第2話「賞味期限切れの告白」
深夜のコンビニで一番売れないのは、賞味期限ギリギリの弁当だ。
誰も選ばない。みんな、奥の方から新しいのを取っていく。残された弁当は、翌朝、廃棄される。
午前1時。僕が賞味期限のチェックをしていると、女性が入ってきた。
三十代半ば、くらいだろうか。紺色のコート、きちんとした身なり。でも、どこか覇気がない。
彼女は弁当コーナーの前で立ち止まり、一番手前の、賞味期限が今日までの幕の内弁当を手に取った。
「あの、それ今日までなんですけど……」僕は声をかけた。「奥にもっと新しいのがありますよ」
「これでいいんです」
彼女はレジに来た。弁当と、ペットボトルの水。
「温めますか?」
「いえ、このままで」
会計を済ませ、彼女はイートインコーナーに座った。でも、弁当を開けない。ただ、じっとパッケージを見つめている。
僕は棚の整理をしながら、横目で彼女を観察した。
十分が経過した。
彼女はまだ、弁当を開けていない。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ああ、すみません」彼女は顔を上げた。「変ですよね。買ったのに食べないなんて」
「いえ、まあ……」
「これ、見てもらえますか」
彼女は弁当のパッケージを指差した。賞味期限の印字。
消費期限:2025.11.08 午前1時
「この時間、ちょうど今ですよね」
「ええ、まあ」
「ということは」彼女は真面目な顔で言った。「この弁当は、今この瞬間に、『食べられるもの』から『食べられないもの』に変わるんです」
「……まあ、法律上は」
「でも不思議じゃないですか。午前0時59分は食べられて、午前1時00分は食べられない。その1分で、何が変わるんでしょう」
彼女は時計を見た。
「私、十年付き合った人に、昨日フラれたんです」
「あ……」
「昨日までは『愛してる』って言ってくれたのに、今日は『もう無理』って。でも、彼も私も、昨日と今日で何も変わってない。なのに、昨日までは『恋人』で、今日からは『他人』」
彼女は弁当を手に取った。
「この弁当と同じです。賞味期限が切れた」
時計が、午前1時を指す。
「はい、今切れました」彼女は弁当をテーブルに置いた。「もう食べられません。法律で決まってますから」
「いや、でも実際は……」
「実際は、まだ食べられる。そうですよね」彼女は微笑んだ。「でも、誰も食べない。『期限切れ』って書いてあるものを、誰も選ばない」
僕は何も言えなかった。
「私も同じです。三十五歳、独身。賞味期限切れ。もう誰も選ばない」
彼女は立ち上がった。
「すみません、変なこと言って。この弁当、もらっていいですか。食べませんけど」
「あ、はい……」
彼女は弁当を抱えて、店を出た。
僕は、彼女が座っていた席を見た。テーブルの上に、何か置いてある。
ペットボトルの水。
未開封のまま。
賞味期限を見ると、まだ半年先だった。
翌日の深夜、僕は賞味期限ギリギリの弁当を、いつものように廃棄した。
十個。
どれも、まだ食べられるはずのものだった。
でも、誰も選ばなかった。
「賞味期限」という、たった4文字のせいで。
僕はふと思った。
人間にも、目に見えない「賞味期限」のシールが貼られているのかもしれない。
そして、それが見える人と、見えない人がいる。
見える人は、期限切れを選ばない。
見えない人は、そもそも期限なんて気にしない。
僕は、どっちだろう。
答えは出なかった。
ただ、その日から、賞味期限ギリギリの弁当を見るたびに、あの女性のことを思い出すようになった。
彼女は今頃、あの弁当をどうしただろう。
食べたのか。
それとも、捨てたのか。
あるいは、冷蔵庫に入れたまま、眺めているのか。
深夜3時。
誰もいないコンビニで、僕は期限切れ寸前のおにぎりを一つ、自分で買った。
そして、その場で食べた。
味は、普通だった。




