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三日のつづき

 昼休みに弁当をはやめに終えて、隣の教室に行ってみた。

 ぐるっと見渡すと、優奈は女子グループで食べており、藤沢はどこかに行っていた。さすがに女子グループの間に割って入って呼び出す勇気はなかった。

 俊矢は教室にはいなかった。たぶん舞衣の所に行っているのだろう。

 結局放課後になるまで気もそぞろだった。

 地学室に行く前に隣の教室を見ると、ちょうど優奈と藤沢が連れ立って教室から出てきた。

「優奈、藤沢、ちょっといいか?」

 藤沢とはあまり面識はない、もっぱら優奈から話を聞いただけだ。

「崎坂?」

 何の用事だろうと、意外な人から声をかけられた表情の二人に、推測が間違っていたかと思う。そんなはずはないのだが。

「ミステリ同好会でトランシーバーを使った謎解きをしてたりするか?」

 興味深そうに目を輝かせたのは、藤沢の方だった。前髪に隠れたメガネの奥の黒目がちな、澄んだ大きな目に見据えられる。

「やってないけど、どんな謎なんだ? すごく気になる」

 地味な男子生徒だと思っていたが、藤沢と向かい合うと存在感のある人物だった。ぐいぐいくる圧力みたいなのが目から光線で出ているようだ。

「昨日、トランシーバーを使ったりしてない? 優奈も?」

考え込むように小首をかしげる優奈は、肩までのふわりとした髪と、好奇心旺盛なつぶらな目を伏せていた。どこかリスを思わせる可愛さだ。

「使ってないよ、昨日は同好会お休みだったし。うちの同好会はトランシーバーなんて持ってないし」

「そうか……?」

 そもそもトランシーバーを持っていないなら、なぜトランシーバーで通信してくるのか。つまり、本当に未来からの通信だったのか?

「トランシーバーを使う必要ってない気がする、携帯で済むしさ。崎坂はトランシーバーを持ってるのか?」

 藤沢も昨日の僕と同じことを考えている。頷きたい気持ちと、なんだか凹むような気持がまじった。

「持ってないよ。変なこと聞いてすまない」

 不思議そうな二人に背を向けて、地学室に向かった。

地学室に入ると天文部には、もうすでに何人か集まっていて、各自の写真データをパソコンで披露していた。

「崎坂、昨日が撮影だったろ、すごい雨だったよな。残念だったね」

 見事な星景写真を披露していた矢口が、心底残念そうに声をかけてきた。海辺での星景写真は人気だ。キレイに撮れる人のは思わずため息が出るほどだ。

「突然のゲリラ豪雨でさ、機材が濡れなかっただけよかったよ。仕方ないから気を取り直して別の場所で撮る予定なんだ」

 さすがに裏山とは言えなかった。

「そっか、いいの撮れるといいな」

 小さく頷き返しつつ、自分のカメラの入ったリュックの棚へ向かった。明日は土曜日だし、遅くなっても大丈夫。

「よっ、珍しく優奈ちゃんに話しかけてたな。見てたぞ」

 同じ棚のリュックに手をかけながら、俊矢が低くからかう口調で棚にむかって話しかけた。反応をうかがうわけじゃないぞ、との意思表示だろうか。

「ちょっとな、用があってさ」

 雑談にもならない用事だったけれど。

 リュックの中身を確認する。トランシーバーを抜かせば、昨日と同じ機材が入っていた。

 懐中電灯が付くのも確認した。遊歩道のある山道だが街灯はないし、念のために持って行く。

 まだ陽は高く、暮れる時間ははやくなってきてるけれど、星を見るには待つだろう。

「さ、行こう」

 とにかく場所を決めなければ。

「おう」

 

 裏山は学校から自転車で二〇分ほどすると着く。

夏に伸びた草に足を取られつつ木製の階段が続く細い遊歩道を登っていく。時間がないので早歩きだ。木製の階段が終わると左右が林になっている道になり、ゆるくなるが、今度は石畳の階段になってさらに上がった。

 頂上に着く前にいくつか絶景ポイントがあって、そのどこかで撮影になるけれど、できれば星景写真にしたい。景色と星空の両方が見える写真だ。いくつかポイントを見て回った。

