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帰還

 僕の心配に被せるように、俊矢が嬉しそうな声を出した。

「よく無事で戻ってきてくれたよ。優奈が喜ぶぞ。電話したか?」

「いや、充電切れだ」

「貸すよ、電話番号も登録してある、かけて」

「……ああ」

 優奈に電話って、意外に緊張するんだけどな……。

「次に藤沢にもな、あいつ、信じてる。お前が死んでないって」

「分かった」

 優奈の名前を見つけて、ひとつ深呼吸をしてから電話をかけた。発信音が数回して、つながった。

 歩きながら応答を待った。

「はい。俊矢くん? どうしたの、また舞衣ちゃんと喧嘩した?」

 喧嘩すると優奈に相談するって、どうなんだろうか。

「いや、あの、今、電話を借りてて」

 しばらく無言になった優奈に向かって、何を言えばいいか分からなずに、とりあえず先ほど戻ったばかりで、寒風が寒いともらした。

「蒼ちゃんなの? 本当に、蒼ちゃん?」

「うん、ごめんな、知らない間に一ヶ月くらい経っちゃってたみたいで。でも、爆破事件前に戻れてよかったよ」

「…………」

 なにやらごそごそと音がして、玄関の扉が閉まる音がかすかに聞こえた。

「優奈?」

「どこ? いま、どこにいるの?」

 ちょっと怒ったような声音だ。

「いま、俊矢と裏山から自宅に戻る途中なんだけど、歩きながら電話してる」

「切ったらダメ、そのまま電話つなげてて」

「え? あ、ああ、これ俊矢のだけど……」

 名前を出したら、自転車を引きながら横を歩いていた俊矢が不審に思ったのか寄ってきた。

「どうした?」

「いや、電話を切らないでくれって」

「切らなきゃいいんじゃない?」

「もしもし優奈、大丈夫か?」

 携帯はつながっているが、声は聞こえない。物音だけがしている。

「リュック、かごに入れたら」

「お、ありがとう」

 重いリュックを肩から外すと、一気に身軽になった。気分も明るくなってくる。

「ずいぶん学校も行ってないことになるよな、3日しかあっちには行ってないのに、浦島太郎だ」

「3日じゃなぁ、だからそんなに呑気なんだな、そういや崎坂家の両親は、学校に乗り込んできたりはしてないみたいだな」

「どうかな。帰国してるのかな、怒られるかな。……どう説明しても嘘っぽいよな。というか、学校とかにも説明しないとダメかな」

 戻ったはいいものの、これで家出扱いとかだったら恥ずかしすぎて登校もできない。うちはもともと両親が家にいないのに、家出する意味もない。

「困ったな」

 徐々に暮れていく空と、街灯に照らされた道路の先に、息を切らせた、やけに薄着の優奈が現れた。無意識に走り出すと、僕は優奈の目の前までたどり着いて、まくし立てていた。

