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14話ー突然の遭遇

数日後、夕刻。


残業を終えて帰ろうとしていたノワールは、意外な人物と鉢合わせた。


「いたいた。ノワール魔法士。」


銀色の癖毛にアイスブルーの瞳。


「…ジーヴル殿。」


フリーセス伯爵家の次男、ジーヴル。つまりネロの兄である。


どうやら魔法士団の門前で、ノワールが出てくるのを待っていたようだった。


ジーヴルとはネロの呪封じの腕輪を作った件で数度面識があるが、裏を返せばその程度しか接点はない。

待ち伏せに驚くノワールに、彼は言った。


「ちょっと付き合ってくれませんか。ほんの、1時間くらい。」


「……はぁ。」


意図が読めない。ついでに表情の乏しい顔からは感情も読めない。

以前会った時も思ったが、ジーヴルはかなり不思議な雰囲気の人である。ノワール相手に一切物怖じしない。天恵持ちか否かはもとより、身分の差さえもどこ吹く風といった様子だ。

だが腕輪の設計については見事だった。職務に対しては誠実で確かな腕を持つ人でもある。悪意のある人物という印象はない。


「来てくれますか?」


唐突で聞きようによっては怪しげな誘いだったが、ノワールは迷った末に頷いた。


「わかりました。」


ジーヴルがノワールを連れて向かったのは、繁華街の高級料理店だった。全席個室の、大商人が貴族の接待に使うような店である。


ジーヴルは明らかに店員と顔見知りのようで、予約をしていた風でもないのにあっさり席へ通された。どうやら会食にはまだ早い時間帯を狙って短時間席を取ったようだ。


社交的にはまるで見えないジーヴルの意外な一面を見たと思う一方で、ノワールは確かにこの人はネロの兄だと妙に納得もした。

この読めないところやなんだかんだ器用に物事を進めていく感じが、出会った頃にネロに抱いていた印象とよく似ているのだ。


席に座ると、頼んだ覚えもないコーヒーと菓子が提供された。席料分のサービスだろう。


「一個だけ聞きたいんですが。」


コーヒーと菓子を前に、ジーヴルは端的に口火を切る。


「ネリィを女の子として夜会に連れて行ったら婚約が解消できなくなるってこと、ネリィから聞いてますか。」


急な話に思い当たる節はなく、ノワールは黙った。


夜会のパートナーとしてネロを連れ歩くのは、対外的に婚約を喧伝する意味もあるから、いざ関係解消となれば厄介になるのは本当だが、ジーヴルの言葉はどうもそれだけではないように感じる。


「…それは、どういう意味ですか?」


「タメ口でいいですよ。年は上だけど、身分はノワール魔法士のが高いんだから。」


「俺は気にしないから、ジーヴル殿も敬語はよしてくれ。」


「ああ、そのほうがありがたいな。どうも苦手で。」


確かに身分はノワールの方が高いが、ジーヴルは義理の兄になるかもしれない人だ。互いに他人行儀は辞めたところで、ほとんど変化のなかったジーヴルの表情が少し曇った。


「やっぱりネリィ、ちゃんと言ってないんだね。」


「…あいつが夜会でローブしか着ない理由か?」


「そう。ネリィはドレスを着て社交に出たら、ライオネル殿下の側室になるしかなくなるんだ。」


「は?」


理由を飛ばした結論だけをポンと目の前に提示されて、ノワールは固まった。

ここでなぜ第3王子の名前が出てくる?

しかもよりによって側室とはどういうことだろうか。


基本、ソルセルリーでは一夫一妻制しか認められていないが、王族だけは血を絶やさないために複数の妻を持つことが許されている。それ故の側室だ。


いや、論点はそこではない。

そもそもライオネル殿下にはすでに妻子がおり、今更妻を増やすような話はなかったはずだ。


困惑するノワールを放置して、ジーヴルは話を続けた。


「ああ、もちろん今はノワール殿がいるからそうじゃないけど。…天恵持ちの女の子って愛人に欲しがる人いっぱいいるんだよ。後継が決まった家の後妻としても人気がある。万が一子どもが出来れば一族に強い魔力の血が入るだろ。そうでなくても軍備の一部としては有用だし。」


ジーヴルの言うことは随分とぞっとしない話だった。後継はもちろん妻に産ませて、戦力として手に入れた女を戯れに抱く、そういう世界だ。


「ネリィがローブを着ている間は国のお抱えの魔法士だ。引き抜きの話でさえ出しづらいけど、ドレス着て社交に行ったら、それはただの独身の女の子だろ。…でも嫁ぎ先は安易に選べない。なにより王家が許さない。国内の貴族はともかく、他国に武力を流出させるわけにはいかない。むしろ天恵持ちの血は王家が欲しいくらいだ。」