 街の夜景も少し入ると見ごたえがありキレイになる。探すのに少し時間がかかった。

「ここはどうかな、けっこうよさそうだけど」

 街が見えて空も広く見渡せる。木がうまい具合にカメラに入ると、ぐっといい雰囲気になりそうだ。

「まだ明るいけど、よさそうだな。ベンチもあるし」

 徐々に暮れていく。日没がはじまってから三十分は経つ、視界が白く暗くなっているが、まだ街灯も灯っていない。もうすぐだろう。

「ちょっと待つか」

「少し涼しくなったかな、夏もようやく終わりだな」

 今年の夏は、最高気温が更新されたと連日ニュースになるほどの酷暑だった。あまりの暑さに熱中症になる人が続出して、救急車も出動が多かったのだと聞いた。

 けれど、季節はちゃんとめぐってくれて、秋になる気配がしている。

 秋と言えば、と思考が進む。さんま、栗、焼き芋、キノコごはん、マイタケの天ぷら……。腹が減った。

 しずかに陽が沈んでいくのを眺めていた。時折、飛行機の音が遠くでしていたり、車が通る音がした。その他は風が吹くと木の葉の音がするくらいだ。

 静かさに慣れてくると、些細な音も聞こえてくる。遠くで石がぶつかるような音が聞こえた。誰かが石を投げて、別の石に当たったような感じだ。石が転がるような音もした。その音もすぐにやんだ。

 誰かが石でも蹴ったのかもしれない。

「石蹴りかな」

「なにが?」

 俊矢は気が付かなったらしい、携帯の時刻と周囲の暗さを測っていた。

「撮る日はさ、もう少しはやく設営して、構えたほうがいいかもな。暗くなるのはやくなってきたよな」

 空には薄明かりが残っているものの、星もまたたきはじめている。街の灯りがまだまだ強い。

「星座を中心に撮れたらいいけどな」

「オリオン座は夜中だよな、有名で分かりやすくてがいいのは分かるけど、二時とか三時だと街灯りはほぼないかもな」

「まぁ、きれいな星景写真であれば、注目はしてもらえるかな」

 じっと目の前の景色を見据える。衆目を集めるに足りる景色だろうか? 空のコントラストがくっきりとして濃紺、紺、青、コバルトブルー、白に近い水色に街灯りのライトが浮かびだす。あとは星が見えてくれば……。

「お、出てきた」

 星が出てきたら周囲が闇に沈むスピードが増した気がした。それくらいあっという間に、星が出現して、予想よりもずっと幻想的でキレイだった。

「ここにしよう」

「ここだな」

 二人ほとんど同時にそう言って頷いた。

 街灯のない遊歩道は、まっくらで何も見えなかった。懐中電灯だけで足元を照らして歩くのだが、見えるのはその明かりが照らし出す部分だけだ。

 左右も木々で覆われて空以外は闇の中だった。足元は暗い。階段や木の根などにつまずきながらようやく裏山から出られたのは一時間ほど後だった。

 二人とも疲労困憊で、でもどこか前向きな顔つきで帰宅した。


 リュックをいつも通り玄関わきの棚に置くと、まずは風呂場に向かった。だが、背後でまたザザッと砂嵐音が出た。

「またか?」

 今日、本人たちには確認したのだ。だから、このトランシーバー越しにいる聞きなれた声の持ち主は、もしかしたら別の人間かもしれなかった。

 無視ししたいが、しつこいほど鳴らしてくるのは分かっていた。それに、消し方も分からない。

 リュックの中からトランシーバーを引っ張り出すと、リビングに持って行く。手を洗って食事をあたためながら、赤ランプが点灯するのを待った。

 風呂に入れないのなら、食事を先にしてしまおう。腹は減っている。

 レンジで温め終わった合図があり、テーブルに茶碗をならべた頃に砂嵐音から赤ランプになった。

「蒼ちゃん、聞こえますか?」

 息を飲む。どう考えても優奈の声だ。間違えるわけない。赤ランプが消えるのを待ち、ボタンを押して青ランプを点灯させる。

「聞こえてる。本当に優奈なのか? 今日、学校で声をかけたが、トランシーバーなんて知らなかったぞ」

「その時の私は、まだトランシーバーの存在を知らないから、仕方ないの。蒼ちゃんは今日、裏山に行ったのよね? 写真の撮影場所を決めるために」

「よく知ってるな、天文部のやつらにも言ってなかったのに。もしかして俊矢か?」

「そう、俊矢くんに聞いたの。すごくキレイなスポットが見つかったんだって」

 こんなにはやく伝えるほど、仲は良くないはずだ。

「いつ聞いたんだ?」

「十月十日だったかな、一昨日なんだけどね」

 十月……。

「なんで十月の優奈から連絡が来るようになったんだ?」

 素朴な疑問だと思う。

 冷めていく夕食を傍目に見ながら、ふと問うとトランシーバーはしばらく無点灯になった。今のうちにと、米をかき込みサンマを口にねじり込む。急ぐあまり味噌汁で飲み込む羽目になった。

「奇跡的な会話だよな、時を隔てた者同士が話せるんだから、藤沢です」


つづく

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