13. 北の山岳――ドルガ・ベルドス戦
先に進み続けたところで、全員が足を止めた。
空気が変わって、物理的な重さを感じとった。
地面が揺れた。
「何だ?!」
セクトが驚いた。
「歩いている」
とミゼが言った。
「なにが?」
「大きいものが歩いている」
「おそらく」
とマルセルが言った。
「この近さで感じるということは、距離が近い可能性があります。霧で見えていませんが、既にこの付近にいるかもしれません」
「まさか、ドルガか?」
その時、その巨体が霧の中から姿を現した。
ドルガ・ベルドス――。
「よく来たなぁ、小さな人間どもめが」
声は低く、山の岩が唸るような響きがあった。
その姿は体長は三メートルを超え、全身が岩のような硬質の皮膚で覆われている。
両腕は丸太のように太く、拳が地面に着くほど長い。
顔には眼が一つしかなく、それが鈍い赤に光っていた。
「久々に人間を見たが、どうも脆そうだなぁ」
ドルガが動いた。
最初の一歩だけで地面にひびが入った。
右腕が振り下ろされた。
ユウルが横に跳んだ。
拳が地面に当たり、衝撃波が広がった。
ユウルが吹き飛ばされた。
「ユウル!」
セクトが叫び、ユウルに駆け寄ろうとした。
「来るな!」
ユウルは叫んだ。
ユウルが立ち上がり剣を構えた。
すぐにドルガに向かい剣を振った。
ドルガの腕に当たった音がしたが、かすり傷だった。
その傷も再生能力が発動し消えた。
「ははははははっどうしたぁ? この程度かぁ。これが魔王様から頂いたお力だ。お前達の攻撃など、虫が刺すより痛くないはないなぁ!」
ユウルは少し間を置き、また剣を振った。
ドルガが今度は左腕を振ったが、ユウルは躱した。
右腕がすぐに来たが、ユウルは躱す。
何度も攻撃が続き、ユウルは躱し続けるが一向に反撃が通らない。
「ドルガの後ろ!」
とローナが叫んだ。
ドルガの尻尾が来た。
ユウルは瞬時に跳び、尻尾が地面を薙いだ。
「セクト、左側に回れ!」
「ああ、まかせろ!」
セクトが左に回った。
大剣を振り、ドルガの左腕に当たった。
やはり傷が少しついた程度だった。
そしてすぐに再生能力で元に戻った。
「元に戻るの早すぎだろっ!」
セクトは顔を歪ませた。
「魔法も試します!」
マルセルが圧縮魔法を放ち、ドルガの胴体に当たった。
「……ぐぅ」
ドルガが唸ったが、傷を負ったところは再生された。
「これは、効きましたね。ですが、やはり再生されてしまいましたね」
「物理より魔法は通りそうだな」
「これでも、この出力では焼け石に水です。もっと強い魔法を当て続ければ、蓄積でダメージになる可能性があります。ですが、それには時間がかかり過ぎます」
「何度も同じ場所に一点集中でどうだ」
「試してみます」
マルセルが連続で同じ場所に魔法を放った。
ドルガが少しずつ、そこを庇うような動きになった。
「効いています。ダメージ量で再生も遅くなるようですね。しかし、数発でまだあれだけです。倒すには三百発以上必要です」
「それだと俺たちが持たないな」
「別の方法がいいでしょう」
戦闘は続いた。
ユウルが回避を続けながら、できる限りドルガの動きを引き付けた。
「はははははっ、無駄無駄無駄無駄ぁーーー!」
セクトが側面から攻撃を加えたがあまり効果がない。
マルセルが魔法を当て続けたが蓄積が遅かった。
カルナが全員の状態を把握しながら、補助魔法をかけた。
ローナとミゼが後方で時機を待っていた。
「シリ、まだ?」
とミゼが小声で言った。
「ドルガの全身の魔力の流れをまだ読んでいる」
とローナが小声で答えた。
「どのくらいかかるの?」
「もう少しで見えそうだ」
「分かった。私は精霊の準備をしておく」
ローナはドルガの動きを観察し続けた。
全身に分散しているのは間違いないが、わずかな偏りがある。
左肩、右肩、腰、首、胸の中心、腹、この六か所が他よりわずかに濃い。
おそらく強化の起点がこの六か所なのだろう。
強化は起点から全身に広がっている。
起点以外の薄い所を同時に乱せれば、全身の強化が崩れる可能性がある。
「ミゼ」
とローナが言った。
「見えたの?」
「左肩、右肩、腰、首、胸の中心、腹、この六か所から少し外れた周りを六体の精霊を配置する」
「うん」
「ドルガに接近できる隙を作ってほしい。私が精霊に術式を組み上げるのと精霊がドルガに触れるのを同時にやる必要がある」
ミゼが考えた。
「考えがある。大地の精霊にドルガの足元の地盤を緩めてもらえれば、一瞬でも体勢を崩せるかもしれない」
「それで行こう、ミゼ」
ミゼは目を閉じた。
周囲の空気の中に別の気配があった。
岩の重さ、土の湿り気、山の古い記憶、それらを持つ大地の精霊の気配だ。
ミゼは心の中で声をかけた。
呼びかけ続けると返事があった。
『ここに人間と精霊族がくるとは珍しい』
(私達は魔族を倒しにきた。助けてほしい)
『魔族か。あれは、我々が嫌いな存在だ。山を荒らし、岩を砕く』
(あの魔族の足元にある地盤を緩めてほしい)
『それだけでいいのか』
(今はそれだけでいい)
『いいだろう、協力しよう』
ミゼは目を開けた。
「いつでもできるよ」
とミゼが言った。