ゆえに、王族の側室。

王太子でなく第3王子に白羽の矢が立っているのは、それでも多少、年の近い方を選んだか、王太子妃を寄越したアリステアの不興を買いたくなかったか。


「ライオネル殿下が嫌がってるから、今のところ放置されてるけど。あの人あれで愛妻家だから側室置くのが嫌なんだ。ネリィが魔法士として国に貢献するなら、後宮に閉じ込めておくよりも利があるし。」


事情を把握するのに精一杯のノワールに滔々と話して聞かせたジーヴルはここにきてやっとその勢いを緩めた。


「…僕が話すことでもないし、ネリィがどうしてこの話を君にしないのかもわからないけど、でも君がこの話を知らないのはフェアじゃない、と、思う。余計なことかもしれないけど。」


「いや。聞いておいて良かった。全く知らない話だ。」


ひとまず礼を言ったノワールに、ジーヴルは無言で頷く。置いたままだったコーヒーに手を付けつつ、ノワールは頭のなかで今聞いた話を整理した。


思い返せば、思い当たる節がないわけでもない。ライオネル殿下が妙にネロの話を振ってきたのはこのせいだろう。

どうしてネロが今まで、このことをノワールに言ってこなかったのかは気になるが、ノワールにネロと結婚する気があるなら関係ない話でもある。ノワールとネロとの婚約は、当のライオネル殿下のお墨付きで、結婚してしまえば側室の話は立ち消えになるからだ。


「それで、ノワール魔法士はネリィを連れて夜会に行くの?」


ジーヴルはそう言って、目を細めて薄く笑った。からかうように、ノワールを試すように。


「ああ。……元からそのつもりです。」


「へぇ。じゃあ戴冠式が終わったら挨拶においでよ。兄上が手ぐすね引いて待ってるから。」


「是非そうさせて貰おう。…フリーセス伯爵にも折を見てと思っているんだが。」


「戴冠式には来るよ。忙しないから、挨拶は次の機会でもいいだろうけど、顔くらいは合わせるかもね。」


婚約が決まったときは、ネロの呪いの治療で手一杯だった。急な話だったこともあり、エスターニュとフリーセスの両家で顔合わせのようなことは行っていない。領地にいる各家の当主に書面で許諾だけ取り付けて、ラファルとノワールで話を進めてしまったのだ。婚約は形だけでネロの治療が終わればそこで解消、と事が運ぶなら、そのままで十分だったが、結婚を見越すとなれば両家は縁続きになる。中途半端にはしておきたくない。


今現在、エスターニュ侯爵家とフリーセス伯爵家の間に親交はない。領地も離れているし、事業での関わりもない。ノワールとネロとが同級だというだけの縁だ。


「そういえば。」


何かを思い出したらしいジーヴルが声を上げた。


「君、ネリィになんて言ってあの腕輪渡したの?あいつ、君が代金受け取らないとか言ってたけど。…自分を庇って生死の境を彷徨った恩人への礼だから、お金要らないって言ってないの?」


これまた直球で投げられて、ノワールは言葉に詰まった。

渡したときはひとまず呪い封じのための、シーツに描いていた魔導式の代わりだとしか伝えていなくて、その後でネロの容態が落ち着いてしまうと、今更気恥ずかしくて言えなくなってそのままなのだった。


「いや、その…。」


「まぁなんでもいいけど。ちゃんと言ったら?ネリィはネリィで殿下の話してないし。早く言えばいいのに。」


「…はい。」


仰る通りなのでノワールは小さく頷いた。

あの腕輪を作っていたときは、値段なんて二の次だった。自分を庇ったせいでネロが死にかけたのが恐ろしかった。“その程度でネロが死ぬはずがない”と無意識に信じていたのだと気付いてしまえば、尚更。


なのに彼女のほうからあっさり、迷惑かけてごめん、と謝られてしまって、ノワールはネロに庇わせてごめんだとか、ありがとうだとか、そういうことを言う機会を逃したままでいる。


「僕からはそれだけ。時間取ってくれてありがとう。」


ジーヴルは満足した様子で席を立とうとする。


「ああ。…あの。」


ノワールが彼を呼び止めた。


「今後とも、よろしく頼む。」


「うん。互いにね。」

お久しぶりで申し訳ないです。読んでくれてありがとう。


ジーヴルさん、こんなに目立つキャラではなかったはずなのですが…歯に衣着せぬ分、話を進めてくれる人ではあります。

ド直球火の玉ストレートを繰り出すタイプ。

言いづらい!みたいな機微はあまり理解してくれません。

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