期末対策
藤沢の鈍感さに呆れた声が出てしまう。みんなの様子を見たらわかりそうなものだけど。
「蒼ちゃん、来てたんだ」
弾んだ明るい声で、優奈が入って来たことが分かった。自然と口元がゆるんでしまうのを、食い止める。
「うん、藤沢に連れてこられたよ」
隣の席に腰かけて、見上げてくる優奈は、うれしそうに笑っていた。
「え、あれ、高槻さん、崎坂くんと仲良かったの? 名前で呼んでるの?」
女子の一人が恐る恐るといった風に優奈に小声で話しかけた。
ばつの悪そうな顔を一瞬した優奈は、それでも顔を上げて口角を上げた。これは勇気を出しているときの顔だ。
「幼なじみなの。あんまり人には言ってないんだけど」
「そうなんだ……」
「あ、俊矢も来たな」
カバンをもってゆっくり入ってきた俊矢は、人数と顔ぶれを見てから首を振った。
「ミステリ研の部活の日なら、移動しよう」
「それもそうか」
藤沢が抵抗もなく肯定すると、鞄を取って席を立った。
「すまん、今日は部活に俺は不参加、高槻さんも不参加で」
言うや否や、スタスタと部室から出てしまう。慌てて僕と優奈もついていく。
「藤沢って、意外に行動力あるやつなんだな」
廊下に出ると、俊矢と藤沢がどこに移動するか話していた。
「湊くんはね、すぐに行動しちゃうんだよ。思いついたらすぐに」
少し得意気な感じで即答する優奈に、複雑な心境になりながらも、そばにいてくれるのがただうれしい。
「どこに行く? 適当に空いてる教室とか」
かと言って出てきた教室に戻るのもはばかられ、結局、体育館に向かう渡り廊下から出られる中庭のベンチまで出てきた。体育館では、バレー部のスパイクの音や、時おりボールの音がかすかに聞こえてくる。野球部の音も、吹奏楽部の音も。
「改めて未来からの帰還、おめでとう崎坂。それで現実味が一気に出てきた爆破事件だけど、調理室と、この中庭が爆弾が置かれる場所だ。どう探すか」
藤沢が舵を取ってすすめてくれる。
「二時ごろくらいだろ? 授業中なんだよな。一人とかなら腹痛とかで抜け出せるかもだけど、何人もはまずいよなぁ」
俊矢が一番の懸念材料をついてくる。
「調理室は授業があるかまだ分からない。いつ爆弾を仕掛けるんだ、前日かもしれないし、夜かもしれない。早朝だって入りやすい」
藤沢は冷静な口調で分析していく。その言葉を受けて、俊矢がつなぐ。
「みんなが手伝ってくれると思う。蒼が戻ってきたからな。だから、たとえば早朝とか、前の日の放課後とかなら、チェックはできるよな。そこまで広くないしさ?」
「どんな形状のものか、大きさとか全然分からないんだ。最初にいつもの中庭、調理室を撮影した方がいいかも。で、いつもじゃないのを見つけたら、それが爆弾だ。たとえば、紙袋とか、箱とか、何かだ」
高エネルギー体が入っている爆破装置。間違って触れたらドカンかもしれない。
「早朝とか夕方だと電気を付けられないから、ライトを持って行くしかない」
困難な作業になりそうだ。
「私、料理部の友だちがいるから、変わったものがあったら教えてくらいは言えるけど。中庭は、暗いと何も見えないかも。でも、きっと校舎の近くにあるのよね」
優奈がベンチから見える範囲の中庭を確認する。つられてみんな中庭を見まわした。特に整備されているわけでもなく、数本の木と、その周りにベンチがあり、園芸部が管理している花壇があるだけだ。
日も陰ってきた中庭には誰もおらず、一番人がいるのは昼休みくらいだ。
「ここは仕掛けやすい。外部からでも入れる」
つまり仕掛ける時間もわかりにくい。
藤沢は思案気に目を周囲に走らせる。
「中庭は、前日から交代で見に行くことにしよっか。見つけたら連絡して撤去チームを呼ぶ。連絡はグループSMSで連絡して、状況はみんなで把握できるようにしようぜ。どうかな」
思いついたことを整理するように俊矢が言うと、優奈は細かくうなづいた。引き継ぐように藤沢が口を開いた。
「中庭はそれでよさそうだ。問題は調理室だな、犯人がそこに仕掛けたなら、授業がない時間帯だ。早朝か、夕方か、夜間か、もしくは調理室が空いている授業中の時間帯かな。夜間はたぶん無理だ。最近、セキュリティー強化をして、忘れ物を取りに来た生徒がえらい目にあったらしい」
「じゃあ、早朝か、夕方。早朝って、夜と何か違うのかな」
混乱してつぶやくと、藤沢がベンチから立ち上がった。
「朝練をしてる部活があるだろう。バレーボールもだが、料理部も朝に何かするかもしれない」
「そう言えば、材料を調理室に置きに行ってた。でも、そんなに早い時間じゃなかったけど」
すると、夕方は部活で戸締りが遅いから仕掛けやすいわけだ。
