返却
慌てているからか、照れているからか、早口でときどき意味が不明だ。一つ分かったことは、藤沢は相談相手だったのだということ……。
「とにかく、よろしくお願いします!」
大きく礼をした優奈は、髪の毛で顔が見えなくなってしまった。
「こちらこそ。よかった、振られるかと思って、ずっと言えなかったんだ」
女子たちの視線が痛かった。なぜか生暖かい男子の視線は避けたかった。けれど、今日ははやく帰宅しろと厳命されているし、僕たちももう靴を履いて昇降口から外に出た。
「いい天気だなぁ」
校内での公開告白イベントで振られるか、成就するかしないと、優奈はずっと他の女子たちにちくちくやられそうで、嫌だったのだ。僕が好きだから一緒にいるわけで、これでもう文句は言わせない。
自転車置き場で、俊矢がにやにやしながら言ってきた。
「確かに俺らは、爆発しないの知ってるけどね、あのタイミングでってのはすごいよ」
自転車を横に歩き出すと、俊矢も自分の自転車を引っ張り出して同行した。その横に舞衣もいる。同じくにやにやしている。
校門に向かって歩いていると、猫のように音もなく現れた藤沢が、優奈の隣にやってきた。
「さすがとしか言えないなよ、崎坂の度胸」
二人にも聞かれていたのだ。いったいあと何人に聞かれていたのか。いいんだけど、いたたまれない。
「あれには理由があって」
「だいたい想像は付くよ。モテるって大変なんだな」
藤沢にしみじみと言われた。だが、モテると言っても、個別に告白もされた覚えはないし、手紙だって基本もらわない。ただ挨拶が多いくらいだ。
「みんながSMSでお祝いしてる~」
携帯を見ていた優奈が、はしゃぐような声を出した。
「ん? あ、本当だ」
校門を出たらもう自由だ。
SMSはにぎやかだった、日ごろあまり話さない美術部部員も、帰宅部も、カップル成立おめでとう~! やら、戦争は起こらないんじゃないかと推測しては、成功! とか、やったね! とかスタンプが飛び交っている。
爆弾を止めたら、考えることは同じだ。
「柔道部は市内の体育館で練習か。嬉しそうだな、岡本。今度の試合に気合入ってるんだな」
優奈は「ファイト!」のスタンプを選んで打った。
SMSのメンバーは、仲のいい者同士でどこかに行くようだ。
「さて、藤沢」
「うん……、どうするんだ?」
のんびりした口調だが、すぐにも回転の速い早口になりそうな雰囲気だ。
「何? 何の話してるの?」
重要な話らしいと察して、優奈も飛びつくように参加する。
「さては」
訳知り顔で俊矢が入ってくると、舞衣が横で苦笑していた。
「わかるの?」
「大学に返そうにもさ、どうやって返す?」
僕は俊矢が分かっていると思って、先に話をすすめた。優奈なら話の流れですぐに気づくだろう。
「どこに置くかにもよるし、下手に置いて、爆破しても困るしなぁ」
優奈がはっと息を吸った。そのまま頷く。
「いつまでもポケットに入れっぱなしはよくないよね」
「ポケットに入ってるの?」
さすがに優奈も知らなかったらしい。三人と、一部始終を見ていた舞衣は、同時に頷いた。
「はやく返そう」
せっかくの午後の休みは、ポケットにある高エネルギー体の欠片に潰されることになった。
「じゃあ、帝都大学に行かないとな」
「帝都大学なら、見学したいと言えば入らせてくれるんじゃないか? で、机とかにさっと置いて去るのはどうかな」
藤沢がさっそく提案してくる。やや早口だ。
「それが良さそうだけど、今日の今日で受け入れてくれるか?」
俊矢が首をひねる。
「とりあえず電話してみようか。この時代はスマホが使えて便利だよ、本当に」
僕はしみじみと携帯を取り出して、帝都大学の理学部に連絡を取った。代表番号にかけると、事務の人らしき女性の声が出た。
「すみません、東幸高校の二年生で、崎坂と申しますが、理学部に、高エネルギーの研究室があると聞いて、一度見学をさせてもらいたいのですが」
「見学ですか、少々お待ちください」
次の瞬間、男性が電話口に出てくれた。
「向田だが、高校生かね?」
「向田教授ですか?! ご、ご高名はうかがっています」
テンパってしまい、ごまかすのに余計なことを言ってしまった。怖い印象しかないが、過去の教授は陽気な声を出した。