「では始めてくれ」
ミゼが六体の精霊を呼び始めた。
風の精霊が二体。土の精霊が二体。光の精霊が二体。
精霊たちがローナの周囲を漂った。
ローナは前を向いた。
ユウルがドルガと向き合っていた。
ユウルはドルガの攻撃を躱し続けていたが消耗が見えていた。
セクトが横から攻撃を加えながら、ユウルの消耗を補おうとしていた。
マルセルが魔法を放ち続けていた。
ユウルが動きドルガの攻撃を誘った。
大きく後退してドルガが前のめりに右腕を振った。
ユウルが躱し、ドルガの右腕が空を切った。
「今だ!」
とローナが叫んだ。
大地の精霊がドルガの足元の地盤を緩めた。
ドルガの左足が沈んだ。
体勢が崩れたその一瞬にローナが術式を六体の精霊に乗せた。
六体の精霊がドルガの体に向かって飛んだ。
術式が同時に入った。
ドルガが声を上げた。
「なんだとぉ!!」
全身の強化が乱れた。
「全身の強化が崩れています! 集中攻撃して下さい!」
とマルセルが叫んだ。
ユウルが動き、魔力を剣に集中させた。
剣が白く輝き、ドルガの胸の中心に向かって踏み込んだ。
体勢を崩したドルガは回避が遅れた。
ユウルの剣がドルガの胸に深く突き刺さった。
「ぐがあぁぁぁあっ!!」
ドルガが吠えた。
同時にセクトが右側から突っ込んだ。
大剣を全力で振って、ドルガの右腰に深く入った。
「一度、離れて下さい!」
左側からマルセルが胸の中心に向かって最大魔力の魔法を放った。
ユウルが開けた傷の場所に魔法が直撃した。
三連撃がドルガに確実に当たった。
「人間ごときがああっぁぁぁ!!!!」
ドルガの巨体が揺れた。
だがドルガはまだ倒れてない。
それどころか再生し始めた。
「くそっ! 再生が始まっているぞ!」
セクトが焦った声で叫んだ。
「このままではまずいです!」
カルナは慌てた。
「再生が完了する前に叩く!」
とユウルが叫んだ。
ローナが動いた。
ドルガの胸の中心に集中し術式を差し込んだ。
「今だ!」
ローナが叫んだ。
ユウルが走った。
ドルガが反撃しようとした。
反撃がわずかに遅かった。
「セクト!」
「ああ!」
セクトがドルガの注意を引いた。
大剣で切り込みを入れた。
ドルガの意識がセクトに向いた。
その隙にユウルが踏み込んでドルガの喉を突き刺した。
「っ――っ!!!」
ドルガの巨体は大きく揺れた。
「全員、避けて下さい!」
マルセルが魔力をドルガの体に向けて放ち爆発した。
「再度、撃ち込んで下さい!」
セクトが腰に大剣を突き込んだ。
ユウルが首に剣を切り付けた。
ドルガが地面に倒れた。
その衝撃で周囲の地面が大きく揺れ、全員が足を取られた。
セクトが転び、マルセルが膝をついた。
カルナが岩に掴まった。
ユウルは衝撃を受けながらも立っていた。
ローナとミゼも岩に張り付きながら立っていた。
ドルガは倒れたまま動かなかった。
すでに息はなかった。
カルナが全員に回復魔法をかけた。
「消耗が大きいです。今日はもう動けません」
「ここで野営は……」
とユウルが言った。
「まだ、魔族が現れる可能性があります。危険ですね」
「大地の精霊がここで一日だけ結界を張ってくれるって言ってる」
「そうなのか?」
ローナはミゼに聞いた。
「うん。大地の精霊がお礼だって」
「えっ、お礼?」
とセクトが言った。
「これで、山が静かになったって。ドルガを倒してくれてありがとうって言ってる」
全員がその場に腰を下ろした。
「だったら、ここで野営しても問題ないんじゃないか?」
「そうですね。ミゼさん、お願いできますか?」
「うん」
ミゼは精霊に話かけ、結界を展開してもらった。
結界の中で焚き火を作った。
炎が全員の顔を照らした。
「ミゼ」
とユウルが言った。
「なに?」
「今日はよくやった。精霊の力がなければ勝てなかったかもしれない。それはお前の力でもある」
ミゼが少しだけ目を丸くした。
それからうつむいて、小さく「うん」と言った。
セクトが「俺は褒めてくれないのか?」と言った。
「お前はいつも全力でやっている。今更褒める必要もないだろ」
とユウルが言った。
「俺だけつれないよな」
セクトが肩を落とした。
その日は、笑い声が山の夜に広がった。
夜明けに山を下り始めた。
山道を下りながらマルセルが話し始めた。
「残る幹部はジェネルネ・ファセスです」
「西の湖畔の城だったな」
とセクトが言った。
「そうです。ここからジェネルネの城まで、また距離がありますね」
「精神干渉への対策も考えておく必要があります」
とマルセルが言った。
「ジェネルネは感情につけ込みます。特に喪失感や後悔、恐怖が深い者ほど、幻覚に入り込まれやすいですからね」
全員が少し黙った。
それぞれが、自分の中のそれを考えていた。
「対策術式を組みます」
とマルセルが言った。
「完全ではないですが、侵食を遅らせることはできます」
「その時はマルセル、頼む」
「はい」
「シリ」
とミゼが呼んだ。
「何だ」
「ちゃんと眠れた?」
「眠れた」
「ミゼは眠れたか」
「眠れた。風の精霊が歌ってくれた」
「それは羨ましいな」
山道を全員で下りた。
霧が晴れ始めていた。




