0日そして1日
心配してるだろうとは思ってた、けど、まさか祈ってくれていたとは。『祈り』には力があると言われている。キリスト教でも、祈りで悪魔が退けられたりする。
仏教でもお経で祈っていると、病気平癒なんかできると聞いたことがある。
「優奈だけじゃない、みんな祈ってる。だから、きっとトランシーバーが過去に現れたんだ。でなければ何で過去の崎坂に、未来とつながるトランシーバーが届くんだ」
藤沢の飛躍している話は、この不可思議な現象を端的に解説していた。僕にも「祈り」の力がどこまで効力があるかなんて、わからないし、理解も難しい。
悪魔がどこからかきて、祈りで祓われて、どこかに消えるという話も分かったとは言えない。否定する気はないけど、積極的に肯定するほどでもない。
けれど、一生懸命に考えてくれて、想ってくれて、祈ってくれたのなら、ありえない話でもないかもしれない。
「みんな、ありがとう。僕はトランシーバーを持って移動するし、行方不明になっても通信できるならするから」
「そうだな、こっちの未来で行方不明になった崎坂と会話できかもしれないのか」
「そう祈るよ」
藤沢と話した後は、俊矢と話して通信は終わりになった。
同じ行動しても意味がないのなら、しなくてもよさそうだけれど、市役所には連絡しておこうと思った。
5.0日そして1日
いつも通りの朝だった。
授業も平穏で、明後日の文化祭開幕に向けて、午後だけ準備がありにぎわうような一日。
俊矢は休み時間ごとに、僕のクラスに顔を出し、僕の存在を確認しているようだった。授業が終わると、僕はぎりぎりまで裏山には行かないように、天文部に顔を出して土曜日に撮った天体写真の画像をパソコンに写しだして、どれを展示するかを決めたりした。
「おい、雨が降ってきたよ。外の奴らは大変だな」
集中している耳にふいに入ってきた。
「雨?」
なら中止になるんじゃないか、裏山になんて行かれやしない。安堵で一気に変な緊張がなくなった。
「でもさ、あいつら山に行くって、けっこう前に学校を出てたよな。今頃大変だな」
思わず振り向いた。
「何組の話?」
「俊矢のクラスだよ。なんか俊矢がやめようってすごい言ってたのに、あんまり採取できてなかったみたいでさ」
天体の写真は選び終わり、印刷をする手はずになっている。
「これ、後頼んでいいか? 裏山は危険なんだ」
上着を手に取り、リュックを担ぐと後先を考えずに僕は走っていた。傘も持っていなかったし、自転車でただ急いだ。通り雨だったらしく、じきに雨は止んだ。
朝、役所に連絡していたからか、すでに「危険、入るな!」 の標識と立ち入り禁止の
ロープが張り巡らされていた。
けれど、乗り越えた足跡がいくつもふんわりした土についている。
文化祭は明後日からなのだ、当然とは思う。
事前に準備さえしていれば、こんなことにはならなかっただろう。
ちいさな石が無数にころころと落ちる音がする。
全身から血が引いていく。
これが山崩れの最初なのだと、ようやく気付いた。
「優奈、みんな、どこだ?」
山崩れに大きな声は影響するのか? 雪崩とごっちゃになって訳が分からない。とにかく足跡について奥に入っていくと、ちらほらと生徒の姿が見えてきた。
「おい! 山崩れが起こりそうだって、連絡が入ったっ。はやくここから出て、危険入るなロープの外の遊歩道に行くんだっ」
僕の姿を見た生徒たちが、意外そうな表情をしてから、慌てて道具をしまって腰を上げだす。僕の剣幕によって、腰を上げるスピードが変わるなら、いくらでも大声を出す。
「急いで!」
「分かったよ、すぐに行くよ、雨も降ったしさ」
