11. 東の砦――グルヴェダ・ガジエス戦
グルヴェダ・ガジエスは砦の頂上部にいた。
細身の魔族で青色の長い髪を後ろで束ねていた。
顔には複数の魔術刻印が刻まれており、その瞳は銀色に光っている。
手には杖も武器もない。
魔法を直接掌から放つタイプだった。
「勇者とやらよ、よく来たな!」
グルヴェダは振り返らずに言った。
砦の頂上から城外を眺めていた。
「私はずっとこの時を待っていたぞ!」
「待っていた?」
セクトは怪訝な顔をした。
「お前達が来ることは、ザッハネルが倒された時点で最初から分かっていた」
グルヴェダが振り返った。
「ほぅ、新しい仲間が増えているではないか」
その銀色の瞳がローナで止まり、グルヴェダは僅かに目を細めた。
「魔力の質が変わっているな、見たことがない類だ。ふむ……亡き者にした後は、その身体を調べさせてもらおう。さぁ勇者どもよ始めようではないか!」
グルヴェダが片手を上げた。
周りが透明な膜に包まれ、七層の結界がグルヴェダを中心に展開されていた。
「ここがお前達の墓場となるのだ!」
グルヴェダは不敵に笑った。
ユウルが走った。
剣を構えて、グルヴェダに向かった。
結界の一層目に剣が当たったが弾かれた。
まるで硬い壁に当たったように剣が跳ね返った。
ユウルの腕に衝撃が走った。
「……っ硬すぎる」
「外から当てても無駄だ」
グルヴェダはあざ笑った。
セクトが大剣を振ったが弾かれた。
マルセルが魔法を放った。
一層を抜けたが二層目で止まった。
「二層まで抜けたか。魔法士としての腕はいいみたいだな」
グルヴェダが右手を向けた。
七層の結界から、圧縮された魔力の弾が放出された。
「皆さん、下がって下さい!」
カルナは叫び、すぐさま結界を張った。
弾が結界に当たり、結界が揺れた。
「っなんて威力なの……」
カルナの額に汗が滲んだ。
ユウルが再びグルヴェダに向かった。
今度は剣を横に向け攻撃したが、また弾かれた。
マルセルは状況を確認していた。
「七層は全方位を覆っています。七層を維持するためには、グルヴェダが常に魔力を使い続けなければなりません。消耗させ続けることで、結界が弱くなる可能性があります」
「消耗させるにも時間がかかる。それまで私達が持つか分からない。攻めるべきだが七層は外から突破できない。予定通り私が内側から干渉する」
とローナが言った。
全員がローナを見た。
「それを行うためには、グルヴェダの意識を完全にそちらに向けてほしい。そうすることで私が内側に入りやすくなる」
「てっことは、俺達がでグルヴェダを攻め続ければいいんだよな?」
とセクトが言った。
「そうだ」
ローナは頷いた。
「……分かった。それで行こう」
ユウルは剣を構えた。
作戦が始まった。
ユウルとセクトがグルヴェダに向かって攻撃を続けた。
七層に弾かれながらも、連続で攻撃を加え続けた。
グルヴェダがそれに対抗した。
右手を動かして、結界から魔力の弾を放った。
カルナが後方で結界を張り、仲間への直撃を防いだ。
マルセルが魔法で追加の攻撃を重ねた。
二層目まで毎回抜けることで、グルヴェダに三層目を破ってくるかもしれないという意識を持たせ続けた。
その間にローナは動いた。
グルヴェダの結界の側面に回り込み流れを感じた。
七層それぞれに固有の流れがある。
外から内に向かう流れではなく、内から外に向かう流れだった。
流れに逆らわず、流れの方向に合わせて内側へ入り込む。
一層目に触れた。
弾かれなかった。
ローナは慎重に一層目の中に術式を差し込んだ。
一層目の結界が乱れた。
グルヴェダが振り向き、ローナを鋭い目で見た。
「お前は今、何をした」
グルヴェダが結界を修正しようとした。
ローナは修正される前に二層目に触れ、術式を差し込んだ。
グルヴェダが二層目にも意識を向けた。
「ずいぶん回りくどいことをするものだ」
ローナそのまま、三層目に触れた。
「ミゼ!」
「うん!」
ミゼが動いた。
二体の精霊を呼び、精霊魔法でローナの術式の範囲を広げた。
ローナが右側から三層目に干渉している間に、ミゼが三体目の精霊を呼び、左側にを送り込んだ。
「なんだとっ……!」
グルヴェダが動揺しだした。
三層目の結界が大きく揺らぎ、グルヴェダが三層目の修正に意識を集中させた。
「今だ!」
ローナは叫んだ。
三層目をグルヴェダの修正中、四層目と五層目の結界が手薄になった。
それはほんの隙だった。
ユウルは魔力を剣に集中させ、グルヴェダの結界の手薄になっている四層目と五層目の部分に向かって剣を放った。
光の剣撃が四層目に当たり、四層目が割れた。
