ゆらぎの影響
「それならさ、解除方法を伝えればいいんじゃないか?」
「どうやって」
「うーん、手紙とか、電話とか?」
方法などあるだろうか、何とかしたい気持ちだけで言葉を紡ぎ出す。
「爆薬を作った大学から連絡とかできないかな? こうやって解除してくれって」
感心した声が複数聞こえてきた。
「大学の誰から連絡するんだよ? 電話を借りるわけか?」
みんなの意見が出る前に、僕は力強く言った。
「なりすまししかないな、非通知でかけるとかしかないか」
「蒼、お前」
「だってさぁ、俊矢。高校生の言うことを信じるか? 爆発物がある、解除方法はこうですって?」
一度、青ランプを消す。しばらくしても赤いランプが付かないのをいいことに、もう一度青ランプにする。
「いい案が出てきた?」
俊矢が応じてくれた。
「大学生のふりをする人選をしてたんだけど」
「他にはなかったんだな? 決まったの?」
「いや、警察に本当かどうか裏を取られたら、すぐに嘘だってバレそうだ」
「そうだよな……、やっぱりダメかな。そろそろ、夕食の時間になりそうだ」
「了解、今日は俺が持って帰るからな。またな、蒼」
「またな」
ランプが消えたトランシーバーを机の上に置くと、布団を敷いた。部屋の電気を消して、エアコンが効きやすいように熱源をなくす。
「さ、夕食に行こう」
食卓に着くと、友田夫婦はすでに食べ始めていた。今日はカレーだ。
「すみません、遅れました」
「あがってね」
「はい、いただきます」
席についてすぐに食べ始めた。カレーの匂いは、空腹にはたまらない。あっという間にたいらげてしまった。
「おかわりどうぞ」
奥さんが手を出してくれる。昨日はちょうどよかったけれど、カレーはお代わり必須だ。
「いただきます……っ」
二杯目をさきほどよりゆっくり食べ終わると、丁寧にご馳走様でしたと奥さんに伝えた。友田先生の目配せに応じて、テレビの部屋にうつった。
「天気予報ですか?」
「そう、さすがに天気予報には、嘘はないからね。一応、気温も気になるし」
テレビを付けると、ちょうど天気予報がはじまった。これだけは八年前と何ら変わらないなと、妙にしんみりしていたら、速報が流れてきた。
キンコン、キンコンと警告音ののち、―速報―となる。
「おい、警報だ、おい!」
奥さんを呼ぶ友田先生の間延びした声に被さるように、もう一度警告音が流れた。
「なんです?」
エプロンで手をぬぐいながら、奥さんがやってきた。
「ミサイルが発射され、日本国内に着弾する軌道です、避難してください」
またか、という自分と、友田先生夫婦の反応は違っていた。
「なぜだ? 日本は対象外なはずなのに」
「あなた……」
不安そうな二人が、そわそわと目を見交わして頷きあう。
「避難ってどこに……」
あまりに真剣に先生が言うので、つられて言葉がでていた。先生が意を決したように告げた。
「地下だ、行くぞ」
奥さんがすぐに準備されていたリュックを持ち、先生も旅行鞄のようなもの引っ張り出してつかんだ。
「崎坂、急いでリュックを持ってこい、おい、お前は先に地下の扉を開けて」
「はい」
奥さんがリビングに戻り、まるで地下貯蔵のような蓋を開けると、階段を下り始めた。僕は急いで二階に飛んでいくと、リュックとトランシーバーをつかんで一階に降りた。
「はやく!」
先生が階段を下りていく。
まだ明るさを残した空に、変な光が散った。次に轟音が、まるでグラデーションのように小さかったのが、大きくなった。
必死で階段を下りて、蓋を閉めた。奥さんが懐中電灯で中を照らし出している。
爆風が吹いているのか、木造の家がみしみしと音を立てて吹き飛ばされそうな音がした。地下室は三人と、荷物が入っていっぱいくらいの作りだった。蓋は軽かったが、天井は頑丈な木でできており、びくともしなかったが、奥さんを支える友田先生の手をにぎり、奥さんの手も握った。
静かになったタイミングで、手を離してリュックを抱えた。
「日本は戦争には参加してないんだが、飛来するミサイルを迎撃するためのミサイルさえ、持っていないんだ。旧式の遅くて使えない武器があるだけ。せめて向かってくるミサイルを落とすくらいできたら」
「日本って、防衛省ありましたよね?」
「予算が全然なかったんだ、ミサイルも必要ないと政治家は思っていたし、その政治家に投票していた国民も、そう思っていたということだ」
「八年前は平和でしたしね。北朝鮮がミサイルを発射しても、いつもどこかに消えてたし……」
「だが、その頃から戦争の気配はしていたし、防衛のためにミサイルを備えたほうがいいと提言する人たちも多数いたんだ。ただ、彼らの声はメディアには取り上げられなかった」
厳しい表情をしていた友田先生は、ふっと肩の力をぬいた。
「今更言っても仕方ないことだがな。過去で高校の爆破は止められても、戦争で爆破されるかもしれないな。だが、避難ができる状況と、できない状況なら、できる方がましか」
悲しげに目を伏せるが、どこか諦念がまじる笑みを浮かべた。
この未来に生きる方がいいか、過去で死ぬのがいいのか、僕にもわからなかった。けれど、トランシーバーは実在して、みんなは僕に戻ってきて欲しいと願ってくれる。ならば、迷うことはない。
「未来が戦争状態だろうが何だろうが、今まさに事故が起こるのに、止めない理由になんかならないです」
再び、地響きが起こった。またミサイルが落ちた?
