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会話

 赤ランプが付いたと思ったら、藤沢湊だった。

 飲み込み終わってから、急ぐんじゃなかったと後悔する。そしたら、少しはあちらにもこちらの状況を伝えられるかもしれない。夕飯どきだと。

「優奈と話してた気がしたんだけど」

「彼女は席を外したんだ、代わりに話すよ。どうして、連絡をしなければならなかったか。その理由を」

 十月の僕と喧嘩でもしたのか?

「ぜひお願いしたいな」

「実は十月の崎坂とは話せないからなんだ。どうしても九月の崎坂に連絡を取らないとならなかったんだ」

 僕は喧嘩なんてしない。そんなに感情を大きく揺らすことなんて、ほとんどない。そういう世界に住んでいるつもりだ。

「それでわざわざトランシーバーまで使って、過去の僕に連絡を取ってるのか? そんなに僕は意固地な人間じゃないつもりだけどな」

 適当に食事をしながら応えていく。

「いや、十月の崎坂とは話せないんだ。行方不明になっているから」

 聞き間違いだろうか?

 行方不明って、いったいどこに行ったって言うんだ。何があった?

「文化祭の前々日、十月五日に。だから、十二日にはいないんだ」

「いなくなった日が分かるのか?」

「分かる。俺たちは崎坂に恩返しがしたくて、力を結集して行方を探したんだ。本当にありがとう、代表して言うよ」

 呆然としている僕に、藤沢は少し早口に淡々と説明していた。考えながら話している感じで、すらすらと話してくる。

「崎坂は山崩れから、うちのクラスほぼ全員の命を救ってくれたんだ。俺らはどうしてお前が逃げ遅れたのか知らない。ただ気付いたら、崎坂だけが戻らなかったんだ」

 箸が完全に止まった。食事どころではない。

「どうにかして、崎坂が戻ってこれるようにしたいんだ」

 未来からの通信なわけだな。

「なぁ、行方不明って、つまり僕は、山崩で死んだってことなのか?」

 絶句するような間合いの沈黙があり、藤沢でも動揺するのだなと思った。つまり、死んでる可能性もあるってことだ。

「分からない。一部の人はそう言ってるが、まだ決まったわけじゃない。だからこそ、過去の崎坂に接触したかったんだ」

「それはどうも」

 衝撃的な話を聞いて止まっていた食事を再開した。冷静に考えると、まだ時間はあるのだ。こうして連絡が取れたわけだから、何が起こっても対処するようにできるはずだ。

 少し間があり、同じ声だが口調がゆっくりになり、何も考えていないような話し方で返信が来た。

「噂にたがわずかっこいいね、崎坂は。それはどうもってさらりと言うなんて」

 口に運んでいた飯粒が箸からぼとりと落ちた。よもや藤沢から、というか男子生徒から言われるとは思わないセリフだ。

「噂? 僕が噂されてるのか? 行方不明だからか」

 藤沢の話し方は、少し独特なゆっくりさだった。さきほどの流れるような口調ではない。すこし眠そうな感じだ。

「噂は前からあったよ、ミステリ同好会でも何日かに一度は崎坂の名前を耳にしたよ。挨拶をしたとか、登校時に会ったとか、帰り時間を同じにしたいとか、なんとか。今はいないから聞かないな」

 優奈もだろうか? でも、優奈なら挨拶したら一緒に教室前までは一緒に行くだろうし、帰宅時間も別になることが多かった。

「挨拶なんて当たり前すぎて、顔も見てないのにな」

「いや、普通は女子から声かけられたら見ないか? 俺なんか全然ないから、挨拶されたら一日中気になるかも」

 優奈はどうなんだ、毎日一緒にいるのに。口調に慣れてくると、推理してない藤沢はこういうしゃべり方をするのだと分かってくる。

「大げさな、挨拶はただの挨拶じゃないか。意外だな、藤沢のことは優奈からちょっと聞いてたけど、すごく賢いって」

 無言の時間が少し流れた。食事に専念する、早く食べ終わってしまおう。冷めていても美味しいのはさすがだ。ごちそうさま。

 お茶だけ自分で淹れて飲むと、ほっとした。胃が膨れると、思考がプラスになるのは昔からだ。

「賢いって、いや、推理するのが好きなだけで、ほかの人より得意なだけなんだ。高槻さんは、俺のことをそんな風に言ってたの? 本当に?」

 どことなく気弱な声で、先ほどよりもゆっくりした口調で返事が返ってきた。

 けれど、僕は目の前の霧が晴れるように気分がよくなった。それはそうだ、藤沢は優菜のことを「高槻さん」と呼んでいるのだから。

「謎をあっという間に解いてしまうって、言ってたよ」

「たいしたことないんだけどな」

 照れたような気弱な言いように、複雑な気分になる。言わなくていいことを言ってしまったらしい。

「未来のそっちは今、何時なんだ?」

 居間の時計は二十一時を過ぎたところだった。そろそろ机に向かったり、風呂に入ったりしたい。けれど、明日は土曜日だし、いつもと違ってもかまわなかった。だけれど、相手の状況が分からないのだから、このまま話してていいのかも分からない。

