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序 二人旅――始まる

 その時、僕は自分が跨る薄緑の単車、そのキックペダルを体重をかけて一気に力強く踏み込む。


 ブルン!


 そうして霊性燃料(エネラス)エンジンを起動して、そして隣のサイドカーに乗るメイド少女――()()()に笑顔を向けた。


「じゃあ……行こうか……」

「は……はい! まお……、と、……総司様!」


 一瞬彼女は魔王様――と言いかけて慌てて訂正した。

 その様子に笑顔を向けて僕は――、サイドカー付きバイク――ヴァロナさんが言うには【某ドイツ軍のなんとか?KS750レプリカモデル】というのがその名であるらしい(流石に名前を覚えられなかった(汗))――、を走らせて魔王城を後にしたのだった。



 ◆◇◆



 僕が魔王城を旅立つ一週間前――、キルケさんが一つの研究結果を持って魔王城を訪れていた。


「ここまで彼女らについてわかった事柄から、一つの可能性が示唆されています……」


 そう言って円卓会議室の中心で資料を手に語るキルケさん。

 円卓に座るのは僕以外に、オラージュさん、ルーチェさん、イラさん、そしてプリメラさん……であり、その中で僕は資料に目を通してから、キルケさんに向き直って言った。


「それって……」

「……密かな侵食が行われている可能性がある……という事です」


 ほんの僅か前、天魔族への信仰の厚い大都市セイリウムの【奉天祭】の、その最中にスクリタら叡智の塔の仲間たちと【征人のバツナンダ】の戦闘が行われていた。

 それは無事スクリタらの勝利で終わっており、それ以外の幻竜八姫将の姿も見られず、一旦の事件の収束を見せていたが……。


「……【奉天祭】が行われる裏で……、異神へ宗旨変えした司祭たちの活動があった……と言う話でしたね?」

「ええ……、天魔族を祀る教会に入り込んでいた……、というか誰かしらの甘言を鵜呑みにした司祭らが……、異神への帰依を同じ教会の者たちに進めており……」


 ――より上位の一人の()()すら取り込まれて……、教会全体の5分の1にまで勢力が拡大していた……と言う事実がありました。


「……それは……」


 僕は眉を寄せてキルケさんに問う。


「それは単に……、異なる神を奉っているだけではない……、特別な意味のある話なのですね?」

「ええ、そのとおり……。そもそも、ただ別の信仰を持つだけの話なら……、ワタシたちにとって重要な話ではありません」


 無表情でキルケさんは話を続ける。


「我々は……、魔人族がどうであろうが……、世界の守護者であることに関して違いなどないのですから……」


 ――彼らがどのような信仰を持とうが、彼らは我らの守るべき人々なのです。


 その言葉にオラージュさんが眉を寄せて言葉を返す。


「……今回の……セイリウムの事態はそうではなかった……と?」

「そうです……」


 一瞬目を瞑ったキルケさんが、意を決して僕に向かって言う。


「結論から言うと……、――彼らが扱う魔法が……、【混沌機能(=system ALAYA)】の影響を受けていました」

「――!」


 円卓に集まった皆が一様に息を呑む。

 その【混沌機能(=system ALAYA)】とは――


「おい……、幻竜八姫将……かよ?!」


 ルーチェさんが苦々しい面持ちでそう云う。僕もまた苦しげな表情で俯いた。


 このテラ・ラレース世界における世界維持管理機能にして天魔族中枢【秩序機能(=system LOGOS)】――、

 それに対して、世界の崩壊を加速させる為の侵食機能(ウイルス)にして幻竜八姫将の中枢【混沌機能(=system ALAYA)】――。

 それはキルケさんがスクリタさんの協力のもとに行った研究において、世界の未来に重大な意味を持つ存在である。


 その手にした画像投影装置を起動して、世界構造を示した簡略画を空中に投影しつつキルケさんが言う。


「一旦、それらの機能のおさらいをしましょうか……」


 まず、前提となる世界の仕組みから――解説を始めるキルケさん。


 【世界】が発生すると、必ずエントロピー増大現象によって【世界の終末】へと向かう。

 しかし、【世界】に満たされた存在エネルギーが、一時的な【動的平衡】を生み出して、一定期間の世界存続がなされる。

 ――これこそまさに前提……。

 この【動的平衡】が何かしらの理由で崩れることで、世界というのは【世界の終末】へと向かう。


「世界というのは、常に【世界の終末】へと向かいながらも、その存在エネルギーによって揺らぎながら停まった状態で維持がなされている……」


 比較的小規模な()()()()であるテラ・ラレースは、他の世界に比べてもエントロピー増大現象の増大傾向が高めであり、自然環境の係数異常もまた深刻な数値になっている。


