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引き裂かれる絆~あなたの傍にいたかった~  作者: 紫乃月 聖巴


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09. ローナと勇者一行

 翌朝、夜明けとともに出発した。精霊の案内で北東へ向かい一日目は平原を抜けた。二日目は森に入った。そして三日目の昼過ぎ、森の木々の間から剣戟の音が聞こえてきた。


 複数の魔法の閃光が木の幹を焦がしていた。ローナとミゼは木陰に身を潜めた。前方の開けた場所に四人の人影が見えユウルが先頭で戦っていた。


 森の中の剣戟は思ったより激しかった。


 大剣が一回り大きくなっていて戦い方に無駄がなく力任せに突っ込むセクトではなかった。


 カルナは補助魔法を展開しながら後衛に立っていた。その目が鋭くなっていた。


 マルセルは魔法陣を複数同時展開していた。判断が早く、次から次へと魔法を放つ。


 ユウルは防御を最小限にして攻撃だけに集中する戦い方をしていた。その緑の瞳に温かさは感じられず戦場で機械のように動く冷徹な目だった。


 ローナはその目を見た瞬間に、今までのユウルとは違う違和感を感じて胸が締め付けられそうだった。あの穏やかな瞳がどこにもなかった。


 戦闘を見れば分かる。四人の連携は確かに優れていた。しかし、連携の中に温度がなかった。勇者とは言葉を交わさず目配せもなかった。ただ役割を機械的にこなしているだけで、そこに信頼とも友情とも呼べるものが見えなかった。


 あの夕食の場の温かかった空気とは別世界だった。



 魔族の数は多く、中級魔族が十体以上いた。それに加えて一体だけ明らかに格の違う魔族がいた。それは上級魔族だった。人の形に似ているが、体が赤黒い炎に包まれていて近づくだけで皮膚が焦げるようだった。両腕が刃になっていて、その一振りで岩が砕けた。


 勇者達は上級魔族を避けつつ中級魔族を次々と倒していった。残るは上級魔族だけとなった。


 上級魔族にセクトが斬りかかろうとしたが炎の熱さで近づけず、すぐに後退した。


 ユウルが魔法剣を放ったが炎の壁で防がれた。


 マルセルの魔法が当たった。しかし上級魔族はそれを吸収するように取り込んで、より強い炎を返してきた。


 カルナが結界を張ったが結界が割れた。


 四人が同時に後退した。


「くっ、吸魔型ですか!」とマルセルが厳しい顔をした。「魔法を吸収して更に強化して放てるようです。遠距離魔法が効きません!」

「じゃあ接近戦だ!」とセクトが言った。

「近づきすぎれば炎で焼かれるわ!」カルナは叫んだ。

「おいおいおい、詰んでるんじゃないかっ、これ!」焦るセクト。


 四人が一時的に膠着した。


 上級魔族が不敵な笑みを浮かべてゆっくりと四人に近づいてくる。


 ローナは木陰から状況を分析した。吸魔型は魔法エネルギーを吸収して強化する。つまり攻撃魔法は逆効果になる。しかし弱体化魔法はどうかと考えた。


 弱体化魔法は魔力の干渉であって魔力の放出ではない。吸収する対象がない。つまり、吸魔型に対して弱体化魔法は有効なはずだ。


 ミゼが隣でローナの袖を引いた。「ローナ、行くの?」

「……行くべきだろう」


 ローナは仮面を確認した。声を変える術式が発動していることを確認して深く息を吸った。


 今から別の誰かとして会うことになる。ローナではなくシリとして。木陰から踏み出した。



「退け!」


 凛とした声が戦場に響いた。


 四人全員が声の方を向いた。


 黒いフードに白い仮面。背筋の伸びた細身の人影が上級魔族と四人の間に立っていた。


 ユウルは即座に剣を構えた。


「誰だ!」険しい顔でユウルは白い仮面の人物を見た。

「敵ではない」


 仮面の中から落ち着いた低い声が返ってきた。女の声だが騎士のような凛々しさがある。


「吸魔型の魔族に魔法攻撃は逆効果だ。下がっていろ」

「……何者だ」

「今はそれどころではない。退けと言った」


 セクトが「怪しいだろ」と言い、カルナが「でも今の状況でどうしろと」と返した。マルセルが仮面の人物を観察しながら「魔力の質が……」と呟いて目を細めた。


 ユウルだけが仮面の人物から目を離さなかった。


 冷たい目で、じっと見ていた。


 ローナはその視線を正面から受け止めた。


 いつぶりだろうか、ユウルの顔をこんなに近くで見て胸が痛くなった。だが、それを表に出してはいけないと感じた。仮面の中でローナは静かに息を整えた。そして上級魔族に向き直った。


