第4話「24時間営業の嘘」
「24時間営業」という看板は、嘘だと思う。
確かに店は開いている。でも、深夜2時から4時までの2時間は、時間が止まっている気がする。
客が来ない。電話も鳴らない。車も通らない。
世界が、僕とこのコンビニだけを残して、一時停止している。
午前3時。今日も例外ではなかった。
僕は床のモップがけをしながら、壁の時計を見た。針が、ほとんど動いていない気がする。
そこに、扉が開いた。
チャイムが鳴る。久しぶりに聞いた気がした。
入ってきたのは、高校生くらいの女の子だった。制服、肩まである黒髪、少し眠そうな目。
「いらっしゃいませ」
女の子は軽く会釈して、店内を歩き始めた。でも、何も取らない。ただ、棚の間を歩いているだけ。
五分が経過した。
彼女は、まだ歩いている。
「あの……何かお探しですか?」
「ああ、いえ」女の子は振り返った。「歩いてるだけです」
「歩いてる?」
「はい。ここ、24時間営業ですよね」
「ええ、まあ」
「だったら、24時間いてもいいですよね」
理屈としては正しい。でも、何かおかしい。
「今、何時ですか」女の子が聞いた。
「3時5分です」
「ああ、やっぱり」彼女は頷いた。「この時間、一番長いんです」
「長い?」
「はい。午前3時から4時までの1時間って、他の1時間の3倍くらい長く感じません?」
僕は、思わず頷いた。
「感じます」
「ですよね」女の子は微笑んだ。「私、それが嫌で。だから、この時間に起きてるんです」
「どういうことですか?」
「眠ると、時間をスキップしちゃうじゃないですか。8時間寝たら、8時間が消える。でも起きていれば、その8時間を生きられる」
女の子は、また歩き始めた。
「私、時間が足りないんです」
「受験生、ですか?」
「いえ」彼女は首を横に振った。「余命です」
僕は、モップを持つ手を止めた。
「あと半年って言われました。だから、寝るのがもったいなくて」
「それで、夜中に……」
「はい。24時間営業のコンビニを、順番に回ってるんです。歩いていると、時間が過ぎるのを実感できるから」
女の子は、チョコレートの棚の前で立ち止まった。
「でも最近、時間が長く感じるようになったんです。特に深夜3時。まるで、世界が私のために時間を引き伸ばしてくれてるみたいに」
「それは……いいことじゃないですか」
「そうですね」彼女は笑った。「得した気分です」
彼女は、一つのチョコレートを手に取った。
「これ、ください」
レジを打つ。百二十円。
「ありがとうございます」
女の子は店を出ようとして、振り返った。
「あの、次はいつシフトですか?」
「明後日の夜です」
「そうですか。また来ます」
扉が閉まる。
僕は、時計を見た。
3時12分。
彼女がいた時間は、7分間。
でも、もっと長かった気がする。
明後日の深夜3時。
女の子は、約束通り来た。
「こんばんは」
「こんばんは」
彼女は、また店内を歩き始めた。今度は、少しゆっくりと。
「今日は、3時が短く感じました」
「そうですか」
「はい。嬉しいことがあったんです」
「何ですか?」
「医者が、余命を間違えてたって」
僕は、息を呑んだ。
「実は、あと一年あるそうです」
「それは……!」
「ですよね。倍に増えた」女の子は笑った。「ラッキーです」
彼女は、また同じチョコレートを買った。
それから、彼女は週に2回、僕のシフトの日に来るようになった。
いつも午前3時。
いつも、店内を歩く。
いつも、同じチョコレートを買う。
そして、ある日。
「今日で最後です」
女の子が言った。
「え?」
「引っ越すんです。治療のために、東京に」
「そうですか……」
「ここに来ると、時間が長く感じられて。たくさん生きた気分になれました。ありがとうございます」
彼女は、いつものチョコレートを買った。
でも、店を出る前に振り返った。
「あの、この店って本当に24時間営業ですか?」
「はい」
「嘘だと思います」女の子は笑った。「だって、午前3時はもっと長いから。ここは、25時間営業ですよ」
扉が閉まった。
僕は、時計を見た。
3時58分。
女の子がいた時間は、15分。
でも、確かに。
1時間くらいあった気がする。
その日から、僕は午前3時が嫌いじゃなくなった。
時間が長く感じるのは、悪いことじゃない。
むしろ、得している。
壁の時計を見る。
針が、いつもよりゆっくり動いている気がする。




