第二話 バーリ王国――闇への誘い:逃亡者と追跡者
その時、宿のすぐ横にある夜の馬車待機所で、一人の【戦鬼族】であるヒゲの男が煙草をくゆらせていた。
戦鬼族とは魔人族である古の源流種の一つであり、角を頭部に二本持った褐色肌の鬼といった姿をしている。
そんな魔人族でも膂力に優れた種族である彼は、例のマリアネラ王女の護衛であり、同時に彼女専用馬車の御者でもあった。
ぽ!
不意に彼が座る木製椅子の近くにある、もう一つの椅子のうえの護符が輝きを得た。
それを見てその男は眉を歪めると、それを手にとって宿へと走った。
ドン!
宿の扉が大きな音を立てて開かれて、先程の戦鬼族がその一階の酒場を見回す。そして、果実水を飲んでいるマリアネラ王女を見つけて、それに足早に歩み寄ったのである。
「……王女様」
周囲に聞こえないように小声でマリアネラ王女に囁く。
「なに?」
「探知護符に反応です……。……王国軍の兵隊が迫っています」
「……そう」
その男の言葉に、マリアネラ王女は眉を歪めて……そして立ち上がる。
――と、その時、荷物を部屋に置いてきた総司達が、階下の酒場へと食事のために降りてきた。
その総司の視線が……、不意にマリアネラ王女と重なった。
「……」
少し眉を歪めた、苦しさの滲むその表情に、総司は何かみょうな感覚を得る。
そしてマリアネラ王女の視線は外れて、足早にその酒場から表の扉へと走っていった。
「……?」
「どうしました? 総司様?」
総司は不審に思うもリィフの言葉に首を横に振って……、そして酒場の席についた。
◆◇◆
マリアネラ王女とその護衛は、足早に馬車待機所へと向かう。マリアネラ王女が先行する護衛に言う。
「宿代を払っていませんが……」
「そんな事を言っている場合ではありません!!」
「……そう、……ですね……」
少し心苦しそうな表情で宿の方を見るマリアネラ王女。しかし――、
「――!」
その視線が、街道の彼方に光る魔法光を捉えた。
「……く!!」
それが何か察して、マリアネラ王女は馬車へと全力で走る。
「急いで!!」
御者席に座った護衛に促されて彼女は馬車へと入った。
ヒヒン!!
宿の中まで馬のいななきが聞こえてくる。それを聞いて宿の主人は訝しげに表へと向かった。
総司は何やら起きている事を察して、静かに席を立ち表へと向かう。
そうして表に出ると……、
「あ!! テメエら!! 宿代!!」
「すみません!!」
宿の主人の言葉と、馬車の中から顔を覗かせる女性の言葉が重なった。
(……あれは……)
その――金髪碧眼の女性の顔には、独特の魔力紋が見えた。それは古の源流種の一つ【魔身原種】である証。
その多くが王族や高貴な身分の血統である特別な種族だ。
そうして走り去る馬車を一応追いかけるも疲れて膝をつく宿の主人。
――と……、
「うひい!!」
その主人の両脇を、白銀の鎧の騎馬騎兵が高速で走り抜ける。
馬に蹴り殺されそうになって、宿の主人は怯えながら頭を抱えた。
総司を追ってきていたリィフが総司に向かって呟く。
「ま……、魔王様……」
――その時、メイド兵リィフはその馬車を追う騎士たちに違和感を感じていた。
そしてそれは、総司もまた同じであり――。
「追うよ! リィフ!!」
「はい!!」
そして、総司は――、
「僕の荷物は宿の部屋にあります! あの人たちを捕まえたらすぐに戻ります!!」
「え? ……あ?!」
そう宿の主人に叫んで、その首が縦に振られるのを確認してから、馬車待機所にある自分のバイクへと向かった。
ブルン!
キックペダルを踏み込んでエンジンをかける。
リィフがサイドカーに乗るのを確認して――そして追跡すべく走り出した。
ブルルルルルル!!
その背後を――宿の主人は頭に疑問符を浮かべながら見送った。
◆◇◆
バイクを走らせながら総司はリィフに聞く。
「……あの騎兵……、あの鎧……」
「……はい……アレはバーリ王国正規軍のものです」
そして――、それに追われていたあの馬車の側面……、適当にカモフラージュされていたそこにあった紋章……、
――風に煽られてカモフラージュの為の布が吹き飛んだ、その下にあったのは――バーリ王国王家の紋章。
(……バーリ王国のクーデター……。そして逃亡者と追跡者に分かたれた、紋章を持つ二つの存在……)
総司はそう思考しつつバイクを奔らせる。その進む先から破裂音が聞こえてきた。
ドン!