「……【秩序機能(=system LOGOS)】は我らという存在の核であると同時に、自然環境安定化機能でもある……」


 そしてその【自然環境安定化機能】とは、自然環境の係数異常を正常値に戻す事で、エントロピー増大現象の起こりにくい状態にして、【動的平衡】を保つ役割なのだ。

 かの先史文明の【星神】も持っていたこの機能は、今世代――天魔族においても、前世代からの機能を受け継ぎ、その役割を正しく果たしている。

 ――さらに言えばその機能でも押さえられない【幻魔】の出現も、天魔族が対幻魔戦力として在るために、対抗戦力が少なかった先史文明より安定した状況を成立させている。

 前世代の【星神】は意図的に【自己進化】を抑制されていたようだが、天魔族は【自己進化】が正しく機能しており、その目に見える形として【神核】の強化拡張が起こっている。

 その例を上げるならば――【天魔七姫将】の誕生や【魔王総司】の誕生――などだな。


「以上が【秩序機能(=system LOGOS)】に関するワタシの研究結果だ……。そして……」


 ――さて、それに対して【混沌機能(=system ALAYA)】とは【秩序機能(=system LOGOS)】の反転コピーだと解釈ができる。

 要するに【自然環境安定化機能】へのアンチとしての【世界律崩壊機能】――、ようは【無秩序化のためのシステム】であると言えるわけだ

 【system ALAYA】は、自身を世界に固定するために【情報的触媒】として端末を増殖させる性質を持つ。

 【幻竜八姫将】はその増殖プログラムの上位体(=【system ALAYA】の演算ノード)であり、彼女たちが【system ALAYA】の末梢端末である【使役幻魔】を召喚することで、逆説的に【魔力域異常】すなわち存在エネルギーのゆらぎ現象を引き起こすと同時に、【system ALAYA】が現実構造に自身を上書きしていく、そういった自己増殖プロセス機能を彼女らも我々も【侵食】と呼称している。

 ――ただ、【system ALAYA】の目に見える機能自体は【system LOGOS】と変わらない。ようは我々天魔族が【固有権能】や【術式】等を扱うために【system LOGOS】を使うように、【system ALAYA】も彼女ら【幻竜八姫将】に様々な機能を付与している。


 以上のような【使役幻魔】という末梢端末の増殖、そして【幻竜八姫将】による直接的な天魔族への攻撃、そう言った行為によって現状【system LOGOS】の下位に配置されている【system ALAYA】の立場が、【system LOGOS】の上位へ逆転する可能性が示唆されている。――そうなれば、それによってエントロピー増大現象の加速が起こって【世界の終末】が近づいてくる。

 

 ――キルケさんは淀みなく、そこまで言葉を続ける。

 それを聞く者の内――、ルーチェさんとプリメラさんは苦笑いしながら頭上に【?】を無数に浮かべていた。


「……なるほど……わからん……。で? 結局何が言いたいんだ?」


 ルーチェさんが既に諦めた様子でそうキルケさんに問う。一瞬、キルケさんは真顔になってから答えた。


「要するに……、【混沌機能(=system ALAYA)】の起動端末を増やすことは、彼女らにとって明確に()()()()()()()()()だということだ……」


 その言葉にイラさんが深く頷いて答える。


「なるほど……。大都市セイリウムの背後で動いていた【幻竜八姫将】は、魔人族へ貸し出している【低層環境管理機能】――要するに【魔法】に代わる【混沌機能(=system ALAYA)】由来の【魔法】を広めて魔人族らを偏向させることで……、【混沌機能(=system ALAYA)】の端末となる者の数を増やしている……のですね?」


 その言葉に僕は正しく理解を得た。


「魔人族が【混沌機能(=system ALAYA)】由来の魔法を扱えば……、彼らは【混沌機能(=system ALAYA)】の端末だと解釈されて――世界への侵食が進んで行くということですか?」


 僕の言葉にキルケさんは頷く。


「そう……、そしてそれは魔法分野だけにはとどまらない……。【混沌機能(=system ALAYA)】由来の各技術に深く触れれば……、魔人族は【混沌機能(=system ALAYA)】の端末と化してゆくのだ……」


 やっと理解が及んだプリメラが眉を歪めて言う。


「マズイじゃないか……、それは――ただ信仰が変わるということではなく……、その信仰の変化自体が【世界の終末】をこの世に引き込んでいるって事だな?」

「まさにそのとおりだ……。まさかこういった方法でも彼女らの侵食行為が正しく機能し……、世界を滅ぼしうるとは、流石のワタシも考えが及ばなかった……。まさにこれは……スクリタという元【幻竜八姫将】がこちら側に来てくれたおかげで分かったことだ……」


 キルケさんは次の画像を表示して話を続ける。


「……この地図に示した通り……。現在、魔王城所属の盗賊を各地域に派遣して【幻竜八姫将】の行方を追っている。しかし、これ以降は魔人族内に進行している【混沌機能(=system ALAYA)】由来技術の痕跡の探索に切り替えるのが、現在すべき優先事項だとワタシは考える」


