未来への毎日
「そのままで……」
いつの間にか四時間目の終了時間になっていた。チャイムが鳴り響く。チャイムが鳴るや否や、俊矢も僕も、迅速に調理室を出た。俊矢は舞衣の手をつかんでいた。引っ張られるように、舞衣が調理室から出る。
長い髪をゆらせながら舞衣は目を輝かせた。
「成功したんだね、やった!」
藤沢と僕と俊矢、優奈は、昼休みを誰も来ない屋上に続く階段の踊り場ですごした。それぞれがパンやらおにぎりを齧った。SMSでみんなには伝えてある。
爆弾の解除をした藤沢以外の二人も呼んだが、ひどく疲れたらしく教室で一人は爆睡中だった。もう一人は他の生徒と雑談していた。
「舞衣ちゃんも呼んだかと思ってた」
「昼は友だちと過ごすんだって」
他愛のないやりとりをしながら食べ終わると、藤沢が息をついた。ゆっくりした口調がやさし気に聞こえる。
「あれはさ、見つかったらどう扱われるんだろうな。爆弾には見えないし」
俊矢がふっと笑った。
「箱も開けてるしな、いたずらとか?」
「調理室のは、プレゼントの箱だったんでしょ? いたずらって思うかもね」
優奈も首をかしげている。
調理室のも、中庭のダンボールもカッターで開けている。
「誰かが設置したみたいに考えてくれるといいな。部外者が入って、何かを仕掛けた感じで」
「まさか爆弾とは思わないだろうな」
懸念事項でもあるかのように、俊矢は頭を抱えた。
「でも、中身は爆薬なんだよ」
憂いを含んだ口調で藤沢が追随した。
警察に引き渡してもらいたい。調べてもらって、危機感を持ってもらいたいし、できれば予告状を見つけてもらいたい。
「次の授業が楽しみだな」
「斎藤はさ、授業がなくなるのが楽しみみたいだな?」
俊矢はにやりと笑みを浮かべ、満足そうに目を閉じると、階段の壁に背を預けて力を抜いた。
「もう疲れたよ、さすがに緊張した。だって俺らさ、みんなが死ぬ未来があった爆弾を止めたわけだから」
「止まったわけだよな。これで、学校は無事だった」
不安が口をついて出た。未来を見た者として、なんとなく確証が持てない。
「そういやさ」
ふいに藤沢が、推理をするときのように少し早口でつぶやいた。
「前に、トランシーバーで気になることを言ってたんだよな。崎坂が」
「蒼ちゃんが? 何を言っていたの?」
藤沢は考えるように下に目線をしたまま言葉をつむぐ。
「戦争の主流になってる爆弾だって。俺らが止めた爆弾が戦争では使われてたんだ……、つまり」
「新しい物質である高エネルギー体で作った爆薬のお披露目……」
僕のつぶやく言葉と藤沢の言葉が重なるようになった。
「まるでうちの学校で実験でもしたみたいだ」
「嫌な推理だけど、あながち間違えてないかもな。爆薬を高値で売りたいヤツはいくらでもいる。未来を考えない馬鹿どもだな」
いつになく辛辣な藤沢の口調を、けれど、誰も制止はしなかった。
「未来に行かなくても、予想くらいつくよ。武器であふれてる地球がいいわけない」
そんなことになったら、地上では破壊された街、あちこち穴だらけの地面、阿鼻叫喚、流血地獄絵図がもれなく描かれそうだ。
僕は藤沢の予想を上回る状況を見てきている。
「実際、未来では爆薬は世界中の目に止まり、大国が買い取ったんだ。で、戦争中の国に売ったんだ。支援としてね。火力を増した戦争は、犠牲者を多く出して、とうとう核が投じられた。確かにその戦争は終わったよ」
みんな黙り込んでいる。
「その大戦の影響で、世界中の流通は、事実上破壊されて石油の高騰、小麦粉の高騰、あらゆる物の値段が跳ね上がった。貧しい国は隣の国に攻め入って、略奪戦争になった。たちまちあちこちで小さな戦争がはじまったらしい。新聞の記事によるとだから、もっとひどいのかも」
「へぇ……。けどさ、戦争の主流となった爆弾が、今日解体した爆弾だよな? 世界中に爆弾の威力はお披露目できなかったわけだよな?」
沈痛な表情をしていた俊矢が、思いついたように首をかしげて、何かがわかりそうなんだけど、という顔をした。
「そうだね、みんなで止めたもんね」
うんうんと優奈がこぶしを作って事実を口にする。
「戦争、起こらないんじゃないか?」
藤沢のぽつりとこぼした一言に、僕は自然と口を開けた。そうだ、未来は変わったかもしれない。
「もう一回、お披露目爆破があったけど、ボヤだったんだよな。威力ねぇ爆薬だなぁってことになるか」
