょっとおかしいんだ。でかいリュックを背負って、爆弾の解除方法を知りたいっていうじゃない。で、リュックには、東幸高校の縫い取りがあるし、劣化してない。八年も前に、爆破された高校だよ、そこ。で、崎坂って名前だけど、どう考えても、生物化学の崎坂蒼そっくりだよ、弟いるか知らないけど。双子じゃないだろうし。けど、君は明るいんだ。崎坂さんはさ、ちょっと暗い人だからね」
さすがは日本一の大学に通う生徒だ。
リュックは盲点だった。さすがに持ってくるのはやめた方がよかっただろうか。どう答えたらいいのか分からず、押し黙ったままになってしまう。
「結論、理論上はありえないけど、君はここにいる人じゃない、気がする。まぁ、何言ってるんだろうこの人って思ってくれていいよ」
のどが鳴るような、かすれた「はい」だけ出た。
なんだか合っている気がして怖い。
「暑いねぇ、寝不足でなくて、秋とかだったら、私ももう少し崎坂くんと歩けることを、自慢したい気もするんだけどね。カッコイイ高校生と並んで歩いてるわけだから」
「僕はそんなにカッコよくはないし、薄雲さんは美人な方だと思うので、むしろこっちがひやひやしますよ?」
暑いけれど。周囲の目にひやひやするのは確かだ。
寝不足の目が大きく見開かれて、呆然と見返されてしまった。
「あの崎坂とは別人としか……」
内心のどきどきがバレないように、四方を見渡していたら、前方に建物が見えてきた。
「あの建物ですか?」
一段と大きな、近代的な建物に近づいていた。
一つ頷くと薄雲さんは、表情をひきしめて建物にいざなってくれた。建物のなかは廊下が狭く、扉から見える部屋の中はパイプのような機械がたくさんあったり、機械なのか物なのかよく分からない雑多な状態だったり、ホワイトボードに何やら描かれており、書類が散乱する部屋もあった。
薄雲さんが足を止めると、すぐに近くの扉に手をかけて、ノックもせずに踏み込んでいった。
「おはようございます、古舘教授から伝言があって、出向いてきました。向田教授」
呼ばれて振りむいた初老の男性は、メガネをかけた精力的な印象の方だった。キビキビした動きをしていて忙しそうでもあった。
「伝言?」
書状を受け取ると軽く目を通してくれた。すると目を上げて僕を見てから、戸惑うような様子を見せてから、ほんのりと笑みを浮かべた。
「暑かっただろう。書状を見ると、8年前の爆薬について知りたいとあるが、高エネルギーの研究の途中で偶然生成された、高濃度のエネルギーだ。一粒だけでも相当な威力だ。どこかに触れると爆発してしまうから、容器に浮かぶように保存するようだ」
質問を挟む隙も無く、教授はなめらかに話をしてくれた。
「止め方と言っても、私には分からない。なにせ実物を見たこともないのだから」
いうことは終わった、と一つ頷くと、向田教授は背を向けた。
「あの、もう少し……」
向田教授は背を向けたまま、何も答えなかった。
なんとかして質問をしようとするが、さっと薄雲さんに手をつかまれて、研究室を出されてしまった。
「教授、忙しい中ありがとうございました~」
変に明るい声で薄雲さんが声をかけると、鷹揚な応えが背後から聞こえてきた。
「薄雲さん、まだ聞きたいことがたくさっ」
焦って大声がでそうなところを、薄雲さんの手が分かっていたかのように口を塞いでしまった。
「大丈夫大丈夫~、さて、アイスクリームを食べに行こう」
さっさと背を向けて歩き出してしまう姿に、僕は後ろを振り返りつつ、付いていくしかなかった。徐々に気温が上がっており、ただ歩くだけでじりじりと日光が肌を焼いていく。
人通りが多くなってきたと思ったら、売店などがある建物に到着していた。
「あっちがカフェなんだ、涼もう。暑くてしんどいね」
すたすたと勝手知ったる様子で、進む姿がなんだか頼もしい気もする。店に入ると、弱いのかもしれないがエアコンが効いており、ようやく一息付けた。
「あの、僕はどうしても……」
「ちょっとアイスクリーム買ってくるね」
