労働局設置法:第8条2項、実力による状況の鎮静化
「シェパードより各隊、SITREP≪状況報告≫」
「ホーン1-6、突入準備完了」
橘は突入班1の指揮官としてドアノッカー《突入支援機》の背後にハイレディで待機していた。
班員は4名。いずれも経験豊富なものばかりだった。扉前の警備員は音もなく気絶させられ、インシュロックで拘束してある。
「ホーン2-6《突入班2指揮官》、電源遮断準備完了」
「シアー6《電子戦支援班指揮官》、電源遮断と同時にECM展開準備よし」
「一、二、三!」
「電源遮断!」
「ECM展開!」
「ブリーチ!ブリーチ!ブリーチ!」
正面玄関で、ドアノッカーが前へ出た。前面装甲を厚くした突入支援機。その腕に固定された破城槌が、扉へ叩き込まれる。打撃面で小さな爆発が起きた。ドアがくの字に折れ、蝶番ごと吹き飛ぶ。巻き込まれた警備員が壁へ転がった。即座に多重閃光音響手榴弾を投げ込む。複数の子弾に分裂し、それぞれが閃光と爆音を遠慮なくまき散らす。
「労働局だ!全員その場を動くな!」
「膝をついて、手は頭の後ろだ!」
速射型のテーザーガンを装備したドアノッカーは、突入と同時に脅威度判定を実行、即座に2人の銃火器を持った警備員に短針を撃ちこみスタンさせる。声が飛ぶ。そのあとは早かった。強い光。短い悲鳴。床へ転がる警備員。
「警備ロボが確認できてない!」
『シアー6より全隊、ECM維持限界まで残り2分』
そのアナウンスと同時に、奥の廊下の暗がりで何かが動いた。
腰丈。甲羅のように扁平な胴体が、四本脚で床を踏む。廊下の幅をほぼ塞ぐ大きさで、ゆっくりと前進してきた。背中の外装パネルが開きかけていた。テーザーガンの展開シーケンスを途中まで実行した状態で、ECMが刺さったらしい。ウェポンベイ《武器格納》が半開きのまま痙攣するように動き、止まり、また動く。アクチュエータが誤信号を受けてショートしている音がした。
「EMP、今!」
橘が言い終わるより先に、隊員が撃っていた。低い破壊音。機体が全脚をロックしたまま固まり、テーザーベイから白い煙が細く上がる。焦げたようなにおいが漂い、そのまま動かなくなった。
「一体目、制圧」
あっさりしすぎていた。それが全員の認識だったはずだ。
「もう一体がいる。どこだ」
返答の前に、右手の物資搬入口の扉が外側から押しのけられた。同じ体型。だが、背中が違った。外装パネルは閉じたまま。その上に、別の何かが直接ボルト留めされている。
むき出しのレシーバー。スプリング式の俯仰台座。センサーにつながるケーブル。スチール色の銃口が、こちらへ正確に向いている。
「武装タイプ!テーザーじゃない!」
報告と同時に、ドアノッカーが動いた。説明もなく、指示もなく、ただ間に割り込む。隊員二人を後ろへ押しのけ、前面装甲を相手に向けた。
銃撃は間を置かなかった。短い連射。床と壁に火花が飛び散り、装甲の合わせ目が軋む。ドアノッカーは足を踏みしめ、一歩も退かない。大型機体の安定性がそのままシールドとして機能している。
「EMPランチャー!東側に撃つな!」
橘の声は平坦だった。背後で筒状のランチャーを構えた隊員が角から腕だけ出し、照準もそこそこに引き金を引く。電磁パルスが破裂する音は思ったより地味で、低い破音だった。前進してきた機体が、それでも止まらない。
「ダメだ。部分ヒット!モーターが生きてる!」
ECMのカウントがゼロになった。機体が戦術ネットワークへの再接続を試みながら、銃座を水平に振る。追尾している。
「ドアノッカー!あれを潰せ!」
返事より先にドアノッカーが動いた。一直線。重量を乗せた走行、衝突寸前でやや低く沈む。銃撃が肩口を掠めた。だがその距離では銃座が俯角を取りきれない。ローマウントの首振りには限界がある。支援機の肩口が相手の右前脚の付け根へ入った。脚の根元が歪み、機体が右へ傾く。銃口が床を向く。ドアノッカーがそのまま抑え込みにかかった。腕部を相手の胴体へ被せ、体重を完全に乗せる。
だが、一拍置いて嫌な音がした。
抑え込まれた警備ロボの四脚が、床を擦りながら再起動の唸りを上げる。違法機体特有の制限外出力。片脚を失ったはずのバランスを、残る三脚が無理やり補正しようとしていた。タイルが割れる。ドアノッカーの安定脚が、ゆっくりと押し戻されていく。
「押し負けてる!」
班員の声に棘が混じる。ドアノッカーの関節部から、油圧の漏れる細い音。抑え込む力と、脚からの再加圧が境界で軋んでいた。あと数秒、いや、それより短い。橘は指示を出さなかった。銃口を下げ、二歩で距離を詰めると、ドアノッカーの腕部へ踏み込む。
義体出力、安全域解除。
