試験
駅に着くと、藤沢がそこで改札口に入っていった。優奈は自転車ではなく、バスを使っているので、バス停にむかった。
「また明日」
「明日ね」
自転車に乗ると、俊矢と並走しながら帰宅した。
爆破事件は期末テストが終わってから数日後だ。
とにかく僕は勉強をした。今までの努力をたった三日のために捨てるわけにはいかなかった。
勉強会は、テスト期間に入った放課後の教室を使った。
帰宅して問題を解き、分からないところを授業の合間に聞いて、どうしてものときだけ教師に尋ねた。
暗記モノはただひたすら覚える。英語などは片時も離さずに覚えた。
数学などは解き方さえわかれば、よっぽど難しい問題は捨てても点数はとれる。
一週間は短すぎる。
「時間が足りなさすぎる……」
もらったプリントは終わらせ、試験範囲もあらかた網羅はしたが、睡眠を削っても目を通すので精いっぱいだ。
日曜日の夜に最後の英文の問題を解いていたら、SMSの着信音がなった。もう二時は過ぎている。さすがに間違いかと、伸びをしながら携帯画面を表示させる。
優奈からスタンプが送られてきていた。可愛らしいウサギで、明日はがんばろう! と書かれている。
「がんばるよ、おやすみ」
言葉に出しながら返事をした。すぐにおやすみのスタンプが送られてきた。
優奈は勉強会にもいつも来ていたし、幼なじみらしく親しくしてくれた。名前も下の名前で呼んでくれている。
格好悪いところは見せたくなくて、がんばれたように思う。
テスト期間がはじまった日くらいしか覚えてないほど、寝不足と疲れに抗いながら、四日間が過ぎていった。
「崎坂くん、テスト終わったね、よかったら放課後にカラオケでもいかない? うちのクラスでお帰りなさい会でもって」
クラスと言ったが、集まってきたのは女子が多かった。
「ごめん、勉強漬けでもうクタクタだ」
「そっか、そうだよね。ゆっくり休んでね」
せめて笑いかけて謝ると、女子は労ってくれながらどこかへ散っていった。
「終わったなぁ、大丈夫か? 生きてる?」
終礼が終わり、思い思い鞄をかかえて帰宅する生徒たちの間をすりぬけるように、俊矢がやってきた。
「生き残った感じだ。結果はどうだろうな、ある程度は仕方ないか」
立ち上がって鞄を机に置く。もう帰ろう。
「俺は今日は彼女と帰る。ようやくテスト終わったし、舞衣ちゃんとゆっくりするわ」
「おう、ありがとうな」
鞄を肩にかけると一週間の、プラス三日間の疲れが押し寄せてきた。帰宅したら風呂に入って、食事をしたら寝よう。
「よしっ」
机から離れると、優奈が教室に入ってきた。
「蒼ちゃん、大丈夫? 自転車で来たの?」
一気にモードが変わる。疲れているけれど、まだもう少し頑張れる感じだ。
「自転車だよ、大丈夫。優奈も夜遅くまで頑張ってたろ。帰ろう」
「うん」
一緒に昇降口まで降りていくと、妙に視線を感じたが、あまりにも疲れていてどうでもよい気がした。
「なんであんなのが隣にいるわけ?!」
「だれあれ?」
女子生徒の声がよぎった。
優奈が話しかけようとしていた言葉を、一テンポ遅らせてた。
「そ、崎坂君、本当に大丈夫?」
「ん? 優奈こそ、どうしたんだ? 顔が真っ青じゃないか、熱でも出たんじゃないか?」
子供のころ、よく優奈は熱を出した。
「熱なんて、ないよ……」
子供のころは、体温を測るときに頭突き、もとい額をくっつけていた。懐かしく思いながら、額と額をくっつける。
どこかで小さな悲鳴が上がったような気がした。
「本当だ、冷たいくらいだな」
優奈は硬直していたが、ゆっくりと額を離すと、そのまま目を上げた。
「違うよ、蒼ちゃんに熱があるんだよっ」
ああそうか、だからなんだかふわふわとしていたのか。ただ疲れたのかと思っていた。
「湊くん、大変、助けて。一階、昇降口に来て。蒼ちゃんが倒れそう」
事態を悟った優奈の行動ははやかった。携帯をすぐに出して、あろうことか藤沢に連絡をした。
