表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の終わりのコンビニ  作者: 田中
9/10

第9話「レシートの余白」

レシートは、いつも余白がある。

商品名、金額、日時。その下に、長い空白。

誰も気にしない。ただの紙。

でも、たまに、その余白に何かを書く人がいる。

午前2時。僕が床のモップがけをしていると、若い女性が入ってきた。

二十代前半、ジーンズにパーカー。目の下にクマ。

彼女は、おにぎり一つとペットボトルのお茶を持ってきた。

「280円です」

女性は、三百円を出した。

「20円のおつりです。レシート、お付けしますか?」

「ください」

僕はレシートを渡した。

女性は、それを受け取ると——その場で、ポケットからペンを取り出した。

そして、レシートの余白に、何かを書き始めた。

僕は、少し気になった。

女性は、書き終わると、レシートを折りたたんでポケットに入れた。

「ありがとうございました」

そして、店を出て行った。

翌日の深夜1時。

また、同じ女性が来た。

今度は、カップラーメンとおにぎり。

「290円です」

女性は、千円札を出した。

「710円のおつりです。レシートは?」

「ください」

また、その場でペンを取り出し、レシートに何かを書く。

僕は、思わず聞いた。

「あの……何を書いてるんですか?」

女性は顔を上げた。

「ああ、これですか」レシートを見せてくれた。

余白に、小さな文字。

『11/8 深夜1:05 カップラーメン、おにぎり。お腹空いた。でも、生きてる』

「日記、みたいなものです」女性は言った。

「レシートに?」

「はい。普通の日記は、続かなくて。でも、レシートなら必ず残るから」

女性は、ポケットから他のレシートも取り出した。

何枚も、折りたたまれている。

「全部、ここで買った時のレシートです」

僕は、一枚を見せてもらった。

『11/3 午前2:30 コーヒー。眠れない。明日、面接』

別の一枚。

『11/5 午前1:00 おでん。温かい。少し、泣いた』

そして、一番古いレシート。

『10/15 午前3:00 水だけ。お金ない。でも、死なない』

「私、一ヶ月前に仕事を辞めて」女性は静かに言った。「お金もなくて、部屋も追い出されそうで」

「それは……」

「でも、毎日ここに来ると、何か買わなきゃいけない気がして。100円でも、200円でも」

女性は、レシートを見つめた。

「そして、レシートをもらう。それが、私が今日も生きた証拠になる」

「証拠……」

「はい。レシートには、日付と時間が書いてあるじゃないですか。それが、私がその日、その時間に、確かに存在したっていう証明になる」

僕は、何も言えなかった。

「だから、余白に一言だけ書くんです。その日の気持ちを」

女性は、レシートをポケットにしまった。

「変ですよね」

「いえ」僕は言った。「全然、変じゃないです」

女性は、少し笑った。

「ありがとう」

そして、店を出て行った。

それから一週間。

女性は、毎晩来た。

いつも何か買う。そして、レシートをもらう。

その場で、余白に何かを書く。

僕は、毎回レシートを渡すたびに、心の中で祈った。

今日も、生きた証拠を。

そして、ある日の深夜2時。

女性が来た。

でも、今日は何も買わなかった。

ただ、僕のところに来た。

「あの」

「はい?」

「見てください、これ」

女性は、一枚の紙を見せた。

レシートじゃない。普通の紙。

『採用通知書』

「受かったんです。バイトですけど」

「それは……おめでとうございます!」

「ありがとうございます」女性は笑った。「来週から、働けます」

「良かったですね」

「はい」女性は、ポケットからレシートの束を取り出した。「これ、全部で30枚。30日分」

僕は、それを見た。

30枚のレシート。30日分の生きた証拠。

「もう、レシート日記、やめます」

「え?」

「だって、普通の日記が書けるようになったから」女性は言った。「お金に余裕ができたら、ちゃんとしたノート買います」

女性は、レシートの束を、僕に差し出した。

「これ、捨ててください」

「え、でも……」

「いいんです。もう、必要ないから」

僕は、レシートを受け取った。

軽い。ただの紙の束。

でも、確かに重い。

30日分の、人生の重さ。

「本当に、ありがとうございました」

女性は、深く頭を下げた。

そして、店を出て行った。

今度は、何も買わずに。

でも、それでいいんだ。

僕は、レシートの束を見た。

一枚ずつ、読んでいく。

『雨。傘ない。でも歩く』

『眠い。でも眠れない』

『誕生日。一人。寂しい』

『面接、また落ちた。でも諦めない』

そして、最後の一枚。

昨日のレシート。

『明日、結果が出る。怖い。でも、大丈夫』

僕は、そのレシートを、大事にポケットにしまった。

捨てられなかった。

これは、ただの紙じゃない。

誰かが、必死で生きた記録だ。

深夜3時。

僕は、今日のシフトで出たレシートを見た。

何十枚。

みんな、何も書いていない。

でも、それぞれに物語がある。

誰かが、何かを買った。

その時間、その場所で、確かに生きていた。

レシートは、それを証明している。

僕は、レジのロール紙を見た。

まだまだ、たくさん残っている。

明日も、誰かの証明書を発行するんだろう。

それが、僕の仕事だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