関節保護のリミッターを一段越えた感覚が、橘自身の内耳に小さく響いた。片手でドアノッカーの腕部装甲を押さえ、もう片手で、格納されたままの高周波ブレードを引き抜く。本来、支援機側の機構から展開されるべきもの。それを、人間の手が外側から剥がすように取り出した。ロック機構が悲鳴を上げて外れ、ブレードが橘の掌の中で高い共振音を立て始める。警備ロボが姿勢を立て直しかけた。
遅い。
橘は腰を落とし、ブレードを下から真っ直ぐ——胴体正面、銃座アクチュエータと配線束が集まる一点へ、刺突した。制御ブロック。金属が裂ける硬い音。続いて、焼けた絶縁材の臭い。機体の四脚から同時に力が抜け、抑え込んでいたドアノッカーが遅れて解放されるように身体を起こす。RWSは次の射を撃ちきれないまま、四本脚を伸ばして床へ沈んだ。
廊下が静かになった。
「制圧完了」
「子どもの保護を優先しろ。急げ」
橘はそう言って捜索を継続させる。その後すぐに子どもたちの閉じ込められている部屋が見つかった。監禁された部屋の扉を開けた隊員が、一瞬だけ息を詰めた。
『ホーン2-2より、ホーン1-6。未成年、確認。複数生存』
だが同時に、別の声が飛んだ。
『シェパードより至急、管理室より外部アクセスを確認!証拠を消してる恐れあり!即座に制圧を!』
『ホーン1-6より、全員聞こえたな!急げ!』
即座に管理室の扉を蹴破りなだれ込む。管理室の奥から、薄い顔の男が引きずり出されてくる。
「生かして押さえろ」
別の隊員が福祉局の身分証を発見していた。保護監督室とある。現場実務の人間だ。男は最初から泣きそうな顔をしていた。
「ホーン1-6よりシェパード。警備ロボの排除、施設内の制圧完了」
『シェパード、了解。アルテミシア様はいつもどおり前に行かれるようだ。』
毎度のことに慣れてしまった2班の指揮官は大きなため息をつく。
「お前ら!姫様がおいでだ!手の空いてるものは施設内の再確認!」
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介入後の施設は、急に静かになった。子どもたちは保護班へ。警備員と職員は拘束。端末は遮断され、紙記録は袋詰めされ、認証コードはすべて写し取られる。
アルテミシアは最後に施設へ入ってきた。聖女は約定により武器を持たない。そのためいつだって少しだけ遅れて現場へ入る。聖女に限らずだが責任を引き受けることが仕事のものは後からやってくる。
保護された子どもたちの前で立ち止まり、ひとりの少女に毛布をかけてもらっているのを見る。少女は怯えていたが、アルテミシアの顔を見た時だけ、少しだけ瞬きを忘れた。彼女はしゃがんで言う。
「もう大丈夫です」
一方で、管理室に連れてこられた福祉局員は、最初から目を逸らしていた。アルテミシアは彼の前に立つ。
「仮保護移送調整室、主任補」
男は答えない。
「あなたが通した後見変更申請、ここ三か月で二十七件。移送後の行方の確認が取れない案件が15件。どういうことか説明していただけますか?後見人の身元調査は福祉局の業務のはずですね」
「私は、命令に従っただけです」
男は震える声で言う。どこにでもある言い訳だった。アルテミシアはうなずいた。
「ええ。そうでしょうね。」
その優しげな声色に希望を見たのか、男は少しだけ顔を上げる。そこへ、彼女は続けた。
「でも、あなたは署名した。存在しない後見人を記入欄に署名するのはどんな気持ちでしたか?」
男の息が止まる。
「あなたはその書類を承認した。あなたは、どこの誰ともわからなくなった子どもに、新しい後見人の名前を貼って運び出した。それがどのような意味を持つのか分かったうえで、です」
アルテミシアは怒鳴らない。それが余計に、逃げ道をなくしていく。
「それは、あなた自身の手で行われた」
アルテミシアは福祉局員を見下ろしたまま、静かに言う。
「あなたを移送します」
男が顔を上げる。ほっとした顔になりかけたその瞬間、アルテミシアは続けた。
「警察に引き渡します」
その一言で、男の顔から色が消えた。
「ただし、あなたが口を開くなら、まだ救えるものがあるかもしれない。そうでないなら非常に重い罪になるでしょう」
ナディアはそれを聞きながら、この男の先に何本の線があるかを考えていた。港湾局。孤児院。後見人偽造。企業群。施設ひとつで終わるはずがない。橘は、保護された子どもたちの方を見た。助けられた。たしかに。けれど全員ではない。そして、ここだけでもない。アルテミシアが振り返る。
「グロモワ上席技官」
「はい」
「つながった線をたどりますよ」
ナディアは短くうなずいた。その目には、もう糸の先を見据えていた。




