12. 北の山岳
グルヴェダ・ガジエスを討伐した後、勇者一行は東の砦から離れた森の中で野営していた。
砦からの脱出後は魔力の消耗が大きかった。
マルセルが「今日は充分な休養を当てるべきです」と言った。
ユウルも同意した。
「そうだな、ここからだと次の目標である北の山岳までは距離が長い。消耗したまま向かっても意味がない。明日まで休もう」
「そうそう、ゆっくり休もうぜ」
セクトはそう言いながら、カルナが持っていた野菜をとろうとした。
「私も魔力が空に近いので、その方がいいです」
カルナはセクトを足で払い答えた。
ローナは野営地の岩に腰を下ろして、地図を広げていた。
北の山岳地帯、ドルガ・ベルドスの支配する領域を確認した。
地図には山脈が描かれていて、その中に霧岳と書かれた山があった。
常に霧に覆われているために、そう名付けられた山だ。
バレッドから得た情報でも、この霧岳がドルガの拠点と一致していた。
問題は地形だった。
山岳地帯は視界が悪く足場が不安定だ。
「ドルガ・ベルドスの情報をまとめたい」
とローナが言った。
全員が集まった。
マルセルが口を開いた。
「ドルガ・ベルドス。魔王の幹部の中でも、近接戦闘に特化した個体です。体長は三メートルを超えるという報告があります。魔王から不壊の肉体の強化を受けており、基本的には物理攻撃や魔法も通りにくいそうです。傷をつけたとしても再生能力で回復するらしいのです」
「物理攻撃や魔法が通りにくいのは、グルヴェダのような結界型ではないということだな?」
ユウルは確認をした。
「はい、そうです。純粋な物理の強さと魔力による肉体強化と予測されます」
それぞれが考え込んだ。
「再生能力もあるんだろ? てことは……また直接外から壊せないのか?」
セクトは困惑して周囲を見た。
「そうですね。シリさんが弱体化魔法を施すにしても、グルヴェダ同様にドルガに対しても同じような発想が必要かもしれません」
休養の間、ローナはずっと考えていた。
ドルガ・ベルドスの不壊の肉体をどう崩すか。
グルヴェダの絶対防壁は結界という魔力構造だったため、弱体化魔法で内部の流れを乱すことができた。
しかしドルガの場合、肉体そのものが強化されているという性質だ。
肉体強化の弱体化。
それは、文献とイクシリネスに教わった術式の中にあった。
肉体強化型の強者に弱体化を施すには、強化の源となっている魔力の核を特定する必要がある。
しかし、グルヴェダの結界核のように明確な形を取っていないこともある。
肉体強化は複数の部分から全身に魔力が分散している場合が多く、再生能力を持ち合わせている相手に一点を狙うということができない。
「複数の同時干渉が必要になる」
とローナは呟いた。
しかし、一人では難しい。
「ミゼ」
とローナは呼んだ。
「うん?」
近くにいたミゼが傍に来た。
「ドルガに対して、協力してしいことがある」
「うん、いいよ」
「ドルガの体に精霊を複数体同時に配置できるか?」
「……精霊を体に?」
「私の術式を精霊が使いドルガの体に複数箇所を同時に当てることができれば、複数の同時干渉が可能になる」
ミゼが考えた。
「……シリの術式を精霊が使うのは難しいと思う」
「それでも、不可能ではないはずだ。精霊は魔力の流れを感じる。私の術式の感触を教えれば、似た動きを真似ることができるかもしれない」
「一度、教えてくれる? やってみる」
「ありがとう、ミゼ」
休養の半分を二人はその練習に使った。
ローナの術式の感触を精霊に言葉と実演で伝えた。
精霊からローナに触れてもらい、その感触を直に精霊に伝えた。
精霊が術式の動きを模倣することができるかを何度も確かめた。
最初は全く上手くいかなかった。
精霊は術式を感じることはできても弱体化魔法を施すことは本来の能力外だった。
しかし三日目の朝方、突破口が見えた。
精霊に術式を施させるのではなく、精霊がローナの術式の媒体になればいいとミゼが言った。
「媒体?」
「精霊がシリの術式を持って対象の各部位に当てる。これだと精霊は自分で術式を使う必要もないよ」
「そんな方法があったのか、やってみよう」
ローナが術式を形成し、それを精霊に持たせる。
精霊が体の各部位に接触することで、ローナの術式がドルガの各部位に当たる。
実際にやってみることにした。
六体の精霊が練習台の岩の六か所に同時に接触した。
