勉強は大切
気になっていたことを聞くと、俊矢は肩をすくめた。
「メインではなかったけど、けっこうでかいスペースで飾ったよ、後で写真があるから見せる。けど、まぁお前が行方不明だから、テンションは低めでさ。みんな気もそぞろだった」
申し訳ない。
さらに申し訳ないが。
「すまんが、ノートを貸して欲しい。一ヶ月まるまる授業に出てない、期末はいつからだろう」
「二十六日からだから八日はある。大丈夫だと思うけど? ノートは貸す」
「頼む」
一ヶ月分を一週間くらいでやらねばならない。けれど、三日だけのブランクで、その前日まで勉強をしてたのが吉とでるはず。
「がんばるか……。その前に帰宅して、どうなってるかな」
「腹減ったな。ようやく実感わいてきたわ、また明日な!」
リュックを渡されると、自転車にまたがって一つ手を振って道を曲がって行った。
「明日ノートよろしくな」
再びリュックを背負うと、一人になって寒空の中を歩く。さっき食べたばかりだけど、夕食は出てしまうだろうか。友田先生のうちのカレーは美味しかった。
「大丈夫だったかな……」
地下に避難したのに、ものすごい地響きだった、よほど近くに落ちたんだろう。戦争なんてしなくていいのに。
最後の坂を登りきると、自宅にたどり着いた。未来の自宅となんら変わりはない。今はたぶん五時半くらいだ。
「ただいま」
「あら! 蒼さん、帰ってきたんですか! まぁ、本当に二ヶ月で戻られるなんて。お食事はこれからですよね?」
家政婦の吉田さんが、出迎えてくれた。いつもは帰宅している時間だけれど。
「ずっとおうちに帰られなかったので、ご両親に相談したんですよ。そしたら、二ヶ月経っても帰ってこなかったら、また連絡をしてくれと」
一ヶ月ちょっとでよかった。両親は忙しいうえに、厳しいところのある人たちだが、懐が広いのだ。
「帰宅したら一度連絡をするように伝えて欲しいと」
「すみません、ありがとうございます。ちょっと行方不明になってて」
言葉をそのまま受け取った吉田さんは、首をかしげたが、何も言わなかった。すぐに奥に入って台所で何か作り始めた。
お腹は空いてないと伝えようとしたけれど、なんだか空腹だったので作ってもらうことにした。なにせ一ヶ月も食べていないわけだし。
吉田さんは手早く作ってくれた。
「はい、どうぞ。簡単なものばかりですが」
ハンバーグに野菜の付け合わせ、トーストにスープだ。スープは粉のスープだが、いつ帰ってくるか分からない人のために、作ってたのかと思うと申し訳ない気持ちと、ありがたい気持ちになる。
「いただきます」
傍らでお茶の準備をしながら、僕の食べるのを見ていてくれる。
「すみません、帰れなくて」
安堵なのか、何とも言えない表情をした吉田さんが、ふんわりと笑ってくれた。
「無事に戻られたから、それだけでいいです。ご両親も心配されてますから、連絡をして下さいね」
「はい、わかりました」
箸がすすんで、もうあらかた食べてしまった。お腹は空いていたらしい。お茶がテーブルに出された。空になった食器類がさっと下げられて、あっという間に洗われる。
「私はまた明日、昼頃から来ますので」
「明日は学校に行きます、夕食をお願いします」
嬉しそうに頷いて、吉田さんは帰っていった。
お茶を飲むと、温かさで肩から力が抜けた。ひどく疲れているのだと気付いて、風呂場にむかうと、湯が張ってあった。吉田さんは分かっていたのだ。帰宅して食事の準備の合間に、風呂まで入れてくれた。
「助かる……」
風呂につかると寒さで固まった体がほぐれて、さらに力が抜けていった。ひさしぶりに珈琲を淹れよう。
風呂から上がると、エアコンが入っているものの冷えるキッチンで、湯を沸かし、珈琲を淹れた。
静かな自宅だ。いつもの空気が心地いい。
「勉強しなきゃな。その前に母さんたちに連絡しないと」
携帯を充電しつつ、電話をかける。
「ただいま、ごめんちょっと未来に行ってて。……どうやってって、神隠しみたいにタイムトラベルしたみたい」
母と父がスピーカーモードで話してくる。
「八年後だよ。未来ではね、アメリカとか中国とか、ロシアとか、大国はみんな戦争中だったよ。巻き込まれたヨーロッパも、あちこちで小競り合い」