「走ってきたのか? そんな薄着で、寒くないか?」

 優奈の見開かれた目から、涙があっというまにあふれて零れた。次から次へと涙が両目から流れていくのに、目は開いたままで、口は結ばれたままだった。

 ただ、震えるように両手で僕の右手を包むようにした。冷えていた手がぬくもりに染まる。

「ごめん、突然いなくなってさ」

「……っ、蒼ちゃん」

 しゃくり上げて言葉がつまり、優奈は肩を震わせながら下を向いて、けれど手は離さずにひたすら泣いた。

「優奈、ほら蒼も一度自宅に帰らなきゃだし、もう戻ってきたんだから」

 俊矢の言葉に何度も頷いて、そのたびに涙が地面に落ちた。

「待ってた、おかえり」

 しゃくりあげていて、言葉がとぎれてしまっても、ちゃんと聞き取れた。

「ただいま」

 優奈は右手を外すと、涙を掌でぬぐった。

「ほら、行くぞお二人さん」

 うながしてくれる俊矢のおかげで、また歩き始めた。優奈は手をつないだままで歩いていた。うれしいけれど、藤沢はどう思うだろう。

「あ、そうだった、藤沢にも電話しなきゃ。ちょっといい?」

 手を離してもらって、俊矢に携帯を見せるように上げると、ひょいとい取られた。そのまま俊矢が操作した。

「ほら、コールしてるから出て」

 また手渡された携帯に耳を当てて、藤沢の聞きなれた声が出たのをうれしく思った。

「日曜日にめずらしいな」

「戻ったから連絡したんだ。自分のが充電切れてて、俊矢の携帯を借りてるよ。どうしてか一ヶ月くらい経ってるんだけど、僕は未来には3泊4日しか行ってないんだ」

「はぁ? 何言って……。待て、崎坂なのか? え、生きてる?」

「生きてるよ、俊矢が藤沢は僕が生きてると信じてるって言ってたけど。しかも、ついさっきまで真夏だったのに、急に寒くてさ」

「この三十日くらい、トランシーバーも繋がらなかったのは?」

 変に低めの声で、人が変わったように藤沢は聞いてきた。謎があるとまず気になるらしい。

「僕は藤沢とか俊矢たち、みんなと話した後で夕飯を食べて、で、ミサイルが降ってきて意識を失ったらしいんだ。目が覚めたら、今だ」

 藤沢はしばらく考えるようにうなると、次の言葉を発した。

「明日は学校に来るのか? 来れるのか? いっそのこと海外で入院してたとか、でっち上げるしか」

「それいいな……」

 できるなら、神隠しとか言わないで捏造した方が平和な解決になりそうだ。

「トランシーバーでの会話は、すべて本当だってことでいいのか?」

 僕にしたらついさっきの会話だ。

「もちろんだ。未来で大学にまで行って確かめたんだからな」

 俊矢も優奈も並んで歩きながら、すこし緊張した面持ちで聞いていた。藤沢の声は聞こえないはずだけど。

「爆弾は解除しないと、大変なことになるよ。未来には同級生がいなかった、再会できてどれだけマシな気分になったか」

 実のところ優奈に限ってはハグしたいくらいだったが、予想を上回る号泣っぷりに優しい気持ちの方がつよく出て、いつものように見守るだけになった。

 藤沢の低い声が続く。

「12月3日って、平日なんだよな、火曜日。昼過ぎに爆破されるなら、昼休みくらいにしか探せない。みんなで授業エスケープするか? 解除するときは一つの爆弾に、三人は必要だよな?」

「解除する係、見張る係、不測の事態に備える係か、そうだな、何かあっても三人いたら何とかなるかな」

「さーすが、崎坂だなっ。ミステリ研に入らないか?」

 思わぬところで勧誘されてしまった。なんだかこそばゆい。

「天体が好きなんだ。無限の可能性が広がってる気がしてさ。まぁ、光ってるのはもうない星なんだけど」

 天文部に入った時の気持ちがしみじみ思い出される。

「話は戻るけど計6人必要になる。チップを取るのは、難しくなさそうだけど、本体を取り出すのが……」

 そうなんだよな、と相槌を打ってからつづけた。携帯電話だと相手の通信が終わるのを待たなくていいのがいい。

「どうやってか浮かべてあって、四方の壁に触るとドカンてなる、だから壁につかないように取り出せばいいんだ。電気かなんかをさえぎると危ないから、ステンレス製のピンセットとかでどうかな? 大きさまでは聞けなかったけど……。ピンセットで間に合うかな……」

「見ないと何とも言えないな。わかった、じゃあまた明日にでも考えておくよ。俊矢にもよろしくな」

 藤沢は用件だけで切った。

「優奈は藤沢と話さなくてよかった?」

「湊くん? 別に」

 そっけない。

 優奈はまた手をつないで歩いている。これはどこかに行かないための感じがする。

「まだ心配? もう戻ってきてるよ。優奈も寒いでしょ、薄着で来たね」

「寒いけど、またどっかに行っちゃいそうで、怖いよ」

「ごめん。もうひとつごめん、上着もってなくて」

「真夏から来たばかりじゃな。優奈も寒いんだから早く帰った方がいいぞ。明日も学校だし、もうすぐ期末だよ」

 一緒に歩きながら、遠慮がちにしていた俊矢が、寒そうな優奈を気遣ってくれた。

 衝撃はあとからやってきた。そうだとも、一ヶ月半くらい勉強が遅れている状態だ。

「まずいな、期末テスト……」

「まぁ、とにかく、勉強するしか……」

 気の毒そうな俊矢の声に、盛大なため息がもれた。

「じゃあ、明日から勉強する? 図書室とかで、私も一緒にやるよ」

 やることが定まると、明日からの僕の存在に確信が持てたのか、優奈はもう一度両手で僕の手を包み込んでから、離した。

「もう帰るよ。明日ね、蒼ちゃん。俊矢くんも」

 ちょうど分岐点だったのか、優奈は手を振ってから、何度も振り返るから、そのたびに手を振った。とうとう角をまがって姿が見えなくなってしまった。

「文化祭は、うまくいったのか? あの天体写真はきれいに飾れた?」


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