顔は知っているが親しくもない生徒たちが、急いでその場から離れていく。とにかく急いで、クラス全員に行きわたるように声をかけた。
「他にはもういない?」
「ちょっと先の上の方に、取りに行ってる人がいたよ」
ポニーテールの西野加奈が、上を指さした。
記憶がよみがえってくる。そうだった、最後に坂の上にいて、声を掛けたら終わりなんだった。
坂を登り、急斜面で花をとっている高田を見つけて、声をかけた。陸上部だから、足腰はしっかりしてるだろう。
「わかった、崎坂も」
「ああ」
手懸りに木をつかんで、足を踏み出す。遊歩道はそう遠くない。
「気をつけろよ、滑りやすいから」
湿った土に気を取られて、声をかけた。次の瞬間、セミの降るような声があたり一面を支配していた。
顔を上げると、燦々と照り注ぐ太陽があった。じっとりと 暑い、夏だ、真夏だ。
「おいっ」
さっきまで急斜面にいた生徒の姿もなかった。
携帯を見ると、気温が三八度になっていた。日付は先ほどと同じで、圏外になっている。裏山で圏外になるなんておかしい。衣替えで今日から長袖なのが悔やまれる。
「これが行方不明なのか」
山崩れに巻き込まれたわけでも、ケガをして動けないわけでもなかった。
「学校に戻るか? 夏なら休みか?」
死ぬほど暑い。汗が知らぬにつたってくる。とにかく遊歩道に戻り、家に向かった。
さきほど乗り捨てた自転車もなかった。仕方なく猛暑のなか歩く。
長袖は捲り上げて折った。
変な違和感があった。いつもの道なのに、どこか変だ。車も全然通っていない。昼時だからかもしれない。
汗だくになりながら家に着くと、玄関のドアに鍵がかかっていないかった。
「ただいま……」
テレビの音がする。ニュースだろうか。家政婦さんは、テレビは付けないし、この家でテレビをつけるのは母親だけだ。
「かあさん?」
リビングに行くと、久しぶりに見る母の姿があった。
「いつ帰って来たの? 急な帰国だね」
「蒼? 仕事は? 暑かったでしょ?」
母親の質問に首をかしげながら、テレビの画面が気になって目をやった。
「え?」
世界地図が描かれた画面には、赤く戦争中の絵がそこかしこの国に置かれていた。テロップが流れているのを漫然と読む。
「NATO加盟国は、協力体制を保つことが難しく、中国の核攻撃に備えたシェルターが……」
「な、なにこれ? 映画じゃないよね?」
どこか疲れたような目でテレビを見た母は、力なく微笑んだ。
「戦争がはじまったときは、一地域のものだとみんな考えてたわよね。利権と利益を追求したら、負けているのに大国が支援して、ボロボロなのに戦わなきゃならない状態になった国があって、ロシアは対抗していただけだったのに、そのうちイランだ、中国だ、北朝鮮だと違うところで戦争が勃発したでしょ、日本は地震で戦力もなし、支援するお金もなくて、見放されてって、誰でも知ってるでしょ」
部屋の中が暑かった。
扇風機の音がして、風がほんの少し涼をくれる。
思わずエアコンを見上げると、稼働してなかった。止まってる。
「暑いね」
声が震えなかったのは、暑すぎてぼんやりしているからかもしれない。
「職場のほうが涼しいんじゃないの? エアコン付かないの? もしかして具合が悪くて帰って来たの? あら、長袖なんて着て、どうしたの」
ぐるりと部屋を見まわして、状況を把握したくてあえぐような気持ちでいると、カレンダーがかかっていた。
2032年8月。
とっさに考えたのはリュックに入っているトランシーバーの存在だった。
台所に行き、水をコップにいれると一気に飲み干した。喉がカラカラだった。
「暑いし、具合も悪くなるわよね、大丈夫? 今日はこっちに泊まりなさいよ、せっかく来たんだから、エアコンを入れるわね」