街道の闇の向こうに爆発と炎が見える。
馬のいななきと剣戟の音がその耳に届いてきた。
戦場となった街道のその脇に、車輪を砕かれた馬車が横たわっている。
その屋根から火の手が上がって、そのそばに苦しげな表情をたたえた女性が立っている。
そして――、それを騎馬騎兵の群れから庇って、その剣を振るうのは戦鬼族の男である。
その身には既に切り傷が見えており、その表情は痛みと絶望感に歪んでいた。
切り結ぶ騎馬兵士の後方で、その戦いを見守る隊長格と思われる騎兵が、静かに追いかけてきた正体不明のバイクの方を振り向く。
「……何だ? 部外者が……」
隊長格は舌打ちしつつそう呟く。その姿に一瞬考える素振りを見せた、戦鬼族に庇われている女性は……、
総司らにもはっきりと聞こえる声で言葉を放った。
「貴方の主は……、ラウル司教はなにを考えているのですか?! 女神様方を否定して異神を奉るなど!!」
その女性の言葉にバイクで追ってきた総司は驚きの目を向けて、隊長格である騎兵は「部外者の前で余計な事を……」と呟いてから、その言葉に答えた。
「……いいえ、司教様こそが正しいのですよ……。我らは女神ども――天魔族の支配より脱却して、正しく独り立ちせねばならぬのです」
その言葉を聞いて、総司もリィフも眉を寄せて互いを見て頷く。
総司はその胸にある銃型の機械を手にしてその騎兵隊長に向かって、その銃口に相当する部分を向けた。
そのままトリガーを引くと、機械側面のディスプレイに表示が出た。
【混沌機能の痕跡を確認。目標を危険対象に指定。慎重に対処せよ】
それを見て頷いた総司はリィフと共にバイクを降りて、その車体側面に設置された隠蔽鞘に収まった魔王剣を手にした。
「リィフはそのままあの女性を助けに行って……。僕はあの騎兵に話があるから……」
「……承知いたしました」
総司の言葉にリィフは頷いて。そのまま戦場を迂回して女性の元へと向かった。
そして――案の定騎兵隊長はその冷たい目を総司へと向ける。
「……今の話聞いたな? 聞いたよな? ……ならば生かしておくわけにはいかん……」
その手が振られて、一部待機していた騎馬兵士たちが動く。そして――総司はその周囲を囲まれた。
「……」
静かに総司が睨むその向こうで騎兵隊長は冷徹な命令を下した。
「そいつを始末しろ……」
そして――……、
◆◇◆
負傷して気絶した護衛――戦鬼族がメイドさんに【魔法】で手当される様を見守りながら、先程までの光景を思い出して、自分たちに優しい笑顔を向けるその少年――総司を見返す。
「あの騎兵たち……、みんな逃げていったけど……。一体何だったの?」
「……え、あ……それは」
女性は――マリアネラ王女は声の主であるその総司から目を逸らした。
彼女は――、あの場ではただ外へ危機を伝えるために言葉を放ったにすぎなかった。その後に、総司に逃げてもらえればそれでよかったのだ。
しかし、それを聞いた総司のその後の行動は、彼女に余りにも得体のしれない存在という印象を植え付けていた。
それもそのハズ……、総司は――、あの騎兵隊に怯むことなく立ち回って、傷一つ受けずに撃退してしまったからである。そうして、その騎兵たちは不利を理解して撤退していった。
思いっきり――ある意味慎重から外れた行動をしている総司であったが、まあ魔人族との深い関わりがそれほどなかった、ある意味で世間知らずであるが故に仕方がない話だった。
「ふう……話せない内容ってことだね? ……わかった、もう無理には聞かない……」
そう言って立ち上がろうとする彼を見て――、マリアネラ王女は意を決して言葉を放つ。
彼が誰であるかはわからない。でも、彼は自分を助けてくれて……、そして何より強かった。
――だから藁にも縋る思いで、マリアネラ王女は総司を見つめて言ったのだ。
「……貴方は……、名の知れた旅の戦士様とお見受けいたします!」
そう言って頭を下げるマリアネラ王女に少し驚きの表情を作る総司。
「どうか……、わたくしの話を聞いてはいただけないでしょうか?」
その彼女の真剣な表情に――、総司は静かに頷いた。




