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púca:報せをもたらす者

「登録情報の偽造による人身売買のスキームを確認しました。加えて、篠崎という女と弁護士の真船という男が関わっているという情報、先ほどやりあいましたが警備会社を隠れ蓑にした違法機体、そして複数の集積地の存在です。さらに言えば武装保管も示唆されています。いずれも口頭での自供であり裏付けはこれからです」


向こうが黙った。


「供述は末端のものですが、おそらく対尋問訓練など受けていないでしょうし。叩いただけしゃべりました」


数秒の沈黙。そのあと神山が深く息を吐く。


『……最初からそれを出してくれれば助かるんですがね』

「出せる段階まで持っていくのに手間取りました」


まだ怒ってはいる。だが、怒りの質は変わっていた。


『わかりました。聞き出した情報を共有してください。こちらでもあたってみます。保安調査室に投げます』


ナディアが目を上げる。


「保安調査室……」

『過激派、越境工作、非公然組織。そういう“厄介事”を掘るところです』

「助かります」


神山は一拍置いてから、少しだけ声を緩めた。


『苦情の件は消えませんが……まぁ苦情の件はこちらで対応しておきます』


アルテミシアが小さく笑う。


「それは何よりです」

『何よりじゃありません。次はもっと早く出してください』

「前向きに善処します」

『善処じゃなくてやるんです』


回線が切れた。



神山から次の共有が来たのは翌日の午後だった。保安調査室が拾ったのは、集積地候補のひとつ——表向きは老朽化した物流関連施設——に出入りする人物と車両の記録だった。

長距離からの望遠レンズによる映像、ドローンによる監視。顔は鮮明ではないが、歩き方と体格からの情報照合結果だ。


『現時点では継続調査中です。正直、何もつかめていません』


神山の説明は事務的だった。


『写っている複数名はいずれも身元不明。照会は走らせていますが、まだ拘束に足るだけの裏づけがない。SAG(特殊急襲グループ)を動かすには情報が薄い。今は情報を集めるときです。』


壁面に並ぶ写真は、どれも決定打には見えない。私服警備らしい男。搬入口の陰に立つ女。買い出しに見える若者。帽子。逆光。半身。ナディアは無言で画像をスクロールしていく。そして十二枚目のところで、ふと指が止まる。


「……これ」


橘が横から覗き込む。


「どうした」


ナディアはすぐには答えなかった。彼女のアッシュブルーの瞳がその人物の写真をじっと見つめている。画面の中の男は、通用口の脇に立っているだけだった。顔の半分は影で切れている。詳細をつかめるほどの鮮明さはない。それなのに、ナディアには嫌な引っかかりがあった。


「見覚えがあります」

『身元がわかるのか!?』


神山の声が少し低くなる。ナディアは画像から目を離さない。


「いいえ。申し訳ありませんが正確には思い出せません。でも、この顔は前職の頃に見たような気がします」


会議室が静かになる。


「ヴェルフラード国家憲兵隊情報保全局にいた頃です。正式な手配書というより、もっと内輪のクリーニングリストでした」


橘が短く言う。


「クリーニングリスト?」


ナディアは一度だけうなずく。


「そう呼んでいました。国家に対して不利益となる人物で、見かけたら報告、可能なら殺害。つまり|クリーニング≪暗殺≫です。そういう対象を顔写真つきでまとめたものです」

『こちらの保安調査室でも割れないのに、嫌な話をしてくれる』

「思い出せそうですか」


アルテミシアの問いは静かだった。ナディアは少しだけ考え、首を振る。記憶の引き出しに何かありそうではあったが、その輪郭を掬おうとするたび溶けて消えていった。


「今はまだ曖昧です。旧ウルガンクスの関係だった気もしますが、確信がない」


神山が言う。


『何か思い出したらすぐ連絡をください。こちらでも引き続き調査を進めます。ヴェルフラード側にも、正規ルートで照会をかける』

「お願いします」


ナディアは短く答えた。通信が切れると、会議室にはしばらく沈黙が残った。壁面には、名前のない顔がまだ残っている。

何者かはまだわからない。だがナディアの記憶が引っかかった時点で、ただの見張りや雑用では済まない気配だけは濃くなった。


「ヴェルフラードへの照会は神山さんに任せましょう」


アルテミシアが言った。


「国家警察の正式照会なら筋が通ります。私たちが同じ線を触る必要はありません」

「では、労働局は別の線から見る」


橘が言った。ナディアはある人物を思い出し嫌そうに目を細める。

「正規記録に残りにくい人物。偽装身分、港湾、警備会社、清掃業、保守業、難民支援外郭団体。そういうろくでもない情報ソースなら心当たりがあります」

「あぁ……そうですね……いますね」


アルテミシアがつぶやく。ナディアは言いたくはなさそうに、ほんの少しだけ間を置いた。


「……プーカです」


橘が壁から背を離す。


「あいつか……」

「頼りたくはありませんが……警察が正規ルートを走らせるなら、こちらは非正規の流通名簿、偽装身分、企業側の委託線を見るべきです。あの情報屋は、そういう汚い水路に鼻が利く」


アルテミシアは少しだけ考え、端末へ手を伸ばした。


「では、依頼しましょう」

「総裁」

「好き嫌いで手札を捨てる余裕はありません。もちろん、使う範囲はこちらで決めます」


アルテミシアは、外部協力者用の使い捨て暗号化キーを発行した。期限は三時間。閲覧範囲は、身元不明者の画像と撮影時刻、撮影地点だけに絞られている。


「プーカさんへ、身元不明者の写真を送ります。旧ウルガンクス系の偽装身分、警備会社、清掃会社、保守会社、港湾下請け、その線で調査を依頼します」



通常なら、秘匿回線で済ませることが多い相手だった。だが今回は、プーカが「直接伺います」と返してきた。直接といっても、本局中枢へ入れるわけではない。

その夜、プーカのドールは外部協力者ゲートで止められた。機体認証、通信制限、持ち込み機材の走査。手順が終わると、アルテミシアの端末へ来庁報告が入る。通されたのは、来庁者用会議室の中でも、特にリスクのある人物向けの部屋だった。その扉の外で、軽いノックが三回鳴る。


「どうぞ」


アルテミシアが言うと、入ってきたのは細身の外套。芝居がかった笑み。場違いに優雅な一礼。


「やぁ、愛しの聖女アルテミシア様。このプーカ、御招聘により参上仕りました。ご機嫌麗しゅう」


プーカはいつも大仰である。そしてふざけている。ナディアのこめかみに目に見えて青筋が浮いた。このふざけた優秀な情報屋を彼女はひどく嫌っていた。

「あら、プーカさんが()()、いらっしゃるのは珍しいですね」


アルテミシアは穏やかに言った。その直接だけが、ごくわずかに強調されている。一見すれば本人そのものだったが、近くで見れば、目の焦点の合い方と歩幅の均一さが少しだけ生身と違う。作戦支援機の中でもドールと呼ばれる人に極力似せたモデル。その中でも高精度・特注パーツに換装されており人との見分けはつかない。それを遠隔操作しているのだろう。おそらく即座に見抜けるものは少ない。アルテミシアはそういった感は鋭い。初めてあった段階で見抜き、今にして思えば初見で見抜かれたことにプーカはひどく動揺していた。


「我が麗しの総裁閣下直々のご依頼ですからね。多少の手間は惜しみませんとも」

「普段は秘匿回線からの連絡でしょう」


ナディアが冷たく言う。


「ええ、でも今日は気分というものもありまして」

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