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世界の終わりのコンビニ  作者: 田中
6/10

第6話「ATMの懺悔室」

コンビニのATMは、深夜になると懺悔室になる。

誰も見ていない。ただ機械と、自分の通帳残高だけがある。

人は、その数字の前で正直になる。

午前2時。僕が棚の整理をしていると、ATMの前に女性が立った。

三十代前半。スーツ、疲れた顔。

彼女はカードを入れ、暗証番号を押した。

画面を見つめる。

そして、小さく笑った。

「やっぱりね」

彼女の声が、静かな店内に響いた。

僕は、聞こえないふりをして、棚の整理を続けた。

「三千円か……」

女性が呟く。

「給料日まで、あと五日」

彼女は、千円だけを引き出した。

そして、ATMの画面に向かって、話し始めた。

「ごめんね」

誰に言っているのだろう。

「本当は、もっと貯めるつもりだったの。でも、今月も無理だった」

女性は、引き出した千円札を見つめた。

「お母さんの誕生日プレゼント、来月にするね。また来月も無理かもしれないけど」

彼女は、財布に千円を入れた。

「私、ちゃんと働いてるのに。なんで、こうなんだろう」

ATMの画面は、もう取引終了の表示になっていた。でも、彼女はまだ画面を見ている。

「このままだと、一生こうなのかな」

僕は、思わず声をかけた。

「あの……」

女性が、びくっとして振り返った。

「す、すみません。独り言を……」

「いえ」僕は言った。「ATMって、不思議ですよね」

「え?」

「みんな、ATMの前だと、つい喋っちゃうんです」

女性は、少し笑った。

「そうなんですか?」

「はい。昨日も、おじさんが『また競馬で負けた』って謝ってました。誰に謝ってるのか分からないですけど」

「誰に……」女性は考えた。「自分に、ですかね」

「かもしれません」

女性は、ATMを振り返った。

「確かに。ここって、自分と向き合う場所かも。数字は嘘つかないから」

「でも」僕は言った。「数字が全部じゃないですよ」

「どういうことですか?」

「残高2000円の人と、残高200万円の人、どっちが幸せかなんて、分からないじゃないですか」

女性は、黙った。

「さっき、お母さんにプレゼントって言ってましたよね。それ、買わなくても、お母さんは嬉しいと思いますよ」

「でも……」

「だって、娘が自分のことを考えてくれてるって分かるだけで、十分じゃないですか」

女性の目に、涙が浮かんだ。

「ありがとう」

彼女は、店を出て行った。

僕は、ATMを見た。

画面には、「ご利用ありがとうございました」と表示されている。

その日から、僕はATMを使う客を、少しだけ観察するようになった。

みんな、画面の前で何かを呟いている。

「今月も赤字だ」

「ボーナス、こんなもんか」

「貯金、増えたな」

「やばい、家賃払えない」

数字の前で、人は本音を漏らす。

そして、ある夜。

高校生くらいの男の子がATMの前に立った。

カードを入れる。暗証番号を押す。

画面を見て、固まった。

「え……?」

彼は、もう一度、残高照会を押した。

そして、信じられないという顔で、画面を見つめた。

「五十万……?」

僕は、さりげなく近づいた。

「なんで……親父、金なんて……」

男の子は、震える手で、画面に触れた。

「バカ親父……死ぬ前に、こんなことするなよ……」

彼は、泣いていた。

ATMの画面に、額を押し当てて。

「ありがとう、って、言いたかったのに……」

僕は、何も言えなかった。

ただ、棚の整理をしているふりをして、彼が落ち着くのを待った。

五分後。

男の子は、何も引き出さずに、ATMから離れた。

そして、店を出る前に、ATMを振り返った。

「ちゃんと、使うから」

小さく、呟いた。

深夜3時。

店には、もう誰もいない。

ATMだけが、緑色の光を放っている。

僕は、その光を見ながら思った。

ATMは、ただの機械じゃない。

人が、自分の人生と向き合う場所だ。

数字は冷たい。

でも、その数字の向こうには、誰かの想いがある。

貯めたお金。

使ったお金。

受け取ったお金。

全部、物語を持っている。

僕は、レジに戻った。

そして、ふと思った。

明日、あの女性は、またATMの前に立つだろうか。

あの高校生は、父親のお金を、何に使うだろうか。

答えは、分からない。

でも、彼らがまたこの店に来た時。

ATMの前で、少しだけ笑えていたらいいな、と思った。

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