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世界の終わりのコンビニ  作者: 田中
2/10

第2話「賞味期限切れの告白」

深夜のコンビニで一番売れないのは、賞味期限ギリギリの弁当だ。

誰も選ばない。みんな、奥の方から新しいのを取っていく。残された弁当は、翌朝、廃棄される。

午前1時。僕が賞味期限のチェックをしていると、女性が入ってきた。

三十代半ば、くらいだろうか。紺色のコート、きちんとした身なり。でも、どこか覇気がない。

彼女は弁当コーナーの前で立ち止まり、一番手前の、賞味期限が今日までの幕の内弁当を手に取った。

「あの、それ今日までなんですけど……」僕は声をかけた。「奥にもっと新しいのがありますよ」

「これでいいんです」

彼女はレジに来た。弁当と、ペットボトルの水。

「温めますか?」

「いえ、このままで」

会計を済ませ、彼女はイートインコーナーに座った。でも、弁当を開けない。ただ、じっとパッケージを見つめている。

僕は棚の整理をしながら、横目で彼女を観察した。

十分が経過した。

彼女はまだ、弁当を開けていない。

「……あの、大丈夫ですか?」

「ああ、すみません」彼女は顔を上げた。「変ですよね。買ったのに食べないなんて」

「いえ、まあ……」

「これ、見てもらえますか」

彼女は弁当のパッケージを指差した。賞味期限の印字。

消費期限:2025.11.08 午前1時

「この時間、ちょうど今ですよね」

「ええ、まあ」

「ということは」彼女は真面目な顔で言った。「この弁当は、今この瞬間に、『食べられるもの』から『食べられないもの』に変わるんです」

「……まあ、法律上は」

「でも不思議じゃないですか。午前0時59分は食べられて、午前1時00分は食べられない。その1分で、何が変わるんでしょう」

彼女は時計を見た。

「私、十年付き合った人に、昨日フラれたんです」

「あ……」

「昨日までは『愛してる』って言ってくれたのに、今日は『もう無理』って。でも、彼も私も、昨日と今日で何も変わってない。なのに、昨日までは『恋人』で、今日からは『他人』」

彼女は弁当を手に取った。

「この弁当と同じです。賞味期限が切れた」

時計が、午前1時を指す。

「はい、今切れました」彼女は弁当をテーブルに置いた。「もう食べられません。法律で決まってますから」

「いや、でも実際は……」

「実際は、まだ食べられる。そうですよね」彼女は微笑んだ。「でも、誰も食べない。『期限切れ』って書いてあるものを、誰も選ばない」

僕は何も言えなかった。

「私も同じです。三十五歳、独身。賞味期限切れ。もう誰も選ばない」

彼女は立ち上がった。

「すみません、変なこと言って。この弁当、もらっていいですか。食べませんけど」

「あ、はい……」

彼女は弁当を抱えて、店を出た。

僕は、彼女が座っていた席を見た。テーブルの上に、何か置いてある。

ペットボトルの水。

未開封のまま。

賞味期限を見ると、まだ半年先だった。

翌日の深夜、僕は賞味期限ギリギリの弁当を、いつものように廃棄した。

十個。

どれも、まだ食べられるはずのものだった。

でも、誰も選ばなかった。

「賞味期限」という、たった4文字のせいで。

僕はふと思った。

人間にも、目に見えない「賞味期限」のシールが貼られているのかもしれない。

そして、それが見える人と、見えない人がいる。

見える人は、期限切れを選ばない。

見えない人は、そもそも期限なんて気にしない。

僕は、どっちだろう。

答えは出なかった。

ただ、その日から、賞味期限ギリギリの弁当を見るたびに、あの女性のことを思い出すようになった。

彼女は今頃、あの弁当をどうしただろう。

食べたのか。

それとも、捨てたのか。

あるいは、冷蔵庫に入れたまま、眺めているのか。

深夜3時。

誰もいないコンビニで、僕は期限切れ寸前のおにぎりを一つ、自分で買った。

そして、その場で食べた。

味は、普通だった。

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