六か所同時に術式が当たった。
「成功だ!」
ローナはミゼに振り向いた。
「いけたね!」
ミゼは微笑んだ。
二人は顔を見合わせて頷いた。
「これが、ドルガへの切り札になる」
その日、勇者一行は出発した。
北への道は最初は整備された街道だったが、数日ほど進むと街道が消えた。
元々ここから先は山岳地帯で人間の往来が少ない。
街道を整備する必要がなかった区間だ。
山の麓に差しかかった時、マルセルが言った。
「魔族の気配が複数あります。この山一帯は、今はドルガの支配圏です。どこにでも哨戒の魔族がいると思って下さい」
「魔族の動きはどうなっている?」
「山が広すぎて全体を把握するのは難しいです。ただ、主要な登山路には必ず見張りがいると思われます」
「脇道で行く」
とユウルが言った。
皆が頷いた。
ミゼが精霊に先行させた。
「精霊が安全な道を教えてくれる」
ユウルがミゼに振り向いた。
「頼む、ミゼ」
山の脇道に入って数時間程、魔物との遭遇があった。
道の先の岩場に巨大な蜘蛛型の魔物が三体いた。
八本の脚が岩の上を器用に歩いていた。
腹部が発光していて、暗い山道を不気味に照らしていた。
「き、気持ち悪いです……」
カルナは顔色を悪くし、マルセルの後ろに隠れた。
「蜘蛛型か」
とセクトが言った。
マルセルがカルナの方に顔を向けた。
「カルナさん大丈夫ですか」
「そういえば、カルナは昔から蜘蛛が苦手だったな」
セクトは苦笑いをした。
マルセルは前に顔を向き直して「蜘蛛型は粘着糸で相手の動きを封じてから毒で仕留めます。糸には気をつけてください」と言った。
「倒し方はどうする?」
ユウルがマルセルに聞いた。
「腹部の発光している部分が弱点です。そこに攻撃が集中すれば倒せます。それと魔法での遠距離攻撃も有効です」
「ならマルセルが腹部を狙い、俺とセクトは糸に注意しながら側面に回る。カルナは後方で維持」
ユウルが指示を出した。
「シリとミゼは状況を見ながら周囲の補助を頼む」
「分かった、まかせてくれ」
とローナが言った。
作戦通りに動き、マルセルが腹部に魔法を放った。
蜘蛛型が反応して、マルセルに向かって糸を吐いた。
ミゼの風の精霊が糸を横から切断した。
マルセルが二発目を放ち腹部に命中した。
蜘蛛型は苦しそうに脚を動かした。
その隙にセクトが側面から突っ込んだ。
脚の付け根の腹部の近くに大剣を突き込んだ。
二体目と三体目が残りの仲間に向かって糸を吐いたが、ミゼはそれを切断した。
ユウルが二体目に向かった。
腹部に向かって、魔力を乗せた剣を突き込んだ。
三体目がユウルに糸を吐こうとした。
ローナが弱体化の術式を糸を吐く器官に差し込んだ。
糸は吐き出される前に止まった。
マルセルが三体目の腹部に魔法を当て貫通した。
これで三体全てを倒した。
更に進み続けたところ、ミゼの精霊が警告を出した。
「上にいる」
とミゼが言った。
全員が上を見た。
崖の上の空に、翼のある大型の魔物が三体いた。
全身が黒く染まっていて翼の幅は長く、鋭い爪と嘴を持っていた。
「今度は鳥型の大型魔物だな」
とセクトが言った。
「バセードですね」
とマルセルが言った。
「あの魔物は急降下攻撃が特徴です。速度が非常に速いです。なので対応するには、来る前に動きを止めるか、来た後に結界で受けるかのどちらかです」
「精霊に頼めるか」
とローナがミゼに言った。
「……バセードは、風の流れを読んで飛ぶ。風の流れを乱せば、急降下のコントロールが狂う可能性がある。できるか?」
「やってみる」
ミゼが精霊に命じた。
崖の上空の気流が突然乱れた。
バセードがそれを感じた。
降下しようとしたが気流が安定しない。
その迷いの隙にマルセルが魔法を放ち、一体に直撃し落下した。
落下してくる魔物をセクトが大剣を構えて待ち受けた。
セクトはそのまま魔物を大剣で体を真っ二つに引き裂いた。
二体目が降下しようとしたところを再びミゼが気流を乱した。
二体目も体勢が崩れ落ちた。
ユウルが横から走って、降下軌道のずれた二体目に向かった。
空中で斬り合いになった。
片方の翼を切り落とし、二体目が咆哮しながら落下した。
すぐに追い、止めを刺した。
三体目が今度は迂回して後方のカルナを狙った。
「カルナ!」
ローナは叫んだ。
カルナが結界を張ろうとした。
だが、バセードの速度に対応が間に合わない。