続けて五層目に当たり、五層目も割れた。
「ぐっ……」
グルヴェダが声を詰まらせた。
「まだだ!」
ローナが叫んだ。
ローナは六層目に触れていた。
三層目に意識を向けたグルヴェダは六層目にも隙をあたえていた。
その間に術式を差し込み六層目が揺らいだ。
「マルセル!」
マルセルが圧縮した魔法を六層目に放った。
六層目も打ち破った。
グルヴェダが三層目を諦め集中的に魔力を七層目の維持に回した。
今まで分散していた魔力が七層目一枚に集中した。
七層目が今まで以上に厚くなった。
「一点の層に集中させています! 攻撃を止めないで下さい!」
マルセルは魔法を撃ち続けた。
「私が続けて崩す! 君達は外側を押し続けてくれ!」
ローナは周囲に言い聞かせた。
「シリの盾は私が引き受ける!」
ミゼは精霊を使いローナの結界を補強した。
「こちらは攻撃を優先する! シリ、頼んだ!」
ユウルは攻撃の手を止めずに攻めた。
グルヴェダが魔力を七層目に集中させたままで、魔力の弾を放った。
層が一枚になったことで、攻撃のための余力が生まれたのだろう。
カルナの結界が揺れた。「このままだと厳しいです!」とカルナが言った。
「もう少しだ、持ちこたえろ!」
と言いながらユウルが七層目の外側を素早く魔力を乗せた剣で連続して打ち続けた。
セクトが左から切りかかった。
マルセルが右から魔法で押した。
三方向から七層目の外側を押し続けた。
七層目の外側が徐々に薄くなっていった。
ローナは七層目に向かって内側の流れを読んだ。
ここだとその流れに乗り触れた。
七層目の結界を通り、グルヴェダの胸の中心部が黒く光っている物があった。
それがグルヴェダの絶対防壁の核だった。
「そんな、馬鹿なっ……」
グルヴェダが驚きを隠せずにいた。
ミゼは更に精霊を呼び、精霊魔法で七層目に放たれた。
八体の精霊が七層目の外側を押し続けた。
ローナへの反撃のためにグルヴェダが内側に向かって魔力を放とうとした瞬間、外側からの精霊の圧力で七層目がさらに薄くなった。
結界が更に弱まった。
「くっ」
グルヴェダは七層目の維持に意識を割かなければならなくなった。
反撃の出力が下がったところをローナが核に手を伸ばした。
核に触れた瞬間に術式を差し込んだ。
グルヴェダが声を上げた。
「まさかっ、こんなことが……」
核の中で魔力の循環が乱れ始めた。
七層目が震え亀裂が走った。
「結界が崩れます! 今です!」
マルセルは叫んだ。
ユウルが七層目の外側に向かって剣に魔力を乗せて剣撃を浴びせた。
とうとう七層目が砕けた。
そしてグルヴェダの胸に剣を突き刺した。
圧縮されていた魔力が四方八方に放出され、衝撃波が全体を揺らした。
全員が吹き飛ばされた。
ローナも核から弾き飛ばされた。
城壁に叩きつけられ痛みが走った。
しかし、異空間での訓練が身体に染み込んでいた。
衝撃を受けながら魔力で全身を保護していた。
致命的なダメージではなかった。
「……全員、無事か」
ローナが声を上げた。
「ああ、なんとか……」
セクトが壁に当たった肩を押さえながら立ち上がった。
「……問題ありません」
マルセルの眼鏡は吹き飛んでいたが立ち上がっていた。
「回復魔法をかけます!」
とカルナが言った。
「ミゼ」
ローナは心配そうにミゼを見た。
「……だ、大丈夫」
ミゼはなんとか立ち上がった。
精霊を展開し続けていたため消耗が激しかった。
そしてグルヴェダは――。
中央で膝をついていた。
全員がグルヴェダに向かった。
グルヴェダは膝をついたままユウルを見た。
「……見事だ。まさか、この私が敗れるとはな」
その声は弱々しものだった。
ユウルが剣を向けた。
「これで終わりだ」
ユウルは最後の一撃をグルヴェダに放った。
無事にグルヴェダ・ガジエスとの戦いが終わった。
全員が、それぞれその場に座り込んだり、城壁に寄りかかったりした。
激しい戦いの後の静かな時間だった。
ミゼがローナの隣に座った。
「シリは大丈夫?」
「大丈夫だ」
「よかった」
砦の内部から、まだ魔族の気配があった。
それから砦にいた残りの魔族達を残滅させていった。
砦から脱出した後、東の空が白み始めていた。
「……なんとか終わったな」
とセクトが言った。
ローナは立ったまま東の空を見ていた。
少しずつ橙色が広がっていた。
もうすぐ朝が来る。
ニルハ村の朝に似た色だった。
「次は北の山岳地帯か」
ローナは言った。
「ああ、次はドルガ・ベルドスを討つ。準備してから向かう」
ユウルが答えた。
すでに朝の光が全員を照らし始めていた。




