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未成年者の就労制限について

時間は作戦開始30分前。

薄暗い作戦指揮車内には橘、ナディアともう一人の白髪の多い情報技官、監督部の隊員2名、そしてアルテミシアがいた。車内大型モニターではリアルタイム情報が反映される。

モニターの明かりがアルテミシアの顔を照らす。陽光では神像のようであった彼女の横顔は、電子の光ではまるで感情を持たぬ裁定者のようであった。

アルテミシアは端末を手に取った。


「神山さんにつないでください」


短い呼び出し音のあと、疲れた声が回線に乗る。


『……神山だ』

「私です」

『嫌な予感しかしないな』

「三十分後に強襲作戦を実行します。周辺封鎖をお願いしたく」

『まだ正式通知が来ていない』

「今から送ります。今、情報を一式送りました。」

『それを世間では“まだ来ていない”と言うんだ』

「ですが、証拠は保全後に国家警察へ引き渡します」

『これは……人身売買に福祉局と港湾が噛んでるのか……』


穏やかに続けた。


「神山さん、お手柄ですね」


車内の空気が死んだ。後方席で装備点検をしていた隊員の手が止まる。監督部の隊員の一人は顔を覆い、若い医療担当は窓の外を見るふりをした。

誰も何も言わない。ただ一様に、国家警察企業犯罪対策室管理官の胃の無事を、ほんの少しだけ祈った。回線の向こうでは、しばらく返事がなかった。たぶん今、神山純は机に肘をついて額を押さえている。

連絡が直前になるのも、悪意からではない。警察内部にも企業群と近すぎる部署や人間がいる可能性があり、情報保全の観点からどうしてもそうせざるを得ないのだ。それが分かるため、神山もあまり強くは言えない。


『……君はな』


ようやく絞り出された声は、低く、疲れていた。


『もう少し言い方というものを覚えた方がいい』

「褒めています」

『それがわかるから余計に始末が悪いんだ』


車内の何人かが、聞こえない程度に同情の息を吐く。アルテミシアはたぶん、本当に悪気がない。


「周辺封鎖だけで結構です。一次保全はこちらで持ちますが、正式な証拠移管は現着後すぐに。神山さんのお名前で話が通る方が早いでしょう」

『つまり君は、私の名前と権限と胃の寿命を先に使うつもりなんだな』

「胃の寿命は使いません」

『そういう話じゃない』


神山は深く息をついた。その呼気だけで白髪が二本くらい増えていそうだった。


『……封鎖線は引く。港湾保安にも顔を出しておく。査察は運輸監督省にも共有して実施する。その代わり、現場を荒らしすぎるな。証拠は残せ。身柄は生かして持って帰れ』

「ええ。そのために行きます」

『君がそれを言う時だけは、少し安心するのが腹立たしいよ』


そこで回線が切れる。数秒の沈黙のあと、後方封鎖役の隊員がぼそりと呟いた。


「また白髪が増えますね、あの人」

「今回は胃薬も増える」

「毎回すみませんって菓子折り送ってるんでしたっけ」

「送っています」


アルテミシアは即答した。


「神山さんみたいな人が、警察の中でもっと上に行ってくださらないと困るんです。そのためには、きちんと手柄を持って帰っていただかないと」


いつも同様に穏やかな表情ではあるが、モニターに照らされた彼女の瞳が一切笑っていないのは彼女に近しいメンバーにはよくわかっていた。国家組織というものは常に腐敗を抱えている。国家警察においてもそれはまた同じである。素直に情報を即時共有できないのには理由があるということだ

壁面には施設の見取り図が投影されている。フォーアイズが外壁沿いに拾ったデータを、ナディアが十分間で平面図に起こしたものだった。一度仕切りなおすように橘は咳払いをしてから口を開く。


