二日
「うん、こっちは二十二時だよ、まだ眠くはない。まぁ待ってるよ」
時差さえなければ、もう少し使いやすいんだけどな。
俊矢もそう思っているんだろう、こっちがすぐに通信をしても、つながる時間が直前と同じか確証はない。
急いで母親のいるリビングに向かう。エアコンが稼働していて、少し涼しく感じた。
「ねぇ、かあさん、聞いてもいい? 優奈とかさ、俊矢ってどうしてるかな」
後先を考えずに聞いていた。
テレビからこちらを振り返った母は、怪訝な顔をしてから急に知らない人を見るような不安のにじむ表情になった。
「蒼、あなた大丈夫なの? 最近は夢も見なくなったって言ってたじゃないの」
嫌な流れだ。背中に汗が流れていく。暑さなのか、不安なのかすら分からない。
母の悲しそうな表情に、嫌な予感が急激に膨らんでくる。
「忘れちゃったの? 学校で爆破事件が起こって、あんたはたまたま、そこに居合わせなくて、同級生はほとんどいなくなっちゃったじゃないの」
「そ、そう……だったよね」
血が下がっていく音が聞こえるようだった。冷静にしてないと、母に病院にでも連れていかれそうだ。
ちょっと記憶なくなってたよ的な感じにしたら、母も力なく笑った。
「ひどい事件だったね……、かあさんたち家にいなくて本当にごめんね」
曖昧に頷いてから僕は自室に戻った。暑さが気にならないくらい、恐ろしく焦っていた。
トランシーバーの通信ボタンを押す。
「俊矢、俊矢、聞いてるか?」
応答がない。寝てしまったのだろうか?
「蒼だ、俊矢、応答せよ」
「おう、すまん。どうだった」
焦った声が応答してきた。
「えっと、落ち着いて聞いてくれな。学校で爆破事件があって、それに巻き込まれたみたいで、未来にはみんながいなかった……」
通信は赤になっているのに、俊矢は黙ったまま二の句が出ないようだった。黙ったまま、トランシーバーの赤ランプは消えた。
「俊矢、ここは未来だから、事件がどんなだったか、いつ起きたかも調べられるかもしれない。図書館なら大きな事件なら調べられるよな。今はこっちは十六時だ。すぐに行ってくる、また連絡するからな」
「頼む、明日にでも通信してくれ」
動揺がおさまらないまま、震える手でリュックごとトランシーバーも持って家を出た。
スマホもパソコンも使えないんじゃ、図書館しか方法が思いつかない。自転車をと思ったけれど、置き場にはなかった。
急いで図書館に向かうが、自転車で20分かかる場所だ。暑さで体力が削られているなか、ひたすら走るのはきつかった。
けれど、事件が起こるのがトランシーバーでつながる十月の明日だったら? そう思うと足を止めることができなかった。
図書館に着くと、過去の新聞が見られるコーナーに行き、マイクロフィルムで縮小版の新聞を探して、八年前の十月前後の記事を閲覧した。
何の事件も見当たらなかった。八年前の十月じゃない。すこし胸をなでおろした。
じゃあ、いつ起こるんだ。
マイクロフィルムを次から次へと交換して閲覧していく。過去ではない、自分のいた九 月からいなくなっている十月には、事件などない。
つまり十一月以降になるわけだ。
マイクロフィルムの映像のカセットを変える手間も惜しい。しかも閉館の音楽が流れてきた。
時間が足りない。
けれど、今はまだ十月だから事件は起こらない。
汗が首を流れていくのが分かる。喉がひりつくように痛い。何か飲まなければ脱水症状になりそうだ。
フィルムをしまうと、図書館の入り口にある自販機を探した。けれど自販機はなく、代わりにウォータークーラーがあった。
無料で水が飲めるのはありがたい。冷たい水が喉から全身に広がり、図書館の弱い冷房では冷やされなかった体がクールダウンした。
「寝てるかもしれないし、明日分かってから連絡した方がいいな」
冷静になった思考で、眠そうだった俊矢の言葉を思い出す。不安にさせただろうけれど、今日明日の話ではないことは、俊矢なら分かるだろう。