「ミゼ!」


 声をかけると木陰から小さな影が走り出てきた。緑の外套の少女がローナの隣に並んだ。


「私が弱体化を入れる間は結界を張り維持できるか?」

「できるよ」


 ミゼが両手を広げた。精霊の気配が空気の中に満ちた。緑色の光が広がって、上級魔族の炎を外側から押し返す結界が形成された。


 ローナは前に出た。


 上級魔族が炎を吐いた。結界が受け止める。ローナは魔力の流れを読んだ。


 吸魔型の魔族は、外部の魔力を吸収することで魔法を強化している。その吸収経路は体の各所にある魔力孔を通っている。ここに弱体化魔法を差し込めば吸収能力が落ちる。


 ローナは右手に術式を形成した。


 修行で培った精緻な術式構築。攻撃的な光ではなく薄い透明の膜のようなものが手に宿る。


 上級魔族が再び炎を放った。ミゼの結界が押された。

「持つか!」

「持たせる!」


 ミゼの額に汗が滲んでいる。小さな身体で大きな結界を維持している。


 ローナは隙を狙って自分に結界を張りながら上級魔族の側面に回り込んだ。右腕の魔力孔の位置を見極めて弱体化の術式を差し込んだ。


 上級魔族が初めて声を上げた。炎が小さくなった。


「今だ!」ローナは振り返らずに言った。「剣で行け!炎は一時的に弱まっている、接近できるはずだ!」


 ユウルは一寸も迷わなかった。すでに走っていた。剣に魔力を集中させながら上級魔族へと一直線に向かう。セクトが横に並んで同時に斬りかかった。マルセルが補助の術式を上から重ねた。


 三人の攻撃が上級魔族に叩き込まれた。轟音とともに上級魔族が地に伏した。炎が消えて静寂が広がった。



 戦闘が終わると全員がローナを見た。ユウルが最初に口を開いた。「名前を聞かせろ」


「……シリだ、シリと呼んでくれ」

 ユウルの目が細くなった。「俺達を助けた理由は?」

「魔王を討伐するために協力したい」

「目的は何だ」

「君達と同じだ。魔王を倒すこと」

「信用できないな」

「信用は実績で積み上げて得るものだと思うが?最初から信用されたくて助けた訳でもない」

 セクトが割り込んだ。「あの打ち込んだ魔法は普通じゃなかったぞ?あれは何だ?」

「弱体化魔法というものだ」

 セクトが「なんか胡散臭いな」と呟いた。カルナが「でも助けてもらったんだし」と返した。

 マルセルが静かに言った。「聞きたいことがあります」

「何だ」

「あなたの魔力の質が……気になりました。どこかで感じたことがある気がして……」


 ローナの胸が一瞬跳ねた。マルセルの魔力感知は鋭い。前から優れていたが今は更に研ぎ澄まされているのかもしれない。


「気のせいだろう」

「そうかもしれません。ですが……」

「マルセル」ユウルが制した。マルセルが口を閉じた。ユウルは仮面の人物を見たまま言った。

「協力するというなら条件がある」

「聞こう」

「俺達の作戦を邪魔しない。勝手な行動をとらない。情報は共有する」

「いいだろう」

「それから」ユウルは一歩、ローナに近づいた。「仮面を外せ」

「……顔は見せられない。その条件は呑めない」

「なぜだ」

「個人的な理由だ。しかし、それ以外の条件は守ろう」

 ユウルはしばらくローナを見ていた。その目は何かを探るようだったがローナは目を逸らさなかった。仮面の中で息が乱れそうになるのを抑えた。最終的にユウルは視線を外した。


