解決方法
「調べても、どこにも載ってなくて。えっと、警察の人がケガをするんですか?」
「ケガじゃない、重傷だ」
痛ましそうな表情だが、過去の話だ。どこか遠い国の話をしているかのようだった。
「聞きたいことは、これですべて?」
また眠たげなゆったりした口調に戻った薄雲さんが、場の雰囲気をぐだぐだに戻した。周囲には気だるげな学生たちが、カフェに点在しているだけだ。
「アイスクリーム美味しかった、すごく久しぶり」
「俺も、ずっと金欠だもんなぁ」
どっと冷汗が出た。
「解除の途中で、失敗することがある?」
ぐだぐだがすっと消えた。
「触れさせたらいけないと、知識がなかったんだな」
「ちなみに、どこが標的になったんですか?」
「あー、どこだったかなぁ。どこかのショッピングモールだった気がするけど、すごく小さな爆発だったんだ、重傷者一名、警察官で、世間じゃボヤ騒ぎくらいの騒ぎになってたはず」
「爆破事件なのに」
「緘口令のせいかもな」
指先が震えるのをこらえるために、拳をつくった。人に気付かれないほどの震えや、短くなった呼吸を元に戻すのに一呼吸必要だった。けれど、二人はまたぐだぐだな会話に戻っていて、僕の様子には気付かなかったようだ。
ぐだぐだの雰囲気に合うような、のんびりした挨拶をしてから席を立った。
「もう大丈夫です、ありがとうございました」
「顔色が悪いけど、大丈夫? 熱中症じゃないといいけど」
薄雲さんが心配そうにして、目配せしてきた。
「ちょっと熱っぽいかもしれないです、高校の課題のテーマに難しいのを選んじゃいましたね、もう少し考えないと」
住岡さんがおやと目を上げた。
「あれ向田教授も休憩ですか?」
メガネをかけた初老の教授がカフェに入ってくると、こちらに向かってきた。迷いのない、直接的な歩みで、用事があってきたように思えた。
「姿が見えたんでな、住岡くんの論文について聞きたいことがあったんだ、後で話そうか」
「もちろんです、すぐに行きましょうか?」
「いや、大丈夫。もう少し涼んでからで」
言うだけ言うと、くるりと背を向けてスタスタと別の場所に移動してしまった。けれど、ちらりと僕の方へ目を向けたのは気のせいではなかったはずだ。
「よっぽどのことなの?」
薄雲さんが頬杖をつきながら、住岡さんにぼやいた。
「みたいだなぁ」
意味深な会話なんだろうと思うけれど、何も口をはさめない。
「気を付けて帰るんだよ、崎坂くん」
休憩時間はもう終わりとばかりに、薄雲さんがにこやかに挨拶をしてきた。とても眠そうだ。徹夜していたのだから、もう限界に近いのだろう。
「はい、お二人とも本当にありがとうございます」
「アイスクリームも食べれたし、いいよ」
「役に立つならいいけどね」
薄雲さんは満足そうに、眠そうな目を閉じたまま満面の笑みを浮かべた。ほぼ寝ている気がする。
さっと周囲を確認してから、住岡さんが早口で言葉を添えた。
「さっきのは課題には使わないでくれな、機密事項だから」
「もちろんです」
僕は二人に礼をすると、重いリュックを担いで急いでカフェから出た。暑さが容赦なくふりそそぐが、そそけ立った気持ちが日差しをものともせずに、駅まで走らせた。
電車の乗り換えも緊張のせいか、あまり記憶にないが、地元の駅に二時くらいには着いていた。
のどがカラカラで、最初に入った喫茶店に飛び込んだ。
「すみません、アイスコーヒーをください」
そう言えば、コーヒーは八百円だった。アイスコーヒーだといくらなんだろう。
「二千円になります」
氷が高いんだなと財布を手に、しばし固まった僕を見て、店員が困ったような様子を見せた。
「すみません、氷を作るために電気代がかかってしまって」
あわてて二千円を、もちろん昔の紙幣だが支払った。大学のカフェが破格なのは確かなようだ。
席について待っていると、すぐにアイスコーヒーが運ばれてきた。冷えた水も一緒にあり、おかれるタイミングで受け取り、水は一気に飲み干した。
「お代わりを入れますね」
すぐにアイスコーヒーも半分ほど飲んでしまった。どっと疲れが出たのか、ガムシロップを全部投入して飲んでも、美味しく感じるほどだった。
「整理しよう」
リュックから筆記用具とメモ用紙を取り出し、聞きだした内容を書き出した。特に大事なのは誘導チップと、エネルギー体を取り出すことだ。