「まず施設の性格から確認する」


施設は、外から見るぶんには何の変哲もなかった。低層の白い建物。やや古い。敷地は整理されている。玄関脇に植えられた木は、誰かがちゃんと剪定していた。外壁沿いの暗がりに、先行して投入されたフォーアイズは低視認用欺瞞網を発動させ目立たぬように潜んでいた。機体のバックパックからその名の由来となる4基の小型ドローンが滑るように飛び立つ。四つのドローンが目となり耳となり、熱源、音、振動、化学物質をひとつずつ拾い上げ、施設内部を輪郭だけで浮かび上がらせていく。リアルタイムで取得された情報を労働局の情報部サーバーへと送り届けていた。


「表向きは要保護未成年の一時保護施設。だが実態は違法な取引にかかわる商品の集積施設だ。港湾から移送されてきた商品・・を一時留め置き、次の送り先が決まるまで管理する中継拠点。保護施設の認可を隠れ蓑に使っている。出入口は四。正面、東側通用口、北裏口、非常階段直結の搬入口」

「四脚型の警備機械が内部に二。こいつらは識別コードを発信していません。おそらくセーフティ機能がカットされています。こちらの停止信号を受け付けないと考えられます。ほかに警備員とみられる複数の熱源を探知。裏口は熱源三。中の巡回二。内部一階東に複数の熱源。数は確定できませんがおそらく今回の目標です」


警備型のロボットは法執行機関の発する信号を受けると、機能を停止することが義務づけられている。違法改造機はこの機能をバイパスし、信号を受け付けないように改造されていることが多い。イヤホンの向こうで報告が飛び交う。橘は低く指示を出す。


「グレムリンの配置が完了次第報告しろ。狭域ジャミングを合図で発動できるよう準備。フォーアイズは偵察を続行。第一班は正面の警備を無力化後、ドアノッカーに突入準備をさせ、電源喪失と同時に突入しろ。第二班は裏手にまわり電源の遮断の準備。迅速に、気取られてデータを消させるな」


橘は図面に戻る。


「東側通用口と非常階段、この二か所に警備の気配はない。普段から使わない口だと見ていい。ここは直前に閉塞する。ドアクリッパー≪開閉遮断器具≫を用意しておく」


動線が図面の上に引かれていく。


「突入は正面と北裏口の二か所に限定。正面は人間の警備員を相手にする。非殺傷で制圧。音を立てるな。北裏口は2班だ。電源は図面ではそこからすぐの部屋だ」

「内部の違法機体は」

「グレムリンがECM(電子妨害)をかける。その間に制圧だ。EMPランチャー使え。人質もいる、銃口管理は慎重にたのむ」


ナディアの隣、椅子の背にだらしなく寄りかかっていた白髪混じりの男が、指の間で止まっていたペンを回しながら口を開いた。電子戦支援課の老技官である。


「補足させてくだせぇ。——違法機を後ろにいる企業群の中央サーバーに直結させてるわけがねぇ。せいぜいがフロント企業《表の顔》、警備か保守の子会社あたりのサーバーに迂回して繋いでるはずです。ローカルのノードじゃ戦術ネットワークには出てこれねぇ。」


指先で軽く机を叩く。


「ECMかければ機械は孤立する。本社からの演算支援なし、判断はローカルAIか学習済みパターン止まり。相手のグレード次第じゃ、ずいぶん単純な動きに落ちるはずでさぁ」

「ECMの持続時間は」


橘が短く訊く。


「長くは持たん。三分が限度です。その間にケリをつけてくだせぇ。復旧と同時にやっこさんはローカルシステムで再起動がかかるはず。そのタイミングでこっちから奴らの中継サーバーへマルウェアを差し込みます。なんで、一基は再起動まで潰さんでくださいな。バックドアを仕込む。次に同じ企業の名前が出てきたとき、中を覗ける側にいてぇんでね」

「部隊の安全が最優先だ」

「わかってます。できたらで構やしません」


室内がしばらく静かになる。ナディアが口を開く。


「管理室は二階奥。端末が今も稼働中だ。救出と記録を持ち帰ることが今夜の仕事です」


橘が引き取る。


「絶対に逃がすな。ただし、いつも通り殺すな」

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