今日は家で寝泊まりできそうだが、明日はどうか分からない。こちらの時代の自分が両親に連絡を入れたりしたら大変だ。
まだまだ日の高い、気温の高い夕方の道を急ぎ足で歩いて行く。
家々の様子などは、未来も過去もあまり変わらない印象だ。どことなく車の数は減っているように見える。バイクや自転車が多い。ただ、道路の白線が薄くて、ぼやけている。どこもかしこもだ。
信号も前と変わらないし、電車も普通に走行している。
けれど、この未来には俊矢も優奈もいないのだ。少し疲れながら歩いていると、街中に響き渡るサイレンに驚いた。
バイクに乗っていた人が緊急停止して鍵をかけてから、歩道にいる人に混じりうんざりしたように軒下に入っていく。 ちょうどコンビニが近くにあったので入ることにした。
何人かが同じようにコンビニに入ってくる。間もなくコンビニの電気が消えた。街中の街灯や信号までが消えた。コンビニの中もほどんど涼しくはなかった。
まだ十八時すぎだ、空は暗くない。けれど、薄闇に包まれた街はしんと静まり返っていた。
雑誌の本棚に隠れるように窓の外を見ていたら、数機の戦闘機が空を飛んで去っていった。
「どこの国だよ、全く」
男が舌打ちをした。
日本は戦争には参加していないと母が言っていたのを思い出す。ということは、あの飛行機は日本のものではなく、日本の領空侵犯に該当する他国のものか。
コンビニの店員が「営業中」と書かれたパネルを店の外に出した。
飛行機の轟音がなくなると、人々は動きを再開し始めた。電灯は付かないままだ。このまま暗くなったら、道が見えなくなりそうだ。急いで帰宅した。
「ただいま、かあさん」
「おかえり。さっきサイレンあったから、びっくりしたわね」
家の中も暗いままだ。
「お腹すいたでしょ、ごはん食べなさい。暗いけど」
ちいさなロウソクが灯されていた。ごはんに味噌汁、めざしの焼き魚にトマト、冷奴が用意されていた。
いつもの料理とは違っているが、空腹で倒れそうだったのでどれも美味しかった。
「ごちそうさま」
「今日は泊っていくのね?」
「うん」
どこか嬉しそうな母に申し訳ない気持ちが出てくるが、致し方ない。
「風呂に入るよ」
片づけをしながら母は快く頷いた。
「ロウソクは持って行っていいわよ」
シャワーをあびてさっぱりしても、じっとりと暑い夏の夜は容赦がなかった。網戸越しに入ってくる風と、扇風機が頼りだ。
服はTシャツと半ズボンを借りた。汗で使い物にならなくなった制服の長袖シャツは、適当に石鹼で洗って自室に干した。ズボンはそのまま干した。何かあった時に、未来に置いておけない気がしたからだ。
多々気になるところはある自室だけれども、すぐに眠りに落ちた。
6.2日
朝、携帯の目覚ましに起こされて、違和感のままの暑さに未来にまだいるのだと確信する。
「夢だったらよかったのにな」
普段着で下に降りて行ったが、母も父もまだ寝ているのか出てこなかった。
「仕事に行くなら、はやく出るだろうしな」
炊飯器にある米と冷蔵庫にある梅干し、お茶で朝食を済ませると、制服をリュックに詰めて家を出た。まだ図書館の開館時間には早すぎる。
暑くなりそうな空に目線を上げてから、意を決して歩き出す。自転車がないのは不便だ。仕事先で使っているのかもしれない。
いつもコーヒーを飲むから、せっかくだし喫茶店があれば入って時間をつぶしたい。チェーン店のコーヒー店とかあると助かる。
駅前に行くと喫茶店があった。
モーニングを頼んで、財布から千円札を出す。
「うわぁ、前の千円札だ。懐かしいなぁ」
「え、使えますよね?」
「使えるよ、はい、おつり」
変なところで冷汗が出た。そうか、紙幣が変わっているんだ。
相変わらずスマホは使えない。みんなスマホを持っていなくて、こちらをときどきチラ見する人さえいる。
未来にはスマホがないのか?