ローナが走り、カルナとバセードの間に入った。
弱体化の術式をバセードの翼の付け根の筋肉に差し込み翼の制御が乱れた。
バセードが体勢を崩した。
カルナが結界を展開し終えた。
体勢の崩れたバセードが結界に突っ込み、衝撃で弾かれて地面に叩きつけられた。
更にマルセルが追撃の魔法で撃ち抜いた。
「カルナ、大丈夫か?」
とローナが言った。
「危なかったです……。シリさん、ありがとうございます」
「無事でよかった」
ローナは安堵の笑みを浮かべた。
山の中腹を越えた頃から霧が出始めた。
始めは薄かったが、高度が上がるにつれて濃くなった。
「これがドルガの霧か?」
とセクトが言った。
「違います」
とマルセルが言った。
「これは地形的な霧です。この山が常に霧に覆われているのは、地理的な条件が原因です。ですが、ドルガがこの霧を利用して拠点にしている可能性はあります」
「どこに拠点があるんだ。霧で何も見えないぞ!」
「僕の魔力感知で強い反応がある方向を探します」
マルセルが目を閉じた。
「……北東、上方向。強い魔力反応があります。ただ……」
「どうしたんだ?」
「この山全体に、ドルガと思われる魔力が染み込んでいます。山そのものがドルガの支配圏になっているような感じで、方向が掴みにくいですね」
「ミゼの精霊では分からないか」
とローナが聞いた。
「聞いてみる」
ミゼが精霊と会話した。
「……精霊は、岩の重さの方向が変わっている場所があるって言ってる。その場所は重力が不自然に集まっているって」
「そこがドルガの拠点なのか?」
「拠点そのものかは分からないけど、何か大きいものがある場所だとは言ってる」
「案内できるか」
「できるよ。こっち」
霧の中を精霊の案内で進んだ。
視界が悪いため、全員が間隔を詰めて歩いた。
セクトが先頭で足場を確認し、ユウルがその後に続き、ローナとミゼが続き、カルナとマルセルが後方に位置した。
しばらく進んだところで霧の中から声が聞こえた。
「止まれ、人間」
全員が止まり、霧の中にいる影を見た。
体長は二メートルを超えていて、全身が黒く頭部に角が二本ある魔族だった。
「人間がなぜここにいる? この山に入ったということは、ドルガ様に挑みにでも来たのか?」
「だとしたら?」
ユウルが剣の柄をとった。
その魔族が右手を上げると霧の中から、更に魔族が現れ始めた。
全部で七体になった。
「おい、どうするんだ?」
とセクトが言った。
「ミゼ、精霊を動かせるか」
ユウルはミゼを見た。
「できるよ」
「四方に向かって一気に吹き払ってくれ」
ミゼが精霊に命じた。
火の精霊が爆発的な魔法で四方を吹き飛ばした。
その隙に全員が動いた。
ユウルが一体の魔族に向かって走った。
低く潜り込んで、腰の高さから剣を上向きに振り上げた。
魔族の腕に当たったが、その皮膚が剣を滑らせた。
「皮膚が鱗状になっています。腋の下、膝の裏、首を狙ってください!」
とマルセルが叫んだ。
すぐにユウルが体勢を変え、腋の下を狙って剣を差し込んだ。
魔族は唸をあげた。
その直後に首を切り落とした。
セクトが隣の一体に大剣を叩き込んだが、弾かれた。
「こいつ硬過ぎ!」
「セクトも急所を狙ってください!」
セクトは体勢を変えて膝の裏を狙い、魔物が体勢を崩した瞬間に首を横振りに切った。
「よし!」
後方の魔族がマルセルに向かった。
マルセルが魔法で迎撃した。
魔法が当たったが、急所から外れ皮膚で弾かれた。
「魔法も同じく通りにくいので気をつけて下さい!」
マルセルが精密魔法に切り替えた。
細い光の線を腋の下に向けて放ち、入った魔法が内部で爆発した。
ローナが二体に向かった。
斜め前から走って、すれ違いざまに腋の下に弱体化を差し込んだ。
動きが鈍くなり、次の一体の腋の下に術式を差し込むと立ち上がれなくなった。
ローナは二体の首に魔法を放ち、二体とも倒れた。
残り二体がカルナとミゼに向かった。
カルナが結界を展開した。
魔族の攻撃が結界に当たり、結界が揺れたが持ちこたえた。
ミゼが雷の精霊を呼び、電撃魔法を魔物の首めがけて撃ち込んだ 。
マルセルがカルナを狙っているもう一体を腋の下に向けて魔法を放った。
入った魔法が内部で爆発し、魔族は倒れた。
「これで全部倒した!」
とセクトが叫んだ。
傷を負ったところをカルナが回復魔法をかけた。
「先を急ごう」