 便利なようで不便な時差があった。

「こちらは十月十二日の十六時だよ。そちらは?」

「九月二九日二十一時過ぎ。明日は土曜だし時間はあるけど、ちょっと用を済ませてもいいかな、十分くらいで済むと思う。行方不明になった状況を教えて欲しい」

 トランシーバーの扱いにも慣れてきた。

「分かった、その間に飲み物でも買ってくるよ」

 トランシーバーでの会話が再開されたのは、十五分ほどたってからだった、食器を片付けて、珈琲を入れて自室に戻り、机にトランシーバーを設置すると、ノートとシャーペンでメモの準備をしてから、発信した。

「悪い、ちょっと遅くなった、話せるか?」

「こっちは大丈夫、ミステリ同好会の部室に集合したよ、今は斉藤も来てる」

「俊矢が? さっきまで会ってたのにな、変な感じだな」

「おう、元気そうだな。というか、裏山に行った後だよな、あんまり寒くなくていい夜だったよな」

 確かに暑くも寒くもない、窓を開ければ風が心地よさそうな夜だ。さすがにトランシーバ―との会話を近所に聞かれるのは避けたく、窓は閉まっているが。

「星空の撮影は、明日の土曜の深夜から日曜の早朝までで終わったよ、いい写真が撮れるよ。俺はこの日の今の時間帯は舞衣と電話で話してたと思うけど、土曜の朝に連絡が行くはずだ。いい天気なんだよ」

「そっか、順調にいくんだな。じゃあ、後で準備しとかないとな」

「この会話だよ、毎日の。お前いないのキツイわ、なんとか戻ってこれるように、手伝うから。なんでも聞いて」

 俊矢の声がゆれていた。泣きそうになっているのか、少し早口だ。まだ実感のわかない僕も、本当に自分が行方不明、もしくは死んでいるんだと実感できた。

「分かった。早速だけど、まず、僕が優奈のクラスの人を助けたって、どういうことなんだ」

 藤沢の早口が答えた。

「藤沢です、うちのクラスの文化祭の出し物が、『地元の野草』の展示なんだ。で、裏山で野草の採取と、写真の撮影をすることになって、みんなで裏山に行ったんだ。昼間だったし、天気も良くて」

 トランシーバーが一度途切れた。

「で、採取していたんだけど、そこに崎坂が来たんだよ、ここは危ないから、横の舗装された固い遊歩道に戻れって」

「危ないって、裏山が?」

 何の根拠があって自分がそんなことを言ったのかも、今はまだ分からない。

「みんなの反応もそんな感じだった、だから時間がかかったし、実際に避難するまでどれくらいかかったか知れない」

 藤沢の声がとぎれた。

「最初は音だったんだ、地震が起きたみたいな感じで足元が揺れて、急いで横に走って遊歩道に戻ったよ。そしたら、さっきまでいた場所で山崩れがおきてたんだ。みんな唖然としてたよ。逃げ遅れたヤツは、あやうく巻き込まれるところだった。けど、崎坂のおかげで難を逃れたんだ」

 山崩れを予想した? 

 そういえば石を転がすような音が聞こえた気もしたが、あれだけで予測できるはずもない。

「じゃ、避難をするように誘導したんだな、それでみんなが助かったんだ。なのに、自分は山崩れに巻き込まれたのか?」

 予測していた山崩れの範囲が広かったか、べつに起こっていたのか、どちらかだと思うが、いまいちすっきりしない。

「蒼ちゃん、私はさっちゃんと一緒に別行動してたの。だから、蒼ちゃんは探してくれてたんだと思う、でも私たちは蒼ちゃんの言葉を信じてすぐに採取していた場所から横にずれた遊歩道に避難してたの。きっと蒼ちゃんも行ってるから会えるかと思って」

「優奈が避難してるって、過去の僕が知ったんだから、僕はもう優奈たちを探しには行かない、ならそっちに僕がいるはず」

 けれど、今の時点で、未来の状況は変わっていない。そこに僕はいないのだ。

「そうね。私の記憶の中に、蒼ちゃんが遊歩道にいたって記憶がなくちゃおかしい。そしたらやっぱり蒼ちゃんは、避難を伝えてからどこかに行ったの?」

 これからのことだから、答えられない。

「けど、優奈が無事でよかった」

「蒼ちゃんも無事でいて欲しいよ」

 泣きそうな声音でささやくようにつぶやかれた言葉は、トランシーバーで耳元まで運ばれてきた。ふんわりと心が温まる。

「うん、無事で同じ日に会いたい。最後に僕を見たのは誰かな、いつごろなんだろう」


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