食券を買わないとならないらしい。小柄な姿はてきぱきと動いて、さっそうとカップを二つ持って戻ってきた。
嬉しそうだ。
カップはけっこう大きく、ソフトクリームにチョコレートがかけてあり、バナナが刺さっていて、ポッキーが二本刺さっていた。
「ミニパフェみたいな」
「懐かしい、パフェって言葉。そんな高級品じゃない。これはアイスクリームだよ。豪華なね。一つ三七百円するんだ」
「三七百円は高いですね」
「そう? 卵も牛乳もバナナもチョコレートも高いじゃない。だからむしろ、学内で食べるから安くなってるんだよ。どこも不景気だしね。私も考えなきゃですよ」
目を輝かせてスプーンを差し込み、すくうと美味しそうに食べた。
「溶けちゃうよ?」
「はっ、頂きます」
あわてて掬うと、口の中に入れた。甘くて美味しい。けど、普通だ。
「来てやったぞ、薄雲~」
四人掛けのテーブルに、突然押しかけるように腰かけた白衣の男が、一心不乱に食べている薄雲さんを見ている。大きな体格でクマをイメージさせる外見だ。ただ明るく太い声なので体育会系にも見えた。
「旨そうだな、今月は金欠でなぁ……」
ほとんど口をつけてない僕のアイスクリームを見ると、食べたらとうながしてくれた。
「あの、もし良かったら食べませんか?」
「は? だってそれ君のでしょ?」
「あんまり食欲がなくて、食べていただけると助かります」
薄雲さんが、ちらりとこちらを見て、男に二度ほど頷いた。
「じゃあ、遠慮なく。すごい御馳走だな」
大きな口でバクバクと食べていく。この人は何でも豪快に食べそうだ。
「でね、住岡さん、ここに呼んだわけなんだけど」
食べ終わった薄雲さんは当然のように、住岡さんというらしいが、向き直って笑顔を作った。
「旨いなぁ!」
最後の一口をしあわせそうに口に含むと、しみじみと住岡さんはうなった。どれだけ金欠なんだろうか、朝は食べたのだろうか、なんだか心配になってくる。
「聞いてください」
「うん、聞いてるから。なんで呼んだの? アイスクリームは俺の分はなかったよなぁ」
「うちの教授のおごりだったから」
どことなく自慢するような声音になった薄雲さんに、敗北感をただよわせながら口を開く住岡さん。
「え、太っ腹だなぁ古舘教授……、いいなぁ。それで、何で呼ばれたの」
「さっさきのやりとり」
ぐだぐだ感満載だった二人のやり取りが、にわかに色を変えた。周囲の目をどことなく気にしながら、薄雲さんが早口になった。
「8年前の爆破事件、住岡さんなら知ってるよね? 緘口令あるみたいだけど、この子がさ、爆弾の解除方法を知りたいって」
小さいうえに早口だが、住岡さんには十分伝わったらしく、多少迷惑そうにためいきまじりになった声が返ってきた。
「またやっかいな。あれは緘口令なんてもんじゃないんだぞ」
「でも、住岡さんなら、もう8年はここにいるでしょ、何か絶対に知ってると思って。うちの教授は全然何にも知らないから、私ですら、なんかきな臭いのが分かるのに」
「いや、そちらの教授は分かったうえで、その対応なんだよ。いいか、あのエネルギー体は、盗まれたもので、しかも、生成は偶然だったがすぐに作れるものなんだ。それがいまや主流の兵器として流通している。恐ろしいことだよ」
薄雲さんが黙り込んだ。沈痛とすら言っていいほどの表情のままで。
「爆弾として仕込まれたあれの解除方法は、確か……、誘導チップがあったら外して、容器に入っているエネルギー体を、取り出せばいい。ものすごく慎重にな。下に落として、容器が割れて本体が何かに触れると大爆発だ」
真剣に聞きながら、とにかく頷いた。
「ありがとうございます」
つられて早口で小声になりながら、僕は反射的にお礼を言っていた。
薄雲さんに向かって話していた住岡さんは、我に返ったように僕を見直した。
「あの爆弾は、高校以外にも仕掛けられて、もう一つは解除途中で爆破して、警察の人が重傷になった。でも、なんで今ごろになって知りたい?」
早い、早口も頭がいいとすごく早くなるのかもしれない。いま、重要なことを言っていたような。