携帯を耳から離さないとならないほどの音量で話された。
「さすがに原因は分からないよ。ただ、日本で作られた爆薬が主流になってた」
二人とも真剣に聞いてくれる。決して疑っていないように聞こえる。
「え? いや、三日しか未来にはいなかったんだけど、戻ったら一ヶ月経ってたんだ。浦島太郎みたいだよね」
父も母も、そろって提案してくれた。
「わかった、じゃあ、海外で入院してたって学校には言うよ。ありがとう。ちょっと一か月分の勉強があるからもう切るね」
母の心配した声は、最初だけだった。荒唐無稽な話を聞いて、どう判断したかは分からないけれど、大丈夫だと結論を出してくれたようだ。
珈琲を飲み終えると、自室に戻って英語から開始した。
十一月後半の朝は冷えた。
昨日まで真夏だったのだ、さすがについていけない。冬服の制服を着込んで、自転車に乗って登校する。
校舎はいつもの通りだ。下駄箱があり、廊下があり、二階にたどり着く頃には視線が痛いほど刺さっていた。声をかけてくる生徒もいた。
「無事だったんだな」
一年の時に同じクラスだった男子とか、よく朝挨拶してくる女子とかに、まとめて聞こえるように笑いかけた。
「入院してたんだよ、心配かけたみたいで」
「ケガだったんだな、無事でよかったよ」
手を上げて応えながらも、足は教室に向かう。休み時間に呼び出しがあると思うと気が重いが、まずは教室だ。
「おはよう、久しぶり」
自席に着くと、周囲からどっと押し寄せるように声がかかった。
「行方不明だったって、生きてたの? どこにいたんだよ?」
「崎坂くん、大丈夫なの? どこか怪我でもしてた?」
クラスのみんなだって、無関心なようで気にかけてくれてたんだと分かる。
「そう、山崩れで意識がなくなって、心配した両親が海外の病院に呼んで入院してたんだ。まぁ、たいしたことなかったんだけど。学校に連絡してなかったみたいでさ。僕もすっかり誰かが連絡したと思ってたから」
誰もが納得した顔をしていた。
「席に着け、点呼するぞ」
担任が名前を呼ぶのに返事をすると、当然のように呼び出しがかかった。覚悟を決めていくしかない。
「では、また」
担任が教室を出ていくと、平和な教室の風景が、いつもと同じテンポではじまった。一時時限目が終わってから職員室に行くと、意外なことに気の毒そうな顔で迎えられた。
「回復してよかったな。これは休んでた間の授業の内容だ。他の先生たちの分も入ってる、期末も近い、無理せずにがんばってくれ」
何事かと思ったが、もしかしたら親が気を利かせて連絡してくれたのかもしれない。何にせよ、授業の内容がまとまったプリントの束はありがたかった。
「すみません、ありがとうございます」
「分からないのがあったら質問に来いな」
「はい」
プリントの束を持って教室に戻った。途中、隣のクラスのドアから優奈を見かけたが、チャイムがなる寸前で声はかけられなかった。ただ、優奈は気付いてくれて、ちいさく手を振ってくれた。
今までには無かったことだ。幼馴染として近しい立場に戻れたのだろうか。
手もつないでくれたし。
「回復してよかったな、崎坂。早く席に着けよ」
ついついドア付近で立ち止まってしまったら、次の教科の先生が入ってきた。チャイムも鳴り終わっている。
「はいっ」
早足で自席に戻り、次の教科を受けた。
放課後になると、藤沢がじきじきにうちのクラスまでやってきて、ミステリ研の部室に連れていかれた。視聴覚室の準備室だ。普通の準備室より少し広いし、白い長テーブルが二つくっついて置かれている周りに、丸椅子がある。
「それで崎坂、どう対策する?」
ミステリ研の部室だから、もちろん普通のミステリ研所属の生徒もいる。藤沢はすぐに定位置なのか、窓際の椅子に座ってしまった。
仕方なく隣の席に座った。
「事情も知らない人がいるのに、ここで話すのか?」
気になって部室にいる生徒たちに目を走らせると、女生徒たち二人が目を泳がせて動揺していた。男子生徒二名はじゃっかん邪魔者を見るような視線だ。
「崎坂が来て、みんな喜んでるように見えるけど」
「何言ってるんだ、部外者がいたら邪魔じゃないか」