「高校生にもかい? これは参ったな。高エネルギーの装置を見学したいんだったな、いつでも来てくれていいよ」
でも先生、そこの研究室から無くなっているものありませんか? そんな無防備に人を呼べるんですか? とたちまち疑問が浮かんでくるが、ぐっとこらえた。
「実は今日、学校が午後お休みになりまして、これから是非、伺いたいんですが」
「これから? ああ、かまわないよ。今日は講義はもうないし、院生もいるから。東幸高校だったね」
「はい、一時間半くらいで着くと思います、よろしくお願いします」
「帝大志望の生徒、いるかな?」
「行けるかはともかく、行きたい人は多いと思うけど」
SMSでメンバーに呼びかける。
「帝都大学に例のブツを返しに行くけど、見学がてら行きたい人は、駅前に集合」
いくつかスタンプが返ってきた。
駅に着くと帰宅部の市川千沙が待っていた。
「私、志望校が帝都大学なの。しかも、理学部」
すごく嬉しそうに笑って、一緒に電車に乗った。
また来るとは思っていたけれど、一週間とちょっとで来るとは思わなかった。帝都大学の門をくぐる前から見知った道の明るさに戸惑うほどだ。
店が開いており、人がたくさん行きかっている。
「門がもうすぐ見えるよ」
「蒼は二回目だもんな」
俊矢がそばにいて相槌を打った。
市川さんが弾んだ声を出した。
「崎坂くんについて行けば大丈夫そうね。高槻さんもはじめて?」
「はじめて。しかも、理学部でしょ、私は文系だから最初で最後の訪問かも」
門をくぐると、未来と全く同じ景色が広がっていた。まるで時が止まっているかのようだ。季節だけが違っている。
「こっちだ」
理学部のある方へと迷わず進む。向田教授の朗らかな声を思い出すと、ここは過去で、何も起こっていないのだと思い出す。
「古舘教授が、友田先生の知り合いなんだ。高エネルギーの研究をしているのは、向田教授という人だよ」
古舘先生、もとい古舘教授からおごってもらったアイスクリームも、記憶に鮮やかだ。
「けっこう広いんだな、建物と建物が離れてる」
「そうね、迷子になりそうじゃない?」
俊矢と舞衣とのやり取りが聞こえてくる。優奈は、市川さんと並んで歩いている。ゆっくりと藤沢が歩いているのが見えた。
「藤沢、お前はどこを志望しているんだ?」
「ここかもしれないし、法律に強い大学かな」
「法律をやるのか」
「まぁ、使い勝手がよさそうだから」
口調はのんびりした口調だが楽しそうだ。
「優奈が、世話になったみたいだな」
「誰が見てもすぐに分かるくらい、お前のことばっかり見てたから。聞いたら幼なじみで、しかも崎坂が唯一名前で呼ぶ女子、分かりそうなもんなのに、周囲の女子が怖かったんだな」
最近、ようやくそれが分かった身としては、いたたまれない。
「問題も解決して、手を取ってもらってよかった」
少し長めの前髪から、メガネの奥の澄んだ目がこちらを見ていた。
僕は曖昧に笑った。ケヤキ並木を歩きながら、目的の理学部がもうすぐだ。
「ここだ。中はけっこう狭いから、気を付けて」
扉をくぐると、過去にいるのか未来にいるのか分からなくなるほど、変わっていなかった。扉をノックして入ると、散らかった様子が見て取れた。
「おう、来たのか。高校生たち」
笑顔で迎えてくれたのは、向田教授だった。印象はやはり快活できびきび動く人だ。未来で会った教授は暗さと険があったが、過去の教授は底抜けに明るかった。
「何が見たいかね、高エネルギーの装置は別の部屋にあるんだ、よければ案内しよう、ほら住岡、案内してくれ」
クマのような体躯の若い男性が、ぺこりとおじぎしてくれた。住岡さんは、このとき学生だったのだ。
「じゃあ、案内しようか」
のっそりとと表現してもいいくらいな動きだが、ゆっくりではなかった。さっそくとばかりに、廊下の先にある扉を開いて中を案内してくれた。
研究室は近代的ですみずみまで装置が占めていた。
住岡さんは嬉しそうな表情で、次々とよく分からない装置などを説明しながら、案内してくれた。
市川が特に楽しそうに質問をして、和やかな雰囲気を作り出していた。優奈も一緒になって楽しそうだ。
俊矢が肩をつついてきた。
ちらりと振り返って聞こえないような小声で応える。




