表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の終わりのコンビニ  作者: 田中
10/10

第10話「夜食の孤独」

深夜にコンビニで弁当を買う人には、二種類いる。

一人で食べる人と、誰かと食べる人。

その違いは、買い方で分かる。

午前1時半。中年の男性が入ってきた。

スーツ、疲れた顔、よれたネクタイ。

彼は、弁当コーナーをゆっくり見ている。

唐揚げ弁当を手に取る。

戻す。

ハンバーグ弁当を手に取る。

また戻す。

幕の内弁当を手に取る。

それも戻す。

五分が経過した。

結局、男は一番安いおにぎり二個とカップ味噌汁を持ってきた。

「320円です」

男は、ちょうど320円を出した。

「ありがとうございます。温めますか?」

「お願いします」

おにぎりを温めながら、僕は男を観察した。

彼は、イートインコーナーに座り、スマホを見ている。

でも、画面は暗い。見ているふりをしているだけだ。

「お待たせしました」

「ありがとう」

男は、おにぎりを受け取り、また席に戻った。

そして、食べ始めた。

一人で。

ゆっくりと。

まるで、時間を潰すように。

僕は、レジに戻った。

三十分後。

男は、まだ座っている。

おにぎりは、とっくに食べ終わっている。

ただ、カップ味噌汁を持ったまま、窓の外を見ている。

午前2時半。

男は、ようやく立ち上がった。

ゴミを片付けて、店を出て行った。

「ありがとうございました」

僕は、男が座っていた席を見た。

テーブルに、何か置いてある。

近づくと、それは付箋だった。

小さな文字で、こう書かれていた。

『家に帰りたくない』

翌日の深夜1時。

また、同じ男が来た。

同じように、弁当コーナーを見ている。

でも、今日はすぐに決めた。

おにぎり二個と、カップ味噌汁。

昨日と同じ。

「320円です」

男は、またちょうど320円を出した。

そして、同じ席に座った。

僕は、思い切って声をかけた。

「あの……」

男が顔を上げた。

「昨日、付箋が残ってたんですけど」

男の顔が、少し強ばった。

「ああ……すみません」

「いえ」僕は言った。「捨てましたけど」

「ありがとう」

男は、また窓の外を見た。

僕は、席に近づいた。

「何かあったんですか?」

男は、少し考えて、話し始めた。

「妻が、いないんです」

「……」

「離婚したわけじゃない。単身赴任で、地方にいる」

「そうですか」

「子供もいない。だから、家に帰っても誰もいない」

男は、おにぎりを一つ取った。

「最初は平気だった。でも、三ヶ月経って……慣れない」

「寂しいんですね」

「寂しい、というか」男は言葉を探した。「誰もいない家で、一人で飯を食う意味が分からなくなった」

「意味?」

「だって、誰も見てない。誰も『おかえり』って言わない。誰も『美味しい?』って聞いてこない」

男は、おにぎりの包装を破いた。

「だから、ここに来るんです。せめて、店員さんがいるから」

僕は、何も言えなかった。

「変ですよね」男は笑った。「でも、誰かがいる場所で食べると、少しマシなんです」

男は、おにぎりを食べ始めた。

僕は、レジに戻った。

でも、時々、男の方を見た。

彼は、ゆっくりと食べている。

噛むたびに、何かを考えているような顔。

三十分後。

男は、立ち上がった。

でも、出る前に僕のところに来た。

「あの、聞いてくれて、ありがとう」

「いえ……」

「また、来てもいいですか?」

「もちろんです」

男は、少し笑った。

「じゃあ、また」

扉が閉まる。

僕は、男が座っていた席を見た。

今日は、何も残っていない。

それから一週間。

男は、毎日来た。

いつも同じ時間、同じ商品、同じ席。

そして、いつも三十分かけて食べる。

僕は、時々話しかけた。

「今日は、どうでしたか?」

「まあまあです。仕事、忙しくて」

「そうですか」

「でも、ここに来ると落ち着く」

男は、いつも少し笑った。

そして、八日目の夜。

男が来た。

でも、今日は違った。

弁当コーナーで、唐揚げ弁当を二つ取った。

「あれ、今日は……」

「ああ」男は嬉しそうに言った。「妻が帰ってくるんです。今夜」

「それは!」

「だから、二人分」男は弁当を持ち上げた。「久しぶりに、家で一緒に食べます」

「良かったですね」

「はい」男は笑った。「本当に」

会計を済ませ、男は出て行こうとして、振り返った。

「一週間、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「おかげで、乗り切れました」

男は、弁当を二つ抱えて、店を出た。

僕は、窓から見送った。

男の背中が、いつもより軽く見えた。

深夜3時。

僕は、イートインコーナーを掃除した。

男が座っていた席。

もう、誰も座っていない。

でも、確かに。

ここには、誰かの孤独があった。

そして、それを少しだけ、和らげることができた。

コンビニは、ただの店じゃない。

誰かの、帰りたくない夜の避難所だ。

僕は、窓の外を見た。

どこかで、男が妻と一緒に、唐揚げ弁当を食べているだろうか。

「美味しい?」って、聞かれているだろうか。

きっと、そうだ。

そして、彼はもう、ここには来ない。

それでいい。

僕の仕事は、彼らが帰る場所を見つけるまでの、繋ぎ目だ。

それで、十分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