どうせ使えないし、リュックのポケットにしまう。
喫茶店にもクーラーはごく弱くしか入っていなかった。図書館よりましなくらいだ。
ようやくコーヒーを飲めてほっとする。店内には平日だからか三人くらいしかいなかった。昔より喫茶店利用者が減ったのだろうか。
コーヒーの値段は前よりずっと高くなっていた。散財をしない自分の成果で、財布には万札が三枚入ってる。未来は価格高騰しすぎだが、まだなんとかなりそうだ。
トランシーバーを使うこともできないし、ここで時間をつぶすにも何もない。
周囲を見渡すと、本棚があり、新聞や雑誌が少ないが読めるようになっていた。
利用者の増加を狙ってなのかもしれない。
僕はさっそく新聞を取って読み始めた。情報は家で見たテレビくらいだ。
見出しは、戦争の進展ばかりだった。経済欄も倒産や地震の復興についてが主流だ。地震にしても、どこであったのか分からない。復興と書かれている記事は三つほどあったが、別々の地域だった。
隅から隅まで読んだが、暗い記事ばかりで気分が落ち込みそうだ。山崩れから行方不明になった先が未来で、友人たちは死んでいて、世界中が戦争中という重い状況だ。
街を作るゲームをしていて、一つ学んだことがある。世界というのは、全部が繋がっていて、お互いに協力しながら支えあい、経済を回しているのだということだ。
繋がる先が減れば、需要(購入者)があっても供給(提供者)がなく、買えない物が増えてしまい、少ない品物が高くなる。
ゆっくり読んだら図書館の開館時間に近づいていた。
気を取り直して店を出ると、暑さに我に返った。容赦ない暑さを振り切るように歩いて図書館にむかった。最初にのどを潤すために冷水機で水を飲んだ。
図書館は相変わらず人が少なく、マイクロフィルムの閲覧場所は一人だった。気合を入れて閲覧を再開する。見出しに「爆破」もしくは「爆発」とあるものを探していく。
十二月五日に記事を見つけた。『東幸高校、爆破により半壊、生徒の半数がケガや死亡』、と大きな記事になっている。
「なんでこんなことになるんだ……」
平和でゆるやかな学校生活は、爆弾で強制的に終わらされてしまった。記事を読んでいくと、大学から盗まれた爆弾によるものだった。
「なんでうちを狙ったんだ、予告も何もなくかよ」
記事を印刷すると、マイクロフィルムの続きを惰性で押した。目に留まる記事などなかったが、最後で目が留まった。
『日本で生まれた新エネルギー爆薬をめぐり各国で協議』
「ん?」
日本で生まれた新しい爆薬は、今にも戦争をはじめそうな国々に売られるような図式になっていた。まさか戦争の切っ掛けは、この爆薬なのか?
とにかく、爆破がいつなのかが分かった。山崩れからたった3か月かそこらだ。急いで知らせて、回避しなければ。
トランシーバーを使える場所を考えるが、どこも人目がありすぎた。できれば部屋の中で、防音ができていて、人が入ってこない場所。
自宅は会社に出勤した息子なわけで、帰宅は難しいだろう。
カラオケなら個室でトランシーバーが使えるけれど、周辺にカラオケ店はなかったような。この暑さでは海辺には行けないし。
「裏山かな……」
暑いし、裏山には人は寄り付かないだろう。できるだけ早く伝えたほうがいい。
窓から差し込む強烈な日差しを睨みつけると、意を決して立ち上がった。




