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営利の目的で人を買い受けた者は、五年以上十五年以下の拘禁刑に処する

取調室は、必要以上に明るかった。白い机。白い壁。記録端末のタイムレコードだけが規則正しく瞬いている。向かいに座る男は三度目の水を口にしたあとで、ようやく少し落ち着いた顔を作った。福祉局仮保護・移送調整室、主任補。書類の山の中で静かに一生を終えそうな、印象の薄い顔の男だった。だがその薄い顔のまま、承認書類の偽造による人身売買に手を貸していた。

橘伊吹は椅子に浅く腰掛け、男を正面から見ていた。怒鳴りはしない。机も叩かない。ただ、容疑者の拘留は規則的には警察に移管すべきことであり、すでに越権行為であることは明白であった。神山管理官から苦情が来るのは時間の問題だろう。悠長にはやってられんな。そう橘は考えた。


「まずはっきり言っておくが」


男が顔を上げる。


「お前が関わっているのは人身売買だ。未成年が相手で、しかも複数回。執行猶予はまずない。一発実刑だ。軽く見ても5年の収監。情状が悪ければ15年の仮釈放なしまであり得る」


男の喉が小さく動いた。


「そんな……」


橘は淡々と続ける。


「ここから軽くなることはないだろうな」


男が何か言いかける。橘はそれを最後まで言わせなかった。


「御託に付き合ってる時間はない」


低い声でさえぎる。


「持っている情報を全部話せ」


壁際で端末を操作していたナディア・グロモワが、視線を上げずに補足する。


「こちらが欲しいのは、あなたの懺悔ではありません。取引相手、連絡先、口座。そして違法な人品の受け入れ施設。あなたが許可したその先です」


男は汗ばんだ指を組み直した。


「私は、全部を知っていたわけじゃ……」

「そんなことはわかっている」


橘が言う。


「把握している範囲でいい。洗いざらい吐け」


男は視線を泳がせる。まるで逃げ道を探している目だった。まだ逃げ道があると思っているのだろうか。あるいは自身が値付けをできる立場だと勘違いしているのか。


「先に言っておくが」


橘が続ける。


「お前の家族は、もうこちらの保護下にある」


男の表情が止まる。


「お前の自宅周辺で不審な動きが確認された」

「……は」

「一度捕まったお前を、連中がそのままにしておくと思ってるのか?子どもを売り買いする連中に、口封じをためらう程度の倫理が残っていると思うな」


男の唇が震える。自分の刑だけではなく自分が取引してきた相手がどういう人種なのか、ようやく理解しだしたのだろう。本当に理解していればそもそも付き合うことすらためらわれる手合いである。


「嘘だ……」

「必要なら確認させるが?」


橘は即答した。ただしこれは実際に情報部からの報告として挙がっており、家族を人質にし口をふさがせる気であることは容易に想像がつく。


「お前に選択肢がないことはわかっただろう?」


ナディアが男の前へ画面を向ける。削除されかけていた移送に関わるバックログ。夜間手続きに関する承認記録。再発行された後見人コード。消したつもりの痕跡が、きれいに並んでいる。一部は踏み込む前に消されていたが、ベテランである項主任技官により復元された。


「子どもを売り物にしやがったことは、こちらも把握済みです」


ナディアの声は低い。口調がいつもより荒くなる。


「欲しいのはその先です。どこへ流し、誰が受けとり、どこから金がでたのか。情報次第では我々から上に話をします。非常に反省し、協力を惜しまない方でした、と」


男は目を閉じた。長い沈黙のあと、諦めたように口を開く。


「わかりましたが……家族の保護はどうなりますか……?」

「それもこれからのお前の協力する姿勢次第だ」


橘が身じろぎもせず言い、それを受けナディアが冷たく言う。


「あるんですよね、ほかにも拠点が」


今度こそがっくりとうなだれ、完全に心が折れた様の男を見てナディアと橘は視線だけでうなずく。


「更生支援センター……でも、中では“中継所”って呼んでいました。ほかにもいくつか……」


ナディアの指先が走るデバイスのキーを素早く叩く。


「責任者は」

「事務長はおりますが、多分無関係です。何も知らない風でした。連絡はいつも篠崎という女からきました」


部屋の空気がわずかに変わる。


「フルネームは」

「知りません。ただ篠崎としか」

「ほかに関係しているものは」

「真船です。真船恭介。表は福祉関連法人の法務顧問ですけど、実際はその手のやばいブツを書類上なかったものにしたり、何か別のものにしたりといった処理を一手に引き受けていました」

「具体的には?」

「移送記録の修正や削除、監査からの隠匿、承認外での処理、保守会社とのやりとり……全部、真船の法務事務所を通してました」


ナディアが視線を上げる。


「警備会社も取引に関与を?」

「ええ」


男はうなだれたまま続ける。


「警備機材の搬入に合わせて、商品としての人間も動かしてました。大型コンテナの出入りに紛れさせるんです」


橘が短く問う。


「人身売買以外は」


男はためらった。


「あなたたちが破壊したような違法機体が……何台もありました。登録削除済みの予備フレーム、改造待ちの個体など。あと、私は直接見ていませんが、武器もあるような話でした」


武器と聞き橘の目が鋭くなる。


「どこで聞いた」

「保守会社側です。積み荷を増やしすぎるなって、電話で」


ナディアが端末上に線を増やす。人。違法機体。おそらく武器。複数の集積地がある。ひとつの中継所ではなく、用途ごとに分散した節点だ。男はもう隠そうとしなかった。自分が超えた一線の重大さと、今自分以できることが、震えながら記憶をたどるだけしかないことを本当の意味で理解したようだった。


---


取調室を出た瞬間、乾いた空調が頬に触れた。会議室へ戻るなり、ナディアが供述内容を壁の大型モニターに表示する。施設名。保守会社。弁護士事務所。雑居ビル。仮倉庫。未記載の経由地。赤い点が増えるたび、点だったものが繋がっていき線へ変わっていった。

想定以上に施設は多く、また関係者もそれに伴い多かった。労働局のキャパシティーを超えているのはその場の人間にはすぐにわかった。


「思ったより多いですね」


アルテミシアが低く言う。


「ええ」


ナディアは端末から目を離さない。


「ハブはひとつではありませんでした。人の一時保管、違法機体の仮置き、禁制品の集積。用途ごとに分けているはずです。全部を一か所に置くにはリスクが高すぎる」


橘が腕を組む。


「人が足りないな」

「全く足りませんね」


ナディアは即答した。


「張り込み、関係部署への照会、法人情報の追跡、港湾側の過去ログ洗い直し。こちらだけでは手が回らない」


アルテミシアは短くうなずいた。


「神山管理官に共有しましょう。こちらだけで抱える量ではありませんから」


国家警察の神山純は、回線が繋がった瞬間から機嫌が悪かった。様々な部署から苦情が上がっているのだろう。アルテミシア以外のメンバーは内心申し訳なさを少なからず感じていた。


『先に言っておきますが、苦情がいくつも上がってきています』


開口一番、それだった。


『本来こちらへ引き渡すべき被疑者を、そちらが長く持ちすぎた。越権行為です』


「申し訳ございません」


アルテミシアは穏やかに返した。


『謝罪は結構。わざわざ怒られるために連絡してきたとは思えません。越権しただけのものはあったんでしょうね?』


神山の声には棘があった。だが感情だけではない。調査、管轄、手順、その全部を背負う実務者の怒りだ。ナディアが横からデータを送り、アルテミシアがそのまま読み上げる。

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