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世界の終わりのコンビニ  作者: 田中
7/10

第7話「弁当の温度」

「温めますか?」

この質問を、僕は一日に何十回も口にする。

ほとんどの客は「お願いします」と答える。

でも、たまに「冷たいままで」という人がいる。

午前1時。スーツ姿の女性が弁当を持ってきた。ハンバーグ弁当、480円。

「温めますか?」

「いえ、冷たいままで」

僕は会計を済ませた。女性は、冷たい弁当を受け取って、イートインコーナーへ。

そして——蓋を開けて、そのまま食べ始めた。

冷えたハンバーグ。固まった油。冷たいご飯。

女性は、無表情でそれを口に運んでいる。

僕は、思わず声をかけた。

「あの……本当に、温めなくて良かったんですか?」

女性は顔を上げた。

「ええ」

「でも……」

「これでいいんです」女性は言った。「私、温かいものを食べる資格がないので」

「資格?」

女性は、箸を置いた。

「今日、部下を怒鳴ったんです。些細なミスで。でも、本当は私のミスだった」

「それは……」

「謝ればいいのに、できなかった。プライドが邪魔して」女性は冷たい弁当を見つめた。「だから、罰です」

「罰って……」

「温かい食事は、まともな人間が食べるものです。私みたいな、部下を傷つけて謝りもしない人間は、冷たいものを食べるべきなんです」

僕は、何も言えなかった。

女性は、また冷えたハンバーグを口に運んだ。

「不味いです」小さく笑った。「当たり前ですよね」

そして、半分ほど食べて、箸を置いた。

「ごちそうさま」

女性は立ち上がり、弁当を片付けた。

「ありがとうございました」

彼女は店を出て行った。

僕は、彼女が座っていた席を見た。

テーブルに、水滴がついている。

いや、違う。

涙だ。

翌週。

また同じ女性が来た。同じ時間、同じハンバーグ弁当。

「温めますか?」

僕が聞くと、女性は少し考えた。

「……お願いします」

僕は弁当を温めた。レンジが回る音。2分間。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

女性は、また同じ席に座った。

蓋を開ける。湯気が立ち上る。

一口食べて、彼女は泣いた。

「美味しい……」

僕は、レジから見ていた。

彼女は、ゆっくりと弁当を食べた。最後の一粒まで。

食べ終わって、彼女は僕のところに来た。

「あの」

「はい」

「先週、変なこと言って、すみませんでした」

「いえ……」

「部下に、謝れたんです。昨日」

「それは……良かったです」

「はい」女性は微笑んだ。「だから、今日は温かいものが食べられました」

彼女は、店を出て行った。

今度は、涙の跡はなかった。

それから、僕は「温めますか?」と聞くたびに、考えるようになった。

この質問は、ただ弁当を温めるかどうかだけじゃない。

その人が、今、温かいものを受け取れる状態かどうか。

そういうことなのかもしれない。

ある日の深夜2時。

高校生の男の子が、カップラーメンを持ってきた。

「温めますか?」

「え、カップラーメンって温めるんですか?」

「いえ、お湯のことです」

「あ、お願いします」

お湯を注ぎながら、僕は聞いた。

「何かあったんですか?」

「え?」

「この時間に、一人でカップラーメン」

男の子は、少し笑った。

「家出中です。親と喧嘩して」

「そうですか」

「でも、お腹空いて」男の子は言った。「お金、これしかなくて」

カップラーメン、120円。

「3分です」

「ありがとうございます」

男の子は、イートインコーナーで待った。

3分後。

「どうぞ」

「いただきます」

男の子は、一口すすった。

「……温かい」

そして、また泣いた。

「温かいものって、こんなに……」

僕は、何も言わなかった。

ただ、遠くから見ていた。

男の子は、最後まで食べて、ゴミを片付けた。

「ありがとうございました」

そして、店を出る前に振り返った。

「帰ります。家に」

「気をつけて」

扉が閉まる。

僕は、思った。

温かいものは、ただお腹を満たすだけじゃない。

心も、温める。

そして、人に「帰る場所がある」ことを思い出させる。

深夜3時。

僕は、自分用にカップラーメンを買った。

お湯を注いで、3分待つ。

一口すすった。

温かい。

当たり前だけど、温かい。

でも、この当たり前が、誰かにとっては当たり前じゃない。

僕は、カップラーメンを食べながら、窓の外を見た。

どこかで、あの女性が温かい夕食を食べているだろうか。

どこかで、あの男の子が家に帰っているだろうか。

答えは、分からない。

でも、明日も僕は聞く。

「温めますか?」

そして、その答えの中に、誰かの小さな物語を見つける。

それが、僕の仕事だ。

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