「二度目のボヤ騒ぎは、盗んだエネルギー体の威力が少なかったってことだよな、警官は気の毒だけど」
どこかのショッピングモール、爆破事件扱いでなければ、記事にもなっていないだろう。助けたいけど、できるかどうか調べないと分からない。
爆破の解除はけっこう大変そうだ。
トランシーバーを使えるのは、裏山か友田先生の家だ。まだ授業中の可能性もある。
図書館に行って、事件だけでも調べてみようか。ボヤ騒ぎでも記事になっているかもしれない。
アイスコーヒーを飲んでしまうと、その足で図書館に直行した。
勝手知ったる図書館の検索機械に向かうと、マイクロフィルムで新聞を閲覧した。
五時になり、図書館の閉館時間が来るまで粘ったが、それらしき記事はなかった。やはりボヤ騒ぎで終息して隠蔽されたのだ。
「先生の所に行って、もう一晩やっかいになろう」
図書館を出ても暑さはそう変わらない気がした。空腹が今になって感じられて、もうカロリーメイトはないのだと気付く。残りのチョコレートバーを食べた。
もう何日未来にいるのだろう。過去に帰れる前提でいるけれど、ずっとこっちだったら。怖い想像に身を震わせた。
「過去に帰る方法とか、調べたほうがいいのかな……」
そんなのどうやって調べればいいのか分からない。それより、トランシーバーで知った情報を伝えなければ。
「戻りました」
友田先生のうちに着くと、玄関の呼び鈴を鳴らして声をかけた。
「おかえりなさい、どうぞ。暑かったでしょう、さきにお風呂に入ったらいいわよ。すぐにごはんにしますからね」
素直にありがたく、大きく頷いて自室に荷物を置きに行った。
「服もね、用意してありますから。息子が増えたみたいな気がして、うれしいのよ」
下の階から少し大きな声が届いた。見るとテーブルに服が一式そろえてあった。ティーシャツと、楽そうな夏ズボンだ。
風呂から上がると、先生が帰宅していて入れ違いに風呂に入った。
「ちょっとトランシーバーしてきます」
声をかけてすぐに二階へ上がり、畳の上にトランシーバーを置いて通信ボタンを押した。
「蒼だ、誰かいるか?」
「俊矢だ、今日はみんないるぞ。隣には藤沢もいる」
「分かった、今日出かけて分かったことを伝えるよ」
経過を報告すると、部室で集合していた同級生と、代表して話している俊矢は、盛大な悲鳴を上げた。
「まじかよ!」
「おそろしいな。冷静に丁寧にやらないとな」
背後でも何人かの声が飛び交っていた。
「でも、回避できるってことだろ。やってやろうじゃないか!」
「爆弾が置かれる時間とか、分からないし、朝早く行って探すか?」
「爆弾そのものが置かれないようにするとか、できないもんかな」
「迷惑な話だよな、うんざりする」
「大量の殺人犯だぞ、迷惑ってレベルじゃないだろ」
トランシーバーの向こうはにぎやかだ。声だけじゃ、誰が話しているのか分からない。
数日前までは、トランシーバーの向こう側のにぎやかな学校にいたんだけれど。
「いま、そっちは何時なんだ?」
「三時過ぎだ。変な時間差があるよな、そっちは?」
「さっき風呂に入った。六時半すぎくらいだ」
「藤沢だ、一つ気になるんだけど。爆薬はどこで作られたんだ?」
「大学の研究室でみたいだ。帝都大学高エネルギー研究室。盗まれたって聞いたけど、作るのは難しくないみたいで、未来では主流の兵器として使われてるって」
藤沢は黙り込んだ。
「ねぇ、崎坂くん、爆弾が無事解除できたら、爆薬が出てくるでしょ。それはどうするの?」
「その声は、誰だろう?」
「西野梨加です、助けてくれてありがとう。で、さらにありがとうね、さすがに爆破で死ぬのはごめんだもの」
「西野さんか、久しぶりだなぁ。……そうだな、研究室のある建物の表にでも置いておこうか。届け物、みたいに」
「それはまずい。藤沢に代わったよ。盗まれたものを返されたみたいじゃないか、建物の見えるとこに捨てておけばいいんだ、まるで落とし物みたいに」
「じゃあ、素手では触らないようにしないとな」
「うわ、素手厳禁っ。捕まっちまう」
粛々とした雰囲気になったトランシーバーの向こうでは、チャイムの音がとぎれとぎれに聞こえてきた。
「もう一つのショッピングモールのさ、警察官も助けられたらいいよね」
「それならさ、解除方法を伝えればいいんじゃないか?」