 その言葉に僕は答える。


「……まあ、その過程で【幻竜八姫将】との遭遇戦は起こるでしょうしね……」

「そうだ……。そして……」


 キルケさんは静かに僕の顔を見つめる。僕はその意味がわからず首を傾げた。


「……少年……、君には準備次第各地域を回って、各区地域の状況を確認することと、各地域の魔人族指導者らとの表立たない折衝を進めてもらいたい」

「僕が……ですか?」

「そのとおりだ……」


 その言葉にオラージュさんが首を傾げてキルケさんに問う。


「何故魔王様が直接? それは専門の折衝役を用意して公の場で行うべきでは?」

「うむ……、ワタシがこのように言うのにはいくつかの理由がある……」


 オラージュさんの問いに、キルケさんは指を立てて話を続ける。


「……表立った折衝を行う場合……、反天魔族勢力の警戒を呼び、地下へと潜る可能性があること……。今回の問題は信仰の偏向によってすら【混沌機能(=system ALAYA)】の侵食が進んでしまう……。ならば、その侵食を正しく排除するなら、各地域指導者の協力のもとに密かに……一気に行動するのが得策だ……」

「ふむ……、ならば魔王様が直接ゆく意味は?」


 キルケさんの答えにオラージュさんがさらに問う。


「現状……、視幻器(テレビ)による情報伝達網が広がりつつあるとは言え……、先代魔王様が未だ健在だと考えている者は多い。要するに少年は、その身分を――はるか昔から活動している故に知り合いが多い我らより隠しやすい。同時に、その身分を証明したいならば魔王権能によって直ぐ様証明する事が可能だ……。更に言えば各地域指導者との折衝を少年が直接行うことで、各地域指導者側にその緊急性を正しく認識させて、その働きを早くすることも可能だと考える」


 キルケさんはそして僕の方を見つめて言う。


「……そして何より。少年……、君は例の【幻竜八姫将】との衝突があったために、外遊する暇もなく、正しくテラ・ラレース世界の現状を認識できているとは言えない……」


 ――今後、この世界で魔王として立つならば……、一度世界を巡る事は大切な学びになるのだ。


 そのキルケさんの言葉に眉を寄せて俯く。


「でも……魔王城は……」

「……それは……、彼女らを信用したまえ……」

「――!」

 

 その言葉に僕は驚きの目をキルケさんに向けた。


「常に……、いついかなる時にも魔王様が傍にいられるわけもない。それは互いに同じことであり……、君もそしてオラージュたちも、もう一度正しく互いを理解し合えるように、一度離れてみることも大切だとワタシは思う……」


 そのキルケさんの言葉に、僕も……、そしてオラージュさんたちも黙り込んだのである。



 ◆◇◆



 そして、その日――、僕が魔王城を離れるべくサイドカー付きバイクで走り出すのを、その魔王城のバルコニーからオラージュさんが見送った。

 共に旅をするのは、オラージュさんが厳選したメイド兵の一人リィフ。一応、僕はある国の王族の三男坊で……、自由に諸国を回っていると言う設定になっている。――リィフはそんな僕に付き従う従者と言う(てい)である。

 僕は、そして――その胸に収めた()()()()()に触れる。それは弾丸が出る銃ではなく――正しくは【混沌機能(=system ALAYA)】を観測してキルケさんの研究室へと情報を送る為の銃型探査機器であった。無論、バイクのサイドには魔王剣が隠蔽用鞘に収まって設置されている。

 僕は、その先に何があるのか少し期待しながら――、そしてバイクを走らせた。



 ◆◇◆



「……ふう」


 魔王城をから離れゆく総司を見送りながらオラージュがため息を付くと、――その背後からイラ・ディアボロスが現れる。

 その背中には、そこそこ大きなバックパックを背負っている、――まさに旅支度である。


「……イラ……。貴方、本当に?」

「当然です……。()()()()に、()()()()()を用意しております……」


 そのイラの言葉に……オラージュはジト目でイラを見つめる。


(……覆面と衣装?! 貴方は……、精神的に回復傾向にあるのは良いのですが……)


 ――どちらの方向に行こうとしているのですか?!


 得意げに魔王城のバルコニーから飛ぼうとするイラに、ため息を付きながらオラージュは言った。


「……魔王様にご迷惑をかけないでくださいね?」

「ああ……安心してくれ……。万事大丈夫だとも……」


 そういってイラはオラージュに笑顔を向け、そしてその十二の黒い光翼を展開して、――彼方へと飛び去ったのである。


(……本当に大丈夫でしょうか?)


 そこに残されたのは、ため息を付くばかりのオラージュ一人だった。

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