心配そうな声音だ。
「うん、部屋に行くね」
階段を上がって、いつものように部屋に入ると愕然とした。
本棚に飾ってあったいくつかの物がなくなり、本も少し変わっている。パソコンがあったスペースはがらんとしていた。
とにかくとリュックを開けて、トランシーバーを取り出す。
リュックの中身は今朝のままだ。ということは、自分の記憶がおかしいわけではなく、ここがおかしいということだ。
仮にこの世界を「夏の世界」と呼ぶことにすると、夏の世界は8年後の未来らしい。僕が社会人になり、世界は戦争状態になっていて、なんだか様子がおかしい。
暑つさにエアコンのリモコンを探すが、壁からはエアコン自体が外されていた。
「暑いな……」
扇風機が目に入り、たまらずスイッチを入れる。制服のシャツも脱いで、靴下も脱ぐ。洋服だなから薄手のシャツを着る。
トランシーバーの電源を入れると、青いランプを灯して声をかけた。
「こちら蒼、応答せよ」
赤ランプが灯ったと思ったら、ザザッ、ザザッと砂嵐のような音だけがもれた。
「誰か、俊矢! 藤沢! 優奈っ」
砂嵐の音しか鳴らない。
「どうしたらいいんだ。ええと、つまり、未来に跳んだから、元の世界に僕はいなかった?」
頭を抱えて気を鎮めるように、ベッドに座った。さっきは冷静だったのに、未来だと実感すると急に焦燥感がきた。
「元に戻るにはどうしたらいいんだ……、こっちの僕に鉢合わせしたらどうなるんだ?」
幸いなことに夏の世界の僕は、実家には住んでいないらしい。
蝉の声が耳につき、暑さが思考を奪っていく。あまりの暑さにベッドに寝転がると、焦りと困惑でいっぱいだった自分が溶けて、意識を失うように眠り込んでしまった。
「蒼、蒼、応答してくれ、つながるのか? くそっ、なんで戻ってこないんだよっ」
遠くのほうでよく知っている声が聞こえる。
はっと目を開けると、トランシーバーに飛びついた。とっさにボタンを押す。
「俊矢なのか? 僕は無事だ。だけど、ここは8年後の世界なんだ」
すぐにボタンが赤く光った。
「蒼、無事なんだな。……ならなんでこっちにいないんだよ? 8年後ってなんだよ、2032年ってこと?」
「そうだよ。しかも夏だ。暑いよ。俺は社会人で自宅では生活してないみたい、だから未来の自分と鉢合わせはしてない。なんかあったよな、タイムパラドックスみたいなさ。どうしたら戻の時間に戻れる?」
「このトランシーバーは、つながるんだな……」
「持ってきたんだ。時間を超えてつながるからかな、未来でもつながって良かった。一人だったら、自分の正気を疑ってたよ。せっかく秋になりかけたのに、また夏だぞ、しかも世界各国で戦争が起こってて、エアコンが使えない状態なんだ」
「蒼、落ち着け? 戦争とエアコンの関係が見えないよ……」
一刻も早く自分の時代に戻りたい。
「暑いのに、エアコンが付いてないんだ。地震があったって母が言ってたから、その影響かな。付けられるみたいだけど、僕の部屋のエアコンは取り外されてた。それに、スマホが圏外で使えなくて、パソコンもなくてさ、テレビの情報だけしか手に入らないんだ」
「なんか昭和みたいだな、未来ってイメージじゃない……」
俊矢の言うとおりだ。未来ではなく、過去に来たような感じだ。ただ、懐かしさは一切感じはしない。危うい均衡の上にむりやり平穏を乗せたような。
「なぁ、未来の俺たちってどうなってるんだ?」
「ん? 僕は仕事があって寮に住んでるのかな、帰ってこないときもあるみたいな言い方されたから。俊矢とか、優奈はどうしてるんだろうな。ちょっと聞いてくるよ。また通信するから、ちょっと待ってて」