「……分かった、もういい。当面は同行を認める」

「感謝する」

「感謝は要らない。役に立て」冷たい言葉だった。


 その夜、野営地に全員が集まった。


 簡素な天幕が張られ、焚き火を囲んで食事をとった。


 ローナは仮面をつけたまま端に座っていた。仮面をつけた状態で食事ができるかという問題があったが「食事は一人でとる」と言って別の場所で済ませた。


 ミゼは焚き火の近くに座ってセクトに話しかけられていた。


「ミゼは、いくつだ?」

「……十五だよ」

「精霊族か?耳が尖ってるもんな」セクトはミゼの耳を触ろうとした。

「そうだよ」セクトが耳を触ろうとしたので、その手を払いのけた。

「喋り方が少なくないか?」

「必要なことしか言いたくない」

「へえ」

「にしても十五のわりには小さいな」

 ミゼはセクトをふんづけた。

「あでっ!」


 セクトはふんづけられたところを摩りながら「まあ、よろしくな」と言った。ミゼは目を細めて、それから「よろしく」と小さく言った。


 カルナがミゼに温かいスープを差し出した。ミゼは少し戸惑ってから受け取った。


 マルセルが天幕の端でノートに何かを書いていた。ローナを観察した記録のようだった。


 ユウルだけが焚き火の向こうに離れて座っていた。食事もとらずに、ただ炎を見ていた。


 ローナは遠くからその横顔を見た。炎の光がユウルの顔を照らしていた。表情がなかった。以前ならセクトによく突っ込んで笑っていた。その人が今は炎を見て何も言わず誰にも話しかけず、一人でいた。


 ローナは木の幹に背中を預けて空を見上げた。外の世界の本物の星だった。


 ミゼが天幕から出てきてローナの隣に座った。「ローナ、大丈夫?」

「……大丈夫」

「嘘だ」

「……」

「ユウルさんをずっと見てた」

 ローナはミゼの頭に手を置いた。

「苦しいなと思って」

「うん」

「でも、今は仕方がない」

「うん」

「それが正しいと分かってても苦しいな」

「うん」とミゼは言った。「でも、ローナが頑張ってるから、私も頑張れるんだよ」

 ローナは、その言葉を聞いて少しだけ笑った。「ありがとう、ミゼ」


 静かに夜の森の中で焚き火の音が響いていた。



 翌朝から勇者一行と行動を共にした。


 魔王の幹部が各地に配置しているという情報をマルセルも収集しており、まず東の砦を拠点にしている幹部を叩くことが次の目標だった。


 ローナは常に勇者一行の少し後ろを歩いた。


 先頭はユウルで、その後ろをセクトとカルナそしてマルセルが続く。ローナとミゼは最後尾だった。セクトがちらちらとローナの方を見ながら歩いていた。数時間ほど歩いたところで、セクトが後退してローナの隣に並んだ。


「聞きたいことがあるんだけど聞いていいか?」

「何だ」

「シリは、女だよな?」

「……そうだが?それが何か」

「いや、ただ確認したかっただけだ。……なんか、不思議な感じがするんだよな」

 ローナは少し内心で苦笑した。

「シリの傍にいると懐かしいというか……なんか、知ってる気がするというか」

 ローナは前を向いたまま答えなかった。

「気のせいだろう」

「そうかな」

 セクトは少しの間ローナを見ていたが、やがて「でもなぁ」と言って前に戻った。


 ローナは静かに息を吐いた。セクトの勘は昔から鋭かった。注意しなければならない。



 昼休憩の時、マルセルがローナに近づいてきた。


「シリさん、少し話せますか」

「何だ」


 マルセルは周囲を確認してから小声で言った。「戦闘で使っていた弱体化魔法について教えてもらえますか。術式の構造が私の知っている理論とは少し違っていて……」

 ローナはマルセルに目線を移した。

「干渉型の弱体化は通常は対象の外部から押し込む形をとります。でもあなたのは、対象の流れに合わせて差し込むような動きをしていた。そのほうが抵抗が少なく効果が持続する。どこで学びましたか?」

 ローナは少し考えてから答えた。「特別な師匠から教わった」

「その師匠とは……」マルセルが目を細めた。

「それは答えられない」

「……それは残念ですね」マルセルがノートを取り出した。

「ではあなたの弱体魔法を詳しく聞かせてもらえますか。魔法の理論として、非常に有益な情報です」


 ローナは少しだけ迷った。しかしマルセルが魔法理論の研究者であることを思えば、ここで情報を共有することは悪いことではない。むしろ、魔王討伐に向けて全員の戦力を上げることは必要だった。


