14. 西の湖畔
勇者一行は山を完全に下り、西への街道に出ていた。
山岳地帯の険しさから解放されて、平野の道は歩きやすかった。
しかし全員の顔は解放感よりも緊張の色が強かった。
残る幹部は、ジェネルネ・ファセス一人。
だが、その一人がある意味で最も難しい相手だった。
マルセルが歩きながら口を開いた。
「ジェネルネの戦闘スタイルは完全な精神干渉型で直接的な物理攻撃はほとんど使わないとのことです。その精神干渉は視覚、聴覚、触覚、全ての感覚を書き換えることができると言われています。最も恐ろしいのは外から作った幻覚ではなく、対象自身の記憶と感情を素材にして幻覚を作ることです。対象の内側から作られるので本物と区別がつかないらしいのです」
「自分の記憶が幻覚で現れるなんて嫌すぎるな」
セクトは眉をひそめた。
「感情も素材になります。愛情、恐怖、後悔、憎しみなど、どんな感情でもです」
「抵抗する方法はあるんですか?」
カルナはマルセルに顔を向けた。
「完全に防げる程ではありませんが、対策は二つ考えています。一つ目は外部からの精神保護術式。僕が全員に施すものです。二つ目は自分が何者で、何のためにここにいるかを明確に持ち続けることです。幻覚は感情の揺らぎにつけ込みます。軸がしっかりしている人間には侵食が遅い傾向があります」
「精神の強さが物を言う戦いになりそうだ」
セクトは頭を抱えてた。
「そういうことになりますね」
「ジェネルネは無限幻惑と呼ばれる強化を受けており、なんでもある程度の距離がある場所からでも干渉ができるとか」
「やっかいだな」
ローナは考える。
「全員が幻覚を見る状態になれば、互いに助け合うことができなくなります。それがジェネルネの最も恐ろしい点ですね」
ローナは考えながら歩いていた。
精神干渉への対処はイクシリネスから学んだことの中に関連する知識があった。
精神干渉は感情の流れを読む。
感情の揺らぎが大きいほど干渉の入り口が多くなる。
逆に言えば、感情の揺らぎを最小限に抑えることが対抗手段になる。だが中々、人間は感情というものは消すことはできない。
「ミゼ」
とローナが言った。
「うん?」
「精霊族は精神干渉に強いとのことだが」
「うん、強いよ。人間は上がったり下がったり感情の振り幅が大きい。精霊族は感情が精霊との繋がりに乗っている。精霊は常に安定しているから世ほどのことがない限りは感情も揺れにくい」
「精霊族の感情の持ち方を人間に教えることはできないか? 完全に真似ることはできなくても部分的に学ぶことはできるか?」
ミゼは少し考えた。
「精霊との接触でできるかもしれない。精霊に触れていると人間でも少し安定すると思う。精霊の安定した気配が感情の揺れを抑えるというやり方なら、完全ではないけど効果はあるかも」
「それを全員に試してみてほしい」
「うん、やってみる」
道を進んだところで魔族に遭遇した。
道の正面を魔族の一団が塞いでいた。
数は十二体。
装備が整っていて、待ち受けていた様子だった。
「待ち伏せか」
ユウル剣の柄を握った。
マルセルは周囲を見た。
「ジェネルネの手の者かもしれませんね」
先頭の魔族が前に出た。
人型で紫色の鎧を纏っていた。
「人間ども、ここは通さんぞ!」
ユウルが剣を抜いた。
「俺とセクトが正面、シリとミゼが左側に回り、マルセルとカルナは後方支援につけ!」
先頭の一体が剣を抜き、ユウルの剣と交差した。
金属音が響いた。
「やるではないか、人間!」
剣を押し合いながらユウルは相手の動きを読んだ。
次の動きを予測して、左に踏み込んだ。
相手が右に動き、その動きに合わせて剣を流した。
相手の防御が薄くなったところを魔力を乗せた一撃を入れた。
魔族は倒れた。
セクトが三体と同時に向き合っていた。
大剣を大きく横に振ると三体が一斉に後退した。
そのうちの一体の足がよろめいたところをセクトが踏み込んだ。
その一体の腹に大剣を突き刺した。
左側では、ローナとミゼが四体の相手をしていた。
四体は魔法型で紫色の光弾を放ってきた。
ミゼが風と土の精霊を呼び出し盾をつくり、光弾を引き込み弾いた。
ローナは二体に向かった。
光弾を躱しながら接近し、一体の光弾の発動動作を読んだ。
発動する前に弱体化を施し、光弾は不発になった。
「魔法が使えないだと!」