大きな破裂音に、耳がキンと鳴った瞬間に真っ暗になり、次に気が付いたら、僕は一人でリュックを抱えて立っていた。すぐに寒さに腕をさする。
9.ゆらぎの影響
風が冷たい。息が白い。
外だった、周囲に人はおらず見渡して確信した。裏山だ、しかもすっかり枯れ木と落ち葉の姿になっていた。空は曇りでうす暗い、車の音や街の喧騒があるから早朝ではない。夕方だろうか。
「戻った?」
真夏の姿には寒すぎて手が震え、とりあえずTシャツの上に何か羽織れないかと、リュックを開けると、制服のシャツがあった。
「長袖ですよ、上着も欲しいくらいだ」
制服のズボンもあるから、誰もいないことだしと、すばやく着替えた。
しばらく携帯をオフにしていたので、電源を入れてみる。ほんの少しだが電池が残っていた。11月17日、16時03分と表示されている。
どう言い訳したらいいのか、本当の話を信じてもらうのは難しそうだ。
「とりあえず帰るか……」
父や母が心配して帰国してたりしないだろうか。というか、まだ戦争はじまっていないよな?
携帯の電池があるうちにと、俊矢に掛ける。声をかける前に俊矢が話した。
「蒼か? 蒼なのか? 本当に?」
「ただいま、今さっきこっちに戻ったよ。トランシーバーではありがとうな」
「お前っ、今どこにいるんだよ。なんであの日からトランシーバーも通じなくなって、いったいどこに、居たんだ……」
震えるような、今にも泣きそうな声が電話越しに聞こえてくる。ああ、電波があるってすばらしい。
「今は裏山、すぐに降りるよ。やば、充電がなくなりそうだ。下りたら自宅に向かうから」
「わかった。すぐに行く、合流するからっ」
電話が切れた。
すぐに裏山から降りて、周囲を見ながら歩いた。普通の街並みだけれど、窓から漏れる明かりとか、食器の音とか、テレビの音が漏れていたり、みんなが普通に生活しているのが分かると、ようやく息をつけた。
心底から緊張が取れて、深く呼吸ができている気がした。寒くて、息が白くとも。
「蒼、見つけた!」
自転車で駆け付けた俊矢は、ジャケットを羽織っていた。
「寒そうだな、これだけ持ってきたよ」
温かそうな毛糸の上着を受けとった。
「助かった、寒すぎだ」
厚手のカーディガンだったので、早々に袖を通した。
「あったかい……。本当さ、真夏から冬に…急に……」
肺に冷たい空気が入ったのか、むせるように咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「寒いな、なんで十一月なんだ? てっきり十月二十日に戻ってきたのかと思ったのに、携帯を見たらさ」
「そうなのか? 俺らからしたら、十月十九日から通信ができなくなって、毎日、どんどんお前が生きているって信じるやつらが減ってきて」
「ほとんど一か月も通信できなかったわけか。あの日、またなって言ってから、ミサイルが落ちて来てさ、地下室に逃げたんだけど、すごい轟音がして、……で、気が付いたら、11月の今に、戻ってきてたんだ。友田先生夫婦は大丈夫だったか……」