「術式の基本的な考え方を説明する。詳細は君が解析しろ」

「ありがとうございます」


 マルセルは真剣な顔でノートを開いた。ローナは静かに弱体化魔法の原理を説明した。話しながらローナは少し不思議な気持ちになった。


 マルセルに何かを教えるのは前にもあった。あの頃は料理のレシピだったが、今は魔法理論だ。変わっていないところがマルセルにはある。知識に対する純粋な好奇心が今も変わらずそこにあった。



 ある夜、事件が起きた。


 夜中の見張りをローナが担当していた時、森の奥から気配を感じた。魔族ではない、人間の気配だ。しかし、敵意がある。


 ローナが身構えた瞬間、複数の影が木の陰から飛び出してきた。盗賊だった。六人いて全員が武器を持っていた。


「静かにしろ。騒いだら仲間を起こす前に殺すぞ」


 一人がローナに刃を向けた。ローナは動かなかった。


「仮面の奴、大人しくしろ。そうだ。大人しく――」


 ローナの右手に薄い光が宿った。六人の魔力の流れを瞬時に読んだ。次の瞬間、ローナは動いた。


 最初の一人の剣を躱して、その腕に弱体化の術式を触れる程度に当てた。腕の力が一瞬抜けて剣が落ちる。それを拾い柄で顎を打ち、一人目が倒れた。


 二人目が斬りかかった。素早い足さばきで躱して背後に回り、首筋に軽く魔力を当てると意識が落ちた。


 三人目と四人目が同時に来た。ミゼが起きていたらしく木の上から精霊の風を放った。二人がよろめいた隙にローナが両方の腕を封じた。


 五人目と六人目が逃げようとした。


「待て!」ローナの声が響いた。


 二人は顔を見合わせて走って逃げようとしたが、ミゼが更に精霊の土壁で二人を囲った。盗賊は縛り上げて木に括りつけた。


 その一連の動作を天幕の入口に立ったユウルが最初から最後まで見ていた。


 ローナはユウルが起きていたことに気づいて振り返った。


「……見ていたのか」

「ああ」ユウルは腕を組んだままローナを見ていたが、しばらくしてから天幕に消えた。

「……ユウル」ローナは呟いた。


 ローナは夜空を見上げた。月が出ていた。



 翌日、マルセルが王宮に通信で連絡して、盗賊は憲兵に引き取られていった。


 次に東の砦に向かう途中に、一行は小さな村を通った。


 村の名前はルノバ村。人口は少なく老人と子供が多い。若い男たちは魔物との戦いで多くが亡くなっているという話だった。


 村長が勇者一行を見て頭を下げた。「勇者様方、どうかこの村も守ってください。魔物が襲ってくるんです」

 ユウルは村長を見た。「分かった。魔物は、こちらで片付ける」

 村長は涙ぐんだ。「ありがとうございます、ありがとうございます……」


 ローナはその様子を少し離れたところから見ていた。子供たちが物珍しそうにローナを見ていた。白い仮面が珍しいのだろう。七歳くらいの男の子が一人ローナに近づいてきた。


「お姉ちゃん、顔が見えないよ」

「そうだな」

「なんで顔を隠してるの?」

「秘密だ」

「えー、教えてくれないのー」

 男の子はしばらくローナを見てから「仮面してても優しそうな目してるね」と言った。

「……そうか」

「うん。怖い人は目も怖いもん。お姉ちゃんの目は怖くないね」

 ローナはそっと男の子の頭を撫でた。

 男の子は嬉しそうに「またね、お姉ちゃん!」と言って走っていった。

 ミゼがローナの隣に立った。「たしかにローナの目は優しい」

「ミゼ、褒めても何も出ないぞ」

「照れてるの?」


 ローナは少しだけ笑った。



 その夜、村に魔物が襲ってきた。数は十六匹程だった。


 勇者一行と魔物の戦闘が始まった。ローナも最初から動いた。複数の魔物に連続で弱体化魔法を差し込んだ。同時に動きを鈍らせた瞬間、ユウルとセクトが斬り込んだ。マルセルが上から広範囲魔法を放ちカルナが村に結界を張った。