「藤沢なんて呼ばなくても、帰れるよ」
立っているし、まだ歩けるが、なんとなく視界がゆらぐ。その程度だ。
階段から藤沢が駆け下りてきたのが見えた。猫っ毛がはねている。メガネをずり上げながら寄ってきた。
「崎坂、自転車は無理みたいだから、歩こう。じゃなければ、保健室に行くか?」
「いや、帰る。優奈と帰るよ」
「蒼ちゃん、バスで帰ろう」
「そうだな、行こう」
藤沢も一緒についてきた。どこか心配そうな目でたまに見てくるのが、少し鬱陶しい。鞄が軽いのは助かった。テストだから必要最低限の物しか入っていない。
駅までは歩きで十五分ほどだ。遠くはないが、近くもない。
「バス、来てるよ。よかった」
ちょうど時間だったようで、バスが停留していた。めったいないことなのに、あまり嬉しくない。
「湊くんありがとう、また明日ね」
「気を付けてな。あんまり熱が高かったら医者に診てもらって」
「うん」
自宅近くの停留所で降りると、実のところふらふらになっていた。
「つかまって。支えになるから」
ありがたく優奈の肩に手を置いて、ぐらつく視界を修正した。
「ごめんな、気が付かなくて」
「何が?」
「中学頃から名前で呼ばなくなったから、僕のことが嫌になったのかと思ったんだ。けど、女子があんな感じになってたなんて、知らなかったからさ」
優奈は歩きながら俯いていた。
「しょうがないよ、私じゃさ」
「優奈は可愛いし、頭だっていい、性格だって優しいし、僕にはもったいないかなってくらいだ」
視界が揺れる。これはまずいかもしれない。
「家に着いたよ。鍵は?」
「鞄に、内側のポケット」
優奈が探し出してドアを開けると、ようやく家に入れた。ソファに座ると気分が落ち着いた。制服でいるのがきつい。
「蒼ちゃん、休んでて、冷蔵庫開けるよ」
吉田さんが作ってくれている夕食があるけれど、まだ早い時間だし、とても食べる気力がない。明日の朝にでも食べようか。
自部屋に戻って着替えると、もっと楽になった。下に降りてキッチンを覗くと、優奈が何かしていた。
「蒼ちゃん、熱測って。体温計はどこにあるの?」
救急箱を引っ張り出し、体温計を測るとあっという間に三十八度五分をたたき出した。
「寝なきゃダメそうだな」
「はい、飲んで」
渡されたマグカップには、梅干しが入ったお茶が入っていた。昔、おばあちゃんが飲ませてくれたのと同じだ。
口に入れるとものすごくおいしかった。塩分が染みわたるような、じんわりと温まるような。
「疲れで熱を出したら、これを飲むといいんだって。風邪だったら、薬がいいけど」
「へぇ~」
すぐに飲み干してしまった。すぐさまテーブルに白湯と、風邪薬が置かれる。
「あと、水分が必要だから、たくさん飲んでね。私はこれで帰るから、よく休んで」
「ありがとう」
優奈の気づかいに心からの礼を伝える。と、はにかんだような笑顔で、優奈がつぶやいた。
「ううん、私もありがとう」
優奈の姿が玄関の開閉音とともに去ると、僕は二階に上がってベッドに転がった。そのまま朝になるまでまったく目を覚まさなかった。
翌日、すっきりした頭で起き上がると、昨日のことが夢のように思い出された。
「……夢かな」
携帯を見ると5時半だった。しかも、優奈からのSMSが届いてた。
―大丈夫? 熱が下がらなかったり、頭が痛かったりしたら、病院に行ってね。水をたくさん飲んでね。
帰宅した後の時間に送信されている。
ものすごく和んだ。優奈らしい気づかいで、短い文章だ。
のどが渇いており、冷蔵庫から水を取り出すとコップに注いでは飲んで、を繰り返した。腹も減っており、夕食をそのままチンして頂いた。
息をついて深呼吸すると、心底から疲れが取れた気がした。
ここは自分が存在する本来の時間だ。学校もある。優奈も俊矢も、藤沢もいる。
今日は11月29日、あと四日で学校は爆破されるはずだ。
「金曜日か、じゃあ、明日は土曜日か」




