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三日

「優奈が幸せになるなら、それでいいよ、僕は」

「いや、お前ははやく彼女を決めたほうがいいよ、他の男子のためにも。俺はもうさ、いいんだけどさ、バレンタインとかイベントがあるたびに恨まれたくないだろ」

 高校に入ってからイベントでもらう数は増えたかもしれないが、優奈からは一度もない。優奈は僕のことは友人と思っているのだ。

 写真は撮れないし、雨に濡れるし、さんざんな一日だ。

 地元駅から自宅までは自転車だ。俊矢とは家も近い、ぎりぎりまでは並行していた。

「じゃ、また明日な」

坂の途中で手を上げた。うちはもう少し坂のうえだ。


 帰宅すると家政婦さんはとっくにいなくて、でもキッチンの明りだけつけてくれている。真っ暗な家に帰宅するのは、あまり嬉しくはない。うれしい気遣いだと思う。

 9月末の夜は昼間の気温が高くても少し涼しい。風呂に入り温まると、作り置きの夕食をいただいた。

 シミ一つないシステムキッチンに、お湯の沸く音が響いた。さきほど曳いたコーヒー粉の入ったペーパードリップに湯を少量ずつ注ぐ。

 ふわりと上がってくる珈琲の香りに、張り詰めていた神経がほぐれていく。

 高台にある家だから、カーテンを閉めなくても困らない。キッチンから見えるリビング越しの窓からは今の時間は何も見えない。

 珈琲を飲んでから、自室に戻ると予習と復習、宿題をこなしていく。ついでに明日の支度も済ませてしまう。

「あと一時間だけ勉強したら寝ようかな」

 成績を落とすと母が父の単身赴任先から戻ってきてしまう。単身赴任先が海外で、最初は短期だったはずだったので家族で海外に引っ越しはせず、単身赴任をしていたが、僕が高校に上がる頃には長期になり、もともと仲のよい夫婦だったので、母は父を助けに海外に向かかった。

 母は3ヶ月に一度一週間ほど戻ってくる。

 僕一人の時は、家政婦さんが家事をしてくれている。さみしく感じていた時期もあったけれど、母はよく連絡をしてくれたし、父も何かと気にかけてくれる。

 そのページの最後の英語の問題を解くと、ちょうど一時間たっていた。

 明日は部活のリュックがあるから荷物は多いが、裏山に行けたら行きたいので持って行かなければならない。

 腕を伸ばして一息つくと、歯磨きしに廊下に出た。気温はちょうどいい温度で、寒くもなく暑くもない。つい最近まで暑かったのを考えたら、格段にすごしやすい。無駄に窓を開けて夜風をあびたくなる。

 ふとラジオのザザッという音が聞こえた気がした。

 ラジオは持っていないし、テレビは付けていない。いったいどこからかと思い、携帯電話からかもしれないと思いつく。

 携帯は部屋に持って行ったはずだけれどと見渡す。

 まただ。

 あきらかにラジオのような砂の混じったような声が聞こえる。音源を探すように耳を澄まして歩き回ると、部活のリュックに行きついた。

 そういえば、変な機械を拾ったんだった。

「あの機械からか? ラジオだったのか」

 ビニールに入っているし、何か紙があったけれどよくは見ていなかった。スイッチがいつの間にか入っていたらしい。

 リュックを開けて機械を出すと、鮮明な音が聞こえてきた。切羽詰まった声で、せわしない。

「蒼ちゃん、蒼ちゃん、聞こえてる? 聞こえたら返事をして」

 今にも泣きだしそうな声だった。

「優奈?」

 間違うはずがない、優奈の声だ。しかも、久しぶりに名前で呼んでくれた。

 ビニールから取り出すと、片手で持てる形状で、下のほうがスピーカーになっている。たぶんトランシーバーだ。

 そのスピーカーから優奈が呼びかけてくる。

「優奈、聞こえてるよ」

「蒼ちゃん、聞こえてないの? 蒼ちゃん!」

「いやいや、高槻さん、さすがにすぐに応答は無理でしょ。崎坂、何か紙とかないか? それが使用説明書になってると思う。簡単な操作しか書いてないけど、見て応答してくれないか?」