 連携は噛み合っていた。


 ローナが弱体化を担当することでユウル達が接近戦に集中できる。マルセルとカルナが仲間の補助魔法に専念ができ役割の分担が自然に生まれていた。


 その後は村の付近にまだ隠れていた魔物も追跡し纏めて残滅していった。


 村人達から歓声が上げられた。子供たちが走り出してきた。あの男の子がローナに駆け寄った。


「お姉ちゃん、すごかった!」

「君達が無事でよかった」

「ありがとう!お姉ちゃんたち!」

 セクトが横から「あんた、子供に話しかけられると声音が変わるな」と言った。

「そうか?」

 セクトは懐かしさと疑問が混じった目をしていた。「……シリは、なんか誰かに似てる気がするんだよな」

「気のせいだ」

「うーん」セクトは考え込んだ。

「もう休んだらいい」ローナはセクトに背を向けた。

 後ろでセクトが「絶対気のせいじゃないと思うんだよなぁ」と呟いた。


 ローナはそれを聞かなかったふりをした。



 数週間が経った。


 勇者一行の中でローナとミゼの存在は居て当たり前のものになり始めていた。


 戦闘における弱体化の役割、情報分析、夜の見張りとどれもローナが黙々とこなした。余計なことを言わず、感情を見せずにただ役割を果たしていた。少しずつ周囲との関係に変化が生まれていた。


 セクトは相変わらずローナに話しかけてきた。どこかローナのことが気になって仕方がないらしく道中、隣に並んでは「シリが好きな食べ物は何だ」とか「どこの出身だ」とか聞いてくる。ローナは「そんなの聞いてどうする」と答え続けたがセクトは懲りなかった。


 カルナはローナとミゼに定期的に状態確認をしに来た。怪我はないか消耗していないか。回復士としての職業的な習慣らしかったがローナには懐かしい感覚だった。


 マルセルはローナと魔法理論の議論を続けていた。休憩時間に二人でノートを広げて話し込むことが増えて、マルセルは「こんな知識はどこで」と何度も驚いた。


 そしてユウルは。相変わらず必要なこと以外はローナに話しかけなかった。しかし、戦闘の時の連携は日ごとに精密になっていた。言葉がなくてもローナがどこを弱体化するか、ユウルはなぜか事前に分かっているように動いた。ローナもユウルがどこに踏み込むかを感じ取って、そこへの弱体化を準備した。


 言葉はない、でも確かな呼吸の合い方だった。


 マルセルがある夜、ローナに静かに言った。


「シリさん、あなたとユウルさんの連携って不思議なんですよね。初対面のはずだったのに、まるで長年も一緒に戦ってきたみたいで……」

「……戦い方が合っているだけだ」

「それだけでしょうか」

「……」


 ローナは焚き火の向こうのユウルを見た。ユウルは今日も一人でいた。炎を見ていたその目がほんの一瞬だけローナの方を向いたが、すぐに逸らされた。


 ローナは前を向いた。仮面の中で唇が少し緩んだ。



 その夜、ローナは一人で星を見ていた。ミゼはすでに眠っている。見張りの時間まで少しだけ自由な時間があった。


 足音がした。ユウルだった。


 ローナは身構えたが、ユウルは隣に座ることもなく少し離れた木にもたれて立った。


「眠れないのか」とローナが言った。

「ああ、お前も眠れないんじゃないか?」

「……私は見回りの確認をしていた」

「……そうか」

「何か言いたそうだな」ローナはユウルに顔を向けた。

「いや、ただ……」ユウルが空を見上げた。「星が久しぶりに綺麗に見える」


 ローナは同じ星空を見た。前にも同じようにユウルと並んで、星を見た夜があった。あの石段で肩に頭を預けて、二人で同じ空を見ていた。今は仮面で素顔を隠し距離があり、自分の名前も言えない。それでも同じ星の下にいた。


「……綺麗だな」ローナは言った。

「ああ」とユウルが答えた。

 短い沈黙の後、ユウルが言った。「シリ」

「何だ」

「お前は……魔王を倒しらどうするんだ?」

 ローナは空を見たまま、少し間を置いてから答えた。

「……帰りたい場所がある」

「帰りたい場所か……」

「ああ。小さな村で、薬草の匂いがして朝になると鶏が鳴く。そういう場所だ」

 ユウルがわずかに息を呑む気配があった。

「……そうか」

「君には帰りたい場所はないのか?」

 ユウルはしばらく黙った。それから、とても静かな声で言った。

「あったよ、前はな。だが今はもうない」

「……」ローナは息呑んだ。ローナは何も言えなかった。言いたいことが、喉の奥に詰まっていた。


 二人は並んで声もなく、同じ星を見ていた。


 風が吹いた。


 ローナのフードが少しだけ揺れていた。

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