勢いづいた俊矢がはずみをつけながらつないだ。
優奈が楽しそうに声を立てて笑った。生きている。みんな、無事だったんだ。
俊矢が胸を張るように笑った。
「俺たち世界を救ったみたいだな」
未来はどうなるのか、もう分からない。
「でも、今の行政はあんまり良くなさそうだから、変えないとなぁ」
藤沢がのんびりと言う。大人たちの動向も最近ではネットで見れるから、今は力がないけれど十八歳になると選挙権がある。あと一年で。
変わらないのは、たぶん天災とかだろうか。僕は楽しそうな雰囲気に水を差すように口を出した。
「地震はあるみたいだし、被災地は即復興しないと。大雨で大変な被災地もあるしな、動かない政府なんて必要ないよな」
「いい事言うねぇ、蒼は」
俊矢がしみじみと頷いている。
休憩時間が終わる予鈴が鳴り響いた。
「さてと、教室に戻りますか」
藤沢が最初に立ち上がると、釣られるように立ち上がり、下の階にゆっくりと降りていく。
一歩遅れた優奈が、思いついたように投げかけてきた。
「そう言えば、学校にあったトランシーバーはどこに行ったのかな。蒼ちゃんが戻ってきてから、忘れちゃってたけど。湊くん知ってる?」
藤沢が少しだけふりむいてから、ゆっくりとした口調でこたえた。
「なくなってたよ。見に行ったんだ、崎坂が戻ってきてから」
俊矢も優奈も、藤沢を見ながらどこかさみしそうな、けれど納得したような顔をしていた。
「僕の持ってたヤツは、リュックに入れたままだけど、あるのかな……、すっかり忘れてた」
たぶんないだろう。みんなも特に見てみろとは言わなかった。
「授業はあるかな……」
「どうかな、なくなるかも」
それぞれが各教室に入った。
⒒ 未来に続く毎日
本鈴が鳴った。ほぼ同時に教師が入ってくるが、次の教科の教師ではなく、担任が入ってきた。
「みんな静かに、席に着け」
朗々とした声が教室中に響いた。いつもの調子で担任が教壇に立つ。
「えー、校内で不審物が見つかり、危険な可能性があるため、午後の授業はなくなり、すみやかに帰宅してもらいます。部活も全部、休みになります。これから警察などが来ますので、校内にいた場合は、最悪職質につかまるとのことです」
教室中がざわついた。少し静まるころを見計らって、担任がまた口を開いた。
「まぁ、教師は生徒が帰宅したら、順次下校することになってる。すぐに帰宅の準備をしろ。鞄を机に置いて、準備が終わったら座ってくれ」
教室中が準備のためにロッカーに行くものや、教科書を持ち帰るために鞄に詰め込む作業に追われた。
準備が整った生徒から自分の机についた。ものの十分とはかからなかった。
「起立、礼」
「早く帰れよ、できるだけ早く学校から出て、明日の授業は連絡網で連絡する」
最後に大切な一言を付け加えていたが、生徒たちには届いたか微妙なところだった。
廊下に出ると、優奈が待っていた。
「俊矢は?」
「舞衣ちゃんが来てたよ」
並んで歩いてく。廊下は生徒でいっぱいだ。突然の下校に、待ち合わせも何もないからか、慌てて友人と帰る算段をつけるべく携帯で連絡しつつ、昇降口に向かっている。
「あ、崎坂くんだ」
ふいに呼ばれる。顔を向けると他クラスの女子だった。
「本当だ、さようなら~」
「さようなら」
挨拶も、今日はひかえめに交わされる。
言葉だけ返しつつ、絶好のチャンスを逃してはならないと意を決した。廊下を歩き、階段を降りながら、隣に並ぶ優奈にむかって口を開く。ひとつ深呼吸はした。
「あのさ、優奈、こんな時に何なんだけど、僕は優奈のことが、昔からずっと好きなんだ。他に好きな奴がいたりしないなら、付き合ってくれないかな」
けっこう大きな声になってしまった。しかも、歩きながらだったので昇降口に着いており、多数の生徒が目撃していた。居たたまれないが、必要なことだった。
「そ、そんなの! わ、私だって、蒼ちゃんのこと、好きだしっ」
真っ赤になった優奈が、なんとか僕の目を見ながら伝えてくる。下駄箱から靴を取り、履き替えながら、優奈は早口で伝えてきた。
「いなくなったとき、すんごく後悔したんだよ、あの時、一緒にいたらよかったのにって。本当に、絶対に帰ってくるって信じてて、神様にすごく真剣に祈ったんだよ。前から湊くんには何度も告白しろって言われてたのに、私は弱くて……」