「この声は、藤沢か?」

 慌てて付箋くらいの説明書を取り出すと、ボタンの説明と操作方法が簡略な絵で示されていた。確かに難しくはない。

 通話ができるボタンを押すと、上のほうにあるライトが青になった。話せる状態らしい。

「優奈か? これはトランシーバー? こんな時間にどうしたんだ?」

 そう、こんな時間だ。時計を見ると深夜一時を指していた。

「こんな時間に藤沢もいるのか?」

 話を聞くときは、ボタンを外して待機しなきゃならないらしい。携帯のほうがずっと楽だ。上のランプが点いていないときは、受信も発信もできるみたいだ。

 ランプが赤くなった、向こうを受信してる。

「こんな時間? 今何時なの? というか、何日の何時なの?」

「は?」

 とっさにカレンダーに目をやるが、さすがに予想外の言葉に、ボタンを押し忘れて声が出た。まだ赤いままだ。赤い時は、こちらから話すことはできない。

「それじゃ混乱しないか? けど、崎坂、そちらは何日なんだ? こちらは、十月十一日水曜日の放課後だ……」

 微妙な砂嵐音の後に赤いランプが消えた。話しても大丈夫にはなった。

「なんの冗談なんだ? もう寝るとこだったんだ、こんな深夜に二人で」

 混乱と、この二人からの通信であることに対する変な対抗心が言葉として飛び出したが、さきほどの通信時の音に気が付いて言葉が切れた。

 赤ランプになった向こうで、チャイムの音が聞こえたのだ。トランシーバーって、周囲の音も聞こえるのだろうか。このトランシーバーだけ特殊なのか。

 どう考えても、学校のチャイムだ、はっきりとではなかったけれど、聞き違えるはずがない。

「十月十一日って、今日は九月二十八日だ。木曜日で、明日は金曜日」

 つい早口になる。大雨のなか海岸を走ったせいで体が重い。

「雨が降った日?」

 青ランプにして返答する。

「降ったよ。ものすごい雨が」

 主導権を握った藤沢が、快哉を叫んだ。赤ランプが消える。

「詳細は明日、学校で聞くよ。もう一時だ、じゃあな」

「待って待って、明日の、つまり二十九日の僕らは何も知らないんだ。こうして繋がったのは奇跡だ。疑うなら聞いてみてくれ。冗談なんかで過去に通話するはずがないだろ」

 どうやら藤沢は真剣のようだ。

「どうかな」

 半ばヤケになりつつ通話を終了させた。


 2.三日

 朝の心地のいい風が、もうすぐ秋なのだと予感させた。

 リュックの重さと学校カバンの重量が肩にかかっていなかったら、もっとさわやかな気分でいられただろう。

 駅のホームも半袖の人と長袖の人と半々くらいになっている。まだ暑い気もするけれど、どっちにしろ衣替えになったら制服は冬服になる。

 校舎までの道のりでは、優奈には会えなかった。藤沢もいない。

「おはよう、崎坂。すごい荷物だな」

「部活の荷物だよ、こいつは部室に置いてくるわ」

 天文部の部室は地学室。四階の端にあるので、急がなくてはならない。階段を駆け上がっていると、降りてくるタイミングの俊矢と目が合った。

「重かったな、お互い」

「まったくだよ」

 リュックを早々に地学室の天文部棚にしまうと、教室に走った。

 優奈は隣のクラスだ。でももう声をかける時間はない。授業の間の休憩時間は女子は集まっているし、藤沢にだけ話しかけるのも微妙だ。

「放課後しかないか」

 変に寝不足になった責任もとっても欲しいものだ。わざわざトランシーバーで、未来からの通信って、いったい何なんだ。

本当に未来からなのか、今になると疑念が湧いてくる。たまたま流れていた動画で学校のチャイムが鳴っていただけかもしれない。二人が深夜に一緒にいるのはおかしいけれど。

 黒板の文字をノートに写しつつ、シャーペンの尻で紙を音を立てずにトントンとたたく。

 そう言えば、過去の無線機につながって、事件を解決して未来を変えるみたいなドラマがあった気がする。タイムトリップものになるのか?

 ミステリのジャンルだ。なにかの謎解きかもしれない。

 すべては放課後に解決するに違いない。自分を納得させて授業を受けた。

「数学の小テストどうだった? うち一時間目だったんだ」

 隣のクラスから俊矢が思案顔で机にやってきた。

「たぶん満点なはず」

「俺一個間違えたかも、三番ってアだった?」

「あれはイかな」

 うわちゃー間違えたーと項垂れる俊也をうながして教室を出た。体操着を持って更衣室に急ぐ。廊下に出ると優奈が教室から出てきていた。

 目が合うが、すこし微笑んでくれただけで挨拶もなくすれ違った。昨日の呼びかけは幻聴だったのかと思うほど、よそよそしい。

「訳が分からない」

「あ? なんか言った?」

 俊矢に聞こえたのか不思議そうに振り返ってきた。優奈のいるクラスに入っていく。

「いや、じゃあ、また」

 もしや夢だったのか?

 ずいぶんリアルな夢だった、じゃあどこからどこまでが夢だったのか。

 体育も変に集中力がかけていた。今日はもう放課後までずっと気が散ってばかりになりそうだ。


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