一体が叫んだ。
もう一体が光弾を放った。
ローナが身を低くして躱し、そのまま接近して同じく弱体化を施した。
ミゼが雷の精霊を呼び、電流を二体に流した。
二体とも動きを止めた。
ローナは魔法を放ち、ミゼは火の精霊で炎を魔物に浴びせた。
残り二体が後退しながら光弾を連射した。
「前から行く」
ローナは走った。
「私は上から」
ミゼは精霊を呼び出した。
風の精霊を高い位置に送り出した。
上から精霊が光弾を逸らした。
ローナが接近して二体に連続で弱体化を施した。
二体の魔法機能が完全に止まった。
後方からマルセルの魔法が二体に直撃した。
同じく後方では、カルナが結界を展開しながら魔法支援をしていた。
後方に回り込もうとした二体の魔族をカルナの結界が押し返した。
マルセルが後方の二体に魔法を放った。
一体に命中し、もう一体が逃げようとした。
「逃がしません!」
とカルナが言い、束縛術を放った。
逃げようとした魔族の足に白い光が絡みついて動けなくなった。
「今の内です、マルセルさん!」
マルセルが追加の魔法で撃ち抜いた。
「これで周囲にいた魔族は片付いた。先を急ごう」
ユウルは前へ進んだ。
その夜、野営地でミゼが言ったことを実行し始めた。
全員を集めて、ミゼが精霊を呼んだ。
「今から、精霊に触れてもらう」
「どうやってだ?」
セクトは首を傾げた。
「精霊を手に乗せる」
ミゼが光の精霊を一体呼んだ。
小さな光の球がセクトの手の上に乗った。
「……あ、ちょっとあったかいな」
「人間でも触れていると精霊の安定した感情が伝わる」
「へぇ、こんな感じか」
セクトが不思議そうに小さな光をつついていた。
カルナが次に精霊に触れた。
「……あ、本当に心が落ち着く感じがします。不思議ですね」
次はマルセルが受け取った。
「精霊に触れることも貴重ですが、人間の感情の揺らぎを安定させるというのは面白い現象ですね」
ユウルが最後に受け取った。
手の上に乗った光の球を見た。
「……たしかに温かいな」
ローナはそれを少し離れたところから見ていた。
ミゼが「シリも」と言って、精霊をローナの手に乗せた。
異空間で何度も触れた精霊の温かさを思い出した。
西への道を進んだところで、広い湖が見えてきた。
湖面が夕暮れの光を受けて美しかった。
湖の北側を回って、西へ進んだ。
湖畔に沿った道を歩いていると前方に城が見えてきた。
湖に張り出すように建てられた石造りの城だった。
紫の石で作られていて、夕暮れの光の中で不思議な美しさがあった。
だが近づくにつれて、その美しさが異様なものに感じられてきた。
マルセルが城を観察した。
「城の周囲に守備はいますが、数が少ないですね」
「なんでだ」
セクトが聞いた。
「守備を手薄にする理由があるとしたら……城自体が罠になっている可能性があります」
「マルセルの術式を全員にかけておいてくれ」
「はい」
マルセルが全員に精神保護術式をかけた。
薄い光が全員の頭部に沿って光った。
「効果は完全に防げるほどではありません。持続もあまり長くはないです。決着は早くつけた方がいいでしょう」
「分かった。行くぞ!」
城の周辺に守備の魔族が八体いた。
「おかしい」
ユウルは呟いた。
マルセルは観察した。
「あの魔族達は城の内側ではなく外の湖の方を向いていますね」
魔族はゆらゆらと体を動かし湖を見ていた。
「まるで、幻覚を見ているみたいじゃないか」
セクトは戸惑った。
マルセルが魔力感知を展開した。
「……魔族八体に精神干渉がかかっています」
「配下の魔族になんのために……」
ローナは疑問に思った。
「分かりません。ただこの魔族達は今、幻覚の中にいる何かを見ています。僕達のことを認識していない可能性があります」
「ならこのまま気づかれずに通れるかもしれないよな」
「慎重に進もう」
八体の守備魔族の間を勇者一行は静かに通り抜けた。
ミゼが精霊で気配を消した。
カルナが全員の魔力感知を抑えた。
守備魔族は全員が湖の方向を見て何かを見続けていた。
ローナはその魔族の横を通り過ぎながらその顔を見た。
それは恐怖の顔だった。
幻覚の中で何を見ているのか知らないが恐れている。
魔族が怯えている顔を見るのは初めてだった。
なぜだか複雑な気持ちになった。
全員が城門の前まで来た。
城門は開いていた。