「あとは、授業中だな。鍵が開いてても不審には思われない」
ここまで来て犯人が何者なのか、全く見当が付かない。正直、部外者の犯行であって欲しい。
「部外者のしわざだよな? 内部の人が学校を爆破なんてしないはずだ」
「崎坂は、なぜ部外者の犯行だと思うんだ?」
藤沢に問いかけられて、とっさに思いついたことを口にする。
「だって、学校関係者は、次の日から出勤できなくなるんだ。困らないか?」
「金をもらってたら、やってしまうかもよ?」
俊矢が悪い顔でにやりと笑った。
「だとしたら、俺たちが探し物をしているのは、察知されないようにしないと」
嫌な推理だ。学校の人たちも疑わなくてはならない。
「難しいな、何か落とし物でも探すみたいなフリするか」
グループSMSはすでにできていて、僕が招待されて参加した。チャットの記録は、僕からの通信がなくなってから一週間後くらいで途切れていてた。
「よろしく」
すぐにチャットを送ると、たくさんのメッセージが付いた。
「崎坂くん、無事に戻れて本当によかった!」
「よろしくな。次は爆弾を探すんだよな」
「お帰り、未来に行くなんてすごすぎだよ」
「よろしくな!」
「海外の病院に入院してたって聞いたよ、未来に行ってたとは言えないもんな」
にぎやかにチャットが進むのを見て、もういいかとスマホをしまった。まだ体育館では、バレー部が練習に励んでいるが、そろそろ帰宅してもいい。
一人が立ち上がると、四人とも中庭から渡り廊下に戻り、一度校舎に入ってから下駄箱にむかっていく。
「俊矢、ノートなんだけど」
「持ってきたよ。こんなことになるだろうと、二冊作っておいたんだ。おかげで俺は、復習はばっちりだ」
「助かるっ」
各教科のノートをもらった。昇降口に四人の声と、ちょうど通りかかった帰宅する生徒たちがいる。同じように校舎から出ると、僕と俊矢は自転車を引きながら駅までの道を歩いた。だいぶ暗くなっているが、未来とは違い街灯で明るい。
「期末対策か? そうか一ヶ月か。……勉強会でもするか?」
察しの良い藤沢が、思いついたように提案してくれた。
「する、大歓迎。藤沢、一度言った言葉は取り消せないからな」
僕は藤沢の肩に手を置いて圧をかけ、取り消しできないのだと分かってもらった。たじろいだような顔をしていたが、ふっと息をもらすと、こらえ切れないように笑った。
「崎坂が真剣な顔して、そんな風に頼んでくるなんて……、思いもよらなかったよ。未来で大変な思いをしたのに比べたら、期末なんてって思わないんだな」
藤沢は早い推理口調を改めて、ふにゃりとした話し方になった。この話し方の方が藤沢には似合っている気がした。僕よりは少し背が低く、前髪で目がかくれており、ときどき邪魔そうに髪をはらっている。メガネをしてるから、髪が目には入らないのだろう。
多少尊大な態度をとっても、藤沢の外見が無害そうに見えるから気にならない。今までクラスも違っていたし、部活も違っていたので話す機会もなかったけれど、これからは気の置けない友人だ。
まぁ、トランシーバーで話しただけでも分かってはいたけれど。
「勉強は努力した分だけ点数が取れる。学生を卒業したら、努力しても報われないほうが多いらしい。今のうちに謳歌したいだろ、努力が報われる気持ちよさ。それに、ずっと十番以内をキープしてるんだ、脱落したくない」
「なるほど、ただ外見でモテるだけじゃないんだな」
「え? 僕はモテないよ」
実際、特に告白を受けることもなく、仲のいい女子も少ない。クラスの女子は同じクラスだからだし、隣のクラスは俊矢の友人だから、ついでで友人なだけだ。たまには話せる女子もいるけれど。
「モテない?」
俊矢の呆れた目が刺さる。そう言えば、さんざん言われてたか。
「モテないって、本気で?」
藤沢の声がやりきれなさそうに聞こえたのはなぜだろうか。
「蒼ちゃんは、ものすごくモテるよ……」
優奈が小声でつぶやいた。僕に聞こえるように言ったわけではなかったのかもしれない。
「バレンタインとかのイベントには、確かに寄ってくるけど。義理だと思う、みんなで騒ぎたいだけかな」
一応、受け取っても何も応えられないのは、伝えているのだ。本当は優奈からもらえれば、もうそれだけで充分なんだが。
「蒼ちゃん、手紙とか読まないの?」
「手紙は読めないから入れないでって、断ってるから」
「数が多くて、だろうが! だから、はやく恋人を作れって言ってるんだ。分かるだろう、藤沢」
藤沢はただ苦笑して首を傾げただけだった。
分が悪く、僕は黙った。
「で、勉強会だけど、よろしくな」




